|
▼SILVERさん:
>「ぼくの地球を守って」
>って、漫画ご存知?
>
>あの中で、幼少の頃のシオンが、養父に言われたセリフ
>
>「悔しいなら不幸になっちゃだめだぞ」
>
>これ、素敵だと思わない?
>
>相手が不幸になればいい、というのではなく、自分が相手より幸福になればいい。
>自分の位置は動かず相手だけ落ちればいいというのは、相手とレベルが一緒になって落ちてしまうから。
>
>相手がどうにかなればいいと考えるより、自分をあげていく努力をしていけばいい。
>
>自閉であろうと健常者であろうと、それは同じ。
>
>
>>その中にはアスペルガーを含む発達障害の人が多いと私はおもいます。
>
>でも、加害者側に、発達障害者はいないの?
>違うでしょ?
>
>いじめられた、傷つけられたことばかり、発達障害側は主張するけど、
>発達障害者は、相手を自分も傷つけてる事に気づかなかったりする。
>
>周囲を怒らせて、「なぜ相手は怒ったのだろう??」っていうことは無かった?
>
>故意のいじめを許せないという気持ちもわかるけど(私だって、いじめられ体験はあります)
>
>自分が知らず知らずのうちに加害者になってることはいいの?
>故意じゃなければいいの?
>
>
>また、漫画の話しになるけど、今、テレビドラマにもなってる
>
>「LIAR・GAME」
>
>これの4巻の最初の方に、
>「他人への無関心」について、説かれていたのも印象に残ったわ。
>
>漫画の中では
>「人を騙していると言うことに気づかない。自分ではいいことをしていると思っているマルチ商法」
>の、話しが出てきたけれど、
>
>これを、いじめる、いじめない、に置き換えると、
>
>「相手をいじめているということに自分が気づいていない罪」
>
>は、どうなるのかしら?
>
>もちろん、故意にいじめている側も、自分はいじめているという意識の無い人はたくさんいるけど、
>
>発達障害側は、「相手が怒るのは何故?」と、わからずに相手を傷つけてる。
>
>知らないということは、無関心と同じじゃないかしら?
>
>>今でもいじめた奴らを恨んでいます。なぜ、加害者のいじめた連中がぬけしゃあしゃあと生きているとおもうと悔しくてなりません。
>
>因果応報という言葉があります。
>
>いつか、本人のした事は、本人に還るわよ。
>人間が裁き下さなくても、まわりまわって、本人に還っていくものよ。
>それは、こっちが相手を恨むという、同じ土俵に下りなければね。
>
>その人本人に還らなければ、その人の子供に、
>その人の大事な人に、
>還っていくものよ。
この人の意見に共感、共鳴する。相手と同じレベルで対応していじめた相手を恨めば、いじめた相手と同じレベルで共倒れ。相手の事をとやかくいえない。
お互い様の状況になる。その点発達障がいは主観的になりやすいので、この手のどつぼに陥りやすい。
トラウマになる場合もある。
|
|