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▼ぴかぴかぴかそさん:
>少なくとも私は夫が、数々の人間的に疑問を感じる要素や人間関係での不利を
>超えるほどの才能があり、それを伸ばすことができていれば、
>今よりもっと気持ちがすっきりしていたと思います。
>それは自分自身に対しても言えることですが・・・
……。
これはほんとうによく理解できます。
その人の才能を認めるということは
その才能を伸ばしてさらにその才能の広がりを見たいということなのですよね。
それができないのは非常に悲しいことです。
>
>私が一番辛いのはここのところなのですが、
>ずっと「道具」のように扱われている、利用されていると感じます。
>普通「利用されている」というと、もっと悪意を含むものだろうと思います。
>「人間」を「道具のように利用する」のですから、わざわざ相手の人間性を
>無視して非情な態度をとっている、ということになります。
>しかし、夫はそうではなく、本当に私を同考えても「家電」のようにしか
>思っておらず、素直に「家電」として利用している、という感じなのです。
>愛着のある家電なのかもしれません。
>夫にそのことを言ってもまったく通じません。
>しかし、私は人として扱われたいし、そうでないと健全な気持ちでいられないのです。
よく理解できます。お気の毒です。
ぴかぴかぴかそさんも画家志望だったのでご自分の個をお持ちのかただと
思います。
でもASの家族は徹底的に主婦を道具扱いします。
相手を立てる、生かす、そういうことはできないようです。
悲しいことです。
とても自分本位です。
ASの人と付き合うには心身共に健康で援助を必要とせず、なにがしかの
特典がないといけないようです。
ASの家族を持ったら強さと忍耐が必要です。
そしてさらになんとか自分の楽しみを見つけないと生きているのがいやになります。
>もう17年くらい一緒にいますが、その間ずっと「道具」として見られているようで最初は憤慨も抵抗もあったのですが、子供が生まれて、子供にとっても所詮
>私は「母」という道具であり、義母にとっては「嫁」という道具であるという立場に苦しみながらではありますが、いまや順応しすぎてしまって、自分を自分でも
>道具のように思ってしまっています。
>どうしても人間としての自分の感覚が思い出せないような気がします。
>ここらへん、うまく表現できないのですが、自分の「感情」や「痛み」を無視され
>続け、能力や成果だけを問われ続ける日々に慣れてしまって、
>自分の「感情」や「痛み」を許せなくなっています。
言っても言ってもこちらのいうことの理をご主人は認めることはできないでしょう。
限りないけんかに終止符を打ちたいと思ったほうが
必ず根負けします。
子供を両側から引っ張って、子供を引き寄せたほうが勝ちというゲームで
子供に痛い思いをさせてかわいそうだと思ったほうが負けてしまうようなものです。
ASの家族をいっしょに暮らし続けると自分を大事にすることができなくなっていきます。
苦しいことです。
>まずは自分が人生を楽しまないと、人生の楽しさを教えるのも難しいのでしょうけど・・ちょっとタメイキです(ToT)。o
楽しみはものすごく切実に必要なものだと思います。
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