アスペルガーの館の掲示板(旧)
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けいさん wrote:
>アスペルガーの人は何故障害者手帳は出ないのでしょうか?
>生活するのに支障があるのに何故でしょうか?
全体的に障害者手帳は公的機関から見て障害が重いと評価
される障害者に交付されます。で、何をもって障害が重いと
評価されるかについてですが、発達障害の場合、知的能力(
特に言語能力)が重要な基準になっている可能性が高いと思
われます。知的能力の困難が軽いされるASの場合、公的支
援を得るのは非常に難しくなってしまいます。
もっとも、けいさんが指摘するように、自閉の場合は、知
的能力の高い低いだけで困難の重さを測定するのは無理があ
ります。わたしよりも言語能力が高いが、自閉そのものの困
難(こだわり,対人交流など)がわたしより重い自閉人とい
うのは存在しますし、言語能力の高さが本人の適応状態(ひ
きこもりや問題行動など二次的な障害の有無)の良さを保証
している訳ではありません。
発達障害に限らず、公的に軽度と評価される障害を抱える
障害者は公的支援を受けようとする場合に、大きな壁にぶつ
かることになります。ASを含む軽度発達障害者の就労率が
重度の障害者よりはるかに悪いのも理由がない訳ではありま
せん。
>私は病院の担当の先生から、”世間から誤解されるから自分がア
>スペルガーだと言わない方がいい、言う必要がない”と言われました。
確かに専門家以外でASのことを知っているのは、AS人
の家族かAS本人がほとんどですし、それ以外では豊川の主
婦殺害事件と結びつけてASを理解している人が多いようで
す。確かに保護就労が可能な場合を除いては、リスクが大き
いです。
>皆さんは御自分がアスペルガーだと友人や恋人、職場の人達、
>に隠していますか?
恋人については類似する障害を抱えていることもあり、説明
してあります。わたしが参加しているボランティア団体の1つ
でも公表はしてあります。それ以外の人については、相手が同
じ軽度発達障害者である場合だけ、自分の障害を説明する場合
があります。
多重人格で被害妄想と自意識過剰があり、鬱病でナルコレプシーで引きこもりのpennpennです。現在失業保険をもらいはじめたばかりというところです。前の会社は居眠りをしたり、眠気を押さえるためにコーヒーばかり飲んだりしていた勤務態度を徹底的に所長さんに嫌われていじめられて精神科受診しているのもばれて首になってしまったのです。去年の10月の話です。
で、しばらくは失業保険で暮らそうと思っていたのですがそう覚悟を決めたところで職安の紹介で行った会社に採用になってしまいました。ウーン、その会社も行くつもりはなかったのですがなにしろ職安のすぐとなりの会社だったのでつい興味を引かれて覗いてみたら留守番の人と目があって面接の運びになってしまいました。
2月から開設する会社で普通の民家の一室を改造しただけの事務所で社員の数も5,6人程度。
自信ないです。ナルコレプシーで所長さんにいじめられて前の会社はたった半年で首になったことも言ったのですが・・・・・・でもうそもつきました。ナルコレプシーは治りましたなんて・・・・・・ああ、だめだ。自信がない。娘に言ったらお母さん、今度は嫌われないようにねと言われました。嫌いな人でもしゃべってみるとそんなでもないもんだよとのこと。お母さんは一人っ子だから人間関係を作るのが下手だよねと。トホホ。娘に説教される親。返す言葉がありません。
ドキドキドキドキドキしてます。はあ、なんか運命って皮肉。ああ、迷う。ああ、どうしよう。ドキドキドキドキドキ。生き方をかえようかな。図々しく会社なんていくら首になったっていいんだと。そういう覚悟でないととても勤められない。ああ、どうしよう。ひきこもりで自分の部屋から出るのもトイレの時だけという状態なのに。
無視というのは、意識していることの裏返しなのです。彼女は何らかの思いをあなたに抱いていることはまちがいありません。
私だったらという推論ですが、参考にしてみてください。でも、当たっているかどうかは勿論分かりません。それに私は内閉性なタイプですが、ASではないので、そのことも考慮にいれてください。
「あの人(白さん)、私のこと好きなのかなあ。ちょっとうれしい。でも、なんとなく、私の感性とちがうわ。悪気じゃなくて言っていることも、分かるけど、あんまり詰め寄ってこられると、私苦しい。対応の仕方どうしていいかわからない。頑張れってこの間言ったのは、私のダメなところをよく知っているからだ。自尊心傷つくな。でも、私もちょっとは好きだから、お土産あげちゃおうっと。でも、あんまりヘンな関係にもなりたくない。だいいち、男の子と付き合うのなんかどういうことなのか全然わかんない。そばに寄られると、なんか言われそうだからやだ。す〜っとして、あっち行っちゃおう。わたしが、白さんのことでいろいろ感じていること、周りに悟られたくないよ、だから、無視が一番。これしかできない。私ってなんてヘンなやつなんだろう。」
あぁ、こんなこと書いていいだろうか。全然違う可能性もありだからね。ASは、まるで傍からは想像も出来ないことで気持ちが変わることがあるので、あまり突き詰めないで、適当に相手を受け止めてあげる度量の大きさって必要かもと思います。わたしは、自分の思考回路をかき乱すようなことを言う人と交わると、テキメンに奇行があらわれることがあり、ヘンな人だと思われることがあります。私なりに自分の中では論理的な成り行きなのですが、一般の人にはまず理解してもらえないことなので誰にも説明できず、一人で解決して(気持ち的に)自分で自分を慰めているようなところがあります。彼女もきっとどうしていいか分からなくて、無視という幼い結論にはまってしまったのかも知れません。
”けいさん wrote:
>私は病院の担当の先生から、”世間から誤解されるから自分がア
>スペルガーだと言わない方がいい、言う必要がない”と言われました。
>私は納得出来ないですが、担当の先生がおっしゃった通り、隠しています。
>
>皆さんは御自分がアスペルガーだと友人や恋人、職場の人達、
>に隠していますか?
こんばんは。いきなり失礼ですが、上記の事について仮に言ったとしても、「普通に見えるよ」と言われてしまうケースもあります。(ここでの、他の方の過去ログにも何件かあります。)実際私自身、上司(他の発達障害を持った子供がいます)にさりげなく(私自身はそのつもりで)話してみたら(ダイレクトに言ったわけではありませんが)「考えすぎだよ。普通だってば。」と見事に言われました。また、ASについては「知らない」とも。こういった人の方が、現時点では大半だと思います。(そもそも、発達障害というものが一見してわかりづらいだけに…。で、私自身はこの時点で話すのを辞めました。)話すにしても、表現を変えて説明する等した方がいいと思います。(私は、この点で不便を感じています、というふうに。この点については、私自身も過去に他の方からアドバイスを頂きました。)
BISさん wrote:
> わたしは幼児期から『お墓』を作りまくる癖があって、団地中に墓をたてまくったのをいまだに周りに笑い話しにされています。
> いまでも世界中に墓をたてまくりたいです。
> 初恋(?)の相手にも墓を送りました。超カッコイイ意欲作でした。
> 沢山作りました。
『禁じられた遊び』かい(-_-;)。
「弔う」という行為そのものに惹かれる気分は確かにある。「生きててごめん」みたいな罪悪感がその根っこにあるのかも知れない。年を経るごとに、「悪い。また一年生きのびてしまった」という気が、するのである。ことに自分より若い人間に死なれると、それが重荷になってきたりもする。
そのせいかも知らんけど、おれには「墓マニア」なところがあって、とくに志半ばにして非業の死を遂げたひとの墓に惹かれるところがある。初詣に神田明神に行く前に平将門公の首塚にお詣りしてたりもしたのだ。その年は見知らぬおっさんが一人だけやってきて「ここは、何か御利益があるのですか?」とか訊かれたけど、「いやまぁ」としか答えられなかった。
で、その翌年『帝都物語』の大ブレイクである。大晦日の晩に言ったらおまえ(←誰に言っとんねん)、車が列なしとったぞ(-_-;)。
そういえば神奈川県伊勢原市にある大山(ちなみに日本最高峰である。ただし「大山(おおやま)」という山の中ででだが)という山には「豆腐塚」っつーのがある。「何が埋まっとんのかな」「豆腐の骨とか埋まっとんのと違うか」「あるかいっ(-_-X)」。
おれとしては大島桜(山桜もいいのだが、性格が目立ちたがりなので)の樹かなんか植えてその下に埋めといてもらいたいと思う。
願わくは 花の下(もと)にて 春死なん その如月の 望月のころ
− 西行法師
(Mr.Moto)
アスペルガーの人は何故障害者手帳は出ないのでしょうか?
生活するのに支障があるのに何故でしょうか?
私は病院の担当の先生から、”世間から誤解されるから自分がア
スペルガーだと言わない方がいい、言う必要がない”と言われました。
私は納得出来ないですが、担当の先生がおっしゃった通り、隠しています。
皆さんは御自分がアスペルガーだと友人や恋人、職場の人達、
に隠していますか?
こんばんは。はじめまして。(ここでは。あっ、オフ会でもそうでしたね。)
BISさん wrote:
>、、、。久しぶりすぎてパスワードわすれてしまった。
↑…大丈夫かい、お姉さん?
>体温計を熱湯につけてガラスがパン!と綺麗に輪切り状にはずれて水銀が転がり出るのに夢中になったのとかおもいだしました。
>(壊しまくりました。転がしまくりました。)
いらぬお世話ですが、水銀に触ったりして、手が変になったとか、そういうのはなかったのでしょうか?余談ですが、わたしは小学生の頃、体温計を壊してしまって後始末の為、水銀に触れようとしたらメチャ怒られました。
>わたしは幼児期から『お墓』を作りまくる癖があって、団地中に墓をたてまくったのをいまだに周りに笑い話しにされています。
>いまでも世界中に墓をたてまくりたいです。
>初恋(?)の相手にも墓を送りました。超カッコイイ意欲作でした。
>沢山作りました。
↑これって、どんなの?もしよろしければ、おしえてくださいな。(例えば、日本のものだとか、クリスチャンがやるようなものだとか。正直なところ、見てみたい気もします。)
>(問題は勤労よりお墓のほうが優先という部分。わたしは甘やかされてしまったのか。)
こーゆー気持ちがあったっていいと思うんですが…?(世間的にはヘンと言われよーが、ここでぐらい、いいじゃないか!と思うので。)
>僕wrote
>昨日は一日すごくすごく幸せで、レス出来ませんでした。
幸せは、一瞬で過ぎ去ってしまいました。(笑)
もう慣れてはいるけど、真後ろの座席でずっと黙殺と言うのは、やっぱり・・・。
朝も、彼女にだけ挨拶しないのも変なので、メチャクチャ遠慮して「おはよう」と言っていますが、こちらを見てくれたことさえありません。
周りのやつら(当然男も含んでます)とは楽しそうに話しているのに、僕の方はちらりとも見ないし、仕方ないから、僕も彼女の周りの彼女以外の人間とだけ話すという、なんか疲れる状況です。
でも、このごろ少し理解できてきたかなと思うんですが、こういうのって、普通だと相手をすごく意識した状態なんですが、彼女の場合は全く違って、単に僕に興味がないだけなんですよね。
前の書き込みにも書いていたんですが、彼女には好きな男の先生がいるんです。
それは、その先生本人からも確認しているので間違いありません。
偶然にも、その先生は僕のクラブ顧問で、僕とは結構親しいんです。
それで、僕もアスペのこと以外は全部話して、先生からも彼女の様子を聞かせてもらったんですが、彼女はその先生のことは「特別だから」と言って、色々なことを話すそうです。
で、先生は、僕のことについてもさりげなく聞いてくれたそうなんですが、なぜ話もしないのかと聞くと、「別に話すことないし」との答えだったとか。
そう予想はしていましたが、やはり完全な無関心なのだと思います。
少なくとも、好意に対して戸惑っているとかそういう、僕にとってまだしもましなことではないのではないかと思います。
彼女は自分が好きな相手としか関わるつもりがないのじゃないでしょうか。
それはもちろんアスペの人だけと言うわけではないとは思いますが、好きでないからと言っても、僕らの感覚なら、ここまで無視することはないと思います。
彼女はけっこう社交的なんですよ。
クラスのほとんど誰とでもニコニコと話しているのに、どうして僕のことはこんなに完全無視なんでしょう。
別にもうメゲている訳でもありませんが、せっかく分かりかけたかなと思っていたのに、なんだか振り出しに戻ったような気分です。
でも、クラスの人間全員が、彼女にとって、「この人だったら絶対に『水』というまで声をかけないでくれる人だ、この人だったら絶対に水を持ってきたらごとんといわせずにそろっと置いてくれる人だ、この人だったら絶対に芸が終わるまで拍手喝采を待ってくれる人だ、この人だったら絶対に『はくさい、レンコン、みかん、きな粉、サクランボの缶詰、薄揚げ、生クリーム』と言ってる最中に『いま何どきだ?』と言わないでくれる人だ」と安心できる人だということはありえないと思うんですけれど・・・。
とすれば、やっぱり僕のことだけは、避けたい何かがあると言うことです。
とりあえず僕が彼女から、「この人だったら絶対に『水』といわないのに声をかけてくる人だ、この人だったら絶対に水を持ってきたらごとんといわせて置く人だ、この人だったら絶対に芸が終わるまで待たずに拍手喝采をする人だ、この人だったら絶対に『はくさい、レンコン、みかん、きな粉、サクランボの缶詰、薄揚げ、生クリーム』と言ってる最中に『好きだ』とかなんとか意味のないことを言う人だ」と思われているのは確かでしょう。
(「 」部分は、Lingkoさんの文章を使わせていただきました。上のは反対の意味に変えています)
本能的に無視しなければ耐えられない何か、実は思い当たることが一つだけあります。
それは、これももう消してしまった前の書き込みには書いていたんですが、3ヶ月ほど前、僕が彼女と親しくなりたいと思って、初めてそういう気持ちで話し掛けたとき、進路のことやなんか話したんですね。
そのときに、彼女が話していることが、何を言っているのか要領を得なかったために、今から思えば、彼女にとって「しつこい」と感じられるくらい聞き返したり、今から思えば、彼女の嫌いな「頑張れ」という言葉を連発したりしていたんですよ。
僕も体育系のノリでしたが、彼女だって運動部だったので、明るくてひょうきんで、あっさりとしたスポーツマンの女の子だと思っていたし、彼女自身も普段は結構そういう感じで人と話していたように思ったんですよね。
で、それは僕の感覚では、親しみと好意の表れで、普通なら少なくとも悪気はないことは伝わるし、怒る人間がいるとは思えないようなくらいの、つまり度を越して人を不快にするとはとても思えないくらいの、会話(といっても、これも今から思えば、ほとんど僕がしゃべっていた)だったんです。
ところが、その日は普通に別れたような気がしたのに、次の日から、本当にもう露骨に避けられてしまって、今に至っている訳ですね。
その避け方と言うのは本当に子供っぽいと言ってもいいくらいで、僕が別に彼女に近づくためじゃなくても、そちらに向かって歩き出しただけで、すうっと違う方向に移動していくんですよ。
しばらくして、そうまでされなくなってからも、階段なんかで不意に僕と出会うと、おびえたような顔をされることもありました。
その反応に傷ついた僕は、1ヵ月後くらいに、とても感情的に彼女を問い詰めてしまいました。
その後、僕は必死になってアスペの人の心理を勉強し、と言っても、そのときは普通の人の書いた本を読んだだけだったので(冊数的には結構多かったんですが)、うまく伝わる言葉を
使えば、僕の好意は伝わるかもしれないと思い、色々と言いはしたんですが、そう避けられなくはなっても、ただのクラスメートとしての扱いにさえ戻してくれません。
その間も、この前のお土産に始まって、突然声をかけてきたりとか、この無視の状態を必死の思いで絶えている僕の、決意をにぶらせるようなことをしたりするんです。
もうかなり慣れてはいるけれど、いったいこの態度の変化はなんなのでしょうか。
自分の気分の問題なのでしょうか。
ただもう僕も、一気に理解しようなんて言う、無謀なことは考えていませんから、それはそれでいいとして、最初の僕の間違った接し方、その失敗は、もう取り返すことが出来ないのでしょうか。
もうだいぶんと前のことなのですが、アスペの人は時間が傷を癒してくれないと言いますね。
そのときの僕は、彼女がアスペであること(今も本人から聞いたわけではありませんが)も、アスペの人の存在さえも知らなかったんです。
それは言い訳かもしれないけれど、僕はどうか、彼女に、彼女を傷つけたことや、不快にしたことや、その他の色々なことを全部謝って、許してもらいたい。
でも、彼女はアスペと言う言葉を知っているのかどうかさえわかりません。
謝るにも、どういえば伝わるのか分かりません。
みんなが彼女のことを、何も考えていない人だと言います。
もしかしたら、自分のことも何もかも、意識化出来ないのかもしれないとも思います。
誰に聞いても、彼女が困ったり、悩んだりしているとは言いません。
>ふれさんWrote
>彼女がASであるなら、自分がどこか普通の人と違うということを必ず心の中で気>が付いていると思います。そして、全くそのままでいていいと思っているわけでも>ないと内心には(顔に表れなくても)少しは葛藤があるのではないでしょうか。
>学生のうちは、親元にいてあまり問題が表面化しなくても(彼女が障害者であるこ>とからくる問題)、将来必ず彼女は自分自身の社会性としての壁にぶつかる時がや>ってくると思うのです。その時こそ、あなたの大きな愛を必要とする時かも知れま>せん。高校生活という限定された枠の中では、恋愛の大きな進展を見るのは無理だ>と思います。特に彼女がASならなおさらといってよいでしょう。
>彼女とは、何らかの方法で連絡を取れる状態にはしておくとよいでしょう。年賀状>やメールなどできちんとつながりを持ち、さりげなくアピールしておかなくて>>>は。
>趣味をチェックしておくのも大事なことです。
>若さからくる一時的な情熱でないとあなたが真剣に思うなら、時を待たなくては>ならないと思います。そして、彼女を一人の妻として養う甲斐性ありとして自分>に自信を持った時、立派な男性として彼女の前に出て行きましょう。気の長い話>かもしれないですが、そんな風に愛されたらいいなと思う私の理想を述べてみま>した。
有難うございます。
ふれさんのアドバイス、僕もずっとそう思っていました。
「立派な男性」になってと言う条件がつらいけれど、別に、彼女と結婚できなくてもいい、とうか、そういうことは具体的に全然考えられないので、何かのときに力になれたらと、それだけの思いでずっと気にかけていたいと。
でも、それはそれで彼女の不幸を待っているようで、なんだか自分がすごくセコイ男のように思えて、嫌になることもあります。
あー、思わずちょっと脱線でした。
本題にもどります。
>自分がどこか普通の人と違うということを必ず心の中で気が付いていると思いま>す。そして、全くそのままでいていいと思っているわけでもないと内心には(顔>に表れなくても)少しは葛藤があるのではないでしょうか。
そうなんですよ。はっきりとはわからないけど、ずっとずっと彼女の事を見ている僕には、やっぱり、意識できていなくても、彼女が自分の人と違うところとか、何かが出来ないところとか、そういうことでなにか感じているんじゃないかと感じる瞬間があります。
普段彼女は人気者で、クラスもだいたいが変った人間ばかりなので、どちらかと言えば、変なところがウケていると言う感じですが、それでも、何か自分が失敗したときなんかに、ふっとすごい表情をすることがあって、僕はすごく心配なんです。
なのに、今は何の力にもなれません。
本当は全然困ってないのかもしれないけれど、少なくとも僕は、「水くみ」を頼まれるようになるための、ずっと余計なことを言わなければ、少なくとも安心してもらえるような存在になれる可能性のあった、スタート地点に戻りたい。
本当に知らなかったんです。
彼女を傷つけたり、不快にするつもりだったんじゃなくて、ただ、好きだったから、そういう風に話したり接したりすることで、喜んでもらえると普通の感覚で思っただけだったんです。
とことん無視されるようなときには、彼女の心には、あの日の僕がフラッシュバックしているのでしょうか。
これを取り戻す方法は、もうないんでしょうか。
まだまだお聞きしたいことはいっぱいありますが、あんまり長いんでもうやめます。
どなたか読んでくださったら、とても嬉しいです。
ところで、
>グルンサさんWrote
>でも逆に言えば、ちゃんと礼儀というものを身につけているとも言えるわけだか>ら、その点はうらやましいな、私は。
これは誤解です。
そうしなければいけないと思うだけで、出来ているわけじゃないんですよ。
書き込みの敬語だって、ちょっとおかしかったりするでしょう。
ただ、ざっくばらんな話し方をしてもらった方が嬉しいんで、そう書かせてもらっただけです。ちょっと困ってしまいました。(笑)
それとあさかぜさん、この前のレス、夜中に焦って書いてて、書き落としてしまっていました。体調が悪いと書いてらっしゃいましたが、お体の調子はいかがですか。
遅くなってしまいましたが、どうかお大事になさってください。
Mariaさん wrote:
>武田好史さん wrote:
>> 「いろいろな色彩を見てみたい!」と思う人には、次の本がお薦めです。
>> 渋川育由・高橋ユミ著
>> THE COLOR 色と配色の事典
>> 河出書房新社 4854+税 円
>> この事典には232色の色が載っています。印刷で色を指定するときに使う「濃度数字」もついています。
>
> 大森総研にあるのは、『色の手帖 色見本と文献例とでつづる色名ガイド』(小学館)です。こちらは三百五十八色。だけど、スカーレットとクリムゾンは出てたけどカージナル(“cardinal”)は出てなくて、「ナンズ・ベリー(“nun's belly”。尼さんのおなか)」なんていう色も出ていません。
>
うちに転がってるのは末永蒼生著『色彩自由自在事典』(晶文社)のカラーチップ。472色かな。
この本ではちょっと独特の分類法を採ってて、賛否両論あるとは思うけど、ながめる分には関係ないです。
鯨夢ミグさん wrote:
>1月26日(土)か、2月23日(土)あたりはどうでしょうか?
1月26日が特に都合がいいです。
>時間的には、昼か昼過ぎくらいが適当でしょうか?
とりあえず、ミルラさんにも確認してみましょう。いかがです
か?
ちなみに夜だと仕事をしている人も参加しやすくなります。
>場所的には、新宿中心で。
これは問題ないでしょう。
>他にも参加を希望してくださる方がいれば、ある程度あわせても
>良いかと思っています。こうもりさん的には、どうおもわれます?
そうですね。とりあえず、
(1)1月26日(土)か2月23日(土)か
(2)時間帯はランチタイムがいいか,ティータイムがいいか,デ
ィナータイムがいいか
について参加希望者から確認を取ってみましょう。
>私的には1月15日まで、参加日程希望日を集ってもいいかな、と
>いう気もありますが…。
実は12日から14日までボランティア先のスキーキャンプに出
かけてしまうんです。15日までの場合は、ミグさんが募っていた
だけると幸いです。20日ぐらいまででよければ、わたしが確認作
業を行なうことができます。
こんな感じでどうでしょうか?
こんばんは。はじめまして。
ばやしさん wrote:
>でも、どうやったらそういった感情をコントロールできるのかな?そんなことで腹を立てていたら、一生自動車に乗ることも仕事につくことも無理ですよね。
直接の答えになりませんが、普段の私、仕事柄いろいろな人と話すことになります。(昔対面、今電話。)すごくおだやか、丁寧な人もいれば(こういう人は見習いたいです、はい。)言いたい放題言ってくる人もいます。(しかも、身に覚えのないことで食ってかかられたこともありました。おシゴト1年生の時のことですが。)電話での場合だと、終わってから悪態をつく、というのも1つの手ですが、(実際、数日前ホントにデカい声でやりました。珍しく。[ホントですよ。]結果は、見事にその場で浮きまくってしまいましたが[笑]。)対面となると…、どうしても腹が立つ時は立つわけです。が、泥仕合とならないように、言い方を変えてみる、というのも1つの手ではないでしょうか?(具体的な案が出ないのは申し訳ないんですが。)もしくは、仕事の内容を「これならできる」というものに変えてもらうとか。(もちろん、可能であれば、ですが。)
…なんか、感情のコントロールと全然違う話になってしまったような…。「なんだコイツ」と思うようであれば、このレス無視しても構いませんので…。
余談ですが、車のハンドルを握ると、一見穏やかそうな人がまるっきり一変、なんていうケースもあります。(実際、外回りをしていた頃、たまたま隣に乗車していた人から[普段は自分1人]、「随分と、独り言を言うのね(要は、悪態をついていたと言いたかったんだろうな、きっと。)」と言われたことがあります。また、私自身も助手席にてそういう人を見たこともあります。)自動車を運転していて、腹が立つこともけっこうありました。
要は、怒りたくなったらまずは1歩踏みとどまって、その上で口調は穏やかに、しかし言うべきことは言う、等してみてはいかがでしょうか?(…しかし、長い前置きでしたねー。すみません。おまけに、答えになってるのかな、これ…?)
んしょ、んしょ。今日はこうもりおにいちゃんのお使いで来た
蝙蝠(混乱型)です。こうもりおにいちゃんがこの掲示板で専門
家への憎しみを撒き散らしてしまっていたみたいなので、後始末
に来たよ。
蝙蝠おにいちゃんは年末ごろ、さる高名なASの専門家の言葉
に逆上して、あやうく蝙蝠(激怒型)に変身しちゃうところだっ
たんだ。みんなでなんとか押さえたんだけどね。
あ、この掲示板を見ている人の中でこうもりおにいちゃんが何
に逆上していたのか知っている人もいると思うけど、公表しちゃ
だめだからね。事態が悪化する可能性があるから…
Lingkoさん wrote:
>「実践障害児教育1月号」を私は読んでいないのですが、幼い頃
>から療育を受けて来て、周囲の手厚いサポートの元に就労できて
>いる若い人たちの座談会をお読みになって怒りを感じられた方々
>、どうか、彼らを許してあげてください。小さいときに診断され
>たことも、療育を受けられたことも、彼らが就労にあたって周囲
>の理解やサポートを受けられていることも、療育の結果、対談が
>できるくらいに言語能力が発達したことも、彼らの罪じゃないん
>です。
こうもりおにいちゃんについて言えば、たぶん早くから診断され
て支援や保護を受けているAS児・者に対する憎しみはないみたい
だよ。そうじゃなければ、あのおにいちゃんが発達障害児を支援す
るボランティア団体に協力するなんてありえないもの。
それに、こうもりおにいちゃんは支援を受けなかったがために、
支援を受けてきたASたちとも一味違う人生を送ることができたん
だ。おにいちゃんはそのことに満足しているはずだよ。
>これから、診断を求めて相談に行った人が、屈辱的な扱いを受けず
>にすむよう、そんな「全体的な状況」を作るため、何か役に立つ仕
>事をしたいと思っています。
こうもりおにいちゃんにとってはこれがこれからの1番の大仕事に
なりそう。なんかいいアイデアがあったら教えてね。そんじゃ
武田好史さん wrote:
> 「いろいろな色彩を見てみたい!」と思う人には、次の本がお薦めです。
> 渋川育由・高橋ユミ著
> THE COLOR 色と配色の事典
> 河出書房新社 4854+税 円
> この事典には232色の色が載っています。印刷で色を指定するときに使う「濃度数字」もついています。
大森総研にあるのは、『色の手帖 色見本と文献例とでつづる色名ガイド』(小学館)です。こちらは三百五十八色。だけど、スカーレットとクリムゾンは出てたけどカージナル(“cardinal”)は出てなくて、「ナンズ・ベリー(“nun's belly”。尼さんのおなか)」なんていう色も出ていません。
池田光男・芹澤昌子『どうして色は見えるのか 色彩の科学と色覚』(平凡社自然叢書)も面白い本です。ライトアップされた東京タワーを見ると、赤い塔を白い光でライトアップしているはずなのに、白い塔を赤い光でライトアップしているように見えてしまうのはなぜか、みたいな話が出ています(百九十七ページ)。
(Maria)
いつも行ってるボランティア先で、ニッセンから送られてくる商品の仕上げをやってますが、
今日は3本ひもを揃えて縛らなければいけないうえに、丈も長くてたたむのには厄介な服が来ました。
私は時間をかけてたたみましたが、たたんだヤツが他の人に直された上に、他にたたんだヤツも「やりなおし」といわれてしまいました。
「やりなおし」と言った人は、見るだけでもイラついてくる人でした。私は腹が立って「私はどう頑張っても出来ないんだから、
もうやりません。みなさんにまかせます」と言いました。物を投げてやりたいくらいでした。
せっかく一生懸命たたんだものをやりなおしさせられるほど苦痛なものはないです。でも、商品として出されるものだし....
でも、どうやったらそういった感情をコントロールできるのかな?そんなことで腹を立てていたら、一生自動車に乗ることも
仕事につくことも無理ですよね。
インディゴ wrote:
>たしかパウル・クレーという画家がこういう色彩の立体モデルを考案しています。
>実物を見たことはありませんが、彼の「色彩論」の中にその話が出てきます。
>色相・彩度・明度を軸にしたグラフのようなもので、補完する(響き合う)色どうしを
>簡単に見つけられるようになっているらしい。
>若い頃本で読んでその立体モデルがすごく欲しかったのを思い出しました。
「いろいろな色彩を見てみたい!」と思う人には、次の本がお薦めです。
渋川育由・高橋ユミ著
THE COLOR 色と配色の事典
河出書房新社 4854+税 円
この事典には232色の色が載っています。印刷で色を指定するときに使う「濃度数字」もついています。
うつ病になると活字を読むのがしんどいという人の気晴らしにも、良い本です。
Maria wrote:
> 青色発光ダイオードも実用化されたし、プラズマディスプレイや有機ELも実用化されています。レンティキュラー・ビーズと蛍光剤の組合わせで「表面」を消しちゃうことだって、現在の技術ではわりと簡単にできるのね。
>
すでにお気づきの方が多いことと思いますが、バラという花には、「こい赤紫」はあるけど、「青」という色がありません。これはバラが「アントシアニン」という花を青くする色素を持っていないからだそうです。英語で「BLUE ROSE」といえば、「ありえないこと」を意味するようです。
現在世界中のバラのブリーダーが、この「青いバラ」の開発にしのぎを削っているようです。恐らくは数十年後、バイオテクノロジーによって、青バラは「ありえないもの」から「真実の存在」へと変貌していくでしょう。
「でも矢車草のような濃い青じゃなくって、シリウス星のような上品な淡い感じの青がベターだな」なんて、私も期待しています。
> 筒井康隆さんが、たしか『玄笑地帯』のなかで、ぼんやりしていた筒井さんが文房具屋さんでなんとなく「ブルーマウンテンを」と言ってしまったら、店員が黙ってモンブランのブルーブラックを出してきて、そのあと「あっ」と気づいて恥ずかしさにのたうちまわったと書いていました。わかるなぁ。
私が唯一持っている万年筆は、モンブランのふとい字(何mmか忘れた)で
色はお気に入りのブルーブラックだ。ちゃんとカートリッジじゃないんだよ。
一生この色と付き合おうと思っていた。
万年筆なくしたけどね・・・。
どの店員さんも、リアクションはとんちがきいている。
きいているなあ。店員さん大好きだー!
私がもし店員さんだったら、すぐさま、モンブランは出せまい。
ヤングマンとも言えまい。
はじめまして。いつもROMしてます。
下の図にレスしたかったんで、自己紹介は後回しでいいでしょうか。
Maria wrote:
> なんでこういうことを思いついたかというと、赤・赤紫・紫・青紫・青・青緑・緑・黄緑・黄とくると、なんとなく黄・黄橙・橙・赤橙・赤とつなげたくなってしまうからだったりする。そうすると、「色の十二方位」みたいな感じになるのである。
>
> 赤
> 赤橙 赤紫
> 橙 紫
> 黄橙 ○ 青紫
> 黄 青
> 黄緑 青緑
> 緑
この図にある秩序は対角線上がキレイに補色になっていることです。
「色の十二方位」っていう言葉に惹かれます。
たしかパウル・クレーという画家がこういう色彩の立体モデルを考案しています。
実物を見たことはありませんが、彼の「色彩論」の中にその話が出てきます。
色相・彩度・明度を軸にしたグラフのようなもので、補完する(響き合う)色どうしを
簡単に見つけられるようになっているらしい。
若い頃本で読んでその立体モデルがすごく欲しかったのを思い出しました。
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