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▼suteraさん:
こんにちは。
>私も身体的障害は社会で生きてくのに、障害であるから障害者と言われてしまいますが、人間に障害という言葉はあまり好きではありません。
suteraさんの思いを表現して頂いた、上記文章の中で・・・
「障害であるから」と決めている(思い込んでいる)のは、suteraさんご自身です。
「障害者と言われてしまいますが」は、その言われている個人に対して、他の人達が言っているだけで、suteraさんとは無関係です。
「人間に障害という言葉はあまり好きではありません。」は、単なる感情です。
>誰が定形で誰が非定形かなんて、簡単に人が決めれるのか疑問に思っています。
これは簡単に決められます。決められる(分けられる)からこそ、「障害」や「定型・非定型」と言う表現が存在しています。(誰が最初に決めた(分けた)のかは知りませんが、確実に誰かが、障害者と健常者・定型と非定型を分けて表現しています)
そして誰かが簡単に分けてしまった事を、あたかも「存在する」かの如く「思い込んでいる」のが、多くの人達なのではないかな?と考えています。それが差別を生み、迷いを生み出しているのではないかとも思っています。
心を落ち着かれた時に、常識の枠を取り払って、よ〜く考えてみてください。
suteraさんご自身の「思い込みだった」ときっと気付かれると思います。分けられた表現は存在しますが、その中身は実体としては存在しません。
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