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御無沙汰してます。コメントありがとうございます。
▼ジョンさん:
>もともと自閉症圏の人は感情を顔で表現することも、
>相手の表情から感情を読み取ることも得意では
>ありません。加えて、自閉症圏であるため、感情
>そのものを失っている場合もあります。参考までリンクを
>http://www.geocities.jp/johnhealing/aspergertokuchou.html
>張っておきます。
そうですね。
積極奇異タイプなので、なおさら相手の感情を無視した行動で火に油を注ぐことが多く、ますます自分自身に腹が立つことが多いです。
今までの経験から、発達障害を公表しても結果的には百害あって一利なし、という展開ばかりだったので、元上司からコミュニケーションがとれない原因について説明を求められたときには、発達障害にまったく触れずに正当な理由を説明することができませんでした。
「以前、職場で定時報告や相談が邪険に扱われたことがトラウマになっている」「昔の職場で、上司に(身体障害に対しても)障害者差別があった」
と説明するのがやっとです。
そうしたら元上司曰く
「じゃ、俺のアドバイスもいじめ、そういうことになるのか?」
と言われました。
もちろん私は否定しました。
「もし待遇で障害者差別があったのなら、それは障害者枠の求人に応募したChiquititaが悪い」
私は二の句が継げませんでした。あの時、障害者枠でないと就職できなかった私にとって究極の選択だったのをあそこまで言われてはたまったものではありません。
発達障害の知識を身に付けるのが40代になってからでは遅すぎたのか、と後悔もしました。
私が不惑を過ぎるまで、世間が発達障害に目覚めなかったという状況も恨みました。
しかし早くに気づいた私は幸運だと感じています。
私だけではありません。「館」の門を叩いた人は全員そう感じているものだと信じています。
現実はあまりにも厳しいですが、昨夜(厳密には本日未明)のNHKスペシャル「ワーキングプア〜働く生活貧困層〜」でも伝えられていたように、定型発達の人たちにとっても健常者にとっても社会の矛盾は遠慮容赦なく牙をむいています。
そういった状況で、感情がうまく表現できないだけの理由で蔑視の対象になってはたまったものではありません。
定型発達の人でも、感情が麻痺することは多いです。
私のオフクロは鬱状態がひどくなって感情がやはり麻痺し、親父が死んだ後、悲しみを表に出せずにストレスがたまって一気に体調を崩しました。
その意味では、偏見というものはレベルの差こそあれ、誰にでもあるものだと言えるでしょう。
私が現在住んでいるところでは、県知事の提唱で障害者に対する偏見を減らすための取り組みが行われていますが、障害者サイドも努力して初めて成功するものだと思います。その点では、「館」参加者の皆さんは前向きな方が多いので、プロジェクトには非常に心強い援軍となるでしょう。「昔の会社でのトラウマをいつまでも抱えているんだったら、インターネットの障害者のサイトで傷の舐め合いでも勝手にやってろ」(元上司談)という揶揄になんか負けてはいられません。
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