アスペルガーの館の掲示板(旧)
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新しいアスペルガーの館の掲示板
ASの妻もどきさん wrote:
>やる気の仕事モードは魄の部分と連動しているとおもいませんか。
>おかげで私の魄が不足してしまって、しなきゃしないでよい。という状態です。
>でも、ここぞって時はすごい力がでるの。仕事の時や、お勉強の時にモードを
>切り替えています。魄の部分も必要だよね。いろんな意味で……。
大森総合研究所のスタッフの一人として、言いたいことがあります。
「常用漢字による置換えをやめろー!やめろー!やめろー!やめろー!」(←エコー)
今では「気迫」とか書くのが普通になっちゃいましたが、もともとは「気魄」と書いたんです。だから、「魄」を欠いてしまうと力が出なくなっちゃうのはあたりまえなんです。つまり、「魄」が抜けちゃうと、「あ〜、なんかどうでもいいわ〜、このまんまで幸せだわ〜」状態になってしまいます。
こういう日本語のニュアンスを、大事に残してほしいと思います。
ついでながら、日本語文法にこだわりを持っているあたしが、なぜ「濃い」ではなくて、「濃ゆい」と書いて平気でいられるか、です。
「濃い(こい)」「酸い(すい)」「良い(よい/いい)」のような「語幹が一音節」の形容詞は、不規則活用をするという法則があります(ただし、「無い」は例外)。
「濃い」は「濃め」にはなりません。「濃いめ」です。
「酸い」は「酸っぱい」とごっちゃに使われます。
「いい」の否定は「いくない」ではなく「よくない」です。また、「ようございます」ではなくて、「よろしゅうございます」です。
だから、「濃い」に対して「濃ゆい」を認めてもいいような気がしてるんです。
ついでながら、日本語では、「赤」「青」「白」「黒」が四原色になっていて、意外なことに「赤⇔黒」「青⇔白」ということになっています。
まず、「い」がついてそのまま形容詞になるのは、この四色だけです。
「赤い」「青い」「白い」「黒い」はありますが、「黄い」ではなくて「黄色い」だし、「緑」に至っては「緑い」も「緑色い」もなく、「緑の」あるいは「緑色の」です。
で、「あかい/くらい」は「明るい/暗い」に対応し、「青い/白い」は「淡い/はっきりとした」に対応します。「明白」「告白」「自白」など、「白」には「はっきりした」という意味があります。
ですから、「面白い」は「はっきりとする」から「面白い」わけです。これに対して「楽しい」は「手伸しい」であり、「手を大きく伸ばす」「のびのびとふるまうことができる」という意味です。
こういうのをちゃんと国語の時間に教えて欲しいと思っている Maria
武田好史 wrote:
> 最近少し気になったことがあります。
>それは、「日本の国語の時間では、なぜ発音するときの口の形を教えないの?」ということです。
> 「あ」は口を開けて、「い」は口を横にのばしてということは、音楽の時間で習ったような気がします。リズムに乗って鍛えた方が、身に付きやすいということからでしょうか。
> けど「話す」ということは、「歌う」とは意識的に違うので、普段の話し言葉を鍛えるには、また別な訓練をしなければならないような気がします。
>
> 私は、最近家族から「はっきり話せ!」と強く責められるので、風船を膨らますのを繰り返したり、「あき」「いき」・・・「わき」.「あって」「いって」・・・「わって」というように、「五十音+苦手な音」というふうなかんじでずっと言ったりして、話すとき口を動かす筋肉を意識的に鍛えています。
はじめまして。ASの妻もどきです。初めてのレスにどきどきしています。
私、元舞台女優なので、発音の勉強しました。あれは、やはり訓練です。
小学校からずっと放送部で鍛えていたわたしでも、(顔のつくりに影響される)
ま行がはっきりしません。それから、親の出身地も影響してて、自分は普通に
発音していると思っていてそうじゃないことが多々あります。
山梨県の人なんかは「来て」などの発音を「きて」と発音するので、東京育ちで
親が山梨の仲間は苦労してました。本来「きて」は「きっ」と半分無声化するので・・・。
やはり、早口言葉を速くなくからはじめたり、懐かしいーーー外郎売なんか
を、堅実にこなすほうが効果的だと思います。参考にしていただければ幸いて゛
す。それから、プロのアナウンサーに教えて貰ったのは、いつも、口角をあげて
ほほの筋肉をやわらかくする事ということでした。
意識だけでずいぶん違ってくると思います。
ちょっと緊張のASの妻もどきでした。
あさかぜ wrote:
> 「人は死んだらどうなる?」に対して「星のかけらになるんだよ」という答えを娘にあたえた話をしました。で……。
> 「本当に星のかけらになるの?ほんとうかどうか知りたい。たしかめてみたい」と言って泣かれてしまいました。「実験はできないよ。自分が死んでしまったら、本当に星のかけらになるかどうかを確かめることはできない」と言ってはみたのですが……これって次のステップに進みたいというサインなのでしょうか?
>
> 娘はわたしの答えに満足したふうでもないし、できれば思考のきっかけとしてより深めていく方向へ導いてやりたいし……なにかお知恵を貸していただけるとうれしいのですが。よろしくお願いします。
>
> 以前「自分で自分の首をしめたらどうなるか?」を知りたくて実験した人の話を聞いたことがありますが、結果は「気絶した」だけなのだそうです。でも「死んだらどうなる?」実験は、材料が本人でも他人でもやらないほうが賢明だろうし……。
> 理論物理学で説明できないかしら?それとも哲学なのかなぁ……。
うわあー。難しいね。
私は意味がよくわからない頃から、子供に人は死んだらもうひとつ違う世界
があってその人の心のままの世界に行くの。いつも心に描いていることが
きれいであればそのまま、汚くてもそのまま。だから心って魂って大事なのよ。
って言ってきました。考えればそれも解釈の仕様で難しいかも・・・。
星のかけらなんていいなあ。その発想がきれいだなあ。
あさかぜさんはきっとピュアなハートを持っているんだね・・・。
こどもさんも難しいことを聞きたいのではなく、自分の持っている世界のどこか
のお部屋に該当する箇所を見つけたいだけなのではないでしょうか。
それってきっと、あさかぜさんの世界にもあるとおもうんだけど・・・。
わたしの頭脳では理論的、且つ哲学的に説明できません。ごめんね。
でも、母としての経験上、そんな気がします。
子供の疑問に真剣で素敵ですね。こどもにとって今なにをしてやれるか・・・。
と、いつも考えていらっしゃるのですね。よくわかります。
私は今忙しすぎて、子供と語らえないので申し訳ない。夫もどきが始終子供
のように、私独占しようとしていて・・・。おまけに彼の長女もそっくりの性格で、(多分AS)私を独占しようとするので、それに対抗して、誰かが常に私にくっついている状態です。出掛けると、四人の子が私の腕にしがみついて「はあー」
って感じ。外向きの私は子供がいるように見えない。と言われているのに、四人
の子連れじゃむなしい。私が一人なのはトイレとお風呂のなか。さみしいー。
余談でした。ごめんなさい。
なんかあさかぜさんのカキコを読んで感心してしまいました。
がんばろうね。
婚姻届を出す勇気のないASの妻もどきでした。
Maria wrote:
>
> ところが、女のひとなんかでときどき「魄」の濃ゆいひとがいて、「魂」と「魄」が分離しないものだから、魂魄がこの世に留まってしまうことがあるのですね。こういう「魂」と「魄」の結びつきを「妄念」とか「妄執」とか「怨念」といいます。
>
> で、色情霊かなんかになって夜な夜な男を求めて徘徊し、運悪くとり憑かれてしまった男性は精気を抜き取られて痩せ細って死んでしまったりするのだな。
牡丹灯篭の世界ですね。
あたしは、若かりし頃執着を捨てようと決めて、心の中の線を一本切っちゃった。
ところが、その線って太くて大変大事な線だったらしく、大事な仕事モードの部分も入っていて、つまんないミスをしたり、大事なことを忘れたりしてしまいました。魂の部分を多くしたために、仕事にまで、影響してしまいました。やる気の
仕事モードは魄の部分と連動しているとおもいませんか。
おかげで私の魄が不足してしまって、しなきゃしないでよい。という状態です。
若いうちは、そのどっちも濃ゆくして、元気に生きてったほうがいいとおもいます。早くから悟りにはいってもだめですね。
私も宗教を自分なりに勉強したのですが、(私は信徒でした。今は無宗教というか
自然教)理屈はいらないと腹の底から理解したとき、(線を一本切った時でもある)
すべての宗教的お勉強用語と知識が消えてしまいました。ついでに、最初に書いたように、大事な事も消えちゃったんだよねー。
でも、ここぞって時はすごい力がでるの。仕事の時や、お勉強の時にモードを
切り替えています。魄の部分も必要だよね。いろんな意味で・・・。
> だから、女性は生きているうちに「魄」のドロドロを抜いてあげないと、死んだあとに迷ってしまうわけです。
>
> なお、生きているうちに「魄」を抜いてしまうと「昇天」してしまいます(^_^;)。
うーん。多分私の知らない世界。
>
> あたしの中には黒Maria と白Maria がいるらしい。 − Maria −
そのどっちも好きですよ。
こんにちは。
さまざまなレスを、ありがとうございました。(^^)
青りんごさん
子供に教えたことって、何がどう結びついてどうなっていくのか、理解しがたいときがありますね。
でも、自分の勉強不足に気づいたら、子供といっしょに算数も日本語も理科も社会も、1から学びなおすことができるのって幸せかもな〜と思います。(足をひっぱる存在がそばにいなけりゃね……という条件つきですが。ははは)
きょうは学校の送り迎えだけですむらしい、あさかぜでした。
武田さん
きっちりと説明してくださって、ありがとうございました。
「広く浅く」がモットーで、うろ覚えの知識が頭の中でこんがらがっているわたしは、物事を順序良く系統だてて説明することが大の苦手なんです(^^;
感覚としてはわかっているのに、言葉にのせることのむずかしさ……書いていただいたことを何度も音読して、話し言葉として使えるようにがんばります。
Mariaさん
娘の年齢を意識して書いてくださって、ありがとうございます(もしかして、白Mariaさんですか?)
「ひとつの疑問に答えが出るということは、さらにたくさんの疑問を生み出す元になる」ということを娘に教えるはずの自分が、「泣き」ひとつでオロオロしちゃって恥ずかしいです。
夫のいない時間(娘とふたりきりになれる時間)は、とても貴重なので……わたしも混乱をきたすことがあると自覚できたことは良かったかもしれませんが。(わ、日本語が変!)
「魂魄この世にとどまりて〜」は、コワイっすねえ(笑)
生身がこの世にあるうちに、フクシュウの手立てを考えるとしましょう。
ふっふっふっふっふ………の、あさかぜでした。
蛇足:女の恨みは怖いって、本当だよぉ〜ん!!!
>
>>武田好史 さんwrote:
>> 人間は死ぬと、火葬という強制的な手法によって、あるいは土葬・水葬・鳥葬という緩やかな変化によって分解します。そして地球という自然へ帰ります。
>> 人間から生じた有機物は、再び寄り集まって新たな生命の一部となったりしたり、循環します。
青りんごさん wrote:>
>火葬は嫌だな〜。私は生き物の「えさ」になって循環したいな。
火葬の場合。
火葬によって身体を構成している要素は分解されて煙の一部となって
空にのぼり、空気に溶け込む。一部は雨などになって再び地面に戻ってくる。
そんな風に広がって、死んだ人はわたしたちを見守ってくれている。
空は宇宙につながっているから、星になるものもあるかもしれません。
という風に考えています。
身体を焼いた後、骨を砕いて、
どこかに撒いてほしいナー。墓いらないから。
青りんごさん wrote:
>男性で「濃ゆい」人は存在しないのでしょうか?
>居そうな気がするが。
平将門、菅原道真等、いるにはいるんですが、お仕事系が多くて色情系は少ないようです。ただ、上田秋成の『雨月物語』の『青頭巾』は色情系ですね。相手は少年ですが。
あと小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の『菊花の約(ちぎり)』(こちらは友情系)がそうです。「仕事の鬼」ということだと、フレデリック・フォーサイスの初期短編で、『シェパード』があります。これは必読かも。
八雲の作品だと、『お貞の話』『葬られた秘密』『宿世の恋(牡丹灯籠)』『因果話』『和解』『破られた約束』『お亀の話』が女性の色情系、色情系じゃないけど『乳母桜』『鏡と鐘と』、人間じゃないけど『忠五郎の話』『伊藤則資の話』。
やっぱり女性のほうが色慾・色情系は濃ゆい気がします。
− Maria −
bauです。みなさんコメントありがとうございました。
今の時点での理解をまとめてみました。
また、みなさんのコメントの中で、「ここは」と思ったところを引用させてもらっています。
こういうことを念頭に置いていると、「説明」の状況に行き当たったとき、
少しは上手に「説明」できるようになるかなと思いました。
私的な欠点、都合などを公の事情に変換することが説明。
自分の病気や欠点に発生する不手際を「説明」するときは、
主観的なことなので、どうしても「言い訳」と取られやすい。
いかに客観的に「説明」できるか、相手に理解してもらえるかが勝負。
また状態を改善する姿勢や努力が必ず必要。
でも、相手によっては理解されない場合もある。それはしょうがない。
ASなどの障害ゆえんに発生する不手際は、どうすればいいのでしょうね。
あらかじめ(障害の話はせずに)、こういうことが苦手なので違うところで努力しますと断っておくぐらいしか、自衛策は思いつきませんが…。
さくらかのえさんwrote:
> 「いいわけ」になるかどうかは、言ってることの内容が正しいかではなく、
> 「相手の求めていることに添っているか」が判断基準になるのが、
> 何事も、第三者的に「説明」しがちなタイプの人には、難しいところ。
Mr.Motoさんwrote:
> 本来は相手の行為が不当であると感じられたときに「言い訳」になって、そういう「正当か不当か」といった評価を抜きにしたニュートラルなものが「説明」であるわけで、そうなると人間「言い訳」を「説明」として聞いたり、「言い訳」のつもりで聞いてたら結果的に「説明」になったという場合だってままあるわけだ。
> で、Xanadiiちゃんが言うとるのはつまるところ「説明」を「説明」として相手に受け入れさせるテクニックのことだと思うのだ。
Xanadiiさんwrote:
> ころあいを見計らって、きちんと説明できさえすれば、相手も腹の居所を直すかも知れないという、タイミングを読み取ることができるかどうか。
> ましてAs、これができなくて損してる人間が、多いんじゃなかろうか。
くるとさんwrote:
> ただし、ひとつだけ指摘しておきたいことがあ
> ります。まず「いいわけ」ができるようにならな
> ければ、「説明」というより高い次元に到達する
> ことは困難だということです。
大槻いつきさんwrote:
> 言い方を変えれば、「相手に迷惑をかけている」ことを意識し、
> 「どうすればお互いに納得のいく結論がえられるか」考えていれば説明。
Mariaさんwrote:
> 「公(おおやけ)」のものが「事情」や「説明」で、
> 「私(わたくし)」のものが「都合」や「言い訳」。
>武田好史 wrote:
>>
> 人間も含めて生物は、たいていアミノ酸・核酸・脂肪酸・水・リン酸などのかたまりです。
> これらの分子を作っている元素のうち、炭素・酸素・燐・窒素という比較的重いものは、太陽よりも質量が大きい恒星が、その短い一生(恒星は質量が大きいほど、寿命が短い)の最期に起こした大爆発のときにでき、宇宙へ飛び散っていった、文字どおりの「星のかけらです」。
なんだか「全宇宙」を味方につけたような「気」がしてきますね。
「勇気」が湧いてきますよ。
> 人間は死ぬと、火葬という強制的な手法によって、あるいは土葬・水葬・鳥葬という緩やかな変化によって分解します。そして地球という自然へ帰ります。
> 人間から生じた有機物は、再び寄り集まって新たな生命の一部となったりしたり、循環します。
火葬は嫌だな〜。私は生き物の「えさ」になって循環したいな。
> もしかするとこのガスの雲は、私たちの先輩の宇宙人のなれの果てかもしれません。
「狭い」世間で「ちまちま」考えてる自分が馬鹿馬鹿しくなるな〜。
「気合い」を入れて今日から頑張ろうっと・・。青りんご
Maria wrote:
>
> ところが、女のひとなんかでときどき「魄」の濃ゆいひとがいて、「魂」と「魄」が分離しないものだから、魂魄がこの世に留まってしまうことがあるのですね。こういう「魂」と「魄」の結びつきを「妄念」とか「妄執」とか「怨念」といいます。
男性で「濃ゆい」人は存在しないのでしょうか?
居そうな気がするが。
> で、色情霊かなんかになって夜な夜な男を求めて徘徊し、運悪くとり憑かれてしまった男性は精気を抜き取られて痩せ細って死んでしまったりするのだな。
じゃあ、嫌な男には死んでから復讐可能ということかね?
著名な幽霊って「女」が多いしね。「生霊」も女が多いのかしら?
>
> だから、女性は生きているうちに「魄」のドロドロを抜いてあげないと、死んだあとに迷ってしまうわけです。
「生きてる間」も迷ってるのに、死後まで迷いたくなーい!(笑)
疲れるー!
>
> なお、生きているうちに「魄」を抜いてしまうと「昇天」してしまいます(^_^;)。
そうゆう事だったのね〜。(笑)
今後の参考にさせていただきますわ〜。
>
> あたしの中には黒Maria と白Maria がいるらしい。 − Maria −
ちょっと焦ってしまう 青りんご
武田好史 wrote:
>あさかぜ wrote:
>> こんばんは。
>>皆さんのお知恵を借りたくて来ました。
>>
>> 「人は死んだらどうなる?」に対して「星のかけらになるんだよ」という答えを娘にあたえた話をしました。で……。
>> 「本当に星のかけらになるの?ほんとうかどうか知りたい。たしかめてみたい」と言って泣かれてしまいました。「実験はできないよ。自分が死んでしまったら、本当に星のかけらになるかどうかを確かめることはできない」と言ってはみたのですが……これって次のステップに進みたいというサインなのでしょうか?
>>
>> 理論物理学で説明できないかしら?それとも哲学なのかなぁ……。
>
人間も含めて生物は、たいていアミノ酸・核酸・脂肪酸・水・リン酸などのかたまりです。
これらの分子を作っている元素のうち、炭素・酸素・燐・窒素という比較的重いものは、太陽よりも質量が大きい恒星が、その短い一生(恒星は質量が大きいほど、寿命が短い)の最期に起こした大爆発のときにでき、宇宙へ飛び散っていった、文字どおりの「星のかけらです」。
また、水を作っている水素は、全ての元素の素で、他の元素は星の中で、水素から核融合によってできたものであり、現在地球を照らしている太陽は4つの水素が融合して一つのヘリウムを作るときにでるエネルギーで輝いています。
人間は死ぬと、火葬という強制的な手法によって、あるいは土葬・水葬・鳥葬という緩やかな変化によって分解します。そして地球という自然へ帰ります。
人間から生じた有機物は、再び寄り集まって新たな生命の一部となったりしたり、循環します。
けれども、先ほどお話した太陽の核融合が進んでいくと、太陽は次第に膨らんでいき、数十億年後には、地球は有機物が安定に存在できる温度以上の高温にさらされ、生命は焼き尽くされます。
そして、50〜60億年後地球は、太陽に飲み込まれ蒸発してしまいます。さらにその太陽も爆発して、ガスを宇宙へばらまいて死にます。このとき私たちは本当に「星のかけら」になります!
ハップル望遠鏡は、銀河系のいたるところに、「惑星状星雲」という星が爆発のときに吐き出した美しいガスの雲を見つけています。
もしかするとこのガスの雲は、私たちの先輩の宇宙人のなれの果てかもしれません。
たあさん、皆さん はじめまして。
たあさん wrote:
>理科の教育の問題は、教科書内容だけではなく、実験器材の不足もあると思います。
教員の指導力の問題もあります。
安全対策上、1名で40人前後の生徒に目配りするのは大変です。
わざと「器材不足」の状態にしている可能性大です。
そして、「安全な実験」でもちっとも面白くない・高価・高度では
採用されないでしょう。
>学校での理科の実験では、5人に1セットの実験道具しか渡されません。私のような、人と協調して作業を進めるのが苦手な人間には、満足な教育環境ではありませんでした。
グループ作業では、「全員を巻き込む」能力も評価されるべきですね。
大学なら受け入れられなかった他のメンバーの評価も一律に下がるのですが・・・
>「テストの点がよくても、実験に積極的でない人には良い成績はあげられないよ。」と、理科の先生によく言われました。成績の問題よりも、実験に興味があっても、参加できない自分が情けなくて、実験の授業は憂鬱でした。
>もし1人に1セットの器材があれば、もっと理科に興味が持てたと思います。
その教員は、何を学んできたのでしょうね。
やはり私塾しかないのでしょうか、理想の教育(オーダーメイド)目指して。
わたしも似たような感じです。
「違うのかな?」と思うときと「そうに違いない」と思うときがあります。
古い話で恐縮ですけど、
KILROY wrote in 「Res:スリッパ」(No.3332、Sat, 10 Mar)
> JRお茶の水駅に沿った通りにスリッパ専門店(名前は忘れたけど)があって、
>そこのスリッパを長年愛用しております。
というのがありました。
このスリッパ専門店というのは、
お茶の水 黒岩スリッパ店
東京都千代田区神田駿河台2-6(丸善の向かい)
(03)3291-9618
営業時間 平日・土曜 11:00 - 18:00
定休日 日曜・祭日
8/10 から 8/20 まで/12/30 から 1/5 まで
です。現在はほぼ夏物のみ。夏には冬物が出るそうです。
なお、KILROYさんが愛用しているのはフェルト底のやつです。すべりやすい(特に台所みたいな油ハネのあるつるっとした床の上では)ので気をつけてください。だけど歩いててうるさい音がしないし、床の感触がしっかり伝わってくるのでよいです。
− Maria −
青りんごさんwrote:
>我が家では「身体は土にかえり、魂はあの世にいくらしい。」
>と教えてます。(誤魔化してるのか?)
ちょっと大人向きの解説。
人間には「意」をつかさどる「魂」と「情」をつかさどる「魄」というのがあって、死ぬとそれが分離して身体を離れ、「魂」は天に昇り、「魄」は地に下るといいます。
ところが、女のひとなんかでときどき「魄」の濃ゆいひとがいて、「魂」と「魄」が分離しないものだから、魂魄がこの世に留まってしまうことがあるのですね。こういう「魂」と「魄」の結びつきを「妄念」とか「妄執」とか「怨念」といいます。
で、色情霊かなんかになって夜な夜な男を求めて徘徊し、運悪くとり憑かれてしまった男性は精気を抜き取られて痩せ細って死んでしまったりするのだな。
だから、女性は生きているうちに「魄」のドロドロを抜いてあげないと、死んだあとに迷ってしまうわけです。
なお、生きているうちに「魄」を抜いてしまうと「昇天」してしまいます(^_^;)。
あたしの中には黒Maria と白Maria がいるらしい。 − Maria −
あさかぜさん wrote:
>「本当に星のかけらになるの?ほんとうかどうか知りたい。たしかめてみたい」
>と言って泣かれてしまいました。
>なにかお知恵を貸していただけるとうれしいのですが。よろしくお願いします。
目をつぶって、大きく深呼吸してごらん。
それから、顔にさわったり、手を握ったり、胸に手を当ててみたりしてごらん。
そこに自分の身体があるのが分かるでしょう?
息をしたり、感じたり、考えたり、心臓が動いて血が通ったりしている身体がそこにあるのがわかるでしょう?
「星のかけらになる」ということは、キミが宇宙になるっていうことなんだよ。
キミの身体が宇宙のすべてになって、そこに宇宙がある、っていうことがわかるようになる、っていうことなんだ。
だから、これからキミはいろんなものを見たり、聞いたり、感じたりしなきゃいけない。
食べ物の味や、水の冷たさ。潮風の中の海の匂い。空から降ってくる星のきらめき。
そういったものを身体でひとつひとつ確かめていってごらん。
走ったり、泳いだり、草の匂いや虫の姿、山や雲の形、そういうものを感じてごらん。
そのうちにわかる時がくる。キミと宇宙がひとつながりの存在だということが。
キミは宇宙の一部だ。そして、キミの中にも宇宙がある。
キミは「自分」と「宇宙」の間の境い目のようなものだ。
だから、その境い目を完全になくしてしまうことはできない。
そうすると、宇宙と自分の区別がつかなくなっちゃうからだ。
だけど、その「境い目」をできるだけ薄くすることはできる。
それは、ものごとをありのままに見て、ありのままに感じること。
それは人間にはとても難しいことだ。
「へんけん」とか「めいしん」とか「おもいこみ」とかいった、いろんなものがあって、人間がものごとをありのままに感じることを邪魔している。
ゆっくりと勉強してごらん。
キミにはまだいっぱい時間があるのだから。
− Maria −
あさかぜ wrote:
> こんばんは。
>皆さんのお知恵を借りたくて来ました。
>
> 「人は死んだらどうなる?」に対して「星のかけらになるんだよ」という答えを娘にあたえた話をしました。で……。
我が家では「身体は土にかえり、魂はあの世にいくらしい。」
と教えてます。(誤魔化してるのか?)
(近所の公園には、飼ってた金魚やハムスターも眠っていることだし・・)
じゃあ「魂」とか「あの世」ってどんなもの??
と聞くので「生きてる人は知らないらしい。おかあさんも生きてるから知らない。」と答えています。
「知りたい」というので「放っておいても人間はいつか死ぬ。ただ滅多に死なないようだから、それまで待つしか手は無いのね。」と教えてます。
(やっぱり誤魔化しだな。)
「星のかけら説」も素敵ですね〜。
東京だと「きれいな星空」を眺める機会が無いですね。残念だな〜。
(私は子供の頃、星をぼーっと眺めているのが大好きでしたが)
> 理論物理学で説明できないかしら?それとも哲学なのかなぁ……。
青りんごには絶対に無理(笑)なので、
博学な皆さんのご意見を私もお待ちしています(笑)
これだけ休みが続くと、「お仕事モード」に切り替えるのが大変かも。
明日はしばらくろくに口も利けないだろう。
でも、やっと休みが終わった〜!ってほっとしてる面もあります。
私だけかも知れないけど、休みの日というと、自分のやるべき事、やりたいこと、気分、とかと相談して、一日の段取りを考えながら暮らさなくてはならないので、結構疲れるんです。家族と住んでいるので、家族とも合わせないといけないし・・・。
仕事も緊張して疲れるけど、今の仕事は、ほぼルーティンワークで、お客さまと会うこともないので結構気楽。仕事の時は、自分で段取りしなくても休み時間とか退社時間とかチャイムが鳴ってくれるし。
仕事モードの時って、家の自分とは別人で「若くて可愛い女の子(自称)」を演じている自分がいて、それが楽しいのです。
家にいるときは服もほとんど着たきり、親になにか言われるとだるそうに対応している、反抗期20年目?みたいな子供の私なのに。
きっと、家でのストレスは外で、外でのストレスは家で、うまく捨てていって、それでバランスがとれているのでしょう。
なんだかんだ言っても、私は外の世界は好きですよ。
変に思われたらどうしよう・・・とかビクビク暮らしていても、なんとか周りの人と一緒にやっていきたいと思っている。そんな「ビクビク」も、慣れればゲーム感覚?「当たったー」とか「外したー」とか思いながら、時に大汗かきながら、楽しくやっています(単に感覚がマヒしてるだけかも?)。
私って自分ではちっとも「普通」だなんて思ったことはないのだけど、ひょっとしたらここでいう「普通の人」なんだろうか?よくわからない。対人恐怖ぎみで気の利かないだけの人かもしれない。世間話もできないわけじゃないしね。
でも最初に「アスペルガー症候群」の名前をきいて、いろいろ掲示板とか見た日に、知り合い何人かには、「なんだか私に似た人がいっぱいいるよ」って報告してました。私の苦手分野はASの人たちの苦手分野と同じみたいだし、「似た人」ということで、ここにいるのはいいんですよね?
あさかぜ wrote:
>
> 「まんま夢見る子供」の青りんごさんて、きっと多くの人に愛されているんだろうな〜って気がします。おうちのなかで「まんま」でいられるなら、うらやましいですよ。わたしは、ひとりにならないと自分に戻るのはむずかしいです。無意識に「自動運転、スイッチオン!」になってしまっているので、たくさんの借りの姿を統合することもできなくて、あとになって自身を検証できた場合にのみ「きょうはわりと自分らしかったかも」とか考えることができます。
>
あさかぜさん、こんにちは。
どうも娘達からは愛されているらしいです。
一日中、二人に付きまとわれてヘトヘトになりますね。
でも「嫌いだ!!」と感じている人も確実にいるでしょう(笑)
そうゆう方々は「自分とは相性が悪いのだ。」と勝手に判断しています。
自宅で「まんま」で生活していると、外に出るのが億劫になります。
最近、年齢のせいか「仮の姿」のメッキがはがれて
時々「痛い目」に遭ったりしています。(笑)
そんな時は、家に逃げ帰って「時間薬」で快復させてます。
(一晩、眠ればなんでも忘れる性格らしい・・。
大事な事も全部、忘れて困りモノ。)
道順とか行事予定とか何でも憶えている娘に「あれはいつだったっけ?」
とか「どっちの道だったけ?」と聞いてばかりいます。(便利な娘だ〜。)
きっと早くに「ぼけ」るに違いないです(笑)(もうボケてるって。)
明日から学校ですね。気合いれなきゃね〜。青りんごでした。
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