|
広汎性発達障害の疑いで通院中の小1の息子がいます。
正式にはまだ出ていませんが、高機能自閉症と診断名がつくようです。
「言葉での理解力が弱い」「自分の世界に入りやすい」といった特徴があり、集団で一斉に出された指示がわからず、みんなが動き出してから慌ててついていくとか、あるいは勝手な判断で間違ったことをしてしまうなど、集団行動にワンテンポ遅れがちです。
その為個別の声かけが必要なのですが、パニック、自分から手を出す、騒ぐ、といった行為はなく、どちらかといえば障害が表面的には目立たないほうかな?と思いますが、同年齢の子供とはコミュニケーションがとれにくく友達とよべる子はできません。
今、県の児童相談所や発達障害者支援センターと同じ管轄の診療所に通院していて、そこには当事者・家庭と学校・社会のパイプ役としての支援スタッフ(県職員)が配置されているので色々とサポートしてもらっています。担任の先生にも様々な場面で配慮して頂いていて、息子は本当に環境に恵まれていると有り難く思っています。
私の悩みは、そういう恵まれた環境で息子もすごく頑張っていて、幼稚園時代よりもまた一段と成長して、担任の先生にも「大きな問題はない」とはおっしゃって頂いているのに、それでも日常的に小さな?問題が発生してしまうことです。
例えば担任の先生から、「(普段よりも長く外で遊ぶように指導されている)20分の休み時間の後が体育の授業だったことがあって、休み時間が終わったら運動場の鉄棒の所に集合するように子供達に指示したのですが、○○君(息子)にはわからなかったみたいで一人いなくなってしまいました。結局いつもと同じように教室に戻っていて教室でみつかったから良かったんですが、校外活動の時には常に私の横にいてもらわなければと思いました。」という報告がありました。
息子は初めて経験することが特に苦手です。
でも学習能力の高い子なので、たくさんのことを経験させて成功することで自信をつけたり、失敗したらしたで、その都度丁寧に教えることが大切だと思っているので、息子にとってはそれも一つの経験だったと思います。
そうは言っても担任の先生にしてみれば、息子以外のクラス32人の子供達を校庭に残して息子を捜さなければならなかった訳で、その心労を思うと申し訳なく思ってしまいます。
昨日も、クラスの男の子に体操着の背中に鉛筆で落書きされる事件がありました。
その男の子は「息子にしつこく追いかけられたからやった」と言ったそうで、先生は適切な指導をしてくださり、連絡帳にはお詫びの言葉と共に「○○君(息子)のSOSにもっと気づいてあげたいと思います。」と書かれていました。
私は元々息子から、この男の子に叩かれたとか、からかいのような事をされているのを聞いて知っていて、相手にしないように、他の子と遊ぶように、嫌なことをされたら先生に言うようにと息子には言っていました。
昨日もまた何かされて息子が怒って追いかけたのだとは思いますが、「体操着に落書きされて嫌だった」という経験をもとに、しつこく追いかけない、相手にしない、近づかない、嫌なことをされたら先生に言うなどを息子に再確認しましたが、息子自身が気づいて行動してくれるまで繰り返し教えるしかありません。
またそういう一つ一つの経験が息子にとってはとても大事なことで、体で覚えて欲しいのです。
ですから多少のトラブルはあっていいと頭では思っています。
環境を整えすぎて息子が歩きやすいようにと歩む道を舗装してあげるよりも、見守りながら、あるいは手伝いながらも、多少の雑草は自分で刈り取り、でこぼこ石は自分で取り除き、自分で道を切り開いていかなければならないことも息子に教えたいのです。
頭ではそう思っているのに、でも何かトラブルがあるとその度に先生にご迷惑をかけてしまうので、それを思うと申し訳ないのです。
思いが矛盾してしまいます。
夫には「息子が理解するには時間が掛かる。考え過ぎないほうがいい。」と言われています。
息子は素直で、真面目で、一生懸命で、可愛くて仕方がなくて、発達障害があるといわれても悲観もしていないし焦っているつもりもないのですが、どうもモヤモヤした気持ちが晴れず、気持ちの持って行き場がありません。
ここにいらっしゃる皆さんは色々なお悩みを抱えていて、私は恵まれているのに・・・、贅沢な悩みですね。
|
|