|
▼乃絵さん:
コメントありがとうございます。(^o^)/
>▼(「>>」はChiquitita):
>>●貴方は身近にいる方から恋愛の権利を否定されたことはございませんか?
>あります。ちょっとでも異性や恋愛の話をしようものなら厳しく叱られました。現在もそうです。親はわたしにいつまでも「小さな子供」でいてほしいようです。
そうですね。
でも、私は恋愛が仕事の妨げになるとは思いませんし、それは心掛け次第だと感じています。
乃絵さんの場合は、(おそらく)女性なので御両親が手放したくないと感じていらっしゃるのかもしれませんね。
>>●貴方は今まで家庭内で十分なスキンシップを受けていると感じていらっしゃいますか?
>母親からのスキンシップは力が強いので痛くて好きではありませんでした。
>父はもともとスキンシップは苦手のようでした。
既に[#19852]でもコメントしていますが、親子関係であっても各々が感じるスキンシップに齟齬があることは珍しくなく、発達障害を抱えていると妥協するのに困難を覚えるのでしょう。
私自身は恋愛ができて結婚にいたり、さらに子育ての機会が巡ってきたら子育てには積極的に関与したいと考えていますが、Chiquitita流で押しまくることはするつもりはありません。
また、子供が障害者だったとしてもそれを不運とは受け止めないようにするよう努めます。オフクロのボヤキ「Chiquititaが可哀相だったから仕方なく育てた」を、私も繰り返すとトラウマが世代を超えて連鎖するからです。
>>●恋愛の権利を基本的人権の一つと位置付けることは間違いだと思いますか?
>間違ってはいませんが、逆に「恋愛しない権利」も基本的人権の一つと認めてほしいです。今の世論は恋愛至上主義に偏っているようです。少子化対策の意図が込められていることはいうまでもありません。恋愛しない女は幼稚だとかわがままとか自分勝手とか言われてそれはそれはひどい扱いです。
そうですね。恋愛は基本的に自由意志なので、するもしないも周囲がとやかく言うべき問題ではないと思います。
確かに息子が44歳になってもなお恋愛に反対する親は非常識の極みではありますが、そんなのは恋愛を希望する私にとってはどうでもいいことです。
私が40歳を過ぎるまで親に反抗できなかった理由は[#4992]でもコメントしていますが、もちろん一人暮らしに慣れた今では、反抗期も恋愛の機会も40代まで先送りしたことは特別重大なことには感じていません。
>>●自分で自分のことを好きになるために、どのような努力をなさいましたか?(発達障害など、自分の現に抱えている障害を受け入れるために)
>人と競争することや、人並みになろうという努力を思い切って放棄しました。「自分は人と違って当たり前だったのだ」ということを受け入れるようになりました。それでずいぶん気が楽になりました。
まず必要なのは、等身大の自分を受け入れることでしょう。
私には身体障害もあるので、過去に「疎外感も2倍」「苦痛も2倍」などとコメントしていますが、やはり発達障害であっても身体障害であっても、障害を受け入れることを出発点にしないことには、困難を乗り切ることは難しいと感じています。
そうすることで、ASだけでも私のASと身体障害の重複障害以上に苦しんでいる参加者も多いことに気付くことができました。
左ひじの古傷(小学校で体育の授業中平均台から転落して骨折)は、36年間フラッシュバックの引き金になっていましたが、フィットネスクラブで運動中はむしろ痛みが半減するので、誤診による誤った手術も含めて、整形外科に対するトラウマも半減しました。
努力の限界が、むしろ自分の当初感じていたものよりも数段高いステージに移ったことを感じた結果、かえって自分の現に抱えている障害を気楽に受け入れることが可能になりました。
私自身は、一人暮らしに始まったブレイクスルーが幸い今までみんな成功しているので、非常に幸運だと感じています。
恋愛は相手次第なので一筋縄では行かないでしょうが、「ブレイクスルー成功率100%」を信じて時間を掛けてでもじっくり取り組みたいと思います。
|
|