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▼みたらしさん:
こんにちわ、nobody knowsです。
発達臨床に関わっている者として、ちょっとだけ考えてもらってもいいのかなと思い、書かせてもらいます。
>でも、私、先の見えないことに疲れました。
とても理解できるのです。
保護者として、本人の一生を可能な限り見届ける者として、
これからの長い道のりを考えると…
ただ、一点だけ、つっこませてください。
「先が見えない」と思うとき、何を目指しているのか。
あまりに「ゆっくりすぎ」とか「このままでいったらどうなるんだろう」ということなら、
これから、ずっと、たぶん、きっと、そうです。
LDのお子さんを持ったお母様によく話すんです。
「この字を、あなたのお子さんは、たぶん、他の子たちの二倍、三倍、いえそれ以上の時間をかけて覚えています。」
「あなたのお子さんも、みんなも、持っている時間は同じ24時間なのです。」
「お子さんがほかのお子さんよりかけた時間は、どうしてもとりもどせまん。」
「だから、どこかで、『捨てること』が出てくるし、それを理解してあげることが私はお母様しかできないと思うんです。」
「そして、それでも、どんなにゆっくりで、かっこわるい姿でも、『あなたは、あなたでいい』といええるのはお母様しかいないんではないでしょうか」
ゆっくり、いきましょ(*^_^*)
発達障害は、発達障害なりに…
自分の発達障害をつい最近知ったnobody knowsより。
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