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風呂糸です。
今年もよろしくです。
最近感銘を受けたHPからの引用です。
先住民の多くは文字を持たなかったので、より印象に残り気持ち良い形へと変化していったのでしょうか、言葉の音、韻を大切にしていたようです。
そして、口から口へと口承されていったようです。
江戸時代から100年余りでアイヌ文化はほぼ絶滅させられてしまい、
形の残らないそれらの多くは失われてしまったようですが、近年先住民の文化の豊かさが広く知られるようになり、復活させようとしている人も多いようです。
日本人は、アイヌ民族・縄文系と渡来系の弥生民族系とのハイブリッド、混血と言われております。
ただ残念ながら、現在のこの国の象徴とされてる一家が渡来系らしいので、古事記や日本書紀以前の歴史は殆ど失われてしまって、研究も余りされていないようで残念です。
でも青森の「三内丸山古墳」など、「縄文文化は原始人のようだった」という説を覆すような発見が多く見つかり、最近では、「縄文文化は地球上で1万年続いた、最も優れた文化文明ではなかったのか?」という説まで出てきております。(当時は完璧なリサイクル社会だっただろうし)
またアイヌ民族は船を操る事にも長けており、中国へなども行っていたという記録があります。
中国においては漢文の五言律詩などが、やはり韻をふみますよね。
僕は漢文を読んでいると情景が浮かぶので好きなのです。。。
以下のHPからのリンクで「いなばの白兎」の話もアイヌ語で語ると、その本当の形がわかる、と解説されていて非常に興味深いです。
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以下引用。
アイヌ文学の特徴
http://www.dai3gen.net//ainubun.htm
知里真志保は「アイヌ民譚集」(岩波文庫赤81-1)の注記(p236)で「同語を反復し、対語で畳み、時には頭韻を利かせて、流れるような行文の上に汲みとるばかりの音調美をただよわせていることがある。」 と書いています。これは同書のパナンペ説話に関する注記で、サンプルとして、同説話から次の個所を挙げています。
punkar kari peka pon-kusan pon chikappo 蔓(つる)を伝って可愛らしい小鳥が p,k,p の反復
terke terke kane あっちへ飛びこっちへ飛び 同語の繰り返し
そして、「語る者にも聞く者にも非常にソノラスな印象をもたらすのである。この音調的な美しさはアイヌ文学の特徴の一つであって文字の無かったため主として聴覚に訴えられることも原因の一つであろうと思う。」としています。
私が、ヤマトタケルの「カガナベテ」説話に見た、このソノラスな印象も、日本語だけからは感じることが出来ないものです。
こういうアタマでおりますと、見るもの聞くものがしばしばアイヌ語で解読すると興味あることが判ることがあります。
ここに静岡県賀茂郡河津町田中にある「杉鉾別命神社」の由緒、があります。
由緒
御神体を浜の方に祀ると船が進まなくなるので、天城山の方角に祀ると言う。
往古、杉鉾別命が酒に酔っぱらって野原の枯れ草の中で眠ってしまった。
その時野火が起こり、命はすっかり取り囲まれて絶対絶命の状態になった。
するとどこからともなく小鳥の大群がやってきて、濡れている羽から水滴をたらしていった。
いくどもいくども繰り返された。さしもの野火も消え、命は危うく一命をとりとめることができた。 当社の氏子達は12月17日から24日までの一週間は酒を断ち、小鳥を捕らない事になっている。神社の掲示では鶏肉、卵も食さないとしているが、12月23日までとしている。
この由緒の中心部分の核となる語をアイヌ語で対比してみますと次のようになります。
杉鉾別命が酒に酔っぱらって野原の枯れ草の中で眠ってしまった。その時野火が起こり、命はすっかり取り囲まれて絶対絶命の状態になった。 するとどこからともなく小鳥の大群がやってきて、濡れている羽から水滴をたらしていった。いくどもいくども繰り返された。さしもの野火も消え、命は危うく一命をとりとめることができた。 我・呑む=chi ku
枯れ草=chi kina
野火=sir uhuy
小鳥の大群=chirruy
小鳥の大群=chikap ruy
小鳥の大群=chikap rup
鳥=chir とも言う(雅語)
濡れている羽=chirir rap
水滴が落ちる=wakka chik
即ち、知里の書き方を真似れば、ch, k, r,の繰り返し、頻出がとても目立っています。もう少し特定的に言うと、
chi-ku, chi-kina, chikap, chirir, chik のようにchiで始まる語群、
rap, rup の類似音節の調和(対立),
chikap(鳥) ruy(群)を採れば sir(土地) uhuy(燃える) との踏韻、
chir(鳥) ruy(多い) を採れば sir uhuy との韻はもっと近くなる
日本語で聞けば他愛ない伝説ですが、起源はアイヌ語(おっと、縄文語か?)で語られていた物語ではなかったでしょうか。ヤマトタケルの野火にあった話の原形か?
最近解析していた「因幡の素兎」
http://www.dai3gen.net//sirousagi.htm
「隠岐の三つ子島」「伊予の二名島」なども、日本語へ翻訳されたため失われてしまったこの種の「ソノラス」な或いは言葉の遊びが原語(?)ではハッキリと覗えるのが判る。
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長文失礼しました。
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