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コメントありがとうございます。
▼三月うさぎさん:
>どうも、私は自分が思っていたよりイマジネーションの欠如が激しいようです。
>なので、定型、もしくは定型に近い方から、かなりイラつかれたあげく、上記のようなセリフを言われます。
やはり、考えてみれば親子の間で意思の疎通がうまく行かないことが、ともすれば案外見過ごされやすいのでしょうね。
私も、いじめや職場での理不尽な待遇ばかりに気を取られて、親子関係でも人間関係にトラウマを残していることに気付かず、茨城に来てその大きさに気づいているという有様です。
でももし仮にこのまま北海道にいたら、人生に取り返しのつかない汚点を残しているかもしれません。すなわち、親離れができないために、ますます恋愛が困難になることが予測されるからです。
>親から言われた言葉で嫌だったのは、
>「おかあさんに似れば美人だったのに…」です。
>これで、私は長いこと自分が不美人であると思いこんで、自分の容姿にコンプレックスを持ちました。
>そりゃあ、母は堀の深いハーフのような顔立ちでしたけど、娘は父に似るのね…。(^_^;)
>なので、自分の娘はぜったい「美人だ」と言って育てよう…。
確かに親の台詞は何気なく発せられているだけに、自分の子供だから大したことなし、と甘く見ているのかもしれませんね。
私も親父にはずいぶん言われました。「どこでどう間違ってこんな不具者(かたわもの)が生まれてしまったんだろうね?」 あんたらの仕業だろうに!
(ちなみに、IME2003やATOK2005では、「かたわもの」は差別用語のため変換できません)
(▼>>は秋桜さん wrote:)
>[#5040]で、秋桜さんのおっしゃる
>>もう一つ考えられるのは自分で選択するのが自信がないので、お母さんの手を使うことで「お母さんが決めている」ことにしているのかもしれません。
>>※自閉症のお子さんの場合、自分の中の基準が曖昧なので選択するというのは意外に難しいことなのです。
>を、読んだとき、私がよく、「自分で判断できない!」「誰か決めて!」と思うのは、「クレーン」の延長だったんだーーーー!!!
>と、気づきまして…。
>これも別な意味の「ショックな言葉」だったかも(^_^;)(←秋桜さんごめんなさい。他意はございません)
まあ、私もある時期そういったことがありました。結婚前に洋裁教室に通っていたということもあって、セーターとかはよくオフクロが編んでくれましたが、困ったことに昭和30年代のトレンドしか頭の中に残っていないものだから、セーターやカーディガンは編み物のブックレットを参考にできても、帽子とかはひどく流行遅れのデザインのものを被せられて恥ずかしかったな…(;_;)
少なくとも洋服については早い段階から好みが違いました。
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