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白(ハク)さん、こんにちは。
>広汎性発達障害男性の白です。
>以前から気になっていたのですが、ASの診断を受けるためにドクターショッピングをしたり、自分はASではないと診断されたので落ち込んだという方がいらっしゃいました。
>「障害」ではないと診断されたのなら、むしろ喜ぶべきことだと思うのですが。
>そういう方には失礼ですが、ASを何かファッション感覚で捉えているような感じがします。
>もしくは、マイノリティであることを喜び、「障害」を自己のエクスキューズにしようという心理のある方はいらっしゃいませんか?
>それが、当人の可能性を制限することになりそうで気がかりです。
>また、ASだから特殊な才能が自分にはありそうだ、とお考えの方。
>「障害」であるという自覚があるのでしょうか?
>特殊な才能よりも、苦手なことを補うことの方にエネルギーが要るでしょう?
>立派に自立して社会生活が送れている人が、なぜかくもこの「障害」に魅せられるのでしょう?
>そういう方には本来「障害」の診断は不要のはずです。
私の場合は、今年(現在30歳です)、親に言われたのがきっかけで、検査を受けました。
物や時間の管理、対人関係…知的に問題がない分、そこに配慮は発生しません。
周りができることが、自分はできない…それだけでもくやしいし、存在を否定されている(心気妄想かも知れないけれど)気持ちに今でもなります。
WAIS-Rで、言語値IQ=106、動作値IQ=87ですから、数値的に言えば、苦手な部分に大きくシフトしているわけで、苦手な部分を克服することが、今の課題なのでしょう。
アスペルガー症候群そのものは福祉施設に勤めていた関係もあり、知識としてはありました。しかし、診断を受けて、本当に受容できているかと言えば、断言できません。
今は、うつ病の再発で退職し、自宅療養中ですが、実際に就職をする、結婚をする(半ば諦めていますが)となったときに、不具合の部分をカバーして生活できるかなんて、わかりません。
それから、「障害のせいにして」という言葉がつきまといそうですし(個性やオリジナルな部分を尊重しない意識も手伝って )
>「障害」としては、ASほど当人に受け入れられやすい「障害」はないと個人的に考えていますがみなさんはどう思われますか?
ですから、僕は、一概にそのようには思いません。
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