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ジンさん、こんにちは
>とある国立大学の病院で医師は「小さいころは確かに君は自閉症だった、しかし、自閉症は大きくなれば個性に変わる」といわれました。
その先生がどのようなつもりだったのかは分かりませんが…。
私なら次のように考えますね。
小さい頃は障害特性を大目に見てもらえて、周囲に支援を求めることも可能だけれど、成長すると、否が応でも社会に適応しなくてはならなくなります。
現状では、成人への支援策は、ほぼないに等しいので。
だから、ソーシャルスキルを身につけて、障害特性も個性の範疇として生きていかなくてはならないかなと。
>失われた信頼は自閉症を理解してもらうことで時間をかけてでも取り返すことは出来るのでしょうか?
過去の書き込みの内容を指しているという前提のもとにお話します。
ジンさんの求める理解とは、障害をカミングアウトして、相手に分かってもらうということでしょうか。
でも、それは「障害を免罪符にする」に近くないですか?
ジンさんの言動によって、周囲の人が傷ついた、不信を抱いたという事実は変わらないわけです。
相手にとっては、「傷つけられた原因がたまたま自閉症だった」と知るだけで、信頼を取り戻すこととは別物です。
相手の傷を受け止めることなく、自分への理解を求めるだけなら、言い訳と取られかねません。
そうでなくても、「障害があるの? 大変だね」と一時の同情で終わり、距離を置かれるのが関の山だと思いますよ。
周りの人たちは、発達障害の事実を知ったからって、ジンさんを理解できるわけではない。
「自閉圏のジンさんとどうつきあっていけばいいかを知ること」が理解につながるのです。
そのためには、まず、ジンさん自身が自分を知ることが必要ではないかなと思います。
「クラブを追い出された」という被害者意識を捨てて、自分の何がよくなかったのかを客観的に見つめること。
障害特性が具体的にどのような言動に現れていたか、相手はそれをどう感じたかを学習することです。
やっぱり、人と人とのつきあいだから、誰しも、一緒にいて居心地がいい相手を求めます。
たとえ障害があっても、それを言い訳にせずに頑張っているからこそ、応援してくれる人が生まれるのだと思うんです。
どんな理由があったとしても、一度こじれた人間関係を修復するのは難しいです。
障害の有無に関わらず。
前向きにソーシャルスキルを身につけながら、新しい人間関係を築いていった方がいいんじゃないかと思います。
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