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▼タカさん:
こんにちは。
これは、私自身の経験なので、
あくまで、一例、一個人の体験談として、
お受け止め頂ければと思います。
かつて私自身も、タカさんに似た傾向を持っていました。
「頑固で無鉄砲」「喧嘩は売られる前に売ってやる」
浅はかですが、そんな傾向を確実に持っていました。
ですから、アスペルガーの夫と過ごした最初の3年間は、
「どうしてわかってくれないんだ」と、
散々お互いを傷つけ合いました。
最終的に、私が「このままでは家族まで壊れてしまう。
もう一緒にはいられない。」と思った時、
夫は「それでも家族といたい。一緒にいたい」と言いました。
一緒に居て苦しいだけだとわかっていても、一緒にいたい。
理解は出来ないかもしれない、でも理解したい。
夫のその言葉で、私も「わかってほしい主張」だけでなく、
「わかろうとする努力」を真剣に始めました。
ある自閉症のセミナーで、
理解力とは想像力なのだと学びました。
他人を理解しようとすることは、
単に自分を相手の立場に置き換えて考えるという
単純なものではないと。
それでは、自分と同じ境遇や考え方、
行動をするに違いないという全く根拠のない、
ほぼ有り得ない大前提がないと成り立たず、
むしろ、自分とは感じ方も考え方も相容れない
決定的に異なった他人を前にして、はじめて、
自分の理解力=想像力=理性の価値が問われるのだと。
夫を理解しようと改めて夫を観察するにつれ、
「夫はどういう人間なのか」
「自分はどういう人間なのか」
「どうあろうとしているのか」
「そのためには何が必要か」
「それはどうすれば手に入るのか」
「生きていくために、本当に必要なことって何だろう」
今まで見過ごしたままにしていた課題1つ1つに
気がつきました。
なんて無知だったんだろう、
なんて狭い思い込みの世界で生きていたんだろう、
なんてたくさんのものを
見失った生き方をしていたんだろうと、
自分の浅はかさに、そこではじめて、気がつきました。
それからは、夫との戦いではなく、
自分自身の依存心、
傲慢さとの戦いに明け暮れる日々です。
夫も、私とではなく、常に自分自身と戦っています。
私達は傷つけあい、お互いを壊し合いましたが、
それでもギブアップしなかった夫の強い意思が
私をそんな手探りの道へと導きました。
あの時、夫が「こんなに苦しいならもう一人になりたい」と
言っていたら、今の関係は有り得ません。
私自身、今の私に至るまで、
更なる時間を要したでしょうし、
とんでもない失敗や迷惑を仕出かしたと思います。
2人でああでもない、こうでもないと
休みながらも、たくさんの経験を積み続ける時間は、
「頑固で無鉄砲」「喧嘩は売られる前に売ってやる」私を
見事に打ち砕いてしまいました。
今では、かつての私は笑い話の良いネタです。
自分が進んでいこうとする方向に道は開けます。
まずは「自分ありき」の人生を歩いた上で
「他人ありき」の理解力を養い、
タカさんが望む方向へと、
臆することなく歩を進めて下さい。
自分がどうしたいのか、その為にどうすべきなのか、
その為に必要なことを阻害するのは、
案外誰でもない自分自身だったりします。
自分が進んでいこうとする方向に
どんな障害や困難が転がっていようとも
「自分はどうしたいのか」を、見失わなければ、
道は必ず開けていきます。
「自分はどうしたいのか」
そればかりは、どんなに親密な相手であっても
他人が決めることは出来ません。
人生は、皆、自己責任。
その自己責任の根源ともいえる部分なのですから。
タカさんの道がどういった方向に向くのであれ、
本当に、心から、応援申し上げておりますよ。
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