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皆さん、コメントありがとうございます。久しぶりのボヤキにお付き合いいただきましてどうもすみません。
管理人さんとの約束(24時間以内にコメント3件)を守るため、まとめてレスさせていただきますことを御了承下さい。
(コメントは[#7253]の続きです)
続いて:
▼ケロロさん:
>あ、チキさん。私、なんだか分かった。
>勘違いなんです。
>
>女性にモテる男の人像が勘違い。
>
>一般的に目に見えるモテ男さんたちって、
>コートでスポーツしてたり、ヒップホップダンスしてたりするでしょう。
>で、その脇で女性が応援してたりする。
>でも、その人たちって、ごく一部のモテ男さんですよ。
そうかもしれない。(^^;)
外見上の格差に必要以上に囚われていたのでしょう。
もともとルックスの問題ではないことは認識していたつもりですが、気になっていたのは、やはりパフォーマンスの格好よさです。
格差を感じる原因は、やはり体育の授業でさらし者にされたこと(過去ログ[#2353]以下のスレッド全部でコメント済み)だと思います。
>モテ男さんは、何もしなくても女性が寄ってきますよ。
>きっとその人の個性、
>容姿だったり、話術だったり、知識だったり、考え方だったり、
>が魅力になるんでしょうねえ。
それが自分で見つけられれば苦労はありませんがね… でも自分なりの魅力発掘はこれからも続けます。オフ会などで皆さんの助けを借りることもあると存じますので、そのときは宜しくお願い申し上げます。
続いて:
▼なつさん:
>自分に「足りないものがある」と感じ続けるのは、辛いものですよね。
>それが、先天的なものからくるのだとすれば、なおのこと。
>その辛さが、「不公平感」につながっていくのも、とても分かる気がします。
御無沙汰してました。
先天的なものだけでなく、誤診による処置の誤り、という事実に長いこと縛られていました。
>だけど、自分のことを「これができる」「あれができない」という視点で、評価すること。
>それは、Chiquititaさん自身をとても苦しめているのではないかしら…と、気がかりです。
そうかもしれないです。
みんなには当たり前にできることが私にできない、ということに囚われるばかりで、御指摘のようにかなりつらかったです。
テニスだって、健常者であるなら練習さえすれば誰でもそれなりに上達します。しかし、私はテニスのラケットを握ることさえ許されていません。そのために、早々と自分の能力に見切りをつける人に「なんて贅沢を言うんだ」と怒りの感情を露にして雰囲気を悪くしたことが何度もありました。
>彼は、自分自身を愛しているし、そこからくる穏やかな雰囲気が、周りの空気をやわらげます。
>私たちは、ほとんど会話をすることもなく、同じ部屋で別々のことをして過ごすことが多いのですが、ただ一緒にいるだけで、心地いい…と感じます。
一緒にいて心地よい、と思わせること… それが何であってもOKであるのなら、今までの深刻な悩みはいったい何だったのだろう… 不必要に悩んでいたようで、滑稽にさえ思えます。
>自分を愛する…というのは、よく言われる自己中心性とか利己主義とは、対極のものなのだな…と、彼を見ていると思います。
>自分に対する肯定感で、とても精神が安定しているので、人の評価を求めないし、自分を認めるのと同じ自然な感覚で、人のことも認めている…そんな感じがします。
まず、私は今まで42年間、自分自身を好きになったことがほとんどありません。
身体障害がひたすら恨めしく感じていました。
そしてその身障がいじめの原因になったことで、ますます私は自分の人生を呪いました。
しかし、自分の身障を恨めしく感じていなければ、加害者の延べ人数が天文学的数字になるほどの凄まじいいじめはもっと小規模で済んでいたかもしれないような気もします。タイムマシンがあるならば、私は1970年当時の私自身に会いに行ってアドバイスしたいです。
>スポーツができないことについて、Chiquititaさんは、自分で自分を否定しているような気がして…。
>そういう感情は、自分の中にあって、つきまとうし、それが何もかもをダメにしているような気さえしてきますよね。
>だけど、ほんとうは、そうでなく。
>スポーツができない自分を、Chiquititaさんが自分で受け入れることができれば、いろいろなことが楽になっていくのではないかなあ…と感じます。
これについては、今は何も言えません。心療内科や人生相談窓口の助けを借りないと、自力ではどうにもなりません。
仲間外れやさらし者といった既成事実を否定することができないからです。
>自分が持たないものについて、苦しむ人たちに、同情ではなく、思いやりと愛で寄り添う力…そんなものを育てていくことができれば、それはChiquititaさんの大きな魅力になっていくと思うんです。
>(だから、そうすればいいっていうアドバイスでは、ないです。
>ただ、ハンディの中に、それゆえの可能性を感じることができるのなら、それは希望にもなっていく…と感じるので)
そうです、そうです。
弱者に対する思いやりの心、これこそがセールスポイントになるかもしれません。
現在は半ば休眠状態ですが、私のWebページではいじめ問題も取り扱っています。いじめの被害経験を「やられたらやり返せ」で対応すると悲劇が拡大するのは目に見えてます。加害者こそ心のケアが必要だという意見は、もちろん自分の被害経験から導かれた結果です。
>ここの掲示板が新しくなって、しばらく私は、ここには来ていませんでした。
>それで、久しぶりにChiquititaさんの投稿を見たときに、私、luluさんだとは思わなかったんです。
実は今だから言えることなのですが、私のWebサイトでBBS荒らしを働いた今治のネットストーカーが、逆恨みで旧HNの「Lulu(_2440)」を悪用することを危惧した私は、管理人さんにお願いして「Lulu(_2440)」を封印していただきました。
>HNが変わっていたこともあるのですが、それ以上に、投稿の中身が、違っていて。
>こんなに短時間の間に、この人は変化し、成長していったんだなあ…と、不思議な感動を覚えました。
>その変化が、Chiquititaさんが、そう望んだものであるなら、それはとても嬉しいことだなあ…って思います。
悪夢から逃れるためには、北海道を離れることも必要でしたが、9ヶ月間に茨城でも多数の出会いを経験し、自分自身もかなり変わったなと感じています。
しかも私にとっては茨城は居心地が非常に良いです♪
私の心の成長も認めていただけて非常にありがたいコメントでした。
最後になりましたが:
▼こしあんだんごさん:
>不公平感、評価されない感、よくわかります。
>私も基本的によく思います。私も発達障害 当事者だし、股関節も痛んでます。
>(中略)
>生んだ子どもが高機能自閉症でした。
>私だけでなく、自閉症の子どもを持つともれなく言われるのが、「しつけのせい」「母親のせい」で、私もたくさん頂きました。評価してもらおうとした、子育てが更なる低評価を生み出しました。
まだまだ発達障害を受け入れてもらうためのワインディングロードは先が長い…(;_;)
私のオフクロもよく言われました。鬱状態が深刻化し、何度も私との親子心中を考えたそうです。
>でも、恋人や友人と違って嫌だからさようならといかず、七転八倒するうちに、目の前の息子がものすごく好きだという事に気付きました。
>自閉症の世界を教えてくれたのは、彼だし、そのおかげで自分の問題も解決の糸口を見出すことができたし、何よりも同じ心の世界を持っていて、同じ事で悩み、励ましあって暮らしてます。
オフクロも鬱状態でなければ、同じように自分の子供が「自閉症」であってももっと前向きに捉えることができていたかもしれません。でもやはり自分の子供が「自閉症」だということで責任を感じているからか、メンタルの問題には非常に関心が高いですね。
>恋愛は、自己評価のバロメーターではないし、まして、自分の価値に気がついた人がそこら辺から「わらわら」出てくるもんでもなく、
>まず、「自分がすごく好きな人」が出発点ではないかと。
考えてみたら、私も動物の話題(Ariesさん)に、[#6871]で同じようなコメントを流していました。
でも、ネコやイヌに懐かれる(http://www.nadita.com/asbbs/c-board.cgi?cmd=one;no=153;id=fun)人が他の人間には嫌われるって、おかしいですよね。
>で、好きになった人から、3人くらい続けて「スポーツのできる人がいいわ」とか「ヒップホップ系が好き」とか言われて振られて、初めて、不公平感とか感じるんではないかと。
大学で自己紹介のとき、迂闊に身体障害を公表して合コンを片っ端から仲間外れにされたことで、そのときの合コン参加者の価値観が物差しになっていたのかもしれないです。
>100人の人に、「Chiquititaさんって、こんないいところあるじゃない。」と言われるより、好きになった人に「今日は、楽しかったね」と言われる方がどんなに自己評価感が上がるか。
>
>好きになった人の好きなものとか、人生観を知って初めて、「自分はこういうところをがんばろう」とか思えばいいのであって、と思いました。
相思相愛になるきっかけ、でしょうね。
>ただ、女の人って、あまり観察されると、それはそれで「きもっ」っとか言ったりするので、押したり引いたり(私も苦手だけど)そこで、「恋愛スキル」を向上させるべくがんばりましょう。これは、定型の人も同じはず。
スキルアップの方法は人それぞれだとは思いますが、機会を見てじっくり話し合いたいテーマですね。
>私はよく家族から「劇画ちっく」と言われました。
>多分、ソーシャルスキルをドラマとか漫画から学んだので、表現がおおげさなようです。ただ、実社会から直接学べなかったので、おそらくですが、
>もっと、世間はそんなに劇画ちっくには事が運んでいないのだと最近思いました。
世の中の恋愛は、すべてがトレンディドラマのように筋書きが展開するわけじゃないけれど、そこがまた魅力かもしれません。
>ある日、突然、自分の価値がわかる人が現れるわけでもなく、「この人と、ケーキを食べるとおいしい」とか「一緒に、同じつぼで笑う」とか「同じ失敗をして、お互いに慰めあう」とか「カラオケで点数を争うことに、ものすごく喜びを感じる」とかで、きっと、私たちの苦手な「なんとなく」なんですよ。きっと。想像するに。
「共感」ということがキーワードになるかもしれない、と解ったら、恋愛もそんなに難しいものではないかもしれませんね。ありがとうございました♪
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