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▼akaneさん:
コメントありがとうございます。(間にもじらさんのコメントがございますが)
>他の方も書かれていますが、まず、相手を好きになることから、でしょう。
>
>好きになって欲しいとどんなに思っても、自分が相手を好きにならなければ、
>好きになってもらえません。
>(というか、誰かに好きになって欲しいのは、その人を自分が好きだから、が普通ですが)
>
>聖書に、「自分がしてもらいたいように、相手にしてあげなさい」
>という意味のことがあります。
>
>相手を好きになれたら、次は、相手が喜ぶことは何かを考えます。
そうですね。
既にりりさん宛のコメントでも述べたように、一人の女性に好意を抱いた次の瞬間に私以外のすべての男性が老若を問わず、また既婚者や子供であっても恋愛のライバルに感じる状況が深刻なので、それが恋愛に二の足を踏む最大の理由です。
身障も発達障害も常軌を逸した偏見に30年以上さらされたことや、家族の者まで私の身障や発達障害を侮辱したことが、問題を深刻化しているように思えてなりません。
でも私は家庭がオアシスに感じられなくても、これから恋愛して結婚して築く新しい家庭をオアシスにしたいと思います。与えられた環境がサンクチュアリーでなければ、自分で生み出すしかないと考えています。
そのための土台作りを、「館」参加者の皆さんや心療内科のスタッフと一緒に進めて行きたいと思います。
これまでも御協力をいただきましてありがたく感じております♪
>成績がいいのは、尊敬されます。
>でも、良いのがそれだけで、人間関係が築けないと、逆に成績の良いのが仇となります。
>
>周囲から見る目が、成績がいいだけに、そんなこともわからないわけはないだろう、失礼だ、と思うからです。
そうですね。
以前の職場でも、「一流の大学に通うほどの人間が、どうして電話の応対はめちゃくちゃなんだ?」と嘲笑されました。電話のトラウマは、こうして深刻化しました。(さらにダメ押しとなったのは、以前の職場の社長が「貴方の会社は精神障害者を雇っているのですか」と取引先から侮辱された事件や、コメント[#15602]で始まるスレッド)
>別れた夫は悪い人ではないけれど、近所の人に「あいつは頭だけだ」と
>悪口を言われてました。
>
>彼は、私のために一所懸命やっていたこともあったのですが
>「私が喜ぶ」ことや「して欲しいこと」は、一切できませんでした。
私の親父もそういったことはできませんでした。
たまに家族サービスのロングドライブはありましたが、交通渋滞の度にパニックで荒れ狂い、案内標識を見落としては迷子になっていました。
余談ですが、私の親父もASの疑いがあり、おそらく動体視力が悪かったのでしょうか、案内標識や規制標識がほとんど読めない状態で走っていました。
青信号にならずに赤信号の下に矢印が出るパターンの信号でもしばしば混乱していました。
>わからなければ、相手に聞いてもいいのです。
そうですね。
私は人に物を尋ねる局面においてもトラウマがあり、「聞くは一時の恥」だとは理屈で解っていても、「聞くは一生のトラウマ」が不安でたまりません。
それでも仕事の場においては、ミスが許されない作業なので、努めて周囲の人に状況報告をまめにしたり、疑問点の確認を徹底するように心がけています。
>拡声器で僕を好きだと言って!というのは、ちょっとすごいですが(^^;)
>でも、そう言われた時、相手は「この人は私を好きなのだ」と感じます。
>
>人は、自分を好きになってくれる人を好きになります。
>逆に、この人は自分を敵視していると思えば、嫌いになります。
>鏡のようなものです。
そうかもしれませんね。
身体障害や発達障害に対する偏見にびくびくしていては、人間関係は育ちませんからね。
>異性にもてるのは、こつさえつかんで、できるようになれば比較的簡単です。
>ホストに入れ込む女性が多いのや、お笑いタレントが人気があるのは
>女性を楽しませるコツを知っているからです。
GWからケーブルTV開通と同時に自宅で再びインターネットが可能になるので、現在ストップしているブログを再開し、皆さんからアドバイスを受けやすい環境を整えます。
もちろん、私も恋愛ができれば、今度は皆さんに向けて還元したいと考えています♪
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