アスペルガーの館の掲示板

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[#31267] ジェンダーに疑問。 もかか 09/7/17(金) 1:33 [未読]

[#31287] Re:ジェンダーに疑問。 もかか 09/7/19(日) 13:21 [未読]
[#31321] Re:ジェンダーに疑問。 手毬 09/7/21(火) 16:16 [未読]
[#31378] Re:ジェンダーに疑問。 もかか 09/7/26(日) 14:16 [未読]
[#31517] Re:ジェンダーに疑問。 手毬 09/8/6(木) 13:37 [未読]
[#31518] Re:ジェンダーに疑問。(続きです) 手毬 09/8/6(木) 16:36 [未読]
[#31570] Re:ジェンダーに疑問。(続きです) もかか 09/8/10(月) 9:42 [未読]
[#31593] Re:ジェンダーに疑問。(続きです) 手毬 09/8/11(火) 10:44 [未読]
[#31610] Re:ジェンダーに疑問。(続きです) もかか 09/8/14(金) 1:44 [未読]
[#32956] Re:ジェンダーに疑問。(続きです) 手毬 10/2/10(水) 21:54 [未読]
[#33025] お返事遅くなりました! もかか 10/2/17(水) 23:00 [未読]
[#33028] 安心しました。 手毬 10/2/18(木) 13:23 [未読]

[#31287] Re:ジェンダーに疑問。
 もかか  - 09/7/19(日) 13:21 -

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   手毬さんへ
非常にご丁寧にお返事頂いて、有難うございます。

>はじめまして。中年にさしかかる当事者の女です。自分の10代20代は、世間の求める「女らしさ」に強い違和感を感じてきました。今現在、夫と子供がいますが、やはり、ある種の違和感が無くなったわけではありません。3人以上の集りの中では、そこでの対応に疲れやすくなります。
 やはり皆さんも『女性らしさ(男性らしさ)』を求められる事に不快感を感じているのですね。この歳にして今までの人生の謎が解けました。
 私も3人以上の雑談になると、途中から話についていけなくなり『話を聞いていない人』のレッテルを貼られがちになってしまいます。当の本人は話を聞きたい訳なのですが・・。

> 当時の私の場合、かいつまんで言うと、女らしさには、暗黙の同調圧力に対する、高度な適応が求められているように感じ、建前では、「女<男」と、男性を自分たちよりも有能な存在として、彼らに対しての引き立て役であることが求められることに、強い嫌悪感を感じていた時期も少なからずありました。
 いくら欧米文化が浸透してきている現代と言っても、特に日本という『和』を尊び、且つ『男尊女卑』が未だに根深い国でASが生きる事は、特に女性のAS当事者にとって、やはり難しい事なのだと思い知らされます。


>それはあくまで、私個人の感覚ですが、自分で「女の子」と自覚することに対して、世間の求める「女の子や女らしさ」に大きな隔たりがあることに気付き、自分の求める「女らしさ」が、いわゆるフェミニズムに近いものに近いと思いつつも、悪いのは、女性を下に見るある種の男達であって、男性全体を敵対視したいわけでもなく、実際そういった女性達が、新しい女らしさという同調圧力をかけているようにも思い、彼女たちの言い分は、結局、女性を下に見る結果になっているのかと、堂々巡りになってしまいます。
>「女性」と一括りにされることは、濡れ衣の同調圧力、もしくは、欲しくもない賞賛の押しつけとしか思えません。(個人の感想ですので、不快を感じた方、すみません。)女の体で生活しているだけで、言葉からして、暗に人間としての扱いを受けていない、という怒りを感じる一方で、女としてまともな存在ではない、との矛盾に苦しみました。(この思い切りの悪さが、子供っぽいといわれる所以とは十分承知していますが、中年になってから薄らいだようです。)
『フェミニズム』に関する書物は未だ読んだことはありませんでしたが、なるほど、だいたいの流れが掴めた気がします。
つまり、『フェミニズム』に近い感情をASの女性は抱きがちだけれど、
『真のフェミニズム』とは『男性全般』に対するものであり、
『ASの女性がもつフェミニズム』とは『一部の男性』に
対するものである点で異なり、
『真のフェミニズム』自体が男尊女卑社会に拍車をかけるキッカケにも成り得て本末転倒であり、しかも困ったことに、当のASの女性は『フェミニズム』の感情に似て非なるものが故に『真のフェミニズム』の濡れ衣を着せられてしまうということですね。(解釈が間違っていたらすみません)
 私も女性として一括りにされる事は嫌ですが、だからと言ってフェミニズムと一緒にされる事も嫌ですね。そして、手毬さんのおっしゃる様に、はたして自分を正確な(まともな)女性としてみて言える事なのかも疑問を持つ所ですね。
 その点から考えて、物事を思ったようにハッキリいう事への美徳と、レディーファーストの社会である欧米に定住する事を考えると移住する事に魅力を感じますが、日本人が想像している以上の黄色人種差別もあるので(海外に何年か住んでたのでわかります)踏み留まってしまいますね。

>私の場合は、自分で自覚する「女の子」であることと、世間で言われる「女の子」扱われ方に、大きなギャップを感じてきて、女子特有の数人でグループを組んで行動したり、恋愛がらみや、誰かのうわさ話で、いつもつながっていることが、苦痛で、それで、中学時代、当時としては、青天の霹靂でしかない、仲間はずれに遭い、グループにこだわらない、多くの男子が羨ましく見えました。
私の書き方が少し足りないようでしたね。私も大きなギャップに未だに悩んでいる感じです。女子生徒特有の放課後にクラスに残って雑談していく意味が分からなくやはりずっと浮いていました。そういった点で何度も男になりたいとは思いました。

>私の場合、飼い猫が亡くなったときは、ダイレクトに悲しくて、小さな子供のように泣くじゃくり、家の建て替えと重なって、しばらくして幻聴におそわれたことがありました。その後に母が亡くなったとき、そして、結婚し、子供が生れたときに、自分の感情が分からなくてガラス一枚隔てた感覚になりましたが、ふとした拍子に、悲しい、嬉しい、困る、憎いなどの感情が出てきたりします。マイナスの感情を持たないように、とロボットのように考えられることが救いだったりします。
私も同じように、共感できる事と、できない事の差が割とハッキリしているようです。その共感も恐らく、一般の人の共感とは異なる様な気がしますが。
 手毬さんの『マイナスの感情を持たないように、とロボットのように考えられる』と似ていると思う事で、私は悲しくて仕様が無く考えるだけで涙が止まらない様な事でも、その事を考えるのを止めて違う事を考えると涙がボツッと不思議なくらい止まったり、泣いている時に他の事を言われて話に集中すると、涙が急に止まったりしてしまいます。その点では、確かに気持ちの切り替えが早かったりします(苦笑)

[#31321] Re:ジェンダーに疑問。
 手毬 メール  - 09/7/21(火) 16:16 -

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   ▼もかかさん:

こんにちは。コメントありがとうございます。長くなりますが、説明させたもらいます。読みにくかったらすみません。

> やはり皆さんも『女性らしさ(男性らしさ)』を求められる事に不快感を感じているのですね。この歳にして今までの人生の謎が解けました。
> 私も3人以上の雑談になると、途中から話についていけなくなり『話を聞いていない人』のレッテルを貼られがちになってしまいます。当の本人は話を聞きたい訳なのですが・・。
20代の頃でしたが、ある趣味の集りで、講師である年配の男性から、ある中年の女性に対して、「(手毬の)言っている意味が分からない、通訳してくれ」と命じていて、くだんの女性は、フェミニズムの関係者だったにもかかわらず、彼の威圧的な態度に対して従順だったので、????だったことがありました。彼女は、人々の動きにそつなく適応できる、普通の定型発達の適応をしていただけだと、診断を受け、本を読むうちに後で納得しました。当時は、東京で一人暮らしをしていて、フェミニストといわれる女性達と、度々話をしたことがありました。


> いくら欧米文化が浸透してきている現代と言っても、特に日本という『和』を尊び、且つ『男尊女卑』が未だに根深い国でASが生きる事は、特に女性のAS当事者にとって、やはり難しい事なのだと思い知らされます。
フェミニストであれば、逆に、男性を立てる対応をしている人々と、そうでない人に別れると思います。意識がはっきりしているだけに、かえって保守的な同性の方が気が、話をしていても気が楽だったことがありましたが、フェミニストの女性によると、どっちみち扱いが表向き女性を立てているように見えても、女の人を「女性」という決まった枠の色眼鏡で見る以上は、あくまでも「第2の性」であることには変わらないようです。ですので、フェミニストが悪い存在か否か、決められるとは思えません。そうレッテルを貼られたところで、尊敬か、排除か、かなり別れるところですが、そう言う人たちにとっては、単に「怖い女」と、いう記号に過ぎないと思います。

>『フェミニズム』に関する書物は未だ読んだことはありませんでしたが、なるほど、だいたいの流れが掴めた気がします。
>つまり、『フェミニズム』に近い感情をASの女性は抱きがちだけれど、
>『真のフェミニズム』とは『男性全般』に対するものであり、
確かにそう言われますね。フェミニズム=男性が悪い、と一元的にいわれる所以でしょうか。ジェンダーという言葉は、フェミニズムが母体になって生れた言葉だと聞いています。

>『ASの女性がもつフェミニズム』とは『一部の男性』に
>対するものである点で異なり、
>『真のフェミニズム』自体が男尊女卑社会に拍車をかけるキッカケにも成り得て本末転倒であり、しかも困ったことに、当のASの女性は『フェミニズム』の感情に似て非なるものが故に『真のフェミニズム』の濡れ衣を着せられてしまうということですね。(解釈が間違っていたらすみません)
あ、説明不足ですみません。「濡れ衣」という意味は、

1.女性と言うことで、人間一般からの例外として、「女性」という、色眼鏡で見られて、男性に対しては、なされない解釈がつきまとい、例えば、怒っているわけでなくても、怒った、と男性以上に過剰に解釈されたりすること。

2.特に、今で言うセクハラに近い会話、対応が向けられたときなどに、異議の申し立て(1.に近い誤解と重なり)をすれば、からかい混じりに、「フェミニズム」のレッテルを貼られるので、事を荒立てないためには、ひたすら、我慢するしかない。

以上、2通りの意味でした。からかい混じりで、そういった濡れ衣を着せられることは、定型、当事者にかかわらず、女性に降りかかる災難といえるでしょう。当事者の場合は、なぜ、そう言われるのか、こらえて適応しても悔しい思いを持ち越すか、その時のパニックで失敗するか、時間が経たなければ分からないので苦労します。定型の場合は、不本意で怒り心頭でも、空気を読んで、合わせられるという事が出来るのでしょうか。


> 私も女性として一括りにされる事は嫌ですが、だからと言ってフェミニズムと一緒にされる事も嫌ですね。そして、手毬さんのおっしゃる様に、はたして自分を正確な(まともな)女性としてみて言える事なのかも疑問を持つ所ですね。
> その点から考えて、物事を思ったようにハッキリいう事への美徳と、レディーファーストの社会である欧米に定住する事を考えると移住する事に魅力を感じますが、日本人が想像している以上の黄色人種差別もあるので(海外に何年か住んでたのでわかります)踏み留まってしまいますね。
そうでしたか。自分は、日本を出たことがないので分かりませんが。海外に滞在した日本人同士は、やはり、学校などの女子グループのようにくっついているし、排他的だと聞きました。さぞ大変だったことでしょう。

>私の書き方が少し足りないようでしたね。私も大きなギャップに未だに悩んでいる感じです。女子生徒特有の放課後にクラスに残って雑談していく意味が分からなくやはりずっと浮いていました。そういった点で何度も男になりたいとは思いました。
連れだってトイレ、おそろいの持ち物(職場や、主婦の仲間同士でありました。)、母親になってもママ友同士で、子供を同じ習い事に通わせる(こちらは本で読みました。)・・・そんな傾向は、ありますね。

>私も同じように、共感できる事と、できない事の差が割とハッキリしているようです。その共感も恐らく、一般の人の共感とは異なる様な気がしますが。
その「共感」の部分ですが、最近、子供を保育園に行かせる車の中で、カーラジオの放送で、松谷みよ子の童話が朗読されていて、子供の名前を呼び続ける母親に対して、すずめから、死んだ子供が、貝になったことを知らされる場面が耳に入り、(え?死んだの?)と、思わず号泣し、息子がびっくりしてしまい、息子から、「大丈夫?」と声をかけられて我に返っても、涙が止まらず、保育園に着くやいなや、何にもなかったように、挨拶、用具の支度、子供の見送りをすませて、家に向かう車に戻るやいなや、また涙が止まらない状態に戻って、何かに操られているような感覚になったことがありました。普段とは打って変わった自分の反応に戸惑いました。

本当は子供といたかったことと、保育園への登園との矛盾した気持ちが、童話の母親への共感として現われたとも思えますが、それを、「母親の本能」として、仮に誰から、仮に言われたら、違和感(本能?ちょっと違うな・・・でも、相手がそう見るなら、仕方がない)を感じると思いますが、そこで笑うのが適応だと思っています。(9割当っていても1割は違うな???と思っても、本音の1割の部分は、言わない方が角が立たないので、言いません。)もっとも、こちらに火の粉がかかるならば、話は別ですが。

> 手毬さんの『マイナスの感情を持たないように、とロボットのように考えられる』と似ていると思う事で、私は悲しくて仕様が無く考えるだけで涙が止まらない様な事でも、その事を考えるのを止めて違う事を考えると涙がボツッと不思議なくらい止まったり、泣いている時に他の事を言われて話に集中すると、涙が急に止まったりしてしまいます。その点では、確かに気持ちの切り替えが早かったりします
クリニックで上記の、「何かに操られているような感覚になったこと」を話しましたが、別におかしいとも何とも言われませんでした。

中年に入り、「可愛い女の子であること」が求められなくなったせいか、女性タレントの演出や、少女向けの娯楽などで、主人公が、甲高い声で、「可愛いこと」を自己アピールする演出を見るや聞くや、瞬時に無意識に舌打ちしていたりで、どうも好きになれません。母もそんな少女が嫌いで、自分が、未成年の頃、当時中年だった母の持っていた趣味の影響を受けたのかも知れません。

しかし、女性向けのアクセサリーや、服などで、そういった「女らしい」もの、女性好みの小物などを見ると、むしろ好感を持ちます。私自身、手毬のカラフルな色彩が好きなので、HNにも使っています。
(元のHNは、「てんまりこ」でした。意味は「跳ねっ返り」になってしまうということでしたが。)そこで、短く「手毬」に変えました。人によっては、「結局女らしい」と思われるか、「素直でない女」と解釈されるか、よく分かりませんが・・・(苦笑)

適応するには、周囲とのギャップを、どのように埋められるか?が、課題に思えます。長文、失礼しました。

[#31378] Re:ジェンダーに疑問。
 もかか  - 09/7/26(日) 14:16 -

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   手毬さんへ
お返事どうも有難うございます!お返事がきていた事に気付かなかったので、
少し遅れました。すみません。

フェミニズムについて、非常に深いお話になってきて、正直内容を理解する事が難しくなって来たので、少しネットでフェミニズムについて勉強させて頂きました。
奥が深いです!

>20代の頃でしたが、ある趣味の集りで、講師である年配の男性から、ある中年の女性に対して、「(手毬の)言っている意味が分からない、通訳してくれ」と命じていて、くだんの女性は、フェミニズムの関係者だったにもかかわらず、彼の威圧的な態度に対して従順だったので、????だったことがありました。彼女は、人々の動きにそつなく適応できる、普通の定型発達の適応をしていただけだと、診断を受け、本を読むうちに後で納得しました。当時は、東京で一人暮らしをしていて、フェミニストといわれる女性達と、度々話をしたことがありました。
私も当時の手毬さんの立場であれば、きっと同じようにその『フェミニズム関係者の女性』の行動が理解できなかったと思います。

実は、私もこれと似たような体験をしていた事があり、ずっとその事について疑問に感じていたのですが、自分がASだと理解してやっと理解できた事でした。
その内容と言うのは、この掲示板で書いて良いものか、他の人の気分を害するのではないかと非常に迷った事なのですが、どうやら『フェミニズム』を語る上で関係が切っても切れなそうだと思ったので告白します。
実は私は同性愛者で、彼女がいます。
その彼女がいつも男性と話をする時に、通常よりも声のトーンが上がり可愛らしく対応しているので、何故私と対応する時のような対応で男性と接しないのか?実は両性愛者なのか?と問いただした事が何度もありました。
後に、彼女の男性との対応は社会に適応した、定型発達者のものだと理解しましたが、私は未だASである自分を理解してから日が浅いので、『お世辞、愛想笑い』といったコミュニケーション力に欠けているようです。
(論点がズレていたらすみません。また、私は同性愛者だからと言って、
いわゆる『レズビアン・フェミニズム』や『レズビアン・セパレーティズム』といった思想はありません。また、気分を害してしまったのならすみません。)

一つ疑問に思ったのですが、手毬さんは政治家関係のお仕事をしていらっしゃるのですか?フェミニストの方とよくお話されている様なので。

>フェミニストであれば、逆に、男性を立てる対応をしている人々と、そうでない人に別れると思います。意識がはっきりしているだけに、かえって保守的な同性の方が、話をしていても気が楽だったことがありましたが、フェミニストの女性によると、どっちみち扱いが表向き女性を立てているように見えても、女の人を「女性」という決まった枠の色眼鏡で見る以上は、あくまでも「第2の性」であることには変わらないようです。ですので、フェミニストが悪い存在か否か、決められるとは思えません。そうレッテルを貼られたところで、尊敬か、排除か、かなり別れるところですが、そう言う人たちにとっては、単に「怖い女」と、いう記号に過ぎないと思います。
『フェミニズム』について少し勉強したので解りましたが、私達女性はこの思想のお陰で現在在る様々な恩恵(完全では無いですが、女性参政権、育児休暇、セクハラ・DV・強姦・近親姦の禁止、社会進出)を受けているのですね。
在り難いことです。でも同時に私の中には『反フェミニズム』的な思想も存在します。と言うのは、最近『人工中絶』に対する人々の意識の低下に疑問を持つからです。「子供をおろす、おろさない」この言葉自体に私は非常に嫌悪感を持ちます。簡単な言葉の表れに反して、その言葉の持つ意味の重さが計り知れないものだと思うからです。
『反フェミニズム』とは言っても、私のような同性愛者が『少子化』について声を荒げて言える立場では無いのですけれど。
正直、子供は大好きなので欲しいです。でも子供の周りを囲む環境を想うととても産む気にはなれませんね。悲しいですが。

論点がずれてしまってすみません。『保守的なフェミニスト』であれ、『保守的でないフェミニスト』であれ結局行き着く先は同じ意見なのですね。男性に女性という形式だった、色眼鏡で見られているという。
なるほど、フェミニストは男性から怖い女性に見えるでしょうね。苦笑

『フェミニズム』と一言で言っても、その中でも色んな思想に分かれていて、それぞれがどこまで『フェミニズム』を追求していくべきなのかも私には、難しいですが、少なくとも現在の日本には更にフェミニズムを追求していくべき余地は有るのだという事だけは解りました。(更に育児休暇を取りやすい社会にしたり、女性でも会社で高い地位の職に就きやすくしたり等)
『目に見える男女平等』(参政権等)の確立は比較的容易なのに対して、『精神的自由権に関わる男女平等』の確立は、日本という古くからのしとやかで、物腰の柔らかい女性らしさを美徳と考える等の文化から難しそうですね。


>あ、説明不足ですみません。「濡れ衣」という意味は、
>
>1.女性と言うことで、人間一般からの例外として、「女性」という、色眼鏡で見られて、男性に対しては、なされない解釈がつきまとい、例えば、怒っているわけでなくても、怒った、と男性以上に過剰に解釈されたりすること。
>
>2.特に、今で言うセクハラに近い会話、対応が向けられたときなどに、異議の申し立て(1.に近い誤解と重なり)をすれば、からかい混じりに、「フェミニズム」のレッテルを貼られるので、事を荒立てないためには、ひたすら、我慢するしかない。
>
>以上、2通りの意味でした。からかい混じりで、そういった濡れ衣を着せられることは、定型、当事者にかかわらず、女性に降りかかる災難といえるでしょう。当事者の場合は、なぜ、そう言われるのか、こらえて適応しても悔しい思いを持ち越すか、その時のパニックで失敗するか、時間が経たなければ分からないので苦労します。定型の場合は、不本意で怒り心頭でも、空気を読んで、合わせられるという事が出来るのでしょうか。
なるほど、解りました。大きく『濡れ衣』の意味を取り間違えてしまっていたようです。(苦笑)
『濡れ衣』は『精神的自由に関する男女平等』を求めたフェミニズムの過剰反応に取られやすいという事でしょうか。(また間違っていたらすみません)

話は変わりますが、私も大勢での討論の場(大学での意見を発表する場)で、自分のこだわりから、パニックを起こして一人で自分の主張を通してしまった事があります。当時はASだという自覚も、それがこだわりだという自覚も無かったので悔しい想いをしました。
その内容とは、大学の教育学の授業の中の『食育』をテーマに新たな教育方法を研究していく事を目的とした授業で、内容は賛否両論の映画『ブタがいた教室』にもなったものです。
内容の粗筋は、小学校低学年からブタを食べる目的で学校で飼いましょうと先生が提案したのをキッカケにブタを飼い、卒業間近の時に生徒の多数決からブタを食肉工場に連れて行くか、このまま学校で飼い続けるかを生徒達に決めさせるものだったのですが、結果は賛成派の生徒と反対派の生徒の半々になってしまい、最後の一票を先生自身が苦悩の末投じるといったものでした。
私は、動植物に対する愛情が半端なく強いようで、最後まで「命の尊さから食育を教えるのであれば、他により良い方法があるのではないでしょうか」と半泣きになりながら訴えていました。今から思えば、40人いたクラスの私だけが反対派だったので、とても空気を読んでいたようには思えませんね。

>その「共感」の部分ですが、最近、子供を保育園に行かせる車の中で、カーラジオの放送で、松谷みよ子の童話が朗読されていて、子供の名前を呼び続ける母親に対して、すずめから、死んだ子供が、貝になったことを知らされる場面が耳に入り、(え?死んだの?)と、思わず号泣し、息子がびっくりしてしまい、息子から、「大丈夫?」と声をかけられて我に返っても、涙が止まらず、保育園に着くやいなや、何にもなかったように、挨拶、用具の支度、子供の見送りをすませて、家に向かう車に戻るやいなや、また涙が止まらない状態に戻って、何かに操られているような感覚になったことがありました。普段とは打って変わった自分の反応に戸惑いました。
>
>本当は子供といたかったことと、保育園への登園との矛盾した気持ちが、童話の母親への共感として現われたとも思えますが、それを、「母親の本能」として、仮に誰から、仮に言われたら、違和感(本能?ちょっと違うな・・・でも、相手がそう見るなら、仕方がない)を感じると思いますが、そこで笑うのが適応だと思っています。(9割当っていても1割は違うな???と思っても、本音の1割の部分は、言わない方が角が立たないので、言いません。)もっとも、こちらに火の粉がかかるならば、話は別ですが。
私もそのような事がたまにあります。後々自分の感情を分析してみないと解らなかったりするので厄介ですが、自分の置かれている状態と、一旦シンクロしてしまうと、驚くほど共感が持てるということですよね。


>クリニックで上記の、「何かに操られているような感覚になったこと」を話しましたが、別におかしいとも何とも言われませんでした。
>中年に入り、「可愛い女の子であること」が求められなくなったせいか、女性タレントの演出や、少女向けの娯楽などで、主人公が、甲高い声で、「可愛いこと」を自己アピールする演出を見るや聞くや、瞬時に無意識に舌打ちしていたりで、どうも好きになれません。母もそんな少女が嫌いで、自分が、未成年の頃、当時中年だった母の持っていた趣味の影響を受けたのかも知れません。
>
>しかし、女性向けのアクセサリーや、服などで、そういった「女らしい」もの、女性好みの小物などを見ると、むしろ好感を持ちます。私自身、手毬のカラフルな色彩が好きなので、HNにも使っています。
>(元のHNは、「てんまりこ」でした。意味は「跳ねっ返り」になってしまうということでしたが。)そこで、短く「手毬」に変えました。人によっては、「結局女らしい」と思われるか、「素直でない女」と解釈されるか、よく分かりませんが・・・(苦笑)
『てんまりこ』とは可愛らしい言葉の響きですね!私も手毬の色彩が好きです。

未だに不思議な事に、ここまで男性的な考え方をしている私ですが、好きになるものや、身に付けたい物は非常に女性的なようです。(バラの花が大好き、ロリータも昔していました)ここら辺が自分でも解らないのです。

『フェミニズム』に対する良い勉強の機会になりました。どうも有難う御座います!長文・乱文失礼しました。

[#31517] Re:ジェンダーに疑問。
 手毬 メール  - 09/8/6(木) 13:37 -

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   もかか様

すみません。家庭の事情で、しばらくパソコンから離れていまして、お返事が送れました。関東の実家へ行っていまして、そちらには、パソコンがないので、レスをする時間が遅くなりました。ネットカフェで、もかかさんのレスを読ませてもらいましたが、多忙で、時間がとれず、今になりました。

お返事ありがとうございます。重いテーマでありながら、無視した形になり、無責任な形で間をあけたこと、お詫びします。


>フェミニズムについて、非常に深いお話になってきて、正直内容を理解する事が難しくなって来たので、少しネットでフェミニズムについて勉強させて頂きました。
>奥が深いです!
>
私とフェミニズムとの関わりは、10代の後半からで、はじめて手にしたのが、犬飼智子さんの著書で、初めて読んだときに、自分が、「女子」として存在している上での不快感を払拭する、大きな清涼感、というのでしょうか、一言で言えば、溜飲が下がった気分で、感動したことがありました。それまでは、ウーマンリブ、と言えば、あまり印象の良いものとして認知されていなかったようでしたが、当時の自分にとっては、そのような考え方を声高く啓蒙する、同性の先輩の存在は、何よりの慰めでありましたし、何より、彼女たちのような考え方の同性が、男性からも、同性である女性からも、否定的に扱われることは、自分が攻撃を受けたと同じ絶望を感じていました。

>>20代の頃でしたが、<フェミニズムの関係者だったにもかかわらず、彼の威圧的な態度に対して従順だったので、????だったことがありました。彼女は、人々の動きにそつなく適応できる、普通の定型発達の適応をしていただけだと、診断を受け、本を読むうちに後で納得しました。当時は、東京で一人暮らしをしていて、フェミニストといわれる女性達と、度々話をしたことがありました。
すみません、補足します。上京して、彼女に出会ったことは、大きな希望でした。彼女は、いわゆる、団塊の世代で、男性の前での態度と、20歳年少の同性である私との間の態度は、(当然ですが)明らかに、違っていて、フェミニズムというものを男の人は分からない、若い女性も何も知らない、だから私が教えなければいけない、と言うスタンスでした。私は、小説を書いていて、それを発表しましたら、これは女性差別を描いたものである、と、彼女から賞賛されたことを、共感されたと勘違いしていたことがありました。そこに、自分と他人の認識のはき違えがあったのかと、今になってようやく思い至ります。

>私も当時の手毬さんの立場であれば、きっと同じようにその『フェミニズム関係者の女性』の行動が理解できなかったと思います。
>
そうですね・・・・フェミニズム関係者の女性こそ、むしろ、そういう差別の機敏を知っているだけに、人によっては、意図的に古風に振る舞う事もあると思います。


>実は、私もこれと似たような体験をしていた事があり、ずっとその事について疑問に感じていたのですが、自分がASだと理解してやっと理解できた事でした。
>その内容と言うのは、この掲示板で書いて良いものか、他の人の気分を害するのではないかと非常に迷った事なのですが、どうやら『フェミニズム』を語る上で関係が切っても切れなそうだと思ったので告白します。
>実は私は同性愛者で、彼女がいます。
私は、男性、女性とともに、恋愛には無頓着で、今の夫と知り合うまでに、恋愛がらみで、付き合うまでに至ったことはありませんが、フェミニズムの関係者に同性愛のカップルがいて、そのカップルの片方から誘われ、結果として断ったことがありました。彼女の経営する店の2回に行くように言われ、薄暗い部屋で彼女と二人きりになったことがありましたが、当時は、それが「誘い」とは分からなくて、単なる知人として、後で、電話で話すうちに、突然怒鳴られ、知人としてのつきあいも終わったことがあり、彼女のパートナーの女性からも嫌われていたようです。

>その彼女がいつも男性と話をする時に、通常よりも声のトーンが上がり可愛らしく対応しているので、何故私と対応する時のような対応で男性と接しないのか?実は両性愛者なのか?と問いただした事が何度もありました。
どうやら、私も、自分の性別を意識しなくても、無意識のうちに、嫌悪感のなおニュートラルな異性なら、そのように振る舞っているのかも知れません。無意識的なだけに、後で気付くのが遅く、同性、異性の双方から、悪い感情を持たれていたかと思います。自分が女性として、どのように振る舞っていることに、意図的に鈍感だった時期がありました。

>後に、彼女の男性との対応は社会に適応した、定型発達者のものだと理解しましたが、私は未だASである自分を理解してから日が浅いので、『お世辞、愛想笑い』といったコミュニケーション力に欠けているようです。
20代前半のころ、知人のつてで勤めた事務所のオーナーから、「手毬さんは笑わないね」と言われました。それが何を指すのか判らず、くだんの団塊の世代の女性と話し、「おかしくもないのに笑えないよ」と言ったところ、そんなことも判らないの?と、怪訝な顔をされたことがありました。

>(論点がズレていたらすみません。また、私は同性愛者だからと言って、
>いわゆる『レズビアン・フェミニズム』や『レズビアン・セパレーティズム』といった思想はありません。また、気分を害してしまったのならすみません。)
>
私自身、恋愛に関心が薄く、同性愛、異性愛につきまして、それを否定する感情も、強く望む感情はありません。もかかさんのおっしゃることで、不愉快なコメントはありませんよ。むしろ、こちらからのコメントで、不愉快にさせていたらすみません。

>一つ疑問に思ったのですが、手毬さんは政治家関係のお仕事をしていらっしゃるのですか?フェミニストの方とよくお話されている様なので。
>
答えは、NOです。くだんの同性愛のフェミニストに、ある女性の連絡先を聞きましたら、トラブルになり、今はつきあいはありませんし、その女性とは、顔だけ会わせたことはあります。実家に戻ってからは、東京での、そういった関係の知人とは縁が切れていましたし、新聞でその女性は、選挙活動をしていたことを知りました。彼女には、個人的に手紙を出したことがありましたが、多忙なことと、大きな面識がなかったので、返事を頂いたことはありません。


>『フェミニズム』について少し勉強したので解りましたが、私達女性はこの思想のお陰で現在在る様々な恩恵(完全では無いですが、女性参政権、育児休暇、セクハラ・DV・強姦・近親姦の禁止、社会進出)を受けているのですね。
>在り難いことです。でも同時に私の中には『反フェミニズム』的な思想も存在します。と言うのは、最近『人工中絶』に対する人々の意識の低下に疑問を持つからです。「子供をおろす、おろさない」この言葉自体に私は非常に嫌悪感を持ちます。簡単な言葉の表れに反して、その言葉の持つ意味の重さが計り知れないものだと思うからです。
私自身、10歳の頃、母に連れて行かれたお寺で、水子供養の札の前で、私が生れる前に自然流産したことと、水子がどういうものであるか、を聞かされ、強いショックを受けたことがありました。ですので、強姦など許せるものではありませんし、それを肯定した、男性中心の娯楽が、女性のジェンダーに組み込まれ、それに呼応するものとして存在ているともなれば、不愉快ですね。若い頃は、それで、恋愛がらみのつきあいを避けていたと行っても過言ではありませんでした。

私の思い違いかも知れませんが、恋愛がらみの情報では、すっぽりと、「望まない妊娠を避けられること」についての発想、女性側の意志の尊重が、すっぽりと抜け落ちていた気がしていました。中絶につきましては、フェミニズムは、両刃の刃と思います。追いつめられると、、子供をおろすことを肯定する思想に傾きそうで、怖いと思います。

26歳の時に、ある知人のつてで、骨に障害のある女性に付き添って、イベントに参加したことがありました。その彼女は、のちに彼女自身と同じ障害のある子供を産んだことを新聞で知りました。


>正直、子供は大好きなので欲しいです。でも子供の周りを囲む環境を想うととても産む気にはなれませんね。悲しいですが。
診断をした医師に、出産と子育てについて相談しましたが、話が混乱して、まとまらなかったことがありました。その時のショックを抱えたまま、出産しまして、そろそろ3年になりますが、やはり、どうすれば、子供を守れるか、その課題は残ります。過去にその骨に障害のある女性に出会っていなかったら、子供を産むことを諦めていたかと思います。

※・・・長くなるので、一旦切りました。長文ですみませんが、続きます。

[#31518] Re:ジェンダーに疑問。(続きです)
 手毬 メール  - 09/8/6(木) 16:36 -

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   もかか様

すみません、続きます。お疲れなら、返信気になさらずに。

>
>論点がずれてしまってすみません。『保守的なフェミニスト』であれ、『保守的でないフェミニスト』であれ結局行き着く先は同じ意見なのですね。男性に女性という形式だった、色眼鏡で見られているという。
>なるほど、フェミニストは男性から怖い女性に見えるでしょうね。苦笑
そうですね・・・突きつめると、小学校の時に、クラスの中で気の強い女子がクラスを仕切った発言をしたりすると、それだけで、からかわれたり、揚げ足を取られたり、自分が彼女でなくても、男子が同じ行動をしても彼女ほどの風当たりが強くなく、自然な流れになってしまうだけに、「学校は男女が平等」と聞かされていただけに私にとっては、違和感が強い光景でした。(今ではどうなのか、よく分かりませんが・・・)

>
>『フェミニズム』と一言で言っても、その中でも色んな思想に分かれていて、それぞれがどこまで『フェミニズム』を追求していくべきなのかも私には、難しいですが、少なくとも現在の日本には更にフェミニズムを追求していくべき余地は有るのだという事だけは解りました。(更に育児休暇を取りやすい社会にしたり、女性でも会社で高い地位の職に就きやすくしたり等)
>『目に見える男女平等』(参政権等)の確立は比較的容易なのに対して、『精神的自由権に関わる男女平等』の確立は、日本という古くからのしとやかで、物腰の柔らかい女性らしさを美徳と考える等の文化から難しそうですね。
偉そうですみませんが、本当にそう思います。いわゆる「お転婆」に対する風当たりは強いですね。女性当事者は、「お転婆」になるつもりがなくても、そう取られる場合もありますし、場の空気を読み通せる「定型」の場合は、その行動がパフォーマンス的なアクセサリーになったりするのでしょうね。


>『濡れ衣』は『精神的自由に関する男女平等』を求めたフェミニズムの過剰反応に取られやすいという事でしょうか。(また間違っていたらすみません)
また偉そうなコメントで、申し訳ないのですが、(読まれた方、不快を感じられたらお詫びします。)今から20年ほど前、マスコミや広告に対して、女性の団体が、性的対象物として女性を取り上げていることについて、抗議したことがありましたが、世論の多くは、その女性団体の抗議の内容よりも、感情的であることに焦点を当て、それを強調して揶揄、もしくは、抗議の姿勢に干渉するスタンスであったと感じました。

そして今日では、女性の政治家や芸能人などの有名人が、同性からどのような「感情」を持たれているかが、焦点となり、やはり違和感をぬぐえませんが、この感覚は、果たして正しいのか、間違っているのか、自分でもよく分かりませんが、事実、テレビ局からインタビューを受けたある女性(広告やマスメディアに抗議した本人の一人)は、普通に答えて話していたら、「怒った所」をカット編集されて放送された、と言っていました。


>話は変わりますが、私も大勢での討論の場(大学での意見を発表する場)で、自分のこだわりから、パニックを起こして一人で自分の主張を通してしまった事があります。当時はASだという自覚も、それがこだわりだという自覚も無かったので悔しい想いをしました。
>その内容とは、大学の教育学の授業の中の『食育』をテーマに新たな教育方法を研究していく事を目的とした授業で、内容は賛否両論の映画『ブタがいた教室』にもなったものです。
>内容の粗筋は、小学校低学年からブタを食べる目的で学校で飼いましょうと先生が提案したのをキッカケにブタを飼い、卒業間近の時に生徒の多数決からブタを食肉工場に連れて行くか、このまま学校で飼い続けるかを生徒達に決めさせるものだったのですが、結果は賛成派の生徒と反対派の生徒の半々になってしまい、最後の一票を先生自身が苦悩の末投じるといったものでした。
当事者にありがちなトラブルと言い切って良いものなのか、辛かったでしょうね。私は、大学には通って講義を受けたことはありませんが、似たような状況で、私も、23歳の時に、文学関係(ダダイズム系でした)の合評でありました。

(一当事者の経験ですが、参考までに。話が一旦変わります。)
1回目は、批評されること自体のストレスが大きく、お礼で精一杯でしたが、2回目は合評自体が、私生活や人格の干渉や詮索が多い、と批評して、パニックを起こして、ひんしゅくを買い、3回目は、初めての合評よりも更に追い打ちをかける酷評に人格攻撃。(その場では耐えましたが、怒りが収まらず、夜通し歩き続け、深夜営業の喫茶店で夜を明かし、翌朝、そのまま出勤。)別に参加した会議でも、(こちらが怒るであろう事を確信的に判った態度で発言、もしくは無視)人がいるのが判り、会議で意図的に無視されるなど、態度がよそよそしくなり、こちらも疑心暗鬼になり、その年の年度末の旅行では、気を遣ってくれる人がいながらも、こちらを嫌っている人が増えて、ストレスが多く、我慢しましたが、疲れてしまい、文学関係からも、人間関係が離れました。
そんな中、くだんのフェミニストの女性に言われました。
「いくら何を言ってもいいといっても、何でもしゃべって言いわけじゃない」
彼女は、私が合評を批評したときにそういいました。要するに、自分は場の空気が読めていなかったのでした。

>私は、動植物に対する愛情が半端なく強いようで、最後まで「命の尊さから食育を教えるのであれば、他により良い方法があるのではないでしょうか」と半泣きになりながら訴えていました。今から思えば、40人いたクラスの私だけが反対派だったので、とても空気を読んでいたようには思えませんね。
すみません。賛成か反対か、と、多数対一人になってしまった、と言うことでしょうか?傍観者として、感想を書かせてもらいますが、私一個人は、もかかさんが感じたことを間違いとは思いません。仮に、賛成すること自体が空気を読むとされるならば、それは違うと思います。(本当に、偉そうで不愉快だったら、読み飛ばしてください。)豚の飼育での食育については、ネットで読んだことがありましたが、(もかかさんの)そういう感情は、間違っていないと思います。空気が読めていないと言うのであれば、泣いてしまったことでしょうか?賛成派にならなければ浮いてしまう空気があるとしたならば、健常者の中には、ポーカーフェイスで賛成の態度を取りながらも、本音では、心で泣いている人もいるのではないでしょうか?ネットで読んだ感想には、そのカリキュラム自体を否定している書込みもありました。

偉そうですみませんが、無表情でやり過ごすことが、普通の対応でしょうか。そうできなかったからこそ、辛いですね。
私も、子供を保育園に預けて、情けない親ですが、状況が判らない事で、突然の無視?=悪意=抗議・・・パニックを起こして、起こしたこと自体を平謝りと言うことがたまにあります。

>>
>>普段とは打って変わった自分の反応に戸惑いました。
>>本当は子供といたかったことと、保育園への登園との矛盾した気持ちが、童話の母親への共感として現われたとも思えますが、それを、「母親の本能」として、仮に誰から、仮に言われたら、違和感(本能?ちょっと違うな・・・でも、相手がそう見るなら、仕方がない)を感じると思いますが、そこで笑うのが適応だと思っています。
>私もそのような事がたまにあります。後々自分の感情を分析してみないと解らなかったりするので厄介ですが、自分の置かれている状態と、一旦シンクロしてしまうと、驚くほど共感が持てるということですよね。

自分の場合、いわゆる「年頃」の年齢層には、自分自身の問題を解決し、考えるためにも、フェミニズムは、命綱でした。周囲から、第2の性、もしくは、感情的で性的な存在でしかない「女」として位置づけられるであることは、違和感が抜けない思いです。夫は、そんな妻である私を「男らしい」とからかいますが、彼の私に向かう関心は妻の「言い分」よりも、感情に向いているので、良いのか悪いのか、複雑な気持ちです。こちらから夫を「主人」と個人的に呼ぶのはかまわないのですが、相手から、「ご主人」と言われると、「劣等人種」と呼ばれた錯覚?に陥り、フリーズしてしまい、適応に時間がかかる事もあります。

「女性を鑑賞する世間の目」からは、中年になってからやっと自由になれた、とある中年のカウンセラーの女性が言っていました。今、私は既婚で中年ですが、その点からは自由になれたものの、「ご主人」「主人」という、あからさまな言葉は、着心地のひどく悪いスーツのような感じですが、事を荒立てないために、仕方なく「着る」ときもありますが、本当に夫を頼もしいと思えるときは、それもありかな?と思ってしまいます。今までのレスが、分かりにくい説明だったらすみません。そして、この文を読まれた、男性の方、不快を感じられたらお詫びします。あくまでも一当事者の言い分ですので、参考までに。

話は飛びますが、特に、自分と同じファーストネームの同性が、パートナーをそう呼んでいると、奈落の底に突き落とされたような絶望を感じます。もかかさんのおっしゃる、「シンクロ」だと思いました。違っていたらすみません。


>『てんまりこ』とは可愛らしい言葉の響きですね!私も手毬の色彩が好きです。
ありがとうございます!色彩の並んでいるものには、昔から好きでした。

>
>未だに不思議な事に、ここまで男性的な考え方をしている私ですが、好きになるものや、身に付けたい物は非常に女性的なようです。(バラの花が大好き、ロリータも昔していました)ここら辺が自分でも解らないのです。
私もフェミニンな服は、好きですが、女としての「別な意味」で、良くも悪くも、それこそ、着ている意味が体ごと一人歩きしそうなので、服の売り場を見て楽しんでいます。

>
>『フェミニズム』に対する良い勉強の機会になりました。どうも有難う御座います!長文・乱文失礼しました。
こちらこそ。お返事遅くてすみませんでした。かつての経験をつづり、長くなってしまいました。前のレスには、丁寧なお返事ありがとうございました。またよろしくお願いします。

[#31570] Re:ジェンダーに疑問。(続きです)
 もかか  - 09/8/10(月) 9:42 -

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   手毬さんへ

お返事どうも有難うございます!
正直、皆さんのお返事を拝見させて頂き、
ここまで共感できる人がこの世界に居るのかと感激しました!
また手毬さんは、本当に親切で誠実な方なのですね。
ここまで丁寧に文章を書く人を見たことが無かったので
真面目な方だなとも思いました。
こちらこそ、今後よろしくお願いします。

[#31593] Re:ジェンダーに疑問。(続きです)
 手毬 メール  - 09/8/11(火) 10:44 -

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   もかかさんへ

返信ありがとうございます。

こちらの気にとめていたテーマだったせいか、長いコメントになってしまいました。長文のレスに目を通してくださってありがとうございました。負担だったら、ごめんなさい。誤字が多く、失礼しました。

独り言など、読みました。高校時代に、数学の成績が平均点から赤点になった、自分からすると、へぇーすごい!と感心しました。これからの学習が、順調に進めばよいですね。応援しています。

私事になりますが、今日の夕方から、今月の二十日前後まで、関東地方のパソコンのない実家に行く予定(今朝静岡で地震がありましたので、予定がどうなるか、今のところ分かりませんが・・・)になりましたので、しばらくパソコンから離れることになりますが、よろしくお願いします。

[#31610] Re:ジェンダーに疑問。(続きです)
 もかか  - 09/8/14(金) 1:44 -

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   手毬さんへ

応援どうも有難うございます!
今年資格試験に受かるかどうかは、大いに謎ですが
頑張ってみます(^・ω・)ノ
地震怖いですよね、阪神大震災の震度7を体験してるので
東海大地震がとても心配です。(中部在住の為)
また機会が有りましたら、仲良くしてくださいね。
                         もかか

[#32956] Re:ジェンダーに疑問。(続きです)
 手毬 メール  - 10/2/10(水) 21:54 -

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   もかかさん

手毬です。ご無沙汰しています。色々と大変な思いをされたようですね。

お返事になっているかどうか分かりませんが、出来る範囲でまたお話ししたいです。返信をスルーした形になって申し訳ないです。独り言を読みました。老婆心ながら、心配しています。こちらも、子供の風邪で、取り乱し、寝かせの合間に書き込んでいます。

私も中部在住です。アスペの当事者同士で、つながれればと願っています。
よろしかったら、メールを下さい。

それでは、また。

[#33025] お返事遅くなりました!
 もかか メール  - 10/2/17(水) 23:00 -

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   手毬さんへ

お久しぶりです。手毬さんのお心遣いとても嬉しく思います。
お会いしたことは無いですが、手毬さんは、やはり親切な方ですね。。
ここ2か月の内に私の家庭内で急激な変化がありまして、
融通も利かず、愚直に生きているので、
その変化に毎日オロオロして過ごしています。

また近い内にメールしたいと思いますので、よろしくお願いします(u.u*)

[#33028] 安心しました。
 手毬 メール  - 10/2/18(木) 13:23 -

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   もかかさん、こんにちは。

もかかさんご自身が、ご無事で安心しました。

独り言を読んで、もしかしたら、何か大変なことがあったのか?
と、顔は知らないながらも、心配になりました。私自身が、親切と言うよりは、少しお節介なのかも知れませんが・・・

ご家族に変化があったのですね。自分は、約6年前に、診断の前後に母が急に亡くなり、診断を受けたことと遇わせて、大きな生活の変化でした。

詳細は聞きませんが、何かショックを受けられたのなら、くれぐれも、ご自愛下さい。何か、好きなことをして気を紛らわせるのも良いかも知れません。アドバイスにならなくてすみません。

コメントは、亀返信(甚だ遅いです)の可能性大ですが、気が向いたら、またよろしくお願いします。

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