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うららかさん
>皆さん初めまして!
>自分が人とは違うと感じて、ここにたどり着きました。
こちらこそ
はじめまして!
私は軽度発達障碍を理解したいと学んでいるうちに、すっかりはまってしまいました。人間の心の仕組みの不思議さにいろいろ考えさせられています。
ASの他にもADHD,ADDといった知的面での問題がない方など、けっしてひとくくりにまとめて表現できるものではなく、本当に奥の深い世界だと思います。また、親や周囲の大人たちに支配されてきたという成育歴によって自分を客観的にみるという経験を積まずに大人になられた方が、自分と他人との距離感が測れずに苦しんだり、精神的疾患になったりということもあるようです。
自分の世界の狭さや上手く他人と関われないということを生きにくいと感じておられるようですから、やはりなんらかの手だてをうつことが必要かとも思いました。
>私は、初対面はいいのですが、
>少し慣れて来ると、なんとなく避けられるようになってしまいます。
>被害妄想もあるのかもしれないですが・・・
>ASかどうかわからないのですが、私なりに分析すると、
>1.すぐに忘れる
「少し仲良くなれたかな?」と思った人に軽く自分を開示してみるとどうでしょう?
自分なりにもメモやノートにチェックして努力すると同時に「私ってほんとに忘れっぽくて、大事なことがぬけちゃうとみんなに申し訳ないないから、私が忘れてるようだったら教えてね」というように、お願いすると、「私もなのよねー!」って言ってくれたりします。
世界保健機構(WHO)によると、機能障碍など本人にできないことがあっても、環境因子(周囲の理解や支援)で日常生活の質が変化するそうです。
最近学んだ文章をそのまま載せます。
「何らかの機能不全(身体障碍、知的障碍、精神障碍)があるから人は障碍者なのではありません。理解がない、支援機器がないなど環境が整わないために活動が制限されたり、社会に参加できなくなったりして、初めて人は障碍者になるのです」
障碍があるかないかに関係なく、私たちは自分の特性を客観的に知ることが大切で、自分にできないことをどうすれば補うことができるか?を考えながら、必要な手だてを必要なところにさしのべていく・・・。一方的に与える者と与えられる者という構図ではなく、「おたがいさま」の社会にできるといいのではと思います。「生きることを楽しいと感じる」が大事ですよね。
自分に自信を持てないことを自分の奥深くに押し込め、蓋をして、強がって生きている人間にかぎって、自分と他人との関係を数字や能力でしか測れずに、一喜一憂してしまうようです。(私自身も無意識というレベルでこの落とし穴に落ちこむことがよくあります・・・反省)
>
>愚痴になってしまってごめんなさい!
自分の中で考えたことを外に出すこと!これが「はじめの一歩」ですから、愚痴でもなんでもOK!!だと思います。
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