アスペルガーの館の掲示板(旧)
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新しいアスペルガーの館の掲示板
ノバラさん wrote:
> 音楽の教科書でいつからかは忘れましたが、『さくらさくら』『蛍の光』
>その他 わたしが小学生の頃親しんだ(その頃は特に感慨はもっていなかっ
>たけど)美しい唄が、かなりの数削られて現在はやっている歌謡曲が音楽の
>教科書に載るようになるそうです。『さくらさくら』なんて外国の日本料理
>屋さんに入ればかかっいるようなメジャーな曲で、これから新しい教科書で
>音楽を習っていく子供達が 外国ではじめて『さくらさくら』を知っていく
>ようなことになったらなんか悲しい。
音楽の授業でなぜ軍歌を教えてはいけないのだろうか、と、ふと考えた。
『雪の進軍』
雪の進軍 氷を踏んで どれが川やら道さえ知れず
馬は弊れる 捨ててもおけず ここは何処(いずく)ぞ 皆敵の国
ままよ大胆 一服喫れば 頼み少なや 煙草が二本
焼かぬ干物に 半煮え飯に なまじ命のあるその内は
堪(こら)えきれない寒さの焚火 煙いはずだよ 生木がいぶる
(以下略)
……戦争って厭だなぁ。しみじみそう思います。
ジョーン・バエズの『花はどこへ行った』や、ブルース・スプリングスティーンの“War !”よりよっぽど反戦的だと思うんだけど。
戦後、GHQが「あの勇猛果敢な日本兵が歌ってた軍歌というのは、さぞかし勇壮な歌詞なのだろう」と思って翻訳させてみたら、「これって反戦歌じゃないの?」みたいな歌詞ばっかりだったので混乱した、とかいう話もあるし。
『戦友』とか『麦と兵隊』とか、暗いぞぉ? 暗いと言われるイギリスの『ティッペラリー』より、まだ暗い。
「日本人は決して好戦的な民族ではない」というのをアピールするためにも、こういう曲って知っておいたほうがいいんじゃないかと思う。
だいいち、世界中の軍楽隊が「マーチの名曲」として好んでレパートリーに入れている『軍艦』だって、決して好戦的な曲じゃないぞ。
『軍艦』
守るも攻めるも鋼鉄(くろがね)の 浮かべる城ぞ頼みなる
浮かべるその城 日本(ひのもと)の 御国の四方(よも)を守るなり
真鉄(まがね)のその城 日本に 仇なす敵を 攻めよかし
……まあ、「専守防衛」「集団的自衛権は、これを認めない」「抑止力としての戦力は『脅威』とみなし、これを認めない」みたいな立場からいうと、確かに議論の余地はあるし、「近隣諸国の政治的感情に配慮する」みたいな話になると問題もあるかなー、とは思うんだけど、世界中の人が知ってる曲を日本人が知らないっていうのもどうかと思う。
もっとも、これを学校で教えるかどうかはまた別の話だ、とかいった意見もあるでしょうけどね。
(Maria)
ミッドランドさん wrote:
>「開いた扉」→人生のラクな道
>「閉じた扉」→同じくツライ道、と解釈できます。
シャルル・ペローの『小さな赤ずきん』の元になったといわれるフランスの民話では、十字の辻にさしかかった少女に、人狼が
「お前は茨の道を行くのか? それとも小石の道を行くのか?」(どっちも痛い)
と、質問(警告)する場面があります。
けっこう人生ってこんなもんかもしれない。
そういえば、
「人の往く裏に道あり花の山」
「踏み登る麓の道は違えども 同じ高嶺の月を見るかな」
なんていう句もあります。
自分に向いてる道が、いちばん楽な道なんじゃないでしょうか。自分が好きでやってることを、苦労とか努力とか言わないし。
蛇の道は蛇 Maria
あ、読んだことがおありなのですね。>きかんしゃやえもん
読んだのは大きくても小学校低学年のころの話ですが、いじめられたり、
親からも理解されない自分と見事に重なって、涙なしには読めない物語でした。
kana wrote:
>子供を殺してしまうかもしれません
>病院に措置入院および長期入院するには
>どうすればいいですか?
>教えてください
>
>お金が無くて病院に通うことが出来ないのです
どうしたの。だいじょうぶ?
区や市の相談窓口に行って、現状を訴えて。いろいろ言うより、殺してしまいたくなる事を訴えて。相談にすぐ応じてくれるから。
苦しみを抱えないで、吐き出すのよ。大丈夫。あなたを守ってくれる人が
必ずいるから。心配しないで。
お金の事も、相談にいってから何とかしてもらえるし、大丈夫。
あなたのこと、心から心配しています。
Xanadiiさん wrote:
> 今の私に決定的に欠けている「感情」があったとしたら、それは「感謝の気持ち」なのかもしれない。最近、自分の家族から言われたことで、もっともショッキングだったのは、「お前は今まで、親がお前にやってあげたことに対して、ただの一度でも感謝したことって、ある?!」と、母親にきびしくなじられたことだ。返す言葉がなかった。確かに、考えてみれば、親に対して「生んでくれてありがとう」という感情を持ったことは、今までの人生、いちどもなかった(そういう感情を、私という人間が、持ってさえいれば、おのずと態度に出て、相手に伝わっているはず!)。
私もよく親に言われます。何だか私の思っていることがまんま言われちゃってるので、付け足すことは何もないんですけど。
「ありがとう」と「ごめんなさい」は難しいですね。そう言うべき場面で言葉が思いつかなかったりは、よくあると思います。
それと、私は何かしてもらったとき、「ありがとう」ではちゃんと感謝しきれてない感じがしてしまう。謝罪の「ごめんなさい」も同じ。気持ちが伴ってなくて、形式的にやってるからかもしれない。
私も欲しがらない子でした。何かをねだったことは一度もない。親に迷惑をかけない子供よりも、迷惑をかけた上でちゃんと感謝できる子のほうが親は可愛いんだろうな〜と今では思う。でも昔はそんなこと知らないしさー、まあどっちみち気に入られるために計算するよりは、無愛想なほうがまだ正直でいいんだろうけど。
Xanadiiさんの投稿を読んで(ドラマの例)、そうか〜ここで感謝すればいいのか〜とまじで勉強させてもらった。
感謝ってなんだろう。そもそもそれは「嬉しい」「悲しい」みたいに「感情」として成り立っているものなのか?それとも例えば「愛」みたいに純粋に感情とは呼べない、観念的なものなのか?
人に何かしてもらうと、ちゃんと反応しなきゃ、って緊張してしまってました。
でも自分が何かする場合に、人のために「してあげている」なんて思わないし、そんなに感謝されたいとも思わない。たまたまやったことが人に役に立ったというだけだから。と思えば、感謝の気持ちなんてのは人に要求するものではないのかも。
例のごとく、とりとめのないレスになってしまった。すみません…。
男性二人組デュオ、コブクロの歌「轍」に次のようなくだりがあります。
♪開いた扉 通り抜けても
それじゃ強く なれやしないよ
閉じた扉 たたきこわして
行こう君の 未来のほうへ
「開いた扉」→人生のラクな道
「閉じた扉」→同じくツライ道、と解釈できます。
ここで僕は思いました。ASの人の場合、必然的に「閉じた扉」にぶつかることが多くなってしまうのではないか、と。
要領のいい人なら、「開いた扉」ばかりを見つけて抜け続けていくのでしょう。しかし、「要領のよさ」に欠けるASの人の場合は、それを見つけることすら困難です。「いわゆる普通の人」よりも「閉じた扉」が多くもあります。
したがって、歩けば「閉じた扉」にぶつかる、といった状態となります。
また考えました。ならば僕は、いったい今までどれだけの「閉じた扉」をこわしていけただろうか、と。
とりあえず「仕事を持つ」「自分の意見を表に出す」の扉はこわせました。
目下ぶつかっている扉は「仲間と協調しあう」「友人関係を大事にする」「人の目を見て話す」「広い見識をもつ」……まだまだあるようです。
「轍」の歌自体はよいと感じるのですが、「閉じた扉」をこわして果たして自分は強くなれたのか? と思ってしまいます。「閉じた扉」が多ければ多いほど、それだけ強くなれる、ということになるのですが。(拡大解釈ですか?)
「たたきこわすチカラ」は少しずつ増しているかもしれません。
同じくコブクロの「Yell〜エール〜」もいい歌だと思う ミッドランド
みなさんこんばんは。
日本では、精神を病んでいる人のケアがあまり進んでいないようです。
未だに、偏見が根強いせいか、退院できるように回復しても、家族が引き取りにこず、病院での生活を余儀なくされている人がいます。
また、引きこもりや分裂病の回復期の人などの支援も、模索していかなくてはならないでしょう。
そこでみなさんに質問です。
精神障害者のケアについて、あなたが日頃感じている、「ここはこうすべきだ!」という、不満なところはどんなことですか?
こんばんは、ノバラと申します。
武田好史 wrote:
> あなたが思うところ、今の日本の中で一番大切にしなければならないと、感じているものは何ですか?
日本の伝統芸能や文化を守る。保守的になるのでなく、新しい時代もきちんとみ
すえて取り入れる。
日本は建物が日本風、西洋風、ビルなど外観がまとまりがない。
なぜ?
音楽の教科書でいつからかは忘れましたが、『さくらさくら』『蛍の光』その他 わたしが小学生の頃親しんだ(その頃は特に感慨はもっていなかったけど)美し い唄が、かなりの数削られて現在はやっている歌謡曲が音楽の教科書に載るよう になるそうです。『さくらさくら』なんて外国の日本料理屋さんに入ればかかっ いるようなメジャーな曲で、これから新しい教科書で音楽を習っていく子供達が 外国ではじめて『さくらさくら』を知っていくようなことになったらなんか悲し い。音楽の授業でユーロビート(好きな方いたらごめんさい)が流れていたら嫌 です。
伝統芸能を習ったことがありますが、基本的には世襲制なのですが後継者問題な ど結構深刻でした。マイノリティーなものは厳しいです。
あと、これからの福祉。介護問題。精神障害者への福祉のありかた。
これから社会の老人介護問題がもっと増えていくのは目にみえてますが、伝統芸
能を習ったとき、舞いをする時、面(おもて)をつけるのですが其の中で翁(お
きな)つまりお爺さんのお面が一番格が高いんです。ということは昔は長く生き て知恵のある人という意味で大切にされていたんじゃないかと思うんです。
これからの福祉が弱者を切り捨てるようなものになれば、日本は向かう方向を
間違えてしまったということになります。
弱者を切り捨てる国なんて嫌だ。
わたしは勉強不足なのですが、精神障害者の福祉は外国って進んでいるのでし
ょうか?やはりその精神障害の幅広い認知が第一だと思うのですが、外国はどう
なっているのでしょう。
kana wrote:
>子供を殺してしまうかもしれません
>病院に措置入院および長期入院するには
>どうすればいいですか?
>教えてください
>
>お金が無くて病院に通うことが出来ないのです
もしも、もしも、お子さんを殺したいと思ったら、お子さんから距離を置いてみてください。泣いていても暴れていても、最低ドア1枚隔てて、まず御自分を落ち着かせてください。
自分の子だからいつでも可愛いわけではありません。ぐずっている子なんて厄介なだけです。
御自分が落ち着いてから、お子さんを抱っこしてください。自分が落着かないとお子さんも落ち着きません。
子どもに聞き分けを期待しても無駄です。子どもの価値観と親の価値観は違います。
Kanaさんのまわりに同じくらいの年頃のお子さんを持った人がいれば、ちょっと愚痴ってみては?その人も同じような悩みを持っているかもしれませんよ。
「親」を完璧に出来る親などいません。「子」を完璧に出来る子もいません。
もし、お子さんを預かってくれる人がいるのであれば、一晩でも頼んでみては?
(かおり)
kana wrote:
>子供を殺してしまうかもしれません
>病院に措置入院および長期入院するには
>どうすればいいですか?
>教えてください
>
>お金が無くて病院に通うことが出来ないのです
次の機関へ連絡をしてみて下さい!
保健所・社会福祉協議会・児童福祉課
また精神科に通院する場合、保健所・医療機関で「精神障害者通院医療費公費負担(32条)の適用をお願いします。」というと、それにかかる医療費が0.5割の負担で済むようになります。
那嵬さん wrote:
> 職場から言われていることは多分世間一般的に言われている人の心と言
> うものらしいですが、これが理解しづらいです。
> これはどう対処すれば良いかと思いますでしょうか? >みなさま
「心理学の基本的テーゼ」というものがある。
それは、「人間は自分の心が理解できていない」ということだ。
人間の精神は、「原初ナルチシズム」という「完全なる自己存在」の状態から、「挫折すること」で精神(自我)を形作ってゆくと考えられている。
その過程で、自我に不都合なものを「抑圧」によって意識の外に追い出し、そこから浮かびあがってくる不都合なものを「投射」や「合理化」によって排除し、それも駄目となると「原初ナルチシズム」の世界に逃げこもうとする「対抗」を起こす。
そんなわけで、人間は時として自分自身にも理解できない理不尽な行動を取ることがある。で、多くの「普通の人間」は、それを「人間として自然なこと」と考えている。
「理屈じゃないんだ」「それが人間というものなんだ」「あんたは人の気持ちがわかってないんだ」みたいな物言いは、それが「論理によっては説明不能であること」を如実に示している。もちろん「心理学による説明」というものがちゃんと存在するのだが、その説明はほとんどの場合、本人にとってはあまりにもムゴい(だからこそ意識から追い払おうとするのだから)ので、そういった説明を突きつけられると大抵のひとは「投射」「合理化」「退行」といった感情的な反発をすることになる。
そんなわけで、
「君は人の心がわからない」
というのは、
「君は『人間は自分の心を理解できていないことを理解できていないこと』を理解できていない」
を(論理的には)意味しているのである。
とりあえず原因については明らかにした。あとは心理学を勉強してほしい。対策に関しては自己責任において考えること。
私は「突然サイコセラピストに変身する」という方法で対処した。
「あなたは自分の抱えている問題を、私に投射することで現実から目を背けているのだ!」
「で、でたらめだ!」
「あなたはなぜ私がでたらめなことを言っていると思うのですか?」
「いいかげんにしろ! 貴様は自分が何様だと思っているんだ!」
「そんな汚い言葉を使わないでください」
この調子である。
なお、こうした会話をオンラインで自動的に行なう“DOCTOR”というプログラムがすでに一九七〇年代には開発されていて、人工知能の教科書には大抵載っている。この技術と音声認識技術を組みあわせたのが、セガから出ている「シーマン」というゲームソフトである。
「続けて下さい。(Please go on.)」
「そのような汚い言葉を使わないでください。(Please do not say such darty word.)」
というのがしばしば用いられるパターン。
これ以外にも、「父」「母」とかいった家族を指す言葉が出てきたときは、
「あなたのお父さんについてもっと詳しく話してください。」
と応答し、「私の××」といった言葉が出てきたら、
「あなたの××。」
と相槌を打つ、とかいったパターンなどがある。
こういったパターンを身につけると、相手の言っていることの内容についてまったく考えることなく会話を続けることができるようになる。
「貴様はオレをバカにしているのかぁ!」
「あなたはなぜ私があなたを馬鹿にしていると考えるのですか?」
ここらへんで相手は精神的にヘトヘトになっているはずである。会社をクビにされてもいいのなら試してみてもいいかも。
(KILROY)
今の私に決定的に欠けている「感情」があったとしたら、それは「感謝の気持ち」なのかもしれない。最近、自分の家族から言われたことで、もっともショッキングだったのは、「お前は今まで、親がお前にやってあげたことに対して、ただの一度でも感謝したことって、ある?!」と、母親にきびしくなじられたことだ。返す言葉がなかった。確かに、考えてみれば、親に対して「生んでくれてありがとう」という感情を持ったことは、今までの人生、いちどもなかった(そういう感情を、私という人間が、持ってさえいれば、おのずと態度に出て、相手に伝わっているはず!)。
いっさいの情を抜きにした返事を返すとすれば、「それはお父さん、お母さんが、私が本当に欲していることを、察してくれず、してくれたことがないんだから、感謝の情など持ちようがない」なんだけど、そんなことそのまま親に言ったりしたら、年老いたふたりとも精神が崩壊しちまうよね。そもそも本当に何をしてほしいのかきちんと伝えなければ、相手にだって分かりようがないんだから、お互い様ではあるのだけれど...。
悲しいことだけれど、今の私のどこにも、親に対して「ありがとう」と伝える感情も、意欲も湧いてはこない(あくまでも「今の」ではあるけれど。そりゃ私だって、親が死ぬまでには、感謝の情が持てるようにはなりたいんだけれどね...)。いっそのこと、はっきりそう、両親に言っておいたほうがいいんだろうかな?
感謝っていうのはなんだろう?親が私に何か期待しているっていうのはわかる。ていうか最近やっと気がついて、気にするようになった。私が喜んだり、「あ、これいいな!これ欲しい!」と、ふだん要望や欲望を表に出そうとしない、両親から見て「欲しがらない」子が、めずらしく興奮した様子を見せたりすると、一生懸命それを叶えてくれて...というドラマがあったとする(わかるよね?若しわからない方がおられたら、この先の文章も分からないかも知れない)。ふつうだったら、非自閉の子供だったら、その時点で、「わあっ、嬉しい!お母さん、ありがとう!」続いて「私、一生懸命、勉強するね!」(げえ〜っと思った方、許して。他にいいセリフが浮かばなかったもので...)なり何なり、何らかのリアクションが展開するはずが、私のような人間の場合、願望が叶った時点で、一人きりで満足してしまい、その願望を満たしてくれた相手に対して、「あなたのおかげです」とか、「あなたがしてくれたこと(呉れた物)のここに私は満足しています」という意思表示をしなくてはならないという発想も何もなかったりする。そうだったのか。上記の母親の発言は、ずっと長いことそれを不審に思い、不満を募らせた挙げ句のことだったのか...。
そこまでは私にも分かった。人間同士の相互作用というのは、そういうふうにできているってことが。でもそこで立ち往生してしまっている。30代にもなって情けないんだけど、分からないのよ。「相手の気持ちに応える」ってことがさ。私の中では、「ありがとう」=「自分だけ嬉しい」、「ごめんなさい」=「何かまずいなーという後ろめたさ」というふうに、常に読み替えられてしまい、発展がない。
(まったく、ダレなんだ?「人間というのは、「ありがとう」の一言でも、じゅうぶん気持ちは通じる」なんて言ったのは!)
極端な話、私は「あいさつをしなさい」「ありがとうと言いなさい」「あやまりなさい」と、いちいち言われないと分からない人間なのだ。しかもかりに言えたとしても、気持ちが伴っていない、タイミングも唐突ででたらめ、やり方もてんで成っていない...なんでこんな大人になっちゃったんだろうな?戦後教育のせい?親の躾け方のせい?それとも自閉症の脳のせいなの?
わあ。長文になってしまいましたね。まあいいか、読みたくない人は読まなければいいんだしな。ほんと書き込むのは久しぶりで(関係ないけどブランク中の書込みは、フォローしていません)...。えっとそれでも私のバカな文章を誉めてくださったmakichan様、マザー様、MOTO様、感謝しております。この場合、こういう「感謝」の重みっていうのはどうなんだろうな?館の掲示板の場合、「あなたの書込みに共感しました!」という反響があって、「共感してくれてありがとう!あなた、好き!」「私もよ!」(別に揶揄的に書いているんじゃないわよ)というレスポンスがあってはじめて、おのおの参加者同士が関係を深め合ったり...というドラマがあったりするのかしら。
「あなたの心がほしくて仕方ない」
私にとっては重過ぎる
私はそれらに応える能力を持たない
私が持っていないものを、奪うことはできない―
kana wrote:
>子供を殺してしまうかもしれません
>病院に措置入院および長期入院するには
>どうすればいいですか?
>教えてください
>お金が無くて病院に通うことが出来ないのです
こんにちは、Kanaさん。お金が無いってどうしてなのですか?
ご病気とか、いろいろ原因はあるんですよね?
極端な話、一時的にでも生活保護等の相談を区役所等に真剣に行かれましたか?
また、母子かけ込み寺も最近は増えていると思います。
そのままにじっとしてても事態は好転しないとは分かってらっしゃるのでしょう?
とにかく電話するなり、公的機関に行くなりされた方が良いと思いますけど...。
子供を殺してしまうかもしれません
病院に措置入院および長期入院するには
どうすればいいですか?
教えてください
お金が無くて病院に通うことが出来ないのです
那嵬 wrote:
> いきなりこのような話題を持ち出してすみません。
こんにちは。HN,何と御読みすれば良いのでしょうか?
今度教えてください。
>現在職場でトラブルを抱えており、そして今"人の心とはなんぞや?"
> という問題に悩んでいます。
> と言う事がわかりました。最近職場で以下のことを良く言われます。
> "人から誉められたら(派手に)喜ばなければならない"
> "人から託されたら絶対に進んで受けなければならない"
> 僕はどう考えても精神論にしか聞こえず、そう主張すると
> "君は社会経験が乏しいからそう思うんだ"
> としか言われません。論理的な整合面がおかしいと指摘しても聞いては
> くれません。
書籍「ガイドブックアスペルガー症候群」に、人の表情を読み取る、または
自分がそれを模倣して、自分の感情を人に表すのに助かる図表があります。
そういうちゃんとした本を参考にして、練習したらどうでしょう?
落ち込んで、変な自己開発セミナーなんか行ったらだめですよ。
> 職場から言われていることは多分世間一般的に言われている人の心と言
> うものらしいですが、これが理解しづらいです。
> これはどう対処すれば良いかと思いますでしょうか?
これは、私は、ひたすら練習するしかないと思います。
そうしないと、人から誤解される機会が増えたりして、良くない結果になること
もままあると思いますので。
那嵬さんは、ここにこられて良かったと思いますよ。
他の人も温かいアドバイスをカキコされると思います。
一つづつ、ご自分の疑問を解かれていくことが良いと思います。
焦らないでくださいね。
こんにちは。那嵬さん。
那嵬 wrote:
> 最近職場で以下のことを良く言われます。
> "人から誉められたら(派手に)喜ばなければならない"
> "人から託されたら絶対に進んで受けなければならない"
> 僕はどう考えても精神論にしか聞こえず、そう主張すると
> "君は社会経験が乏しいからそう思うんだ"
> としか言われません。論理的な整合面がおかしいと指摘しても聞いては
> くれません。
会社という組織自体がそういうルールで出来てしまっていて、個人の事など関係ないみたいな歴史を辿っていたからそういう事になるんだと思いますが……でも一部の「歯車思考」は、やり過ぎだと思いますね。そこが何とかやっていける人とやっていけない人に思いっきり分かれる所ですね。だからフリーターが増えてるのかなあ?
> 職場から言われていることは多分世間一般的に言われている人の心と言
> うものらしいですが、これが理解しづらいです。
僕は実践できている人は少ないと思います。なぜってそんな人、周りには微塵も居ないからです。"君は社会経験が乏しいからそう思うんだ"ここだけを強調するやからが多いように感じるのは気のせいですか?
そして、実践している所をぜひ見たいものです。先輩方にお手本を頼んでみたらいかがですか? いってる人の実力が分かるはずです。
自称ASのみどりです。
> 最近職場で以下のことを良く言われます。
> "人から誉められたら(派手に)喜ばなければならない"
私は大人になるまで人にほめられたことがほとんどなかったので、ほめられると動揺してしまい、喜ぶというよりは困惑していました。人からなにかをもらったりしてもそうでした。
最近になって、困惑を大袈裟な喜びの顔と声で表現することを覚えました。
相手はそれで満足して、次もまたほめる気になってくれるらしいので、いいかなと。
どんな内容ではあっても、私をほめる気になってくれたらしい相手へのプレゼントという感じでしょうか。
相手が第三者のいる場でほめてくれれば、その第三者からの評価もあがるので、いいんじゃないでしょうか。
ただ、ほめられたのか嫌みを言われたのかわからないことがよくあるので、そういうときは困ってます。
喜びかたは、ちょうど近くに喜び上手な同僚がいたので、その人をなにかにつけてほめてみては反応をみてぬすみました。
彼女はほめられて育ったらしい。うらやましい。でも確かにあれだけちゃんと素直に喜んでくれるとホメ甲斐がある。"ticle me Elmo" のおなかを押してみるような気分というか。
> "人から託されたら絶対に進んで受けなければならない"
まあ仕事ではそう言われますわねー。実際のところは、やれないとき、やりたくないときには「うまく断る」テクニックを身につけるのが重要なんでしょう。自分がいやだから受けないんじゃなくて、客観的にみて他の人がやったほうがいいと相手が自ら判断したように思わせられれば完璧。(これは私は最初から得意だった。家でいつも鍛えられてたから)
ただし毎度だとうまくいかないので、受ける気があるときには、端から見てあたかも「こちらから頼んで仕事をゆずってもらった」くらいの勢いで受けておくと、いいんじゃないでしょうか。(これを身につけるのには10年近くかかった)
周りに文句を言わせず好きなことをするための下準備として、やってます。
いやなことをだらだらやるより効率もいいので、結果的には会社のためにもなっているはず。ということで納得してます。
いきなりこのような話題を持ち出してすみません。
現在職場でトラブルを抱えており、そして今"人の心とはなんぞや?"
という問題に悩んでいます。
子供の時から対人関係に問題があると言われ続けてきましたが、最近に
なって対人関係が悪いのは
1.表情が乏しい、感情が平坦。
2.人の心?が理解できていない。
と言う事がわかりました。1はさておき問題は2です。
最近職場で以下のことを良く言われます。
"人から誉められたら(派手に)喜ばなければならない"
"人から託されたら絶対に進んで受けなければならない"
僕はどう考えても精神論にしか聞こえず、そう主張すると
"君は社会経験が乏しいからそう思うんだ"
としか言われません。論理的な整合面がおかしいと指摘しても聞いては
くれません。
職場から言われていることは多分世間一般的に言われている人の心と言
うものらしいですが、これが理解しづらいです。
これはどう対処すれば良いかと思いますでしょうか?>みなさま
読みにくい文章で申し訳ないです。
おはようございます。(もうこんにちはかな?)
るおう wrote:
>例えば、、こう言うことを振りかざしてくる人に、あなたは適当な幻想的なことを言っているということを、逆に説得しようとするのですが、相手はどんどん言うことを変えていって、、結局こちらが,マトモに応対したことが馬鹿見たく思えるのですが、相手はこちらが何を言っても糠にくぎなので、反対に説得したことに対して、勉強のしすぎは良くない。理屈っぽいなどと逆に、、いってくる始末です。そういう奴と議論やら、話の進展を求めるには、どう言う対応の仕方が良いのか。。と何時も考えてしまいます。相手は私ノ言ったことに対して、まともに聞く気がない,聞くような頭がないそして、極論するとかえってこちら側の人格否定的な方向にまで、言ってくるのであれば、こちらもその人の得意げになっているけど、実は何をいっても伝わらないほどの馬鹿さ加減などのところをつっついてやりたいのですが。。同じく人格否定をしてやりたいのですが、、そう言うやつらは、、本当に何を言っても、、取り付く島がないから、実態がないので、、どう言う風にしたら、同じく相手を同じくらいの気持ちにさせることができるのだろう。。と思います。こちらが、防御するだけでは馬鹿らしいです。
なんか「例」では(実態は宗教じゃない)宗教勧誘をされている様に聞こえますが……ああいうやつらは、何を言っても無駄っぽいと思いました。でも防御ばかりしてるのも癪に障りますね。
>相手にも効果的に説教をするべきだと思うのですが。
出来たらどんなにいいか! 技能が足りません。というか、そういうタイプは自分の言いたいことだけ言ってるだけでこっちの動向はどうでも良いのだ(宗教なら入ってくれれば)と思ってしまいます。こういうのには、実力行使(電話なら即切るとか)しかないのでは?
>くるとさんが、書かれたことは本当だなあ。と思うのですが、そう言うやつらがこれを読んで、わかるんだろうか。。と思ってしまいました。わからせるのは、無理??相手にしないことが利口ですか?
僕には分からせられないと実感しました。
>でもこういう不毛なことで相手のエネルギーを取り、時間稼ぎをねらう輩もいます。
最悪です。ああ、無情。
……いい対処法あったら僕にも教えて欲しいです。それでは。
おはようございます
Tien wrote:
>私は以前は、上記の事柄に対し、いらだちあるいは焦燥感、自分がこれらに
>沿っていない、または、沿おうとしてもどうしてもそれら自体を理解できなくて
>悩む、ということがありました。
>今は「世間はそうかもしれないが、自分はそうではないし、別にかまわない。」
>(あくまで良識の範囲内ですが)ともう達観しています。
僕は今でも悩んでます。まだまだ境地には遠いかと。
>たとえて言うと、「職場の人とお昼を一緒に食べなきゃ」とか、
>「食べさせて貰うために、ある年齢以上にならないうちに結婚しよう」とか。
よく聞くフレーズですね。ありがちです。
>でも考えてみたら、ここ十年ぐらいでずいぶん、いわゆる世間常識が激変した結果、困ること(良識を逸脱しても別に意に介しない人)が増えても居ますが、
>その反面、私みたいに、友達が居なかったりする「ちょっと変人」でも「あの人はああいう風だから。」と個人を尊重(ある意味疎外・蔑視?)みたいに感じてくれる人が増えたことも私は今は助かります。
逆に、変な所だけ理解をされていて、凄く孤独感を味わっている所です。
>上記の常套句に説得力を感じる人というのは、私の数少ない経験から言うと、
>ある種のコミュニティ・職場に完全に同一化して、そこに半永久的に所属しないと
>生きて行くことが不可能な人々です。
絶対になりたくないですね。
>私は多少の困難があっても、どこででも生きていけるように、いろんな事を見て
>・経験して、学習しておこう、と思っています...。
僕も外へ出ていかないとだめだなあ。
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