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▼さくら咲くさん:
私は、発達障害のお子さんとと関わる仕事をしているものですから、
お母様達といろいろ話す機会が多いのですが、
「限られた時間」ということを話します。
LDをはじめとした発達障害のお子さんが、何かを学習するために、人の何倍かの時間がかかったとしたら
人と同じ24時間しかない発達障害のお子さんは、
「何かを捨てなければいけません」
そうしなければ、生きていけませんもの。
残りの時間で他の子たちと同じ事ができ、追いつく…
それはまずとても無理なんです。
では、何を捨てるのか。
それこそが、私とお母様と話す話題なんです。
親は、普通だったら、お子さんより先に死にます。
今は、どんなにお世話していても、彼が40や50にもなってくれば、自然と今のようにお世話するのは無理になってきます。
そして、親は先に死んでいきます。
これが自然の摂理だと思います。
ですから、お子さんにとって、とても大切なのは、
「自立してもらうこと」
です。
自立するためには、いったい何が必要でしょうか。
少なくとも、
勉強が出来ることではないと思います。
ましてや受験が成功することでもないんですよ。
塾に通うことも、テストを受けることも、授業を聞いていることも、
「自立すること」を考えたら、これらのことはほんの些細なことです。
少なくとも、学校の教科との関係は薄いです。
だって、
計算できないのなら、今は計算機があります。
字が書けないなら、PCがあります。
それよりなにより大切なことは、
親が死んだ後でも
とにかく、仕事を得て、生きていくことです。
そのためには、
独りでも人とうまく関わっていくことです。
だって、どんなに頭よくたって、人並みに学校行ったって、
人とうまくcommunicationできなかったら、仕事なんかうまくいかんです。
だから、私は、さくら咲くさんたち親子にとって必要なこととは、
まずはお子さんが自分のペースで、人とゆっくり関わってみること
自分のペースで、何かやってみて、
「できた」
「僕も捨てたもんじゃないな」
という自己有能感を得ること。
※だって「どうせ自閉だから」というのは、自尊心を失っていることですよね。
それから、
さくら咲くさんが、一年やそこらの短いスパンではなく、「将来」というものを考えて、結局、何が必要なのかをもう一度基本に戻って考えることだと思います。
今、二人とも、実はあまり「将来にとってて必要性の薄い」ことに振り回され、
自立して、独りで生きていくことに、必要なことを忘れがちになっている。
ような気がしているのですが。
ことばがきついようですいませんm(_ _)m
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