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SILVERさん、はじめまして。コメントをもらえるとは思っていなかったので
もらえて嬉しいです。
>最近、アスペルガーでしょうか?と問われる方のスレが
>けっこう目立ちますね?
>「ハートをつなごう」の放送後だからでしょうか?
このホームページは6、7年前から知っていたのですが、ネットで人と関わることも恐かったので、書き込めずにいました。掲示板をながめるだけでした。アスペルガーを知ったのは、「君が教えてくれたこと」とゆうテレビドラマを見たことがきっかけでした。それを見た知り合いに指摘されて、とゆう経過でやっとこ書き込んでみました。
>
>統合失調症を二次障害で併発しているアスペルガー者は多いみたいですね。
>発達障害を診断できるお医者様でないと、
>成人の診断はむずかしいかもしれませんよ?
>
>私も、過去1度だけ精神科にかかってみて、
>発達障害の可能性を聞いたら、
>そこのお医者さんは、
>「発達障害は子どもがなる病気」
>という認識でしたから。
子供のうちに発見されなかったアスペルガーの方には大変な状況ですね。
子供がなる病気とゆうことは、子供のうちになって治らずに大人になった
人だって居るとゆう前提がお医者さんに無かったりするんですね。
>お住いのお近くに、発達障害センターは無さそうですか?
>このページの上に、リンクが貼ってあるようですので、
>そうした専門のところならば、診断を受けられるかもしれません。
発達障害センター、私はそこまで考えずにこの文章を打っていました。
社会的にアスペルガーと診断をされることよりも、ただ悩んでました。
なにか、他の人と違うけど、どう表現したらいいかわからなくて、
自分の気持ちが重なったアスペルガーとゆう言葉が答えだったと思っていました。
>うちもね。息子が診断されたとき、
>一度は「子どもが問題起こすのは、私の育て方じゃないんだ。そういう障害だったからなんだ」
>と、思いました。
>
>それでいったんは、解放された気になりました。
>でも、まあ一度はそれで気持ちが楽になるのならば、そう思っても良いかと私も思います。
>ただ、それ以降は、
>外を歩く時に、
>「アスペルガー症候群です」と、看板さげて歩くわけにもいかないから。
>
>それは、
>「アスペルガー」とわかったから、一度は自分がゆるされてみるのもいいですが、
>つぎからは、
>じゃあ、どう工夫したら自分は生きやすくなるか?
>を、考えることに直面するんじゃないかと思うのです。
>だって、社会はアスペルガーと診断されたからといって、
>急に優しくなるわけじゃないですから。
毎日の日常を生きていく本人や家族の方には、自分で解決してゆくとゆう道しか残ってないのですね。
本人がアスペルガーの場合、知ることと、知らないことではどちらの方が本人のためにいいですか。社会にあわせていけるようになるには、やっぱり自覚をしたほうがいいのでしょうか、それとも知らないで個性のままにして一生をすごさせたほうが幸せなのでしょうか。
>認知されたところで、
>周囲が偏見なしに、すぐ理解してくれるともかぎらないし、
>すぐに何らかの支援方法を考えてくれるともかぎらない。
>仕事がみつからないアスペルガー当事者はたくさんいます。
>
>そういう意味では、いろいろむずかしいことがたくさん、山積みだと思います。
現実問題として扱うことが自分には欠けていました。社会は厳しい世界なんだとゆうことを理解しないまま大人になって、障害の無い人にとっても社会は厳しい、
今まで親のすねをかじってきた自分には厳しいことです。
>>でも、どこかでアスペルガーの仲間に入れてもらいたい気持ちがあります。
>
>診断されなくとも、
>自分はそうかもしれないという自覚をもって、
>どう工夫したら、生きやすいか?
>と、考える分には、
>ご自身をアスペルガーの枠にくくっても良いかと思います。
>自分で思う分には、自由ですからね。
>
>先にあげたように、支援センター等で診断を受けられるのも良いと思います。
>
>ただ、診断を受けた=ゴール ではない、
>ご自身と向き合うスタートなのだということを覚えておいてくださいね。
診断を受けた=ゴールでは無いんですね。
今まで、アスペルガーのこと以外で自分と向き合わざるを得なかったときを、何度も経験しました。性格のことが主です。人に悪い点を指摘されて改善をしていく
作業です。褒められることはありません、どんな人間にも自分では気づかなかった
けど、人には見えていた。けど指摘は遠慮して言わない、とゆう部分があってそこを治すように意識を変えることを突きつけられる。想像以上に厳しい。そこでは、精神病も発達障害も関係ない、ただ人間性を見つめる作業。人に真から愛情を持っているか見られていた。アスペルガーと診断されても、多分、そのときと同じ事を経験するのだと思います。
いかに、人のために動くことが難しい人間であったとしても、人のために生きれるか、とゆうことだと思います。
そんなことを、忘れていました。
なんだか、話がそれました。
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