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ちゃっぴ〜さんへ。
>相談員の方が「息子さんはこうあるべきという言葉が多い」とおっしゃりました。
>ものの判断基準として、例えば30代の男性としてとか長男としてとか兄としてとかおじとしてどうあるべきかという考えで本を読んだりしています。
>目的に向かって努力することが大切と教育等で教わる一方でこの指摘は矛盾するというかどう捉えるべきか・・・新たに悩みが生まれました。
目的に向って努力することと、「こうあるべきとモノゴトをひとつに決めつける」ことは違うことだと思いますよ。
ものごとの判断基準として本を読むのは良いことです。しかし、ものごとにはTPOもあればケースバイケースということもあり、その時の「こうあるべき」が当てはまらない場面も多々あります。
例えば「嘘はつくべきでない」という考えに縛られていると、気弱な癌患者にも子供の患者にも配慮無く真実を言うべき・・という極論につながったりもします。
それから会話の中で「こうあるべき」という断定言葉を頻発されると、聞いている側は反感を感じたり、窮屈な感情になったりしやすいです。
「こうあるべき」は、相手の感情や状況を熟慮してそれでもこの場面では言わなくてはいけないのだ!
と強い意志で断定する言葉だと思いますので、度々使うような言葉では無いと思うのですが。
ちゃっぴ〜さんの「こうあるべき」が、ちゃっぴ〜さんの知識と経験値から裏打ちされた言葉であるならば、聞いた方も納得すると思います。でも、本からの抜粋や借り物の知識からおっしゃっているのであれば、「また言ってるよ」と思われちゃうかも知れません。
こういう点、いかがでしょう?
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