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▼sereiaさん:
そうですね。
ASは特に自分の客観視が苦手だし、かといってそのへんの一般人に聞いても正しい自分像が分かるわけではないので、AS当事者とかかわって、自分像のヒントを知るのがとても早道であると思います。
それに、ただでさえ物理的にも精神的にも閉じこもりがちなAS傾向当事者は、病んでいく前に、外へ出て予防していくことはとてもいいことだと思いますし、理想的だと思います。
しかし、当事者会などのシステムはまだまだ未整備で、少なくて、発展途上なところがあるので、そこに集まった人たちにも経験不足で未熟な所があることは、念頭に置いた方がいいかなと思いました。
まずは、既に集団が出来ている会やネットの集団に入って、参加しながらも注意深く観察する経験を積むのがいいのかなと思います。
ASであることが分かった当人というのは、自分の自己意識とか、自己肯定感とか、否定的な感情とかを、大規模に一度崩されてもう一度積み立て直す作業を始めます。
それは否応なくしなくちゃならないですが、私の過去を振り返っても、より間違いないように、より抜け目が無いように、より理想的に、より期待に応えられるように、葛藤しながら努力するしかなくなるんです。
毎日が崖っぷちなんです。先へ進めばいいのか、引き返せばいいのかなんて、分からないんです。
その努力のさなかなのに、必ずしも自分が必要としている分かりやすい言葉で、欲しい情報を言ってくれるかどうかは、ふたを開けてみないと分からないんです。
できれば、訓練を積んだ通訳役の人がいる集団が一番望ましいですが、必ず自分にしゃべる順番をくれるのかとか、自分が他の人に言った意見も真摯に聞いてもらえるのか、遮られないか、具体的な感想はもらえるのか、結論は出なかったとしても、それは前向きな言葉になるようお互いに気をつけられる雰囲気なのかとか、人気者な人が居たとして自分も話しかけさせてもらえるのか、遠ざけられてしまうのかとか、そういう様子を、失礼にならない程に観察して、自分に合う場所なのかどうかの順位付けみたいなことができたらいいなと思います。
命がけで行った場所で、さらなる挫折経験とかしたくないですよね。
ASの人によって、その場にいるだけで満足な人も、初めから会話したい人もいます。
一度参加してみないと、足がすくんでしまうか、せきを切ったみたいにしゃべれるかが分からない人もいます。
実験こそが、前進の第一歩であり、積み立て直しの第一歩なんです。
でも、そこで失敗すると取り返しがつかなくなるかもしれません。
そんな思いをもししてしまった人が増えたら、私自身じゃなくても、胸が痛みます。
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