アスペルガーの館の掲示板(旧)
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新しいアスペルガーの館の掲示板
KILROY wrote:
> うーむ、これは悩むな(^_^;)。私も医者というわけではないので力不足ではあるのですが、とにかく力の及ぶかぎり努力してみましょう。
沢山のご返答いただきまして有難うございます。
> 少なくとも、「チックが見られる→ASが重篤である」ということは、ありません。
さようですか、それならばいいのですが。
ま、このASが重篤だ、といって一体どういう状態なのか分かってはないのですが。
そうそう、僕はチイママさんに指摘されてASではないか、ということでしたが、「不安神経症」ではあります。
もー、とんでもなくなんにでも不安を感じてしまいます。
いつもは豪放磊落な性格に見えるもだから、連れらからは「意外に気にしいですね」と言われてしまった。
ま、それはさておき。
> なぜこういうふうに断言できるかというと、No.3361 の『ASについて考える』でも書いたように、AS(傾向)の人間って、あんまり他人に関心がないんです。
そうそう、これは痛切に感じますね。彼を見ていると本当に自分で関心のあることにしか、目を向けていないな、と思われますね。
だから、僕に好意を寄せてはいるようですが、一体どういった関心なのかは不明なところはありますね。
それを上手く表現できるような語彙もないしな。
ASの人って、この掲示板に書き込まれている方々はそうでもないようですが、語彙が少ないものなのでしょうか?
と言うか、単に彼の興味事項ではないから収集しないだけなのかな。
> 当人としては「別に私がチックだからってあんたに迷惑かかるぅ?」と思ってんだけど、
いえ、本人的には「あー、言われてたらそうかも」という程度の認識だったそうです。
僕もべつに気にはならないし、他に指摘する人もいないようなので来れに関してはあんまり心配してないんですけれど。
と言うか、他に指摘するような人が彼の回りにいないんですよね。マジで。
携帯のアドレスがほとんど使われない(登録すべき人がいない)ので、落ちこんでいるようです。
職場でも事務的会話意外にはほとんど話していないようです。
ま、しょーがない?ので、僕の職場の人たちが彼をいろいろ誘ってくれてはいます。よい職場に恵まれてよかったです。^^
>「自分に注意を払ってくれない相手がいるといてもたってもいられなくなって、自分に注意を向けようとして相手にちょっかいを出す」という、「注目依存(アテンション・アディクト)」というものなんです。
幼少の頃こういう傾向が見られたと言ってました。
なんで目立ちたい(いわゆる目立つ、と言う行為ですよね?)んでしょうか。
僕は(うーん、なんで僕の話になってしまうんだろう・・・)、自他共に認める極めて目立つ人なんです。初対面でも1度で憶えてもらえますし。学生時代も僕を知らない人はいない、ってな感じでしたからね。特に何をした、というわけでもないのに。
そーゆー身分からすると、なーんでわざわざ目立ちたいんだか、って純粋に思いますね。
反対に、彼は全く目立たない人でしたね(学生時代同じ学校に通っていた)。
卒業してン年ですが、彼のこと覚えているのは何人か・・・ってレベルになるでしょう。
もっとも情報処理関係では彼はピカイチの腕と知識を持ってましたから、その点では覚えられているかもしれませんが。
> こういう人は俳優にでもなればいい、と思うかもしれないけど、
素質の問題ですね。それは。
彼には絶対向いてないでしょう。マジ、演技下手だもん。^^
僕に迫るのももうばればれな手で来るのでいつも僕に遊ばれてます。
あ、関係ないこと書いてしまった。
> で、こういう注目依存の人は、相手を怒らせるのが楽しい(本人に「楽しい」という意識はないんだけど、怒鳴りあってるときの興奮状態に依存がある)ので、
え?そう言うものなのですか?
僕も彼の言動にはよく怒鳴ってますけど、ほんと怒っている身には「こいつ、僕を怒らせて楽しんでるのか」って思わされますね。
当人は、僕が何故怒っているのか、全く分かってないのですが。
この辺り、かなりの辛抱を僕は要求されますね。
で何が原因かを追及して、ことを終わらせるんですが。
しかし、興奮状態に依存って一体どういうことなのだろう。
> だからリアルタイムで怒るのに非常に苦労します (T_T)。
らしいですね。
彼も一テンポ以上、遅れて、しかもその怒りは彼自身の中で自然消滅するそうです。
途中ですが、ホワイトデーの山分けが始まったので(すいません、いま会社から打っているので)、終わりです。
toriさんwrote:
>私は友達が一人もいません。第一、誰が友達なのかよくわからなかったりします。
そーか私はtoriさんの友人だとは思われてなかったのか、しくしく。
……とかいって泣くようなタイプじゃないけどね(^_^;)。
→ なははさん+toriさん
自分と同調してくれて、自分に何かしてくれる人を「友達」というなら、私も「友達」と呼べるひとはあんまりいないですね。私と同じくらいの年令のひとは家庭や仕事のことで忙殺されているので、私としてもあまりご心配やご面倒をおかけしたくなく、私が仕事に復帰して、私との交際が相手のメリットにもなり心理的負担にならなくなった時点で再会を果たそうと思っています。そんなわけで、このところ友人とはつきあいを絶っております。そういう意味では私にも「友達」はひとりもいません。
ですが、toriさんとの「交際」はおそらく双方にとって実りのあるものだと私は勝手に想像しておるのですよ。そういう意味では私とtoriさんは最近流行のいわゆる「メル友」ってやつっすかぁ?そういう意味での「友達」ではあるわけですね。
中国語では友達のことを「ポン友」といいます。漢字で書けば「朋友」。つまり肉と肉とは別れているけれど、といった関係です。「生まれた時は違うが、死ぬ時は一緒だ」というのが「朋友」。「友人は二つの肉体に分けられた一つの魂である」という言葉(いいかげんクサいですが)があるように、「ああ、この人は私と同じ種類の人間だ」と思える人というのが存在して、私はそういう人を「朋友」だと思います。作家の塩野七生さんにとってマキャベリが友人であるように、前野良沢や伊能忠敬や平賀源内は私の友人です。
そういう意味でいえば、私の友人は全世界にたぶん一億はいるでしょう。ただ、まだお互いに知りあってないだけで(←「そんなこと言ったって、そばにいてなぐさめてくれなきゃ嫌だいっ!」という人はとりあえず考慮に入れないことにして)。あるいは毎日のように会って世間話をしている人がじつは友人かもしれないし、同じマンションに住んでいるめったに顔を合わせない住人が友人かもしれません。
なにしろBBS 上の知合いだと、「声すら聞いたことがない」という例も珍しくありませんからね(←会ってみたらすげーヤなヤツだったりしてな、と現実的なセルフつっこみ。だけどだいたい予想通りの印象のひとが多いな)。以下の話は実話です(仮名だけど)。
「TOX さんと仲いいんだって?」
「うん。ときどき会って話とかしてますよ」
「あのひと、美人だろ」
「TOX さんって、女だったんですかぁ?!」
そんなわけで、我々の「会話」を目にしながら、黙って「うん、わかるわかる。この人たちは私とおんなじだ」と思っている「友達」がこの『アスペルガーの館』にもいるかもしれない。そういう人を「友達ではない」とバッサリ切り捨てる気は、私にはありませんね(←とかいって人気稼いで女性からファンレターでも貰おうと思ってんだろ、と恒例のセルフつっこみ)。
そんな訳で……友よ、これからもよろしく KILROY
チイママ wrote:
>やっちぃー wrote:
>
>>さすがに、法律上相手が女だったらだめだけど。^^
>
>私はやっちーさんが男とばかり思ってましたー。
>だからこの手前のカキコを読みながらもしかして『ホモのかたかな?』(差別意識はないです、もちろん)と思って読んでて最後にこの文のところで『あれえー!?』とびっくりしてしまいました。私だけでしょうか(笑)。
ご返答?いただきまして有難うございます。
いやー、なまじ一人称を「僕」としているからなんでしょうね。
文章だけだと、一人称に依存しますからね、性別は。
ま、それをねらって敢えて「私」とは書かないんですけれども。
ちなみに「男」だと思われるのは初めてではないですよ。
もう、連れにメールや手紙出したときには、連れの両親や連れの会社の人から連れの「彼氏」だと思われてましたから。
ちょっとした遊びです。^^
>それからやっちーさんのカキコを他のも全部見せてもらって思ったのですが、やっちーさんもアスペに似てるようなかんじがするのですが・・・。もし気分を害されたらごめんなさい。
いや、べつにそう言う指摘を受けても全然気分害しませんよ。
結構心広いですから。^^←自分で言うなってね。
うーん。
どの辺りにそう言う指摘を受ける要素があったのか分かりませんが、多分違います。
って、断言は出来ませんけど。医者でないからな。
少なくとも判断事項に該当するようなことは・・・運動機能の床かな?運動音痴ですから。^^;
それ以外はまーったくないなー。
しゃべりだし、友人関係もかなり良好かな?
なんか結構恵まれてますよ、友人関係については。
だからAS(の可能性のある)連れに妬まれる・・・程ではないにしろ、羨ましがられるんでしょうけれども。
ま、性格的にはかなり問題ありですよ、そりゃ。かなり過激な性格ですから。
こんなやつでもお気に召しましたらまたご返答いただけましたら幸です。
僕の持病はせいぜい?「てんかん」です。
お陰で、画面のちらつくこういったパソコンは見ているのがつらいですね。←キータイピングが出来ない言い訳かもしれない。^^
TVも1時間が限界ですし。
toriさん wrote:
>>とはいえ「相手の主張を真摯に受け止める」ためには「批判的な立場から
>>相手の主張を見据 える」という手段が有効なので、本当のことをいうと、
>>ただ「面白く読」まれてしまうよりは強烈な ツッコミを入れられるほうが
>>嬉しかったりします。
>普通の人はいやがりますよ。(笑)
まさしくその通りです。中島さんの『対話のない社会』は、そういう世間の「言わせない」「語らせない」風潮を糾弾する本です。
私はかつて『雑魚亭』というBBS のホストをやっておりまして、その『雑魚亭』はまさしく上祐・青山も裸足で逃げ出す言論のバトルフィールドでございました。で、あうグループ旅行に『雑魚亭』メンバーが集団参加したときに、ニコヤカに談笑している我々の正体を知ったある人が、「この人たち人間じゃない。気持ち悪い」と言い放ちました。確かに「普通の人」は悪意・敵意を抱いていない相手を論理によって徹底的にやりこめる(こういうのを「論(あげつら)う」というのだな)ことはしませんし、「その時々で態度を変える」のを偽善だと感じます。つまり、我々を鬼だとか鬼畜だとか悪魔の手先だとか思ってしまうようなタイプの人は、人間関係を「誰の味方か」でしか捉えられないもんだから、人格を排した言論と言論の闘いというのが理解できなかったんですね。ちなみに私はそのとき「キチガイ!」と面と向かって言われました。なんとなれば、当時『雑魚亭』で白熱の論争を繰り広げていた「KILROY」と「Mr. Moto」(たしか差別をめぐっての論争だと思った)が、両方とも私だったからです(^_^;)。
>下ネタ入れすぎ・・・。(笑)
だって好きなんだもん(^_^;)。「しょうがねぇなぁ」って赦されてる気分が好きな部分もあるけど、そこに甘える気もありません。「好きなものは好き」と言っておきましょう。
>専門的な職業かどうか、また職場によっても、その点は大きく変わってくるのではないでしょうか。
その通りです。だから私は電算業界を選びました。ところがソフトウェア産業が「儲かる商売」になったとたんにおかしな連中がどっと参入してきて業界がおかしくなり、不況で儲からなくなったら端から持逃げ野郎に化けました(T_T) 。後に残ったのは荒廃した業界と、昔からコツコツと電算業界の基礎を築いてきた人間だけです。ITとかいうのでまた二の舞になんなきゃいいけどね。マルチメディアだの付加価値通信網(VAN )だのと、似たようなことが昔何度もあったしなぁ。
>>『ちょうどその頃ハンス・ベーテを除いて…(中略)…だがこれこそベーテが
>>最も必要としていたことだったのだ。』
>こういう人に出会えるかどうかは、運によると思います。
ごもっともです。ただし、このエピソードは原爆開発の際の「マンハッタン計画」のときのエピソードです。沈没寸前のプロジェクトには、要領のいい奴はさっさと逃げ出して、実務派ばかりが残っています。そういうプロジェクトに飛び込んでみごと救済するのがわれわれ「火消し」の仕事です。ところが見通しが明るくなってきて「儲かりそうだ」となると、銀蠅かハイエナのような連中が群がりよってきて、プロジェクトを寄ってたかって食い物にしようとします。
>↑こういう風にふるまって上手く行く時ばかりとは、限らないと思います、
>私は。 会社が機能グループとして存在している間はいいように思いますが、
>仲良しグループになってしまった時、まっさきにクビを切られるのではな
>いでしょうか。
その通りです。組織がサロン化した場合、野武士はまっ先に始末されます。『水滸伝』でも、集結した百八人の英傑は、時の政府に利用されてばたばた死んじゃって終わりです。しかし、邪魔にされる前にとっとと自分から去ってゆけば、少なくともユーザには感謝されます。「勝ったのは百姓だ。わしたちではない」(『七人の侍』)。
>学校教育が原因なんでしょうか?もっと根は深いような。
>人が多過ぎるのでは?
>(って勝手なこと言ってます。一番先に私が出て行けと言われそうです)
これはまた難しい話だ(^_^;)。
単に教育が原因ではない、というのは確かですね。私が戦後民主主義うんぬんを持ちだしたのは、「独裁的・専制的な支配者が生まれることを防ぎ、自由と平和と平等が実現される」ことを目指して構築されてきた社会的システムが、不透明で無名性の高い権力のシステムというものをあっちこっちに生み出してしまい、結果として世の中が悪くなっちゃってる部分がある、ということです。
この点については他にいろいろと言いたいこともあるので、項を改めて論じたいと思います。
とかいってこのまま続けていいのか? 文句があったらメールくれ KILROY
ぴよ wrote:
>さっきの、toriさんの認識を解析すると、
>実は、
>「toriさんの「自分の心 or 本能」 = 非自閉者のいう「宗教」」
>です。
「toriさんの「自分の心」 = 非自閉者のいう「神、ほとけ、etc... 」」
さっきの、toriさんの認識を解析すると、
実は、
「toriさんの「自分の心 or 本能」 = 非自閉者のいう「宗教」」
です。
※ここでいう「宗教」はホンモノ宗教のことです。
「良心のみに従って行動すること」を説いているものをいいます。
では、なぜ宗教で戦争が起こり、独善的なのか。
それは、宗教の本質は同じなのに、
宗教によって、その表現というか、方法論が違うからなのです。
「良心のみに従って行動すること」
をサポートするための方法論は、いろいろあります。
ともすれば、それは独善的なものになりがちです。
ユダヤ教はホンモノ宗教なのですが、これは「契約一神教」です。
ただ一つの神とだけ契約を結び、ほかの神々を認めません。
宗教同士で、お互いの方法論がぶつかったときに、
戦争が起きることがあります。本質は同じなのに。
ユダヤ教が戦争を起こしてしまう理由は、こんなところにあります。
私から見ると、ホンモノ宗教同士の戦争は、
「無駄な争い」にみえてしかたありません。
tori wrote:
>同じく人間にも良心はない。そう考えます。
>人は人のために何かするってことは絶対ありません。
>あるとすれば、それは自分のためか、自分を見失ってるかのどちらかだと考えます。
>もしくは本能に従っているか。
ここなんですけど。
良心は、「自分のため」のものであることを明言しておきます。
良心とは、自分の価値判断であり、善悪を基準とした価値判断です。
その価値判断に従って、結果的に、人のために何かするわけです。
ぴよ wrote:
>・人間の行動原理を「損得」から「善悪」にすること。
>(こちらは、おそらく必要ありません。)
なぜ「必要ない」と書いたかというと、
「善悪」の価値観で行動することは、
アスペルガーにとっては「あたりまえのこと」だからです。
説明不足だったことを、申し訳なく思います。
参考資料を、ひとつ紹介いたします。
参考資料:「ハイパー歎異抄」
http://www.honshoji.or.jp/bud/mokuji01.htm
ほんものの宗教について。
どんな宗教でも、同じことを言っています。
「本心から、おのずから、良心のみに基づいて行動すること」
要は、これが実現できればいいだけなんですね。
簡単な話です。
ちょっと、発想の転換をするだけなんですから。
必要なのは、
・宗教に対する見方を転換すること。(こちらは容易です。)
・人間の行動原理を「損得」から「善悪」にすること。(こちらは、おそらく必要ありません。)
「気がついたら理解し納得し救われている」わけです。
ぴよ wrote:
>レッスン 1
>: あなたが宗教に対して抱いているイメージは
>: 次の三つのもののうちどれに近いですか?
>: A、Bそれぞれ一つずつ選んでください。
>: A1 水 A2 火 A3 空気
>: B1 パンツ B2 帽子 B3 眼鏡
私の答えは火とパンツ。
>: 「宗教は動物には不必要である」と言う観点から、
>: A2 火、 B1 パンツを正解とします。
火を選んだのは、宗教は戦争になるから。独善的だから。
パンツは、くさいとうそくさいを掛けてみました。
>ちょっと異議ありです。
>「人間」と「それ以外の動物」を差別するのは、いかがなものかと思います。
>動物に対して、失礼なことではありませんか!
>動物に「良心」がないと決めつけるのは、あんまりです。
>
>私が宗教に対して抱いているイメージは、
>「つねに自分の中にあり、善いものの見方を与えてくれるもの」
>です。この観点から、A3 空気、 B3 眼鏡 を主張します。
私は無神論者です。消極的なではなく、積極的な無神論者。
動物に当然心はあると思いますが、良心はないと思う。
同じく人間にも良心はない。そう考えます。
人は人のために何かするってことは絶対ありません。
あるとすれば、それは自分のためか、自分を見失ってるかのどちらかだと考えます。
もしくは本能に従っているか。
>こういうセンスって、自閉ならでは、なのでしょうか。
全然関係ないと思う。
ななは wrote:
>同じ様な悩みを持つ人がいらっしゃいますか?
ななはさんより追いこまれてます。でも全然悩んでなかったりします。
と言うのは嘘で、時々不安で堪らなくなります。でも、それって人と比べるからなんですね。
私は友達が一人もいません。第一、誰が友達なのかよくわからなかったりします。
電話を掛けてきてくれる人がたまにいるのですが、
元々人と遊ぶことがそれほど好きではないので、別に困ってないです。
貯金もない、年金も払ってない、しかも20代後半で無職。何か技能があるわけでもない。
(書いているうちにだんだん落ち込んできた)
でも落ち込んでも仕方がないです。
落ち込んでうつ状態でイライラしたり、床に伏せっているよりは、能天気にしてる方がずっと楽です。
そうすればものも考えられるし、うつ状態よりもずっといいと思ってます。
私も以前は、杓子定規にものを考えて、白か黒か、割り切れないと許せない性格でした。
社会のルールは守らねば、そういう基準でガチガチに自分を縛っていました。
無職だなんてとんでもない、という考え方をしてました。その基準を人にも当てはめていました。
それで自分が実際にその立場になると、ものすごく落ち込んだのです。自己嫌悪ですね。
今でもそういうところはあるのですが、自分の性格をASによって説明することで、
客観的に自分を分析できるようになってからは、だいぶ楽になりました。
私は事務職とサービス業を経験しましたが、どちらも向いていなかった。
仕事を辞めたことで、結局は自分の適性に気が付くことになりました。
だから今では逆によかったと思っています。
AS傾向の人が困るのは、AS傾向がもたらす人との違いに悩むことによって、う
つ状態になることではないかと私は思います。多分ASの症状そのものは、環境さえ整えばおそらくあまり問題
にはならないのではないでしょうか。それどころか、最大の長所なのでは?
と、ここまで書いてNo.3409 の KILROY さんの書き込みを見て思い直しました。
やっぱりASの人は「うつ」になる運命なのではないでしょうか。(笑)
すみません。逆に落ち込ませてしまったかもしれないです。
みどりちゃん wrote:
>相手が何語で話していようとお構いなしに、『片言の英語+片言の日本語』で会話をする日本人女子。
相手が何語で話していようとお構いなしに、『日本語』だけで会話をする日本人男子。
ガーデニア 改め さるすべり wrote:
>「帰国子女」ということばは、今はあんまり使いません。帰国学生や、帰国生徒ということばを使
>います。または、「帰国学生(帰国子女)」です。
>
>つまりこれは、「看護婦」→「看護士」と呼ぶような傾向になってきたことと同じことです。性差別
>語をなくしていくという流れに沿っています。
知りませんでした。私もそれについては考えたことがあって、なんで女子供なんだろうって考え
たことがありました。時代によって、変われば変わるもんですね。私が日本に帰ってきたときに
は、帰国子女の会みたいなのがあって、放課後に集められて一人ずつ話をさせられてたみた
いです。私は胡散臭さを感じたので参加しなかったので、欠席する度に怒られてました。ケア
は受けるもので、受けさせられるものではないですよね。おそらく思想チェックみたいなものだ
ったのではないかと、内心私は密かに疑っています。ちなみに私が入った学校は、海外子女
受け入れモデル校でした。陰険なんですよ、とにかくやることが。まず異端者としか見ないんだ
から。最初から要注意人物扱い。
多分、さるすべり さんは気が付いてないかもしれないけど、「帰国学生」や「帰国生徒」も十分な
差別語です。なんで一時期外国に住んだだけでそんな区別が必要になるのでしょうか?
ケアが必要だから?違うんです。ケアが必要なこと自体が、十分な差別なんです。「帰国子女」としてではなく一人の人間として接してくれるなら、それで十分なんです。
誰も特別扱いなんか望んでないんです。
たしかに言葉は大事だと思います。でも「帰国子女」を「帰国生徒」や「帰国学生」にしたところで
、なんの問題解決にもならないと思います。日本全般にある、知らないものを見下す態度と
、熱烈な外国に対する憧れ(特にアメリカ)、アメリカ以外の国に対しての無知・無関心、欧米系
の人に対するへつらいと、それ以外の人種に対する偏見、人と違うことに対する異様な警戒と
敵意、これら全部、私が見る限り15年前と何ら変わっていません。
それともう一つ偏見を暴きます。なんでASの掲示板に帰国子女の話が?と思われた方です。
(ガーデニア 改め さるすべり さんだけじゃなくて、他の人も)
私は10年経っても日本には馴染めない。これはおかしいと気付いたわけです。他の私と同じよ
うな経験を持つ人たちは、差別がトラウマになって、帰国子女であることをほのめかすだけで顔
をゆがめるほど傷付いているのに、何とか上手く生き延びているわけです。で、帰国子女は特
別なんでしょうか?神経学的におかしい人はいない?そんなわけないですよね。
それに帰国子女はアメリカにいた人ばかりじゃないです。たしかにアメリカに行った人の方が圧
倒的に多いのは確かだと思います。だけど、大抵の人はアメリカ以外の国の帰国子女を実際
は知らないのではないですか?なんでだと思いますか。ひた隠しにしてるんですよ、いじめられ
るから。
ASだけじゃないです、苦しんでるのは。至る所に排除の構造があるのだから。同じだからとい
う理由で仲良くするのは構わない。だけど No.3407 にも書いたように、「同じ=味方」の裏返し
は「違う=敵」。仲間意識はいいけど、今度は自分たちが排除する側に回る可能性もあるわけです。
ASを子を持つ親が「ASと分裂病を一緒にしないで」、と言ったら、分裂病の人は傷付くわけで
す。「アスペルガー症候群は真面目な子が多く、ほとんど犯罪とは結びつかないと思います」っ
て日本自閉症協会が言うと、豊川の事件の子は特別ということになる。
これらは偏見が原因でこう言わざるを得ないわけです。だけどASの人はおとなしい良い人たち
ばかりじゃないでしょう?自分勝手で自分の基準しか頭になくて、人に迷惑掛けたりするわけ
です、実際は。ASの子供に殴られて青あざが出来てるお母さん、いるんじゃないですか?
自分の子供を虐待しておいて、それが正当な教育だって信じ込んでしまう人も中にはいるわけです。
ASの診断が免罪符になるわけじゃない。何もかも精神医学上の診断名で自分のことをわかっ
たように錯覚するのは間違いです。これがASだっていえる決定的な証拠はまだないんですよ。
それに診断基準は人間が作ったものです。要は人間が決めた区分なわけです。そんな区分
なんかどうってことありません。
ASなんて人はいないんですよ。ASの症状がある人間がいるだけです。子供という人間がいる
んじゃない。子供の状態にある人間がいるだけ。親という人間がいるんじゃない。親でもある人間がいるだけ。帰国子女という人間がいるんじゃない。外国に住んでたことがある人間というだけ
。日本人という人間がいるんじゃない。日本国籍を持った人間というだけ。
レッテルよりも、もっと自分という人間を大事にしませんか?
レッテルを墓場まで引きずって行くつもりですか?
自分という人間を人と比べて見下す必要はないはずです。
精一杯やったならそれでいいじゃないですか。
って誰に言ってるんだかわからないんですが、あまりレッテルにとらわれることはないと思います。
ガーデニア 改め さるすべり さん、ごめんなさい。最後はレスじゃなくなってしまいました。
toriさん wrote:
>でもあんまり悲惨じゃなかった。(笑)
まあ、あんまり悲惨じゃない部分のダイジェスト版ですから(^_^;)。他の人から「やめてぇ〜!」みたいな声が出ないよう配慮した結果です。悲惨な部分については、No.3409の「Re:疲れてます」にチラッと出てきます。
>許してください。私にとってはヒトゴトなんです。
そうそう。そういう反応を私は求めていたのですよ。所詮はヒトゴトなのに過剰に反応されちゃうもんだから、「被害者非難心性」というのに陥って私のことをめちゃくちゃ攻撃してきたりするわけです。なにせカウンセラーにまで「あんたが悪いに決まってる」みたいなことを言われたもんな。そいつがまたプロテスタントの牧師様だから笑っちゃうわよ。へんっ!(と髪をかきあげている)
>人に利用されても平気というのは本当ですか?
本当です。「人のために役立って、感謝される」のと、「利用されているうちに、利用している側が『いかん、利用する一方では嫌われてしまう。それは困る』と気づく」のは、単なる順序の違いです。
欧米のユーザは、日本のメーカーのサポート・エンジニアが利益を度外視して技術的なサポートを行なってくれるので、「せいぜい利用するだけ利用してやろう」と最初のうちは思ってるんですが、そのうちに「相手の誠意を無視する」ことに苦痛を感じるようになり、けっきょく利益重視の欧米のメーカーから日本のメーカーに乗り換えてしまいます。世を拗ねていない大多数の人間は、誠意に弱いんです。で、その結果として、日本のメーカーは欧米のメーカーよりも高い利益を上げているわけですね。
こういう日本のメーカーのやり口を、欧米人は「汚い」と言います。「利益を度外視するというのは、ビジネスのルールに反している」と。「グローバル・スタンダード」とかいうものの正体は、この程度のものです。
>とりあえずプログラムが書けるなら幸せっていうのはわかりますが、
>会社を取られても平気というのが、私にはわかりません。
会社なんていうのは取られたってまた作ればよろしい。そうじゃなくて、我々が開発した製品に関する知的所有権を押さえられてちゃったのが地獄でした。
世の中に「フリーウェア」というものが存在しているのは御存知だと思います。あれは単に「無料」であるだけではなく(たとえば、企業が宣伝のためにタダで配っているわけでなく)、開発者が労働力を提供してくれているのにも関わらず、なおかつタダなのです。つまり、真のプログラマは、自分のプログラムが評価されるなら、金を払ったっていいと思っているわけです。
rStoneというMac 用辞書引きソフトは、そもそもこのフリーウェアでした。ところがユーザが、「我々は金を払ってでもいいから、このソフトウェアに対して要望だの文句だのを言える立場になりたい」と主張したがために、製品として販売されることになりました。「善意」に対して文句をつけるのは憚られるけれど、金を出して買ったものに関しては、ああしろこうしろと文句をいう権利があります。
で、藤本っちゃんと私はそのユーザの下僕として、その才能を発揮してれいれば自然にお金が入ってくる、という天国のような環境にいたわけです。「我々はこういう製品が欲しいんだぁ〜!」という声に従ってプログラムを書いていれば、製品は売れお金は入ってくる。そしてユーザは「これはいい」「ここんとこは気にくわない」と、生の声を聞かせてくれます。
これで文句言っちゃあお天道様に申し訳ないと思いませんか?
>業績が上がらん、業績が上がらんって言いながら、従業員を馬車馬のように働かせて、
社長はゴルフなんてこともあったのではないでしょうか。
社長の片倉さんは藤本っちゃんと一緒に元いた会社を飛び出してエー・アイ・テクノロジーを設立したひとです。人間的に信用できるかどうかは別として、藤本っちゃんや私よりも(才能はないものの人格的には)単なる技術馬鹿です。そもそもは取引のあった販売会社がパクリ屋に乗っ取られたのが発端だったようです。社内で唯一技術屋でなかった経理担当の伊豆という野郎が、金に目が眩んでエー・アイ・テクノロジーの乗っ取りに手を貸したというのが真相のようです。
>KILROY さんの話を読んでいて思ったのは、KILROY さんのように有能だと
>しても、AS傾向の人は政治的な動きが苦手なのだ、ということです。
AS傾向の人間全般という意味では、確かにその通りだと思います。
ところが私は権謀術策そのものを楽しんでしまうマキャベリズムの権化のようなタイプです。利益追求結構。裏切り結構。だけど、そうやって「政治」をするんだったら、「計算」を忘れてもらっちゃあ困るんですよ。「儲かる選択肢」と「儲からない選択肢」が提示されたら、「儲かる選択肢」を選んでくれなきゃ困るんです。
私は狡猾な人間より無能な人間のほうが危険だと思ってます。
>利用しようと思えば利用したい放題。必要無くなればすぐ首にできる。
>人を利用して儲けようと考える人にとっては、格好の標的ではないでしょうか?
プログラミングのノウハウは藤本っちゃんの頭の中、アルゴリズムは私の頭の中。藤本裕之といえば、Mac のプログラミングに関していえば日本国内で五指に入るというプロ中のプロです。で、KILROYといえば「KILROY's MAGIC」と呼ばれた「アルゴリズムの魔術師」でした。「儲けようと思えばプロデューサーの腕次第」だった我々を、日本語処理の世界に近付けなくしちゃった奴が馬鹿なんです。
会社が乗っ取られた結果、rStoneシリーズの製品化権は他社に移ってしまいました。そうすると、我々は製品を出すことができないんです(最近時効が切れて、日本語処理の世界に復帰しようと思っていろんなサイトを覗いているうちに、ここにたどりつきました)。べつに金が貰えなかろうが会社から放りだされようが、日本語処理の仕事が続けられればどうでもよかったんです。その気になりゃあいくらでも稼げると思ってましたから。ところが我々は肝心の日本語処理の仕事にタッチできなくなっちゃうわ、私は過労で心臓を壊して仕事はできなくなっちゃうわ、商品化権をかっぱらった会社がユーザに新製品の予約販売の申込書を送ってその申込金をパクッて逃げてしまったせいで、我々が開発したrStoneシリーズの評判までいっしょくたに地に墜ちてしまったりとか、そういったことがあるわけです。
私は資質としては大悪人です。ただ、悪人として有能であるがゆえに、損になる犯罪に手を出さないんですね。無能な悪人が欲に駆られ、損な犯罪に手を出して失敗するのまで考慮に入れてたら、ビジネスどころではありません。あらゆる人の感情を尊重しながら変革を起こすというのは無理な話ですから。
>売れそうにないですねぇ。失礼しました(笑)。
「儲かりそうにない」のと「儲からない」のは別問題です。
私が売込みからプロデュースまで全部引き受けた『スーパーステレオグラム』(インプレス刊)は、「これは学術書だから、初版千五百部だな」とか言われていたのが、取次に見本を流したとたん、「五千部刷れ」「いや一万部だ」「二万でも捌けるぞ」ということで、初版二万部・二版三万部をほぼ同時発売という快挙を成し遂げ、八重洲ブックセンターや大阪の旭屋書店でベストセラー・リストに登場しました。
「売れそうにないものが売れる」とかいった「奇跡」を起こしちゃうが故に、私は痛い目を見るのですよ。
>本当のところは、ミステリーは読まないのでよく知らないのです。
>SFとか事実だけが書かれたもの(科学書)とかだったら読むのですが。
>ミステリーと事実は切り離せないものでしょうか?
>だったら買うのに。
フレッド・ホイルの『暗黒星雲』をご存じありませんか? あの作品はSFであり、天文学的事実を十分に踏まえており(なにせ同じコスモス・ブックスで『宇宙の本質』を出してるひとだしな)、しかも推理小説として成立しています。
だいたいアイザック・アシモフだって『我はロボット』や『裸の太陽』や『ABC の殺人』や『黒後家蜘蛛の会』を書いてるし、筒井康隆だって『富豪刑事』や『ロートレック荘事件』を書いてるし、広瀬正さんだって『Cis』や『T 型フォード殺人事件』を書いてるし、新田次郎さんだって『つぶやき岩の秘密』を書いてるし……ミステリーだからといって、安易に現実から離れているとは限らないわけですよ。
私の書くミステリー、あるいは「ASの書くミステリー」(←フォローにしてもあざといんじゃないか? と自己嫌悪のセルフつっこみ)というのは、そのまんま論文として提出したって通用しちゃうくらいの理論的厳密性を備えています。ただ、論文だとよほど熱心なひとでないと続かないだろうから、なるべく読みやすくしようかと。ガリレオだって『天文対話』みたいな小説ふうの科学書を書いてるしね。中公新書の『有翼日輪の謎』なんかは、科学書ながら十分に推理小説として通用します。
……で、問題なのが、私の『ふたりで聖書を』があんまり売れてないということでありまして、山ほど売れてりゃそのへんの本屋で買ってもらえりゃいいんですが、注文しないと手に入らない。したがって、「ちょっとだけ読んでみる」ということができないんですね。そんなわけで− 私のBBS が健在だったら(数年前に閉鎖しました)そこにUPしちゃうんだけどさ、住所氏名をお送りいただければ一冊くらいは著者謹呈サイン入り、とかしちゃうんだけど……それだとネットの匿名性・無名性にさしさわりがあるし……メールアドレスでも教えていただければ原稿(私はワープロで書いてますから、モロに生原稿です)をメールでお送りします。
……言うとくけどこの特典はtoriさんオンリーですからね。「うー、私も読みたい!」という方はメールまたはメッセ−ジを下さい。「天海僧正=織田信長」ネタの短編小説をメールでお送りいたします。
だからこういうことをやっとるから書込みが増えるというのだ KILROY
りふれくと wrote:
>大きな異変・・それはいつ来るんですか?
>1000年後ですか?1万年後ですか?それとも100万年後ですか?
>いつ来るかも分からない異変のために、今の人類とは違った形を残すためだけに生きているのですか?
>そんなに「人間」という名の種族を残すことにこだわりたいなら、そんな使命感に溢れる人間を集めて独自の環境下で生活させ、その中で新たな進化の形を作り出していけば済むことではないんですか?
>なぜそんな役目を・・ASに対して強制的に押しつけるんですか?
大きな異変。
これは、すでに始まりつつあると、私は思っています。
いま、人間社会は、どことなく、いきづまりを感じてきています。
資本主義社会の基本原理は、「損得」をもとにした競争原理。
進歩をつづけ、ひたすら拡大をもとめつづけることが、
幸せへの道であると考えられてきました。
流行をつくり、規模の経済をつくりだしていく。
これが、「非自閉」の価値観。
しかし、これが長続きするとは思えないのです。
「IT革命」「オープンソース」
などという言葉が流行語のようになったことがありますが、
これ、ひとつの「ルール改正」なのかもしれません。
「自閉」の価値が尊重される社会。
その萌芽は、すでにあらわれているのでは?
と思います。
すみません、一人つっこみです。
: レッスン 11
: 二人にパンが一個しかありません。
: どうすればいいでしょうか。
: 1 一人が食べて、一人は食べない。
: 2 「半分こ」する。
: 3 二人とも食べない。
: 4 パンを増やすように努力する。
結論からいうと、私は 「半分こ」を選びます。
それは、次のような理由によります。
・パンが一個しかないのは運命だから、
まずは、この運命を受け入れます。
まっさきに、「増やすように努力する」ことは否定します。
・自分のことはどうでもいいので、このパンを相手に譲ろうとします。
(もし、相手がこのパンを無条件に受け入れれば、それで終わりです。
この場合は、「一人が食べて、一人は食べない」ことになります)
・しかし、相手も同様に、自分にパンを譲ろうとするでしょう。
・そうすると、「二人とも食べない」ことになります。
・ところが、パンの立場に立ってみると、
「せっかく食べられようとしていたのに、それが全うされない」
という、かわいそうな事態になります。
・やはり、パンは食べられるべきです。
・そこで、妥協案として、「半分こ」する。
こんなふうに考えました。
具体的な「半分こ」のしかたですが、
二人をそれぞれ、Aさん、Bさんとすると、、、
・Aさんが、パンを半分に分けます。
なるたけ「ちょうど半分」になるように分けてください。
どちらの人を「Aさん」とするかは、
サイコロでも振って決めればいいでしょう。
・ここで、まずは話し合いましょう。
どちらを選ぶかの調整がうまくいけば、それぞれ決まったほうをとります。
・でも、決まらないこともあります。
このときは、Bさんが、好きなほうを選びます。
おそらく、Bさんは小さいほうを取ると思います。
・残ったパンを、Aさんがとります。
・うまく「半分こ」できました。おいしく食べましょう。
これで、三人(もちろん、パンも含めます)とも、幸せになれると思います。
tori wrote:
>日本に帰ってきてからの帰国子女差別の方が、ずっとずっとハードだったと思うからです。
ことばにうるさくてすみません。(大体こういうのは迷惑がられる)
「帰国子女」ということばは、今はあんまり使いません。帰国学生や、帰国生徒ということばを使います。または、「帰国学生(帰国子女)」です。
つまりこれは、「看護婦」→「看護士」と呼ぶような傾向になってきたことと同じことです。性差別語をなくしていくという流れに沿っています。
完結していませんがちょっとこの辺で失礼します。
KILROY wrote:
> 最近、「ホモは遺伝である」とする説が流行しています(この場合の「ホモ」は「ヘテロセクシャル」の反対語で、いわゆる「バイセクシャル」を除いた、「レズビアン」を含む同性愛者のことです)。
すみません。一言言わせてください。「ホモ」ということばは、「差別語」です。正式名称は「ホモセクシャル」です。略語は「差別的」な感じがしますし、正式名称を使うときよりも「まじめさ」に欠けると思います。
KILROYさんのホモセクシャルについての考えに興味を持ちました。忙しいので、明日、とか、はっきりとは言えませんが、近いうちに、メールを送るつもりです。ホモセクシャルは遺伝による、という説については、聞いたことはあったのですが、詳しくは知らなかったので教えてほしいです。
昨日の続きです。高校が休みに突入したので思う存分書けます(^_^;
中には皆さんの神経を刺激してしまう?書き込みもあるかもしれませんが、「単なる一個人の考え」と思って頂ければ・・幸いかな、と思います。
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では、なぜASは存在するのでしょうか。
そして、なぜ存在しなければならなかったのでしょうか。
・・多少強引な解釈をいくつか挙げてみました。
○「一般人」のストレスのはけ口としての存在
位置づけとしては、士農工商での「えた、ひにん」が一番近いと思います。
即ち、「人に差別されるための存在」です。
いじめられ、けなされ、蔑まれる事で他人の欲求を満足させ、社会をより潤滑に運営するための間接的な手助けをする・・そのための存在です。
悲しいですが、現実に起こっている出来事を見ると、このように考えざるを得ません。
○「進化の過程」で生まれた失敗作
生物は、様々な環境に合わせて進化を遂げていきます。
しかし、時にその進化は失敗することもあります。
そしてその中で、「正しい進化」をした要素は後の世代へと引き継がれ、そうでないものは衰退し、やがて消えていきます。
当然、人間にも様々な進化の形が生まれたのだと思います。
もしかすると、神はASを「成功作」だと期待を持って世界へと送り出したのかもしれません。
しかし、現実はどうでしょう。ASは社会的に馴染むどころか、逆に疎外される始末です。
恐らく神は慌てて「自然の摂理」の名の下にASを「誤った進化」として消そうとしたのだと思います。しかし、少しばかり行動が遅かったのでしょう。
結局一部のASは「失敗作」でありながらなお細々と進化を続けることとなったのです。
そう言う意味で、ASは「結果的に失敗作となってしまった」存在だと考えました。
今挙げた2つの意見は、ASの存在を最も否定的に見た意見です。
その他としてもいくつか考えたのですが、その大元を辿ると、結局はこの考えに行き着いてしまいます。
ただ・・これではさすがに救いようがないので、現在はそれをもう少し肯定的に見て「遠い将来に大きな異変が起こったときの備えとして作られた進化の1つ」と考えています。
でも・・自分はこれで納得したわけではありません。
大きな異変・・それはいつ来るんですか?
1000年後ですか?1万年後ですか?それとも100万年後ですか?
いつ来るかも分からない異変のために、今の人類とは違った形を残すためだけに生きているのですか?
そんなに「人間」という名の種族を残すことにこだわりたいなら、そんな使命感に溢れる人間を集めて独自の環境下で生活させ、その中で新たな進化の形を作り出していけば済むことではないんですか?
なぜそんな役目を・・ASに対して強制的に押しつけるんですか?
・・そういった絶望的な事を考えながら、納得できる答えを見いだせぬまま、それでも自分は生きています。
武田さんとKILROYさんのレス読ませて頂きました。
さすがお2人とも人生の先輩だけあります。自分にはとうてい考えつかないような、とても建設的な意見ですね。(皮肉ではなく)
でも・・人が生まれてくる時に性別を選べないように、親を選べないように、障害のあるなしを選べないように・・ASであるかないかも選ぶことはできないんです。
先もいったように、先駆者や泥鰌のような役目はやりたいと思う人が志願してやれば問題ないはずなのに・・生まれながらにして「これだけをやれ。それ以外は一切許さない」と定められてしまうのは・・到底受け入れられないんです。
まあ・・自分が「ASではありたくなかった」人間なだけにこんなひねた考えをしてるのかもしれませんが。
・・以上でした。
ななは さんwrote:
>同じ様な悩みを持つ人がいらっしゃいますか?
わはははははははは、私がそうだっ!
>「あなたの考えていることが全く分からない。」
散々言われました。面と向かって「キチガイ」と言われたこともあります。
>「友達が 居ないと将来困るのよ。」
AS傾向の友人は「友達」に入れてもらえず、「将来利用価値がある」と親が判断した「友達」に、私はビジネスの上で散々な目に会いました。「友達は大事にしなさい」と言われ、さんざん責めたてられてしかたなく受けた取引で損こいて、そのあげく親には「まったくあんたはお人好しなんだから……」。それってあんまりじゃない?
>「金銭感覚がバランスゼロ。」
ハードからソフトから資料から、総額百数十万円かけてシステムを揃えたときにそう言われました。で、そのシステムでアスキーから千五百万円の仕事を受注し、アップル・コンピュータ・ジャパンとも共同研究の話がまとまりました。ところが金銭感覚が発達しているはずの会社の経理担当者が数千万円単位の金を持逃げしたために、会社は乗っ取られてせっかく受けた仕事もパァになってしまいました。私は「(会社に利益をもたらしたという意味で)儲けた」のか「(私自身が)損した」のか、よくわかりません。きっと「金銭感覚がバランスゼロ。」なんでしょう。
>「将来の事を考えていないんでしょう。」
私は突発性拡張型心筋症で、五年後の生存率は六十%未満だっ!
>友達もいつの間にか離れていってしまう。
いよいよ仕事がなくなってしまった私を見かねて、友人が仕事を紹介してくれました。ところがその仕事が裏目に出て、逆に私は損害を受けてしまいました。以来、その友人とは気まずくなってしまい、逆にこちらが気を遣わせては悪いと思ってつきあいを遠慮しています。そういう友人が私には何人もいます。
>自分なりにがんばっている、 決して悪気があって怠けているわけではない。
有能であるがゆえに、あるいはがんばったがゆえにトラブルが生じることだって珍しくありません。「言われたことだけやってりゃいいや」みたいな人だってちゃんと給料を受取る権利があるんです。善意に基づいて頑張ってるひとがちゃんと評価されないなんていうのは、組織が悪いんですっ!
>恋が出来るような、相手が存在 &出現しているけれど、所詮また自分だけの
>錯覚かまたは自分だけが舞い上がって いるのかもしれないと怖いばかりです。
恋っていうのはそういうものです。私なんか自慢じゃないけど婚約者がバイクで事故っちゃったもんだから懸命に看病したんだけど、看病疲れで心臓の状態が悪化して今度は自分が倒れてしまいました。そしたら私の婚約者は、(保険の切れたバイクを乗り回していたうえに、免許の更新を忘れて無免許運転をしていたために、事故の相手への補償金を払わなきゃいけなくなっていたために)結納金を持ったまま行方をくらましてしまいました。
>先のことは考えているけれど、人のように着実に結婚したり、
こんな私と結婚してくれる人がいるでしょうか?
>ただ人の沢山居る職場に 朝から一生懸命通うのが、必死です。
私なんか通う職場もありゃしねぇ。
きつい言葉に聞こえたと思います。ですが、赦してください(←とか言っときゃ赦してもらえるとかいった甘いことを考えているんだろうがこの馬鹿が、と苦悩のセルフつっこみ)。私は「甘えるな!」みたいなことを言える立場ではありません。私だって病気になんなかったらここまで深く人生に悩むこともなかったと思います。「私よりよっぽどマシだろう」とも言いません。下を見て安心するのはゲスのすることです。
「だから上を見て歩け」っつーのも無理なんだよね。「がんばれ」とか言われるのが苦痛なときってあるんですよ。思いっきりめそめそ泣くとか、誰かに甘えるとか、そうしたほうがいいときっていうのが、確かにあるんです。
傷つかないように。そして、自分を傷つけないように。堪えてください。幸い支えてくれそうな人もいらっしゃるようだし、他人の私でも愚痴くらいなら聞きますから(←とかいって相手が若い女性だと思ってつまんない下心とか出してやがんだろう、と自戒のセルフつっこみ)。
役に立たん奴で申し訳ありません KILROY
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