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▼ネーブルさん:
はじめまして、凪ともうします。
解離性障害というものがどういうものかわかりませんが、主治医より「解離」をしないようにと注意を受けている点を書かせて頂きます。
日常生活において、意識が飛ぶことがあります。
脳内の現実的な処理に耐えきれなくなったとき、強制的に思考停止に陥るようです。
何を考え、それが心因的ストレスとなっているのかは理解できていますので、解離性遁走と呼ばれるものに相当するのだと思います。
見方によれば、一種のてんかんとも採れるそうです。
この部分を「解離」と指摘され、自意識下でのコントロールをするように促されています。
以下、私個人の感覚です(特に医師には話しておりませんので、話半分に聴いて下されば有り難いです)
自分の言動、行動は過去のトラウマティックな出来事により抑圧され、対人間のやりとりの際、相手によって態度(対応)の仕方が半自動的に変換することがあります。
周囲の人を観察していますと、「猫を被る」「場に合わせる」「場当たり的な対応」などという表現が近いような気がしますが、これが自分の意志に関係なくオートマティックに作動してしまい、意識下ではそれを客観視する自分がいることが多いです。
双極性障害のラピッドサイクラーにも近いところは感じられますが、感情が起伏しているというのではなく、場、人、環境に合わせて役割を変換している「強制着せ替え人形」的感覚なのかも知れません。
一種の防衛規制だと認識しています。
個人的に辛いところは、“感情に左右されない”というところで、自己内での感情の抑制・葛藤が別次元で起こっていることだったりしています。
周囲が楽しい会話をしているときそれに乗っかる行動が自動処理で、心の中は冷め切っている、と言うような状態はままあります。
近頃は良くなったのか、悪くなったのか、その感情部分が顔にのみ表出してしまい、態度、発言と顔の表情のギャップが、周囲にとっては理解出来ない状態で(本人も理解できない)、色々弊害があったりしています。
私は解離性障害というもののことは全く知りませんので参考になるかどうかわかりませんが、友人さんとの関係がいい方向に進みますように。
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