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レスありがとうござます。読ませて頂いて、三月うさぎさんのところも去年は、まさに現在のうちのことのような状態だったことが伝わってきました、いや、うちのことを書いたの?という錯覚をおこしてしまうくらいです(苦笑)
参観日・懇談会というキーワードを思い出すだけで、急に胸がドキドキしてきます。「頼むから友達にケガだけはさせないでくれ」ということばも、まったくもって同じです。
三月うさぎさんのお子様が落ち着かれたのは、クラス替えと、クラスへの告知・理解・配慮のお願いのおかげでしょうか?
結局のところ、私がずっと踏み切れないでいるのは周囲への「告知」(担任にのみ告知済み)という壁によります。精神科のドアを叩くのに敷居が高かったのと同じように、なかなか踏み出せない、そんな状態にいます。
パニックについてですが、自分の子なのに、実はどの状況がパニックなのか、私はわかっていません。パニックらしきものは、あまり感じられず、どちらかというと、予測外の事態発生のとき(例:断られたとき、思い通りにならないとき)、他者のルール違反(例:横入り)を正そうとするとき、一過性の衝動性(どなる、叩く、噛む、蹴る)を爆裂させるのです(あまり後に引きずりません。意外にすぐ反省した態度や不満ながらも冷静さをみせたりします)。
「パニックをおこさないで・・・ではなく、パニック起こしてもいいよ。お母さん迎えに行くから」は、私も取り入れたいと思うのですが、「かっとなってもいいよ。辛くなったらお母さん迎えにいくから」でいいのでしょうか(自信がない・・)。
学校での逃げ込める場所の確保についてですが、無いんです。
朝の職員会議中に「おはよう〜ございます〜。保健室の鍵が開いていないのですが」とガラッとドアを開けたりすることも茶飯事で、これを学校側から聞かされた主人は、「子どもには職員室にいかせません」と宣言してしまっているのです。
保健室の先生に担任経由で、休み明けに、一度声をかけてみてみようか、と思います。
三月うさぎさんのことばの宝石をたくさん、まねさせてください。
「そうだったんだ。つらかったね。でもがんばったね」
「お前のことをずっとみているよ。愛しているよ」
「今、カッとなるのを○秒がまんできたね。えらかったね」など。
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