|
▼とりあたまオバサンさん:
>自由恋愛の権利を持たすなら、大人がセットで教えることですよね。
>そこを教えたい、ボランティア精神、黙って見てはいられない気持、なら分かります。
まさに私は黙って見てられず、あきらめろとも言えず
教えてあげたいタイプです。
>こういう精神ができていない人は、私も含めますが、そもそも異性のコミュニケーションの世界へまで踏み込まなくてもいいと思うのです。
>能力はある。
>無理できないのが発達障害。
>異性にまで手を広げなくても、問題を起こさないで就労できるとこまででいいじゃん、と思います。
>発達障害の人同士で教えても、医師が教えたとしても、コーチが教えたとしても、家族や友達が教えたとしても、分からなければ、我慢すればいいんです。
>脂汗を流してでも、泣いてでも、痩せてでも、異性を求めたい欲望を我慢すればいいんです。
>できないんだから。
脂汗を流してでも、泣いてでも、痩せてでもするべきは欲望の我慢ではなく
欲望をコントロールし適切な形で表現する方法ではないでしょうか・・・?
「練習・学習の無理」はできても「諦めの無理」はできない当事者だっているはず。
知的に問題がないのなら、いくら教えたって理解できない、ということは
ないと信じています。私のような楽観的な理想論者が能力の至らない当事者を
甘やかしたりだめにしてしまうのかもしれませんが・・・・・
>「それはいい訓練方法です」「言われたとおりです。そういう視点は新鮮です。よく分かりました」「使える情報をありがとうございます。聞いて良かったです」みたいな実感や感情の入ったお礼を、彼らは書けません。
んー・・・彼ら、というのが誰かしら具体的な方や典型的なタイプを
意味なら納得いきますが、AS者全員という意味ならそれはちょっと
誤解かなぁと。現に私は、(疑問も答えも単純で平和的だったのもあって
数レスで終わっちゃいましたが(苦笑))お礼、言いましたしね。
|
|