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▼疲労困憊さん:
心配していました。
>急に何か不安が襲い掛かり、やめると言ってるだけなのか、
>また、違う日になれば、やめなきゃよかったと言い出すのか・・・
>赤点回避もすごく喜んでいたんです。
気分障害の症状(症状だけ。かかっているのとは違うと思います。)は、まだ続いているんですね。
私の憶測ですが、疲労困憊さんは、ここのみなさんの言うことは、とても理解してらっしゃるような気がします。
言うことを、聞けるものなら聞きたくて、聞きたくて、しょうがないのでしょう。
でも息子さん本人が、母親以外にも心から言うことを聞いてしまう人、従順に心から振り回されてしまう人を何人も作ってしまっているので、その混乱をそのまま母親の前に持ちこんでしまい、暴れることで、その混乱の収拾を付けさせようと、母親をコントロールしようとしてしまっているように見えます。
(この憶測で合っているかいないかは分かりませんが。)
息子さんの生活圏内の矛盾なので、母親に何か介入できるわけ、ありませんよね。
例え暴れても、物を投げても…
(これも母親に当たる可能性のある投げ方をしていたら、暴力です。本人の意志に、母親への暴力をしたくないという固い意志があるならなおさら、解離という病的症状に近い危険レベル、依存心を抑制するストレスの反動を、自制心では押さえられないレベルであるような危険を感じます。)
…母親に、自分の高校生活に介入させることには、限界があります。
だから、疲労困憊さんは、無理なことを息子さんから求められているわけですので、息子さんの悩みの解決に向けて、何かスモールステップに細分化したり、妥協案を提案したり、聞き取りして受容したり答えを示してみるなどする段階を、今、一歩も踏めないでいるわけですよね?
だから、みなさんの言うことを実行するところまで、現状はたどり着けなくなっちゃっているということなんですよね?
世は夏休みですよね。もしやお互い煮詰まっていらっしゃるんじゃないかと、心配していました。
私達、成人の発達障害たちが、こんな掲示板を使ったり、人によっては匿名掲示板やツイッター、SNS、ブログ、ラインなどを使い、なおかつ医師やカウンセラーや当事者組織の当事者の人と会ったりして、それでも大人の自制心を利かさなきゃならない嫌な場面も克服しながら、やっと、やっとこさ、晴らしている憂さがある。大人もめんどくさい思いして晴らしている、生きるストレスがあります。
このストレスは、息子さんはまだ晴らし方を知らないし、そもそも若いからストレスの全体像も分かっちゃいないと思うんです。
家族、友達、仲良くもないその他大勢の生徒たち(男の子って仲良くもない存在にも格好を付けたい欲求が潜在的にあるらしいですよね。近い人にとってはこれがうっとおしく見えることもありますよね。)、先生たちに、無限に従いたい気持と、放っておいて欲しい気持が、混在してる可能性がありますが、混在してることも、もしかすると分かっちゃいないのかもしれません。
だからだれかが片方だけを取り出して肯定してあげても、無限に否定したくなってたまらないかとお察ししますね…。
そして、片方だけ、50%だけ否定されてるなんて分かっていないまま、「お母さんはボクの全部を分かっていない!」と、その場の気分で絶望した動きを取りたくなってしまうのではないでしょうか。
つまり、息子さんも、自分を分かっちゃいないんです。
自分を分かっちゃいない場合、息子さんが、まわりをうまくやり過ごしながら、自分で“自分”を持って、自我をコントロールしながら勉強して自分を伸ばす、なんて、無理そうだと思います。
心理学では、自我をコントロールする心の働きが、何かあります。名前付いています。『超自我』だったかなー。
母親が、疲労困憊さんが、息子さんの『超自我』の代わりはできません。
幼児なら代わりはできますが、もう自我の出てきた年頃ですから。
>フォローと甘やかしの区別がわかりません。
こうなるのも無理は無いと思います。
うまく書けませんが、これが、かなり答えに近いと思います。
息子さんは自分を分かっちゃいない。
だから鏡代わり(迷惑ですよね。私も鏡が欲しくて耐えられなかった時期がありました。でも助けを求めた多くの人に迷惑がられ拒否されました。)の母親にも、自分の自分像を的確に伝えられない。
伝達能力が幼児並みのまま、高校生のストレスとASの人間関係のストレスを、抱えたまま地団太を踏んでいると思われます。
私の意見になりますが、小さくても目的が持てたら、手助けはフォローになると思います。
“自分”も“目的”を持つことも、本人だけでなく、疲労困憊さんも放棄して、考えることから止めてしまい、かつお金を与えたり、後始末をしたり、本人を心配する人間の声を取り次がなかったり、まるで使用人のように言うことを聞く状態になったら、それは甘やかしだと思います。
私も書きながら私の意見を整理しているような状態ですが……
“自分”の持たせ方が分からない、だから探している、“目的”の持たせ方が分からない、だから探している状態なので、今は、甘やかしではないと思います。
>自分ではもう、わかりません。
こう書きこんでいらっしゃる行動で、方向を探しているので、疲労困憊さんの日々の努力はフォローだと、私は思います。
言葉が足りないところがあったら、ごめんなさい。適当に脳内補充しながらお読みくださればと思います。
息子さんは、高校を出ることで、自分のキャリアにどんな価値が出るのか、自分にどんな能力がアップされるのかも、具体的に想像できない。
私も、そんなようなものでした。
息子さんもそうだとしたら、ご家族や学校で教えるのは無理そうです。
普通の子は、そんなもの分からなくても高校に通えてしまうんです。私に乱暴に言わせてしまえば、普通の子もわけが分からない生き物ですよ。
息子さんは、分からないことで、高校に通えない、スムーズには通えない。
目的や目標設定が理解できないわけではないと思うのです。それに向かって努力する能力はあると思われます。
人から与えられた目標、しか知らない。自分で目標を持ったことが無い、ために、動機づけの路頭に迷っているとしたら。
自己理解のまだ不安定なASにとっては、一日、紙芝居のように、言うことを聞く[ご主人様]とか[ボス]にする存在が替わるようなものでしょう。
起きる時には母親、外へ出たら外の人(格好を付けて見せる対象)、学校に入ったら先生、休み時間には友達、その他大勢の男女の生徒、帰る時にはまたたくさんの外の人たち。
入れ替わり、立ち替わり、(当人たちにそんな気は無くても)自分に言うことを聞かせようとする人たち。
自分を見下して、従わせようとするように見える人たち。人、人、人…。
漠然としたコンプレックスの克服には、利害関係の無い人とのおしゃべりが一番いいと思うんですが、なんせ発達障害は、関係に主従関係や上下関係が無いと、どうしていいかさっぱり分からなくなるところがありますからねー。
>学校の三者面談では「頑張る」と言いながらも何もしませんと言うかできません。
そうですね。「頑張る」と言わないと、場がおさまらなかったら、その“場”に従順になりたいものですよ。
しかも、口だけ動かして言うんじゃなくて、心から言っちゃうんだとしたら、すごい純情なんですよ。
怒られてもいいくらい純情!
つづきしますね。
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