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▼ユニコーンさんへ
はじめまして。コメントありがとうございます
>息子はあるとき、「お母さんより○○クンのほうがずっとぼくの気持ちが分かる。」と言ったことがあります。○○くんというのは息子と似た傾向のある子でした。この言葉は当時の私にはけっこうショックでした。
>
>そうか、この子と私は感じ方が根本的に違うのかもしれない、とそのとき始めて気がつきました。腹をくくって、自分の先入観を消そう、と思った瞬間です。
>「以心伝心」と言う言葉は、定型が定型の気持ちを語らずして理解するという意味の言葉だと思いますが、同じ傾向を持つもの同志、なんとなく気持ちが分かり合うというのは当然のことだと思います。
>親和性といっていいんでしょうか。
子ども同士でもあるという事は、やはり着眼点の違いはあるようですね。
ユニコーンさんだけでなく、非自閉の親御さんからすると、とてもショックな事だと言うはわかります。
でも、私はこう思っています。
子どもの困り感やトラブルを、どうしてだろう?と立ち止まって考えてくれる事に意味があると思うのです。
私の場合は、当事者という立場で、子どもと関わる事になってしまいましたが、本来はその子の目線まで下がることこそが、大事だと思うのです。
結果は色々だとは思います。
私は過去に、自分に寄り添おうとしてくれた人がいましたが、その時には思いも噛み合わないし、どうしてこの人は私に対して、一生懸命なのだろうと思った事があります。
でも、それが、色々な経験を経て、大勢の人と関わる中で、『ああ、あの人はあの時、私のことわかろうとしてくれたのだ』と、何十年も経ってから気が付きました。
遅いですよね。
でも悲しいかな、そういう心の配線が、後になってやっと繋がる事が多いのです。
ですから、非自閉の親御さんが、子ども達を理解していないとは思っていませんし、もしかしたら、どうして?と思われたり、不毛な事とがっかりされたりするのかもしれません。
ですが、それがいつか、繋がる、合点がいく日がくるかもしれません。
きっと、そういう障碍だと思うのです。
定型の子が、20歳くらいで成人するとして(個人差もあると思いますが)、アスペの子どもは、もっとゆっくり大人になるのかもしれません。
むしろ、そうなのだと思って、アスペの子供を育てています。
>難しい問題ですね。自分とは違う発想法、感じ方を理解するのはわが子ともいえどとても難しいのです。今の私なら、kazeさんのような方がそばにいてアスペ傾向のある子の気持ちを代弁してもらえたら本当に嬉しい、と思えるのですが、子育て真っ最中、闇夜に船をこいでいるような気持ちの当時の私が、人から「こうした方がいいよ」と言われて素直に聞けたかどうか自信がありません。
私自身の場を読めない、タイミングの悪さもあったのだと思います。
代弁する事が必ずしも正しいのではないのです。
>自分自身必死すぎて余裕がない、ということもあると思います。こんなに必死に子どものことを考えているのにそれは無意味なの?と。kazeさんのおっしゃるように軽い意味での嫉妬もあるのかもしれませんが、それより、自分のやっていることを否定されることに対する心理的恐怖や、違う感性を認められない嫌悪感もあるような気がします。
先ほども書きましたが、無意味ではないと思います。
私の母親は、カナータイプで知的遅れのある兄と、アスペ(当時はわかっていなかった)の私、他の兄弟を抱え、辛かったのでしょう。
私達、兄弟を顧みることはありませんでした。
そういう人も、世の中にはいるわけですから、子供を見つめている親は大きな意味があると思います。
ですから、そういう親御さんを否定する気持ちは私には無かったですが、その点は想いの擦れ違いなのだと思います。
>多分、双方が(特に多数派の定型者が)本気で相手の気持ちに歩み寄ろうと思わない限り難しいと思います。でも、これからですよ。発達障害の社会的認知度があがり、これから状況は必ず良くなると思っています。
そう言ってもらえると、少し希望が持てます。
>発達障害の子の気持ちがわかる大人の当事者、と言うのは今とても教育現場で必要だと思います。子どもが自分で説明できない困難さを言葉で説明してくれるならなおさらです。でも、それをまわりの親たちが素直に受け止めてくれるかどうか・・
発達障碍の認知度が上がって教育と言う場にもその理解が入ってきてはいますが、世の中の大人の中にそういう人たちがいるという認識は、まだまだなのだと思います。
そういう、どこにでもいるという事が、もし理解してもらえる時が来るのならば、私、もしくは当事者の人たちが、説明する事を受け入れてもらえるのだと思います。
>人との軋轢や誤解を避けるには「黙して語らず」が無難なのかもしれませんが、kazeさんがご自分の負担にならない形でまわりにゆるゆると啓蒙活動を続ける
>ということは大切なことだと思います。kazeさんだけではなく、大人の当事者の方々が声を出し続けて、自分たちのために、そしてこれから育つこどものためにより良い社会を作っていければいいと切に思います。
自分が、この障碍と分からずにやってきて辛かった。
せめて、自分の子供が大人になった時は、そういう偏見などが少しは軽減されて、楽しく暮らせるといいなあと思っています。
>kazeさんの歯がゆい気持ち文面から痛いほど伝わります。また、良かれと思ってしたことが否定された気持ちの痛みも伝わります。
>
>相手の方もまた違った痛みを感じていると思います。
>定型発達者が発達障害を真に理解するには、自分の常識や先入観をある程度捨てて「パラダイムの転換」をしなければならないのです。私もまだ、それはできていないと思います。
そうですね。
でも、きっと片方ではなく、双方に何らかの変化が必要なのかもしれません。
療育などを受けてこなかった、気付かれなかった私の世代と違って、私の子どもの世代ではきっと、当事者の人たちももっと理解度が上がっていると私は思います。
それだけ、良い経験を積む事ができるでしょうし、自分たちを顧みてくれる大人がいるのですから。
>kazeさんのブログ拝見しました。これも一つの啓蒙活動だと思います。小さな積み重ねがいつか社会の理解につながると信じてがんばってください。kazeさんは一人ではありませんよ。
ありがとうございます、
一人ではないと言ってもらう事が、一番の理解です。
嬉しいです。
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