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▼笛さん:
コメントありがとうございます。(^o^)/
>おそらくこれらの設問は、私がChiquititaさんに対して書き込んだ質問が引き金になっているようにも考えますので、お答えしたいと思います。
確かに、[#19727]でコメントをいただいたことで、皆さんの意見も聞いてみたくなったことは事実です。
それで、浦和でのオフ会に参加できない方々からも意見を求めるためのスレッドを起こした次第です。
>恋愛について身近な人に話した記憶がありません。話題として挙がらないため、権利を否定されたこともありません。
>しかし、恋愛は、誰か(もしくは法)で保障してもらうような権利ではなく、本能と考えます。
本能か権利かは、各自解釈が違うと思いますが、私が「権利」という形で(スレッドを)切り出したのは、例えば
「A子さんが好き」
という形で一人の女性に思慕を抱いていても、それを周囲の人に否定されたことがあまりに多かったからです。
私が自信を持って自己主張できる状態にあれば、周囲の人がどんなに恋愛に猛反対してもそれを跳ね除けることは十分可能だと思います。なぜなら、「A子さんが好き」なのは他ならぬChiquitita本人であり、周囲の人がA子さんに恋しているわけではないからです。
しかし、周囲の恋愛に対する猛反対をひっくり返すには、発達障害も身体障害もとてつもないハンデにしか感じなかったのも事実でした。
もちろん、私の場合は発達障害だけでなく、身体障害をも受け入れないと生きて行けないので、並々ならぬ苦痛を伴います。
しかし、最近になって整形外科のトラウマがフィットネスクラブで大幅に半減した結果、ようやく身体障害を受け入れることができるようになりました。
それは身体障害のために日常生活への影響を被害妄想的に感じ取ったというものではなく、制約の範囲内で努力するその努力の限界が数段高いステージへと移ったように感じたからです。
>いいえ。小さな頃からスキンシップは苦手でした。
確かに、他人との距離感をつかむことの苦手な発達障害当事者は多いと聞いていますし、親子関係であっても各々が求めているスキンシップに齟齬があることは珍しくないでしょう。
定型発達なら、たいていは齟齬があっても何事もなかったかのようにスキンシップできるでしょうが、当事者には当事者なりのスキンシップがあるでしょうから、当事者が親子関係も歪みやすい、とは断言できないでしょうね。
スキンシップをめちゃくちゃにする要因は発達障害の他にも多数あると思います。
>恋愛は多くの人間が有する本能のひとつであり、法で権利を保障したり否定したりするものではないと考えます。
>恋愛をする本能を有していない人間も、存在すると考えますし。
そうでしょうね。
私の従兄でも、45歳で未婚の人はいますが、恋愛に興味を示していないだけです。
だから私が単に焦りを感じているだけなのでしょう。
焦りを感じてトンネルビジョンになるから、マスメディアの情報が私にとって不利なものが多いように感じたり、周囲の男性がみんな恋愛のライバルに見えたりするのだと思います。
本当なら、たとえ蟻地獄でも自力で脱出しなければならないものでしょう。
2次障害があまりに深刻だったことが、私を蟻地獄から脱出させるための体力を奪ったので、どうしても心療内科や「館」を頼りにしなければなりませんでしたし、環境を変えるために天使に手招きをしてもらうことも必要でした。
>他人と一緒にいなければならない時、私は自分が好きではありません。
>好きになる努力もしません。
>しかし、自分一人でいられる時は、自分と仲良くすることが出来ます。いつでも楽しい時間を過ごすことが出来ます。
確かに、一人でいる時間は人間関係のストレスに悩まされることもほとんどないでしょう。
私自身は積極奇異型なので、一人でいると人恋しさでもストレスを感じますが、それについても感じ方は十人十色でしょう。
>それと、題名の「恋愛に関する貴方のビジョン」というのは、自分にとっての理想とする恋愛の仕方、という意味ですか?実は考えてみても私には意味がわかりませんでした。
確かに、皆さんの考える「理想の恋愛」を知りたかったのは事実で、如何に私の青写真が歪んだものであるかもどうしても知りたかったのであります。
「障害は恋愛のハンデにならない」というのをアンケートの統計資料([#19595]からリンク)を見るまで納得できなかったことも、皆さんには気付いて欲しかったのですが、幸い皆さんも気付いていらっしゃるようで安心しました。
「障害者相手に恋愛して不運に感じた」とアンケートで回答している人であっても、障害そのものを忌み嫌っている人はおそらくその中のほんの一部でしょう。
このアンケート結果は、人生に自信を持つことの大切さを暗に伝えているように感じました。
>世界中の全ての人がその人の敵になろうとも、私だけはどんな時も味方である、と決めている人。必要があれば、あらゆる方法で相手にわかるようにそれを示そうと決めている人。相手が私を同じように思っているかどうかは関係ない。
>
>私にとっては、最初は偶然、後は自分の意志、というようにも考えられるようです。
そんなものなのでしょうね、本気で人を好きになるということは。
恋人同士だけでなく、家族の者が相手でも言えることでしょう。(残念ながら親父にはそれが欠けていたように思えます。私が愛情欠乏症を訴えている最大の理由かもしれません)もちろん、親との関係がめちゃくちゃでも、これから家族に招き入れる人との関係はベストを保ちたいです。
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