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▼Chiquititaさん:
>突然ですが、皆さんはどういった言葉に傷ついたことが多かったでしょうか?
>
>私の場合は、いじめや路上強盗の被害の後に
>●あんた(Chiquitita)がいつもへらへらしているからいじめられるんだ。Chiquititaが悪い。
>●路上強盗に狙われるような時間帯に狙われそうな場所をうろうろしているのが悪い。
>…と言われたのが、今まで42年間で最もショックを受けた言葉でした。
この書き込みを読んで、「セカンド・レイプ」を連想しました。
悲しいことですが、性暴力事件というむごい事件があります。この事件では、被害者に危害を加えるのは犯人だけではありません。被害者自身にも、「あんたにも落ち度があった」という追求が、身近な人から向けられます。「変な服装をしていたんだろう」「変な所にいったんだろう」「抵抗しなかったおまえが悪い」といったような言葉は、被害者を更に傷つけます。
これが、「セカンド・レイプ」です。
強盗事件の被害者が犯人と戦わなかったからといって、非難されるのでしょうか? されないでしょう、おそらく。しかし、セカンド・レイプとなれば、話は違ってきます。しかも、このセカンド・レイプは、身近な人(例えば家族、姉妹、友人等)からも容赦なく向けられます。否、身近な人によるセカンド・レイプのほうが、アカの他人になされたそれよりも厳しいものとなります。
「それで、されるがままになってたの?」「何で抵抗しなかったの?」「やられっぱなしのあんたがふがいない」という言葉が、身近な人から厭というほど浴びせられたらしいです(経験者複数の証言によれば)。
しかし、「やられっぱなしの自分がふがいない」と思っているのは、誰よりも本人です。そして、そんな自分にも、本人は傷ついています。
性暴力事件の被害者がなかなか事実を公にできないのは、このセカンド・レイプによるダメージも大きいからです。それだけではありません。加害者の社会的地位が高い場合は、圧倒的に被害者が不利となります。
横山ノックの例の事件について、被害者本人(当然、著者名は仮名)が本を書いていました。私はこの本を立ち読みしただけだから、正確な引用はできません。しかし、次のような記述があったのは覚えています。
「被害者本人を一番力づけたのは、『怖かったでしょう』という慰めでも『守ってあげられなくてごめんね』という謝罪でもなかった。『あのタコ、そんなことしたんか。そんなの許せない。』『あんたは悪くない。悪いのはそのオッサンだ。』と、一緒に悔しがってくれた友人であった。」
「悪いのはいじめた奴等や路上強盗だ。」と、私も思います。
次に、傷ついた言葉について書きます。私の場合は、言葉そのものに傷ついたこと以上に、「その言葉は、ジョークなのよ。ジョークの通じない暗い子供ではいけません。」と言われ続けたことが嫌でした。
前にも書きましたが、私は「役割の交代があるのがふざけ、ないのがいじめ」と解釈していました。この「ジョークだ」と主張された言葉を私が他の人に対して使ったならば、「言ってよいことと悪いことがある」と叱られました。私にとっては、理不尽としか思えないことでした。
「ワケのわからない人格教育」にも、傷つきました。「玄関では靴をそろえろ。」といった類の、「具体的な行動について、不適切な点を指摘し適切な行動を取れるようにする」ための言葉なら、合点がいきます。
しかし、「おまえは思いやりがない。そんなことではいけない。なおさないといけない。」とか、「おまえの作品には心がこもっていない。」といった類のことを言われても、どこをどう変えていけばよいのかわかりません。「わからない」などと言おうものなら、相手を余計に怒らせることになります。
私の思考・感情(特に後者)について、勝手に決め付けた言葉を言われたのも、嫌でした。特に、次の2つの言葉に傷つきました。
(パニックで泣いている私に対して)「泣けばすむと思っているのだろう。」
(私が10歳のとき、父が1ヶ月入院したことがあります。このときに、毎日父や母から言われ続けた言葉です。)「うるさい人がいなくなって、うれしいだろう。」(注 「おまえは、人が病気になったことを喜ぶような嫌な性格の子だよ。」と言われているのだと、解釈しました。)
私は、状況判断がうまくできない子供でした。そのことが原因で他の人に迷惑をかける結果を招いてしまったということが、しょっちゅうありました。
「認知力・判断力等に欠けていることが原因で、やってしまったこと」なのに、「悪いことだと知っていて故意にやったこと」と決め付けられたのも、嫌でした。
前に、私が子供の頃の隣家のおばさんについて書いたことがあります。このおばさんは、「不適切な言動を取っていたならば、よその子も叱る。しかし、言動について叱るのであって、その子の人格面を否定した言い方はしない。」という人でした。私もたびたび叱られました。しかし、当時の私もこのおばさんが好きでした。人格面を否定されないという安心感を、子供心にも持てたのだと思います。
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