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はじめまして、ハウルさん。
今年確定診断を受けたばかりのアスペルガー障害の当事者です。
私もハウルさんと同様にうつ病から心療内科の通院をはじめました。
時を同じくして、知り合いに障害の可能性を指摘され、うつ病で通院していた心療内科では発達障害を扱っていなかったため、
発達障害を扱うクリニックで検査→確定診断→それまで通っていた病院から転院して現在に至っています。
ちょっとハウルさんの経過に似ていると思い、書かせて頂いています。
▼ハウルさん:
>アスペルガー症候群とADHDの疑いがあると私は感じてきました。
>実際そのようになりそうです。
>算数LDの可能性もあるようです。
>二次障害のうつ病から通院をはじめ、転院を経て今に至っています。
>障害の受け入れ方について皆様の考えをお聞きしたく、スレを立ててみました。
発達障害の疑いがあるとご自身で感じてこられた、ということはある種の生きにくさのようなものをずっと感じてらっしゃった、ということですね?
(もし違っていたら訂正して下さいね。)
あくまでも私の場合を書きます。
私の場合は、知り合いに指摘されるまでそんな障害が存在することすら知らなかったのですが、
自分なりに発達障害のことを調べてみて驚きました。あまりに自分にあてはまることが多いので。
特に、ニキリンコさんのHPでニキリンコさんご自身(マルハナバチというお名前で書かれた)の
「普通になる」とは何を意味するのか?」を読んで、いかに自分の脳が少数派であるかを知りました。
それまではサンプル比較することすら考え付かなかったので、「なぜ私には出来ない?」と思えることが多すぎました。
学校で家庭で社会に出て、自分の言動がしばしば物議をかもしだす原因がわからずに、自分の無能さ・無力さを責めてきました。
それでも自分なりの方法で人のしていることを大いに真似てやりすごす術は、社会で自活するため程度には身に着けてはきました。
しかし「人並みになる」というのが私の人生の最大の目標となってしまっていて、身体的にも精神的にも壊れてしまうことがよくありました。
なぜなら、どんなに努力しても無理をしても、完璧に「人並みになる」ことが出来なかったからです。
自閉連邦在地球領事館附属図書館
http://homepage3.nifty.com/unifedaut/
(「無断リンク推奨」の寛大さに感謝しつつ紹介させて頂きます。)
ニキリンコさんの手記を読んで、それまでの生きにくさは、自分の努力不足ではなく、もとから人とは違っていたかららしい、と初めて気づきました。
ですから私にとって、「障害を持つ私」は「努力不足か能力不足か人並みになれない私」よりも受け入れやすかったのです。
障害があるのだから人と同じことをしていても人並みにはなれない、という理解が生まれましたし、
「人並みになる」ことよりも、自分の脳の特性・特徴を活かした生き方や人生のアプローチ方法を学ぼうという新しい視点を得ることが出来ました。
現在は、もの真似でなんとかやり過ごすのではなく、自分なりのアプローチで社会との必要最小限の接点を維持しようと模索中です。
確定診断は、スタート地点であって診断されることがゴールとは私は考えていません。
ハウルさんはまだお若いのだし、ご自身の脳の特徴を把握することが出来れば、これからの人生をよりよく生きることも可能ですし、
二次障害を軽減することも出来るかもしれません。
最初から全てを受け入れることが困難でも、徐々に受け入れていけるよう主治医の先生と相談しながらステップ・バイ・ステップ、
という方法も良いのではないかと思います。
もし何か具体的な不安や心配事がお有りなようでしたら、こちらの掲示板でも色々なアドバイスが頂けると思います。
まずはお独りで考え込みすぎないで下さいね。
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