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初めまして、笛と申します。
今年3月にアスペルガー障害と診断された大人の当事者です。
これから度々おじゃますると思いますが、
管理人さん、皆さん、宜しくお願いします。
▼nonbody knowsさん:
>発達障害とは脳の機能障害です。
>脳の機能障害は、個性ではないです。やはり、障害です。
私は、小さい頃から頻繁に人間関係でトラブルを起こし、
衣服は肌触り重点で着るため、少々おかしなところがあったらしく
クラス中で仲間はずれにされることが多く、
お礼を言ったり謝ったりしても、顔の表情が伴っていないので心がこもっていないと言われたり、
人と会話中に目を合わせることが困難なため、嘘をついていると決め付けられたり、
意図せずに先生の言うことを聞かない事が多かったため、問題児として扱われたり、
しょっちゅう親を困らせ、心配させていました。
(一番困っていたのは、当の本人です。)
成績票の成績が良いにもかかわらず、生活態度に対する先生のコメントは、いつも目を覆いたくなるようなもので、
自分には人に迷惑をかけている自覚がないだけに、いつも学期末が恐怖でした。
大人になってからも、うまく会話に入れなかったり、自分の気持ちをうまく言葉に出来なかったり、
「普通の人に出来ないことが出来るのに、普通の人が簡単にできることができない」と非難されてきました。
(今でも、それが何を意味するのか、よくわかっていないのですが。)
人と同じようになろう、と今まで可能な限りの努力を試みてきましたが、うまく行かず
まだ自分の努力が足りないのだ、と無理をし続け、
終におととし鬱病になってしまい、職場でも家庭でも努力が続けられなくなって、目の前が真っ暗になった矢先にASを知ったのでした。
発達障害を扱う病院で、約1年先の予約を待ち、今年の春にやっと順番がやってきたのです。
たしか小学校の4年生には神経性胃炎、その後神経性の病気を患ってきましたから、鬱病になるずっと前から、脳は私に訴えていたのだと思います。
私にとってこの診断は、言葉では表せないほどの大きな救いでした。
なぜなら、自分が普通の人のようになれない・出来ないのは、私の努力が足りなかったのではなく、
私の脳の機能障害だとわかったからです。
ありのままの自分を否定し続け、普通の人になりたいと努力した結果、私は自分を大切に思う気持ちや、自分を評価するということが全く出来なくなっていました。
普通の人のようになれない自分は駄目人間なのだ、と自分を責めてきました。
しかし、脳に障害があるから出来なかったんだ、とわかった今、普通の人になろうと努力するかわりに、
そのエネルギーを、自分固有の能力を伸ばし、自分の生活を楽しみ、自分を楽にしてあげる方向へ転嫁していこう、と30代後半にして決心できたのです。
私の場合、衝動機能抑制不全を伴うアスペルガー障害ということで、抗てんかん薬(抗パニック薬)を服用していますが、
物心ついて始めて、頭の中のノイズ(始終困惑しているという霧のようなノイズ)が晴れました。
そのおかげで、以前よりは感覚過敏・対人恐怖といったAS故の直接的な障害に対しても少しは楽になったように思います。
>障害受容。それは自分だけでなく他者(社会)からも必要なことです。
>ASは脳の機能障害として考えていかなくてはならないと思います。
>
>当事者として、その当事者と関わるものとして、障害は障害であり、その障害を抱えるものたちとして考えていく必要を思っています。
>
>必要な支援やアイデンティティも含めて
>人に語るときは「障害」という概念は必要であると思っています。
はい、私も同感です。
今はいつ・どのように職場にカミング・アウトしようかと思案中です。
自分で障害を障害として理解して許容することと同じくらい、最低限職場環境など生活に困らないよう職場の上司にカミング・アウトが必要だと思うからです。
そういう意味で、周りの人にもASを障害として考えてもらえるよう努力する必要があると思っています。
初めての書き込みなのに、長くなってしまってすみません。
自己紹介も兼ねてみました。
今後とも宜しくお願いします。
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