|
▼めえめえさん:
こんにちは。
お返事ありがとうございます。
>そう、本音というのは何か映すもの・ひとがないと見えませんよね。
>ワタシも文章を書いたり、友人と話をすることを通して、アレ、自分って
>こういう風に思ってるんだ、と気付いていることが多いので、
相手がいることはある種の合わせ鏡みたいな面もあると思いますので、仰るとおりだと思います。
>日記を書くとか、メモ帳を持ち歩いて「思ったこと」メモをとって、後日読み返すと意外な発見があるかも。
実は同じようなことを考えまして、
“アウトプット”が必要だろうと、メモと日記を書く習慣をつけ始めたのですが、
感情の吐露が出来ず、日々読書をする書籍の情報が脳内に蓄積し便秘状態で、
いつのまにやら日記が論文調になってしまっていまして…
>周囲の人達を深読みして気を使い過ぎて、
>ご自分が燃え尽きちゃうタイプなんでしょうね。
そもそも抗うつ剤で鈍らせた頭で無理矢理回転させてますから、
人と数分話すだけで、疲労困憊状態です。
必死で読もうとしてもムリだと日々痛感しています。
>孤独だけど、ひとを傷つけるより失笑されたり孤立したほうが楽です。
ここに辿り着いたのが2年ほど前です。
孤独を楽しむことと、適度でさっぱりした距離感。
それが自分にとっても、周囲にとっても楽なのだろうと思います。
>というシミュレーションを一々していたら、実際に相手の話を傾聴したり
>会話に費やすエネルギーが残らないのでは?と心配です。
つい最近ギブアップ宣言をしました。
ただ、小さな頃からなのですが「あなたならできる」
という言葉を多くの人からかけられます。
周りの人からみると、私は努力不足に見えるのでしょうね。
>「オレの話を聴いてない」と受け取るからムッとする、ということはありませんかね…。
かなりあると思います。
良い意味で「人はそれほど考えて喋っていない」ということを最近学びました。
論理の飛躍でトンチンカンな暴走をして疲れ果てるくらいなら、
もともとの額面通りでトンチンカンなほうが、相手にとっても楽なのでは?
と思い始めています。
人の話は最後まで黙って聞く。
その際自分的にはオーバーであっても何らかの身体的リアクションをする。
ただ「それよく分かるよ」などという方を見かける時があるのですが、
あれが礼儀というか社交辞令というか、そういう暗黙の了解なのか、
本当に理解できているのか、いまいち理解できないのがゾクゾクします。
「自分の意志を押し殺すな」
臨床心理士さんからのアドバイスです。
お陰様で少しずつですが成長していけているような気がします。
いつもありがとうございます。
|
|