|
>教育機関の立場として間違っているのではないだろうかという見解が
>我々教官の出した今のところの結論です。
先生方の見解の通りだと思いますし、そのような先生方が大学にいらっしゃるのは有り難いと思います。
修士がとれるかどうかは、彼の人生にとって、大きな大切な問題です。
本人の自覚がどうかはともかく。
私が彼の親なら、本当にありがたく、頭が下がる思いです。
>本音では指導に自信を持てない、指導の指針が分からない私自身が
>ただ、ただ楽になりたいために責任を他(相談所)に分散させようとしている
>だけなのかもしれません。
たとえそうでもいいんです。
親ですら、一人では抱えきれない問題です。
彼のためといいながら、実は、なんて、ご自分を責める必要はまったくありませんし、そういう考えがあってもいいんです。動いてくださったんですから。
結果として、正しい方向に導いてくださること、手をうってくださること、
何も気づかないで放置した結果を思えば、大違いです。
あのマザーテレサですら、人のため、神のため、といいながら、
実は自分自身のためにやってることに気づき、そんな自分を苦々しく思うと、
詩に書かれています。
アスペの人は、問題が何か見えてないことがあったり、
それが問題なのかさえ、自覚しないことがありますし
思い込みやこだわりで、自分勝手な誤った方向に走ったり、
木を見て森を見ずの傾向もあるので
周りが見えている人間が、うまく導いてあげる必要があります。
私は仕事上アスペの人とつきあいがありますが
言い出したらきかず、周りの忠言に耳を貸さず、
思い込みが激しく、自分の思いが社会一般的だと思っているので、困っています。
信じられる人間の言うことに耳を貸さないので
彼を利用としようと、彼の言うことに「迎合」してくれる他社の人間に
うまく利用されているのに、それも気づかないんです。
結果として、失敗は数多くあり、彼の損失は大変なものですが
彼の会社なので、くびにならずに済んでるようなものです(苦笑)
>何もしないで後悔するよりは、
>何か手をうって、結果として効果がなかったときの後悔のほうが
>ましなのではないかと自分本位な選択なのかもしれません。
|
|