|
▼めだかさん:
>変な話なら削除します
>
>アスペルガー村では、一般社会と
>
>異なった理屈、常識があるきがする。
>
>それを世間で少しだけ認めてもらうのは
>
>大丈夫だと思うけど、全面的に出したら
>
>危ない気がしてる。
どちらかといえば、“疑ってかかる”というのが、僕のスタンスです。
例えばの話、“高年収”であることは、本当に幸せなのか?ということを
考えてみると…“強盗に狙われていないか?”“ボーンとギャンブルにつぎ込んでいいか?”“投資した場合…恐慌で全部すってしまわないか?”等、その分背負うリスクはあるわけです。
“アリとキリギリス”というイソップ寓話のキリギリスは、日本ではどちらかといえば“みすみす成長の期を逃した敗北者”として描かれていることが多いですけど、他の国では“自分の意思を最後まで貫き通せた尊敬できる人物”としてみるということもあります。
“ベットタウン”という地域で朝起きて、満員電車に揺られて1〜2時間かけて
会社という建物の中へ、P.C.の前に座って、会議を挟んで6時間書類作成…じゃ済まなくて、さらに2時間残業…そのあと先輩に飲みに誘われて、また満員電車で、帰宅がほとんど11時…果たしてそれを5日というか1か月・1年とやれるか…
ということを、大学生になる前の予備校へ通っている段階で考え込んだ自分は、それから22年後の今、元気な時は、家のトイレ掃除をしてから作業所へ行って、新聞の印刷などに使用されているボール紙の筒の組み立て作業を、数百個こなしたり
、家に戻れば、カレーをジャガイモの皮をむくことから始めて、母と一緒に作ったりしますが…テンションが下がる日は、とことん寝まくる“緩急ピッチング”でやってます。
まあ…更に25年後は、日本版のほうのキリギリスみたいに、母がいなくなったマンションの一室で、肺炎か熱中症で60行くか行かないかで落命し、この世の住人でないのが、自分の宿命でしょう。
だから…彼にならって、“違った視点で、世の中を視る…新しい発想のトリガー”に1個でもなれたほうが、自分は幸せです。
人間一人一人、みんな異なる気持ちを持っているのが自然で、よほど強い反社会性を有していない限り、個々はそれが追い求めている幸福性へ向けて歩き始めることが可能なのが、今の世の中です。
さて…明日は何をしましょうか?
未来は何にも画いていないキャンパスです。
花を描くのか…雷雨に打たれた林の情景を描くのか…
はたまた…可愛い女性型のアンデロイド・ロボでしょうか?
今絵筆をとった、めだかさん次第です!
|
|