アスペルガーの館の掲示板

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[#15215] 疑問 フリッツ藤井 06/10/23(月) 13:40 [未読]

[#15497] Re:そういう事じゃないんです Lao Tzu 06/10/29(日) 1:38 [未読]
[#15508] Re:そういう事じゃないんです TONO 06/10/29(日) 11:23 [未読]
[#15509] Re:そういう事じゃないんです Lao Tzu 06/10/29(日) 13:44 [未読]
[#15511] Re:そういう事じゃないんです フリッツ藤井 06/10/29(日) 14:36 [未読]

[#15497] Re:そういう事じゃないんです
 Lao Tzu  - 06/10/29(日) 1:38 -

引用なし
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   ▼TONOさん:

最初に結論から言いますと、

>発達障害は特徴なんでしょ。
>自分の特徴を理解して、どう異星での生活を楽しく楽にのりきれるかなんじゃないでしょうか。

そう、その通りなんです。それを分かっていれば、何も問題はありません。
発達障害というのは、客観的な立場から見た特徴を現す形容詞として便宜上使われているだけで、身体障害と並べて使う場合の"障害"という意味とは本質的に異なります。

便宜上というのは、僕達みたいな普通とは違ったタイプの人間について周囲に理解が得られない時、それを説明しようと思っても十分な時間がない時、または周囲に聞く耳を持つ余裕がない時などに、急場しのぎで一時的に"障害"という言葉を使って理解を求める場合に限る、ということだと思います。
「何でこの子はこんな行動するの!親のしつけがなっていないからじゃない!!」なんて言われたときに、相手の怒りを静めるために使うというニュアンスです。

そのことをよく理解している当事者や関係者の間だけで、あくまでもその人達のQOL向上のために使われる言葉ならば良いのですが、"障害"という言葉を身体障害と同じ意味の障害、つまり脳の機能不全みたいに捉えてしまう普通の人達に広めて、言葉だけが独り歩きしてしまうのを僕は懸念しているのです。

一度広まってしまった誤解はなかなか解くことが出来ませんし、そうやって誤解されることで、ゆくゆくは当事者や関係者自身が困ることになるからです。

だから、発達障害者支援法なんていう法律の名前にまでこの言葉が使われてしまうのは、明らかに行き過ぎだと思います。

同じように、発達障害専門家という肩書きも、便宜上の言葉を使っている以上不適切ですし、仮にこの言葉を使ったとしても、何をもって専門家とするのかも明確ではありません。いや、僕が分からないだけかもしれませんので、もしそうであれば教えてください。

しかし僕は、この発達障害専門家という言葉が、何も知らない普通の人にとっては、発達障害については何でも知っている、当事者のことについても当事者よりも詳しく知っていると思われてしまうことを憂慮しているのです。

以前からこの掲示板を見ていて感じていたのですが、この懸念を深めたのは、例えば [#14956] で右京さんが医者のことを信頼できないと言っているのに対し、他の方(特に当事者のお母さんと思われる方々)から「ASの人は自分で感じた気持ちも妥当ではないと思ったほうがいい」と言わんばかりのコメントが続き、当事者の気持ちなど取り上げるに値せず、ASを扱った経験のない医者であろうと医者の言うことが正しいみたいに思っている方が多く、またそう思わされてしまっている当事者もいるという状況があるからです。

専門家という言葉は、特に肩書きにこだわるブランド志向の人達が多い昨今では刺激が強すぎで、誤解を招きます。
もしこの分野で専門家を名乗るなら、分かっていないことや絶対に分かりようがないことがあるということを必ず断った上で使うべきでしょう。

>ホームページにリンクされているプログラムもきちんと見ていただけた上での書き込みでしょうか?

すみません、少し拝見したのですが、下記ようなリンクには辿りつけませんでした。

>発表内容は「診断」や「心理検査」「高機能自閉症者の認知特徴」「薬」などの疾病や治療、特徴についてだけでなく、「特別支援学級に対してどのように精神科医が支援できるのか」「母親や家族のかかえるストレス」「社会性獲得のためのSST」「青年・成人期の支援について」など多岐にわたっています。
>
>発表されている方も、精神科医や臨床心理士、教育関係者など様々です。

僕が問題だと思っているのは、この中に当事者が入っていないことです。
医者や心理士が、当事者の行動や言葉、心理テストの結果などから客観的に読み取った情報だけで議論を進め学説を作り上げるという、当事者不在の研究からは分かることが限られているということです。
そしてその片手落ちな議論で築きあげられた学説を専門家の認識として広められてしまったら、当事者の意見など聞いてもらえる余地がなくなってしまうでしょう。
イメージ的に言うと、脳の活動が停止したというだけで脳死と判定されて手術台に載せられてしまうという危険があるということです。

フリッツさんや僕がこの話題でこれだけ説明しているのに、聞く耳も持ってくれずに感情的に反発されてしまう状況からして、専門家と言われる人と当事者の意見を公平に判断して両方の意見を尊重するという冷静さを、世間一般の普通の人が持ち合わせていると思われますか?

僕はそう思えないので、そうである以上当事者以外の人が専門家を名乗ることはフェアじゃないと思っています。

それから、おっしゃられるような「特別支援学級に対してどのように精神科医が支援できるのか」「母親や家族のかかえるストレス」「社会性獲得のためのSST」「青年・成人期の支援について」は、本来ソーシャルワーカーやケースワーカーと呼ばれるような人達が扱うものであって、医療が介入する分野ではありません。
医者が医療という観点から医者という肩書きを名乗って専門家としての意見を言うことは、先に述べた公平性という意味からも不適切だと思います。
もちろん、医者が自分の専門の医学から離れて意見を言う分には構わないと思いますが。

臨床心理士や教育関係者などの協力は必要だと思います。僕もここまで来るのに長いこと臨床心理士にお世話になりました。
ただ、そういう方達の場合でも当事者に対する客観的な観察に基づいて、適切な教育や二次障害のケアなどを行なう技術を持っている専門家であって、当事者の生態そのもの、つまりソフトウェアとハードウェアの両方に精通した専門家にはなり得ません。

いずれの場合でも、医者は薬を処方する専門家、心理士は心理療法を施す専門家、教育関係者は教育を施す専門家であって、当事者の特徴とその特徴を現す要因について精通している専門家にはなり得ません。

>私の主治医は(担当の心理士さんもですが)今私に起こっている問題を聞いてくれます。『いい』とも『悪い』とも言われません。『なぜそんな事をしたの』と攻められることもありません。
>だから安心して、自分の気持ちを言えて、また社会の渦のなかで生活できる活力をもらえます。
>薬も、主治医側から勧められたこともありません。

それは謙虚で誠実なお医者さんや心理士さんですね。そういう姿勢の人達ばかりならばいいのですが、安易に(特に自分で決断も出来ず責任も取れない子供に)危険な薬を処方してしまう医者もいると聞いたので、心配です。

>>発達障害について研究するには、当事者自身が哲学を深めて自分の精神的探求をする以外にありません。
>
>それをする為に、専門家の助けが必要な場合もありますよね。

そうですね、二次障害などの心のケアの専門家は大きな助けになります。心が乱れていては哲学をすることが出来ません。

>自称ではなく、専門家はいます。

TONOさんの過去の投稿を少し検索させてもらいましたが、TONOさんご自身が当事者で、保健師をされているんですね。
そういう方には失礼な言い方でした、申し訳ありません。

当事者、且つ専門職の資格をお持ちでしたら、僕が考える専門家の素養は満たしていると思います。(フリッツさんの定義は分かりませんが)
当事者自身の思考が理解できる(哲学さえすれば思考を分析できる)ことに加えて、専門職としての経験的知識の蓄積があるわけですから、内面と外面、つまりソフトウェアとハードウェアに対して両側からアプローチできる可能性があるという点で片手落ちにはならないわけです。

ただ、資格があればそれだけで専門家ということも言えないですよね?
また、資格がなければ専門家といえないなんてこともないと思います。
だから結局は、専門家という肩書きがブランドとして使われてしまう弊害の方が、特にこの世界では多いような気がします。

>専門家はその手助けの為にいるのだと思うし、他の方も『全て解決して、自分のASという特徴を消してくれ』と専門家に求めているわけではないと思います。

僕は、この僕達の特徴というのは、社会が窮屈になってしまったから問題とされてしまっているのだと思います。
僕達みたいなのは昔からある割合で居たわけですし、多少の問題はあったかもしれないですが大目に見てもらって、その代わりに僕達にしか出来ないようなこと(例えそれが社会的に直接価値の無い行為であっても)をしながらお互いに認め合って何とかやってきたと思うんです。
だから、僕達が困っているときに助けてくれるというのもありがたいんですが、もう少し社会の窮屈さを戻す方向に、つまりいろんな人間にとって生きやすくなるように変えていった方がいいと思うのです。

だけど、支援とか援助とかいう言葉を使ってしまうと、何か僕達の方が問題があって、社会の方はお荷物背負わされているだけという風にみんなが思ってしまうんじゃないかと思って、そういう言い方は好きじゃないんです。

だから専門家と呼ばれる方々や親御さんを始め関係者の方は、当事者に何かを授けて変えようとするだけでなく、社会の多数派の人達に考え直してもらえるようなアプローチ、内向きではなく外向きのアプローチをもっとするべきだと思うんです。

長文失礼しました。

[#15508] Re:そういう事じゃないんです
 TONO  - 06/10/29(日) 11:23 -

引用なし
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   ▼Lao Tzuさん:

>発達障害というのは、客観的な立場から見た特徴を現す形容詞として便宜上使われているだけで、身体障害と並べて使う場合の"障害"という意味とは本質的に異なります。

人によっては、困難な部分があるという点では、同じだと思います。
本人や周囲に困難がない場合は『特徴』、本人や周囲に困難がある場合は『障害』と呼ばれるのではないでしょうか。

確かに、マイノリティであるASや高機能の方が『社会生活上の困難』を感じない世界になればいいのだと思いますが、その世界はきっと『スペクトラムでない方』にとっては『困難』に満ちた世界になると思います。

そういう世界では『スペクトラムではない』という『困難(=障害)』が発生するのではないでしょうか。


>言葉だけが独り歩きしてしまうのを僕は懸念しているのです。
>一度広まってしまった誤解はなかなか解くことが出来ませんし、そうやって誤解されることで、ゆくゆくは当事者や関係者自身が困ることになるからです。
>だから、発達障害者支援法なんていう法律の名前にまでこの言葉が使われてしまうのは、明らかに行き過ぎだと思います。

『発達障害』自体が多くの人に正確には伝わっていません。
伝わっていないどころか、知られてもいない気がします。

まずは、『こういう困難もある』ということに、関心をもってもらうという点では良かったのではと思っています。(内容はともかくとして)

>
>同じように、発達障害専門家という肩書きも、便宜上の言葉を使っている以上不適切ですし、仮にこの言葉を使ったとしても、何をもって専門家とするのかも明確ではありません。

それであるならフリッツさんが『専門家』をなのるのも不適切ではないでしょうか?

>しかし僕は、この発達障害専門家という言葉が、何も知らない普通の人にとっては、発達障害については何でも知っている、当事者のことについても当事者よりも詳しく知っていると思われてしまうことを憂慮しているのです。

実際、当事者よりも詳しいかもしれません。
発達障害は10人いれば10通りの100人いれば100通りのタイプがあります。

当事者は、自分も含めて数通りのタイプしか知りませんが、医師や心理士は、多くのタイプと接します。
そういった意味では、より多くの蓄えを持っていると思います。
専門家とは、そのような人の事を指すのではないでしょうか。

>専門家という言葉は、特に肩書きにこだわるブランド志向の人達が多い昨今では刺激が強すぎで、誤解を招きます。
>もしこの分野で専門家を名乗るなら、分かっていないことや絶対に分かりようがないことがあるということを必ず断った上で使うべきでしょう。

>僕が問題だと思っているのは、この中に当事者が入っていないことです。

学会での発表は、学会員が行なうものです。
この学会員のなかに当事者はいないかもしれません。
でも、日々、多くの当事者と接している方です。

(私が紹介した学会は、あくまで児童青年精神医学を学ぶ学会です。ですので、『発達障害に関する発表』は多いですが『発達障害』に特化した学会ではありません。)

>フリッツさんや僕がこの話題でこれだけ説明しているのに、聞く耳も持ってくれずに感情的に反発されてしまう状況からして、専門家と言われる人と当事者の意見を公平に判断して両方の意見を尊重するという冷静さを、世間一般の普通の人が持ち合わせていると思われますか?
>僕はそう思えないので、そうである以上当事者以外の人が専門家を名乗ることはフェアじゃないと思っています。

フリッツさんは当事者なんでしょうか?
私は、フリッツさんのブログからは、フリッツさんが当事者であるという情報は得られませんでした。

また、私は、『当事者は、自分も含めて数通りのタイプしか知らない』と思っていますので、当事者は決して専門家とは言えないと思っています。(多くの症例に接している方は別ですが・・・。)

専門家と呼ばれる人は、少なくとも、発達障害の特徴や困難を理解し寄り添うことの出来る人(または、理解し寄り添おうとするひと)だと思います。

フリッツさんは、自分の意見を押し付けてくるように感じますし、フリッツさんの考えを聞けない人は良くない人、と言っているように感じます。


その一点だけでも、フリッツさんを専門家とは呼べないと私は思います。

[#15509] Re:そういう事じゃないんです
 Lao Tzu  - 06/10/29(日) 13:44 -

引用なし
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   ▼TONOさん:

>人によっては、困難な部分があるという点では、同じだと思います。
>本人や周囲に困難がない場合は『特徴』、本人や周囲に困難がある場合は『障害』と呼ばれるのではないでしょうか。

ええ、"障害"という言葉が困難(challenge)という意味で使われる場合においては構わないのですが、知らない人にとっては障害=欠陥(defect)と取られてしまうことが多いので差別につながることを危惧しています。

>確かに、マイノリティであるASや高機能の方が『社会生活上の困難』を感じない世界になればいいのだと思いますが、その世界はきっと『スペクトラムでない方』にとっては『困難』に満ちた世界になると思います。
>
>そういう世界では『スペクトラムではない』という『困難(=障害)』が発生するのではないでしょうか。

そうかもしれませんが、問題の表面化している部分だけに着目して、その目に見える問題だけを解決しようとする姿勢はあまりにも対症療法的で、本質的な問題の解決に結びつかずきりがないと思います。わざわざそれをビジネスにして永続させようとするつもりならば、そのほうが都合がいいのかもしれませんが。

例えば、凶悪犯罪が増えるのは犯罪者の気質や性格に問題があるからだ、として罰則を厳しくし取り締まりだけを強化していたのでは、形を変えた犯罪が再び起こるだけで社会にとってなんら有益な解決策にはなりません。警察や権力者には都合がいいかもしれませんが。
しかし本来ならば、犯罪者を生み出してしまうような育成環境を改善していく取り組みも同時にされるべきです。
でもそういう事は、家庭の子育てや学校教育、またそれらに配慮するという形で企業の経営方針にまで変化を求めなければならないので、確かに社会の多くの人達が困難を背負うことになるかもしれませんが、それをすることが社会のためなのです。

そんなことまでしていられないから少数派の人達には犠牲になってもらって、より多くの人達の富を優先する、というのもある程度は仕方のないことだと思いますが、それが少数の人達の健康に生きる権利まで奪うようでは話しが違ってきます。

社会のルールというのは、全ての人がそのルールを守ることによって何らかの利益がある、ということが前提であって、もしそのルールを守ったところで何のメリットもない、もしくは死に追いやられてしまうようなことがあるなら、ルールなんて機能しなくなります。
生きる希望まで失うくらい追い詰められてしまった少数派の人にとっては、自分の人権が認められないわけですから他人の人権など考える義理もないし、そんな余裕もないでしょう。

その境を引くことは容易ではないかもしれませんが、健康に生きる権利を保障するという観点からは、普通の人達に合わせていられない子供がいるからといって、副作用のある薬を飲ませておとなしくさせるという行為は、行き過ぎでしょう。

少し前の精神病棟で、患者を拘束具で縛り付けておとなしくさせるという対処法と変わりありません。薬という目に見えない拘束具で縛り付けているわけですから。

僕は、この自閉症の問題は、昔の様に自然の営みを大切にしながら普通に生きてきた人間達の生活ならば、十分に吸収できた問題だと思うのです。
それが出来なくなってきたのは、人間が自然の営みを軽視し、企業活動に合わせて都市化や核家族化を進行させ、自ら自分達の生活環境の余裕をそぎ落として融通の効かない社会にしてしまったからだと思うのです。

だから、これから何か対策を行なうのならば、医療で何とかしようとかケアを充実させて乗り切ろうとか、そういう先の見えない方向に進むのではなく、一歩足を踏み戻して自然に近づくという方向に進むべきだと思っています。

地球環境問題なども、そろそろ限界が見えてきていますよね?
科学技術の進歩で何でも解決できると思っている人達は、そう思っていない人達まで巻き込んで危険な賭けに身を預けるような態度を、少しは省みてほしいのです。

>>同じように、発達障害専門家という肩書きも、便宜上の言葉を使っている以上不適切ですし、仮にこの言葉を使ったとしても、何をもって専門家とするのかも明確ではありません。
>
>それであるならフリッツさんが『専門家』をなのるのも不適切ではないでしょうか?

そうだと思いますよ。だからフリッツさんが研究家を名乗っているのは、あまりにも肩書きを誇張する人達に対しての皮肉と捉えています。
まあ、フリッツさんは専門家ではなく研究家を名乗っていますので、僕は研究家=オタクと同じように思っているので気になりませんが。

>>しかし僕は、この発達障害専門家という言葉が、何も知らない普通の人にとっては、発達障害については何でも知っている、当事者のことについても当事者よりも詳しく知っていると思われてしまうことを憂慮しているのです。
>
>実際、当事者よりも詳しいかもしれません。
>発達障害は10人いれば10通りの100人いれば100通りのタイプがあります。

特徴の現れ方は人それぞれですが、その特徴を現す原因は少ないと考えています。
もしかしたらこれは僕の特殊な能力なのかもしれませんが、少しばかり無意識の世界が見えるので、ほとんどの特徴の原因を説明することが出来ます。

>当事者は、自分も含めて数通りのタイプしか知りませんが、医師や心理士は、多くのタイプと接します。
>そういった意味では、より多くの蓄えを持っていると思います。
>専門家とは、そのような人の事を指すのではないでしょうか。

>学会での発表は、学会員が行なうものです。
>この学会員のなかに当事者はいないかもしれません。
>でも、日々、多くの当事者と接している方です。

医者や心理士は、外に現れる特徴を客観的に見て情報を蓄積していくことしか出来ませんが、当事者は言葉や行動に現せない自分の中の現象を感じることが出来ます。
TONOさんは、自分の心の中にあるものが、全て形や言葉で表せると思いますか?
つまり人間の無意識の部分を全て解明できると思いますか?
当事者はそれを客観的に目に見える形で表すのことは出来ないのですが、その視点がなければいくら多くの事例を集めても本質を理解するには至りません。

僕が言う専門家とそうでない人の違いというのは、自分で考えを掘り下げることのできる哲学者と、歴史上の哲学者の哲学を研究して知識ばかりを蓄積している哲学者研究家、または哲学学者と言われるような人達の違いのことです。

>専門家と呼ばれる人は、少なくとも、発達障害の特徴や困難を理解し寄り添うことの出来る人(または、理解し寄り添おうとするひと)だと思います。

それは心理的に頼りたくなるという意味での専門家ですね。
僕は別にそういう人達を否定しているわけではありませんし、むしろありがたいと思っています。
問題なのは、そういう人とそうでない人の区別が、普通の人には付けられないということです。

僕も伝えたいことを全て言葉に出来るわけではないので、これ以上ここでこの話題を続けるのは無理があると感じていますし、特に問題がない限りこれで終わりにさせてもらいます。
一つの意見としてお受け取りください。

[#15511] Re:そういう事じゃないんです
 フリッツ藤井 メールホームページ  - 06/10/29(日) 14:36 -

引用なし
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   Lao Tzu さんみたいに、実際に診断を受けている人で、ここまで発達障害問題を客観的に捉え、理解している方は初めてです。

専門家は辞書に載っている公式なもので、研究家は辞書に載っていない非公式なものだとして、研究家を名乗っています。ちなみに、私が発達障害について考察するときはベッドに寝転がって頭の中で考えるだけで、紙も鉛筆も使いません。客観的に見たら、オタクを通り過ぎているかもしれませんね。

それに、自宅に引きこもってオセロの研究をしている人がオセロ研究家を名乗ったって別にいいんじゃないですか。プロアマ問わず研究しているんだから研究家でしょう。そんなことで騒ぎになるのは、人の欠点を過剰に見つけ出して、弱い自分を正当化しているに過ぎないと思います。

Lao Tzu さんは当事者ですよね?? なぜ、当事者の意見にここまで一方的に反発する人間がいるのかがわからない。アスペルガーの人がアスペルガーについて語っているのだから、一方的に消し去ろうとするような姿勢はどうかと思いますよ。

アスペルガーの館で有る意味一番重宝されなければいけない人種じゃないのですか??

大手親の会でも、成人アスペルガーの分別をしている親の会があります。つまり、肯定され一般人に受け入れられる成人アスペルガーと、否定され強制的に消される成人アスペルガーが存在するのです。

現段階では、日本のアスペ業界はメチャクチャと言わざるを得ないでしょう。なぜこんなことが全国的に問題になるのかがよくわからない。

Lao Tzu さんとは個人的にメール(f_fuzii@mail.goo.ne.jp)してみたいです。または、私のブログにコメントを書き込んでくれると嬉しいです。

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