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ねこゆうこさん!
はじめまして、じゅんこと言います。保育の仕事をしており、この館では当事者の方々の本音の部分や、人と人が喜んで関わることってどういうことなんだろう?ということを学ばせていただいています。
>普通せいぜい「悪いけど先に寝るね、くらい言うでしょ」といってもわからないようでしたが、夜は一日交代で子供と寝ること、と提案したら、あっさりと受け入れてくれました。ここいらへんも指示がはっきりすればやる、という自閉圏の人らしいエピソードだと思います。
>でもそういう状況や、気持ちが共有できないいらいらで私の怒りが爆発し、とうとう夫はEDにり、出産後より一度も夫をやってもらえませんでした。
>話は戻りますが、こういう夫婦関係でしたので、結局、まわりのママ仲間に引け目を感じ、自分は引きこもってしまいました。
「自分だけがしんどい思いをしている」と感じる時って、とてもいらいらしますね。私の場合は仕事で疲れている時に、頑張って食事の支度をして遅い夕食。食後、だんなや子どもたちはのんびりくつろいで、テレビをみているのに自分だけが食後の後かたづけ・・・・。ということがとても納得いかず、どっと疲れます。
「誰か一人くらい手伝ってくれてもよさそうなものなのに・・」と思いながら、私だけ一人だけじっとがまんしてやっているうちに、いらいらがどんどんふくらんでついに大爆発!!「少しくらい手伝ったらどうなの。」「私だって疲れているのにどうして気がつかないの。」とガミガミ、クドクド。
でも、よーく考えて見ると、「手伝って!」と一言も伝えずに、「気がつかない」「気が利かない」と家族にあたりちらす私が一番間違っているんですよね。
やってもらいたいことがある時は、まず、「提案する」「自分が○○してもらいたいと思っている」という形で自分の思いを開示することが大切なんだと思います。
これは自閉圏の人、そうでない人に関係なく大切なコミュニケーションのツールだと思っています。
「誰か手の空いてる人がいたら手伝ってくれない?私も疲れているから早く終わらせてゆっくりしたいの。」という形で自分の気持ちを開示すると、開示された相手も気持ちよく応えることが出来ます。
「平日は仕方ないけど、休みの日はわたしも休みたいから、みんなでごはんしたくや後かたづけをしよう!」と冬休み中の子どもたちに持ちかけてみたら、小6の娘や中2の息子が卵焼きやオムライスをつくったり、皿洗いをしたりしていました。
>私はそんな感じで今でも、PTAなどなにか「自分だけ他の人と違う」気がして落ち着いていられないのです。
>人と違うのは夫でありのに、夫は悩める能力がなく堂々と社会生活を送っています。
>私のこの引け目というのは「自分の人生に大きな選択があるときに、自分のことをよく理解していなくて選択を誤ってしまう」ということにも原因があるように思えます。
>ところで皆さんは私のような感情を抱いたことはないでしょうか?
人生の大きな選択という言葉で、私の父が「自分にとってしんどいなと思う方を選べばまちがいない。」と言っていたことを思い出しました。今は間違った選択をしてしまったように感じても、それは通過点、まだ、ゴールではありません。
私の場合などは、だんなのほうが間違った選択をしたのかもしれません。私にがまんしてつきあってくれてるかも?と思わされることがしょっちゅうです。(笑)
頭ごなしに怒らない努力。そしていらいらをためこまない努力。上手に怒りの感情を発散させる努力。けっこう、自分の気持ちの持ち方ですこし、状況を変化させることができる部分もあるかもしれません。
>私は自分のことがわかっていないようです。
>支離滅裂になりましたが、どなたかアドバイスいただけないでしょうか。
アドバイスではありませんが、自分の人生はだれかに幸せにしてもらうものでも、誰かのせいでだいなしにされてしまうものでもなく、私自身が幸せだと感じられるためにどうすればいいか?しあわせな人生を自分でみつけるものなんじゃないかなと私は思うのですが、ねこゆうこさんはどう思われますか?
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