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>ききりんりん。さん
レス、ありがとうございます。
>ASであるなし、老若男女、国や文化を超えて、
>人間は、自分自身のことを、自分が一番知りません。
>自分が何を学ばなければいけないのか、
>気づいていないことに、気がついていない。
そうですね。
分かっていなかった、と気付かされる時って有りますね。
語られた言葉だけを聞いて、無意味だと思った話が、
汲み取れなかった意図に気付いた時、
初めて重要に思えたり。
価値観の違いとして切り捨てていた事柄について、
それを大切にする心情の背景に思い至ったたり。
別の意味づけの下に営まれている世界を知った時、
自分は何も知らなかったと愕然とします。
逆に、今度こそ想像しようと思っても、
向こうから見た光景が全く見えなかったりもします。
>ただ、スレ主であるやこさんの場合、どういう方法であれ、
>今回、お互い「違うこと」を、お互いが認識できました。
>お互い「違うこと」に気がつけたら、
>お互いどう違うのか「学ぶこと」ができる。
>「学ぶこと」ができたら、対応の仕方は自ずと見えてくる。
>学んだ対応の仕方を頼りに、
>お互いひとつひとつ「実践すること」を経験として、
>積み重ねていくしかありません。
>全てはここから。人生は、長い長い道のりです。
努力しないと相手を理解できないという自覚から出発するカップルは、
きっと、深い陰影に富んだ、豊かな関係を築けるでしょうね。
分かり合えているはずだという錯覚に陥ることも避けられますね。
似ているから一緒に暮らすのではなくて、
一緒に暮らしたいという互いの想いによって、
違いを超えていくカップルに美しさも感じます。
私自身もまた、全く見えない言葉の向こう側を想像していく努力をしていかなくてはと思いました。
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