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▼にゃおにゃおさん:
はじめまして。にゃおにゃおさんの文を読んでいて、思わず赤面しました。私はそんな感心されるような母親ではなかった、と思うので。文章にすると、美しくなりすぎるのかなあ。
>幼児期に診断が出てから、
>わかってはいるものの、
>「人前でそんなことはしないで!」
>「どうして他の子と同じようにできないの!」
>などと、口には出さずとも態度がありありで、
>散々息子を傷つけている悪い母親です。
分かりますよ。今でこそ、息子に感謝って、えらそうに言っている私も、息子の小学生時代は言ってはいけないワーストワード
「なぜできないの。」
「なぜそんなことするの。」
「どうして分からないの。」
思わず連発していたような気がします。その言葉が何の効果もないのはよく分かっているのに。自分が彼の目線まで下がって教えてやらなければならないのに、つい口をついて出てしまうんですよね。にゃおにゃおさんは口に出さないだけでも私の数倍偉いです!
>ユニコーンさんは
>病院を訪れることはなかったことを残念がっていらっしゃいますが、
>息子さんをこれだけ暖かく見守ることができる方なので、
>それだけでもう十分です。
>きっと人を認めることができる優しい方なのですね。
そんな風に言ってくださると、恥ずかしくて身も縮む思いです。私の子育て時代はどんな問題児も結構野放しでしたね。ですから、ああ、こういう子もいるのかな、って当たり前に思っていました。私は結構わがままで、気分で当り散らしたこともありましたよ。
ただ、今振り返ってみて思うのは、健常児とか障害児とか、発達障害を持っているとかに関わらず、人間が人間を育てる基本、ベースのような物は共通していると思うのです。わが息子はほめ言葉にはあまり反応しなかったのですが、それでもほめられれば嬉しいのは当たり前。ほめる時は心を込めて、を心がけました。
私は発達障害の知識が全くなかったので、ごく普通の子育ての方法論しか考えていなかったし、そういう本しか読まなかったのですが、その中でも、「お母さんは心の基地」(タイトルは定かではありませんが)という本には結構感銘を受けました。お母さんからしっかり愛情を受けた子は、社会へ出て行く基盤ができる、というようなことが書いてあったと思います。
「愛されなかった子は愛する事ができない」っていいますよね。子供でも愛されているかどうか、は分かる。それは、アスペルガー症候群であろうがなかろうが同じだと思います。いえ、そういう子ほど敏感に感じるのではないでしょうか?愛されている、(特に母親に)という強い確信があれば、多少怒られても、落ち込んでも乗り越えていけるのでは?―と、私は信じています。
すいません。また、立派そうな事書いてしまいましたが、自分の子育てがそれほど正しかったとか成功した、とか思っているわけではありません。私がただ、これだけはできた、と思っているのは一生懸命愛してやれた、ということだけなのです。
私「世界で一番好き」
息子「自分の子だからね。」
これが私と息子の合言葉でした。
ほら、また立派そうなこと書いた(笑)
>ユニコーンさんのような大きな器の母親に
>少しでも近づきたいです。
ですから私は、そんなに立派な母親ではありません。私は、ここにたどり着く前に、話して理解してもらえる相手というのが皆無に近かったので、とても嬉しいのです。誰かにそれとなく相談すると、息子の子供時代は、「しつけが悪いんじゃない。」という感じがありありでしたし、少し成長したら「何が悩みなの?」という感じでした。
話して分かってもらえると言うのは嬉しいことですね。
にゃおにゃおさん、子供さんのことを良く理解して一生懸命努力しているお姿よく分かります。私の意見など、何の参考にもならないかもしれませんが、今後、アスペルガー症候群などの発達障害に関して、社会的な理解も深まるだろうし、きっとこれからいい事ありますよ。お互い、頑張ろうね。
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