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▼笛さん:
横レスごめんなさい。
読んで誤解される方もいたらと思って、私の意見を追加させてください。
>近親者が当事者が子供の頃にしてあげられる一番大切な事は、「出来ないのは努力が足りないからではない」ということをおしえてあげて、
うちの子は、現在授業を1日3時間受けています。1日授業を受けることは本人も困難です。
冬休み前は、1日2時間が限度でした。
この伸びた1時間が、彼の努力です。
彼に、「6時間フルで授業を受けなさい、6時間授業を受けられないのは努力が足りないからだ」とするならば、
私は、彼に努力を強いてることになり、本人も苦しいのです。
ですが、「ここまで頑張ってみよう?」と決めて、
その目標に対して彼が少しずつ目標を上げて行けるのでしたなら、
これは、彼の「努力」です。
ときどき、「うちの子は努力している」「うちは努力している」と言うと、
「じゃあ、できないのは努力してないというの?」と、いう声を聞くことがありまして、
「できない→努力が足りない」「できた→努力しているからだ」
じゃなく、
「自分の出来るところまで頑張れる」「ハードルを少しだけあげて頑張ってみる」
「自分の出来るように他の工夫をしてみる」
こうした、「努力」まで、「自閉症児者に無理をさせている」「できないものを、努力が足りないと言っている」と、極論で言われることがありまして…。
>本人の自己評価が低くならないよう工夫してあげることがとても重要のように考えます。
これはその通りだと思います。
自閉症児者に対する、「できないのは努力が足りないからだ」という言葉は、
上記にあげたように、本人にまだ力がないのに定型児者と同じレベルまでやれ、
ということなら、本人にも負担でしょう。
ですが、「できないからやらせる方が無理」ということはなく、
その方、その子の、方向性で力を伸ばすこともできる ということも付け加えさせてください。
スレ主の緑の風さんが、誤解されるという意味ではなく、
ROMされておられる方の中には、極端に走ってしまう当事者の方もいらっしゃるだろうな…と思いまして、
ちょっと、補足まで。(補足になってましたかしら?)
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