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▼みいぽんさん:
こんにちは。
果たしてどのようにお話しすればよいのか、しばらく分りませんでしたので、お返事遅くなりました。
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>今日初めて手毬さんのこちらのレスを読ませていただいたのですが、我が家の娘と共通するだろうと思われる点がいっぱいあって、とても興味深く読ませていただきました。
有り難うございます。
>そして、もしよろしければ、さらにお話しをきかせていただきたく思いました。
>そうなんです、親側の私にしてみれば、やはり先の予測がある程度つくだけにこのままじゃまずい、トラブルが出て子供がダメージを受けるだろう、それは避けたいとつい必死に対応策を教えようとします。
>ですが、とうの娘の方は「他人事」でまさしく「別問題」に感じるようです。
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>これまで、言葉だけではなく、さまざまな方法をとりました。ノートにアドバイスををまとめて書いておいていつでも見れるようにする、絵(簡単なまんが)で描き教える、目に見えるところにアドバイスを貼っておく などです。
>知った後娘が自分でどうするかはともかく、やはり前知識として「みんなはこうされるとどう感じるか」は知っておいて欲しいし、伝えたいと思ったんです。
書き込みを読ませていただきました。スモールステップで評価していて、娘さんに苦手なことに取り組ませていることに対しての、熱心さが感じられました。
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>でも当事者のかたとしては、どうなのでしょう?
>「こうしたほうがいいよ」と言われてもすぐには受け入れられないとした場合、
>子供に無理に強制できないとすると親の対策は下のようになってしまいますが、これでいいのでしょうか?
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>・一応優しくアドバイスだけはしといて、子供が自分で失敗体験を繰り返して本人が自覚した後 再度フォローする
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>・失敗体験は心に傷を残すので、できれば多少強制の部分があっても 成功体験の積み重ねを優先する
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>ことしか私は頭に浮かばないのですが、どちらも本音を言えば避けたいです。
あくまで私の推測で、自分が小学生の中学年頃に、母によく叱られていたことを思い出しまして、正直、どう返事してよいものか悩みました。というのは、今現在私の母は亡くなり、自分が母親という立場になっても、答えが出ないからです。あくまでもの娘の視点でお話しします。
あくまでも私が母にされていた強制について言うならば、マイナスの記憶になりますが、小学生の時に、義務として行っていた学校から帰ってきて、自分の嫌なことをしなければいけないと、お母さんから常に見張られて(1DKの団地でしたので・・・)これでもかと、滅多にほめられることはありませんでしたし、いつも評価(わがまま、言うことを聞かない、おかしい、など)が来ること自体、辛かったです。
その時はそれが当たり前でも、後(中学、高校)になって、なぜ、あそこまで怒っていたの?と、反発しましたし、それがずいぶんと長く尾を引きました。診断を受けたことである種の区切りはつきましたが、親子の確執の解決になったかというと、それは別問題のような気がします。そして、みいぽんさんの場合、折に触れて子どもに対して、きめ細かくプラスの評価をされているので、その点は、私の母とは波長が違う、と思いました。
母の場合は、大雑把で、させたいことを細かく指示はしませんでしたが、細かい評価はない一方、常に怒っているとしか思えず、逆らうことは恐い一方、宿題など、しなければいけないことを見ていてくれたことは、有り難いと思っています。今思えば、その時の母は、怒らないで見守ってくれていたのを思い出しました。強制された感覚や、細かいアドバイスはあったかどうか憶えていませんが、しなければいけないことを単にするように、母が促していたと記憶しています。そんな、自分を常に見ている母の存在は、今でも懐かしく、悪い記憶さえ思い出せなければ、有り難かったと思えます。母は、細かいほめ言葉を滅多に言いませんでしたし、その時は強制とは思えませんでしたし、ごく自然に母の言うことを聞いていました。
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>手毬さんと我が家の娘は世代も違い当然違う人間同士というのはわかってはいますが、レスを拝見していてもしかしたら共通する部分があるのではと思い、参考に意見をきかせていただければ嬉しいです。
もう 一つお話ししますが、私の幼稚園児代は風邪を引きやすいと言うことで、無理矢理タイツをはかされ、上着を着せられましたが、春が近づいたある日、そんな格好で幼稚園に行きましたら、私を除く殆ど全員の子ども達が、ハイソックスで私だけがタイツをはいていて、仲間外れを感じたことを鮮明に覚えています。
強制された、と思う記憶の中で、有り難いと思える事があるとすれば、私の場合、残念ながら殆どありません。仮にそれが役に立つものであったにせよ、よいものだという利害関係よりも、先回りされての悪い評価に反感を憶える一方、結果的に自分が頭ごなしにされた惨めさと、無力感が残って、折に触れて悪い記憶としてしか出てきません。
ちなみに成人してすぐの頃に、就職で失敗していた頃に、母に昔話をしていて、なぜあのように怒ったのか尋ねたときに、煮え切らないでいて、母を問詰めてしまうことになり、それを治めるために、結果として父の威嚇に任せていたことは、今でも生理的に許せません。頭ではどうにか、何通りの想像が出来て、何通りかの解釈は思いつくものの、まだ答えは出ていませんので、今現在、物理的に父と距離が取れていることが、救いでしょうか。
答えになっていなかったらすみません。息子の下着の上にパジャマを着せようとしても、なかなか言うことを聞きませんで、やっと着せました。風邪を引くと分っているだけに、泣かないタイミングで着せるのは根気がいると実感しています。
私の場合、子どもは男の子で、まだ幼く、診断が出るかどうか分らないという違いがあり、私という親のせいで、行き違いなどで不利益を被らないか?と思う一方、子どもを心配するという意味で、みいぽんさんの課題がいつか、私の抱える課題になることに思えます。その意味では線引きになりました。有り難うございます。
娘さんにとって、お母さんの思いが正しく伝わり、娘さんがストレスや抵抗が少なく、社会性を身につけ、理解して成長されればと、願います。
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