アスペルガーの館の掲示板(旧)
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新しいアスペルガーの館の掲示板
あとむ wrote:
> またその病院で皆さんはどのような指導を受けたのでしょうか。
> ただ、本に書いてあるようなことなら、本屋さんに行って本を買ったほうが早いのではないかという気もします。
はじめまして。小五女児の母です。
三歳当時から「自閉だな」と確信して育ててきましたが、ずっと未診断でした。
試行錯誤しながら育ててまいりましたが、なんとか上手く適応していると思っています。普通級です。
そろそろ思春期も近くなり、その対策もかねて最近初めて受診しました。
病院からは特に指導はありませんでしたが、WISCなどで能力のばらつきを知る事ができて「今後の指針にはなる」と思いました。
本やネットで情報や知識は拾えますが、子育ての参考意見として医師の話を伺うのも悪くないと思いますよ。
(あくまでも参考意見。病院は学校の現実を知りませんからね。)
個人的には、病院よりこちらの皆さんのご意見の方がよっぽど現実的だと思っています。
Xanadii wrote:
>
> 自閉者を知る非自閉の人から話が聞けるのは、収穫高そうだ。
> 然し質問攻めしちゃったり観察したりっていうのは無礼極まりないか(^_^;)。
>
>
こんにちは、なおみの夢ことみちるです。
自宅からはなおみの夢、会社からはみちるの名前で出ています。(歌の文句じゃないけど)
名前が変わっても、人格は変わらないので、あしからず・・・。
質問あったらしてください。全然平気です。
質問お待ちしてます。みちる
pocks wrote:
>つーか、したくてもできない、というのが実感ですね。就職したくても面接で
>「変な奴」と落としまくる。結局、能力をはるかに下回るレベルで奴隷労働
>しかさせてくれなかったり。
そうだそうだ!、だいたい健常者は僕達をこき使うことしか頭に無いんだ!
日本という国は健常者にだけお金が集まってくるとても不平等な国だ!
武田好史 wrote:
>今日は私の誕生日です。
>29才になりました・・・
>
>身は大人 心は子どもの 三十路前
>時の流れに 無理に乗らずと
お誕生日おめでとう。
よかったね。
私、母になって思ったのだけどね。この年まで元気で
まあ、いろいろあるけどこの世に生きてるのは、親のおかげって思うのね。
独り者のうちはちっともそんなこと思わずに一人で大きくなってきたつもりなのよ
でもね、たとえば二十歳まで同居してたとするでしょ、(365×20年)×三食=21900
ご飯作るって大変なことなのよ。
お母さんがご飯作って、あなたの血となり、肉となっているわけだから
やっぱ、感謝しなくちゃね。
今、わたし誕生日が来る度に母にお礼を言っている。
とっても厳しい母だったけど、人間として大切な事をすごく躾られたなあって
大人になって解るのよ。
言ってみれば・・・?きっとよろこんでくれるよ。
くると wrote:
>おむにさん wrote:
>
>>・色覚異常は、細胞が物理的に障害されているので感覚の問題ではない。
>
> この部分について質問していいですか?医学的評価の部分はともかくと
>して、物理的な障害があったからと言って、それが感覚の問題として扱え
>ないことになるのでしょうか?
>
> 物理的な障害が各人の感覚に影響を与えることはありうる、と思ってし
>まったのですが。
すみません。これは私の書き方が悪かったです。感覚と感性を混同していました。器官の感覚も感覚ですね。感性の間違いでした。
さらに、「感覚の問題ではない」ではなく「感性以前の問題である」と書くべきでした。
つまり、
・色覚異常は、細胞が物理的に障害されているので感性以前の問題である。
ということになります。
ですから、私も「物理的な障害(→感覚)が各人の感覚(→感性)に影響を与えることはありうる」
という考え方に異論はありません。
> まずは、この点についてだけ答えていただけないですか。おむにさんが
>「物理的な障害」と「感覚」の関係をどのように考えているのかご教示い
>ただければ幸いです。
私がなぜこのように、「物理的な障害(感覚器官の障害)」と、「感覚(「脳による感性」の間違い)」の2つに分けて考えているかといいますと、「脳こそが私自身である」と考えているからです。
つまり、各感覚器官で得られた情報は、ただの情報であって、私の感性ではないと考えています。
他人との感性を比べるなら、他人と同じ情報を得られなければなりません。
しかし色覚に不全があれば、他人と同じ情報を得られないので、感性を比べても意味のある結果が得られないのではないかなあと思っています。
このへんの区切り方の違いがくるとさんとの意見の違いでしょうか?
踊ろうと 誘ったあの子 今は母
風通し 良くして救う 地球号
ダイヤみる 水銀灯の 帽子上
40度 超えるかと見る 温度計
ざわざわと 木々揺れる音 涼感じ
武田好史さんへ
>今日は私の誕生日です。
>29才になりました・・・
お誕生日おめでとうございます。
私も同じ歳ですが
歳より気持ちが若くいられるような感じでいいのでは?
近隣の方がいらしたので少し質問したくなったのですが、北陸は富山県の親の方っておられませんでしょうか。
富山でも高機能、アスペの親の会が出来たらいいなと思っているんですが・・・。
小1の女児の母親です。
今まで特にどこにも属さず個人的に動いていました。
こだわり、かんしゃく、デジタル思考、完璧ちゃん、多動の子です。
もしいらしたらメール待っています。
平谷こども発達クリニックです。
http://www.mitene.or.jp/~hiratani/index.html
福井市の北四ツ居という場所で県立病院の近くのようです。
>県立病院では出来ない事をされる為に独立された先生です。多分ご期待に沿える先生ではないかと思います。
この辺り受診された事の無い方には説明が不足していました。
高機能自閉やアスペルガー症候群などの障害は専門性がかなり高く(見る人が見れば分かるのですが)なかなか診断出来る先生がいらっしゃいません。
どうもわざわざこの子達の為に立ち上げられたような感じですので、診断やその後のアドバイスなども的確に戴けるようにHPではお見受けしました。一度ご覧になられて下さい。
それから福井アスペの会、最近発足したばかりですが会員もそこそこいらっしゃる様子です。これはアスペ・エルデの会のHPから支部を探して戴ければ見付けられると思います。
あの日
君が見ていた朝焼け
僕が見ていた夕焼け
二人が
夢を投げ合った
あの日
川に流した
黄色い枯葉
君の目に映った
小さな渦
水に踊る
枯葉
降り積もった粉雪を
掛け合った
あの日
凍えた身体を
暖め合うほどに
冷たくなった
あの日
君の中に
溶け込んだ
陽だまりと
僕の中の
粉雪
触れようとして
通り抜けた
透明な
君の手
走って来た君が
すり抜けていった
薄っぺらな
僕の身体
川面に横たわる風に
運ばれた粉雪が
今も
舞い続ける
pocks wrote:
>武田好史さん wrote:
>>十分な理解の基に適切な支援を模索しないと、「進んで社会活動をしたい!」
>>とは誰も思わないと思います。
>
>つーか、したくてもできない、というのが実感ですね。就職したくても面接で
>「変な奴」と落としまくる。結局、能力をはるかに下回るレベルで奴隷労働
>しかさせてくれなかったり。
なんか日本では、「ノーマリゼーション」の名の基に、障害者に無理矢理仕事をさせようとする風潮があるような気がする。
働く意欲がある人がもちろんいっぱいいる、しかし自分の能力を真に活かせる環境がない。
理想論を言わせてもらえば、自閉症者の場合アメリカのノースカロライナ州のTEACCHのような仕事(教育)・生活・余暇に対する生涯一貫した支援や、ノルウェーのヴィダーオースン村のような集団で緩やかなリズムで・障害をもつもの同士お互い認め合って・肩を寄せ合って生活できるような環境があればなという気がする。
武田好史さん wrote:
>十分な理解の基に適切な支援を模索しないと、「進んで社会活動をしたい!」
>とは誰も思わないと思います。
つーか、したくてもできない、というのが実感ですね。就職したくても面接で
「変な奴」と落としまくる。結局、能力をはるかに下回るレベルで奴隷労働
しかさせてくれなかったり。
> ここ福井では、それほど子供に関してこういう診断ができる医療機関ががないことも要因にあり、どこかいい病院(診断してもらうだけでなく、その後の子供の生活に関する指導、アドバイスなど)があれば、おしえていただきたいのです。
はじめまして。富山に住む母親です。
福井にアスペの会が出来たのはご存じでしょうか。
それから県立病院の平谷先生が独立されて病院を開かれました。病院の名前や所在地などまた後から書き込みます。HPも有りました。
県立病院では出来ない事をされる為に独立された先生です。多分ご期待に沿える先生ではないかと思います。
アスペの会も平谷先生が運営されていますので色々聞かれてみてはいかがでしょうか。
ここ富山でもアスペ高機能は診断されない事が多いです。(遅れています)
病院というよりも医師次第な部分が大きいですね。私の子は高機能自閉ですが(アスペとは兄弟児みたいな物?)自閉症、アスペルガーに詳しく無い人には軽くあしらわれてしまいます。
本でしたら『ガイドブック アスペルガー症候群』がいい本ではないかと思います。
「親と専門家のために」というサブタイトルが付いています。
東京書籍、トニー・アトウッド著 2,800円
武田好史 wrote:
>今日は私の誕生日です。
>29才になりました・・・
>
>身は大人 心は子どもの 三十路前
>時の流れに 無理に乗らずと
私はいくつかそれにプラスです。
子供が子供を産んだ為(苦笑)しんどい事も有りましたが、時の流れも加わりそれなりになってきました。(意味不明?自閉っ子の母親です)
>時の流れに 無理に乗らずと
自分の流れに身を任せて・・・
ミッドランド wrote:
> ASに対する世間の認識が見えた掲示板に対するレスが次々と来ました。案の定ASの方々は立腹されているようですね(僕は笑ってやりましたが)。
> しかし、あそこの連中よりもタチが悪いと思えてならない人たちがいます。それは
>#「障害者など、社会的に不利な人たちを支援・理解するポーズをとり、それを自らの政治的・思想的な運動に利用しようとする人たち」
>です。
>
> > 少々偉そうな文面になりましたが、これが僕の「いわゆる普通の、理解ある人」への考え方です。
>
> 「親の会」「家族の会」の類はOK ミッドランド
「障害者基本法 第1章 第6条 第1条」には次のようなことが書かれています。
#障害者は、その有する能力を活用することにより、進んで社会活動に参加するよ#うにつとめなければならない。
これこそ「木を見て森を見ず」といった感じです。ことにほとんどの精神障害者・軽度知的障害者・アスペルガー症候群等軽度発達障害者・高次脳機能障害者・ろう者・色覚障害者などの人たちは、見た目には普通の人なので、十分な理解の基に適切な支援を模索しないと、「進んで社会活動をしたい!」とは誰も思わないと思います。
ASに対する世間の認識が見えた掲示板に対するレスが次々と来ました。案の定ASの方々は立腹されているようですね(僕は笑ってやりましたが)。
しかし、あそこの連中よりもタチが悪いと思えてならない人たちがいます。それは
#「障害者など、社会的に不利な人たちを支援・理解するポーズをとり、それを自らの政治的・思想的な運動に利用しようとする人たち」
です。
「障害者の権利の保障」「社会的弱者の味方」その考え方自体はよろしいのですが、それを信条とするならば、政治的・思想的な運動をそこに組み込むのは邪道ではないかと、僕は思います。
「進歩的」「進歩派」と呼ばれる人にこの手の人間が多いのですが、彼らの多くは、例えば「障害者」の場合、「障害者の権利の保証を!」と叫びますが、実はそれは「自分たちの目的達成・思想確立」のため、障害者をタテにして主義・主張を押し通す。障害者は「利用」されているのです。
これほど迷惑な話はありません。
あらゆる障害者を支える人たちで、当事者(本人・その家族・その障害専門の医療関係者)以外の人の中に、少なからずそのような人たちが潜んでいるように思えてなりません。彼らには「障害者支援をするなら、コレコレこういった考え方でなければダメ。それから外れる人は資格なし」といった「暗黙のスタンダード」が存在するのです。
もし理解しようと思い、支えていこうと思うのなら、政治的・思想的な主義・主張は排除してもらいたいのです。ヘタな同情もごめんです。ただ単純に「あなたたちを理解する努力をしようではないか。」の思いだけあり、主義・主張は関係なしに接してもらいたいのです。
少々偉そうな文面になりましたが、これが僕の「いわゆる普通の、理解ある人」への考え方です。
「親の会」「家族の会」の類はOK ミッドランド
おむにさん wrote:
>・色覚異常は、細胞が物理的に障害されているので感覚の問題ではない。
この部分について質問していいですか?医学的評価の部分はともかくと
して、物理的な障害があったからと言って、それが感覚の問題として扱え
ないことになるのでしょうか?
物理的な障害が各人の感覚に影響を与えることはありうる、と思ってし
まったのですが。
まずは、この点についてだけ答えていただけないですか。おむにさんが
「物理的な障害」と「感覚」の関係をどのように考えているのかご教示い
ただければ幸いです。
トラブル続きですっかり亀レスになってしまったくるとです。
みどりさん wrote:
>逆に私は、あんまり変わらないような気がしました。
新しいレスを見るとそんな感じがしてきました。すみません。
>私の中では、これらは「他人への困難度」に含まれます。ハタから見て因果関係があろうとなかろうと、本人のなかにはなんらかのつながりがあるのでしょう。しかし、共感できない行動を見ると周囲は理解できなくて困ってしまい、「あれは問題だ、異常だ」となります。
つまり、わたしが
(1)自他への困難度
(2)第三者が因果関係の理解することの困難
と分けていたものを一緒に整理されたのですね。わたしの場合「困難」と
いう言葉を
(1)の場合は本人や他人が感じる辛さ,困惑
(2)の場合は実現が難しいという意味での困難
ととらえていたため、ちょっと混乱してしまったようです。みどりさんの意
見納得しました。
>私も実際にできるかどうかには疑問ですが、できるだけ客観的であろうとし
>てるだろうとは思います。少なくとも学会レベルでは。
ひょっとしてみどりさんって学問畑の人???(これは余談です)
>ほかにも職業、性別、体格、人種などは個性とはとらえない場合が多いよう
>に思います。
>考えてみると、これらを入れない理由も特にないと思うんですが。どこにそ
>の差があるんでしょうね?? 多数派の存在も必要なのかな。
この点についてまだ整理できていませんが、自分の考えを述べてみます。
いずれも、「個性」というよりは本人の「所属」になってしまうのではない
でしょうか。例えば性別について言えば、代表的な性別の分類は男女という
二分法です。(染色体レベルではもっと細かく分類できるし、両方の特徴を
兼ね備えている人もいるのだが)世の中のほとんどの人が男か女のどちらか
に分類されてしまう以上、これは個性というよりは所属だと思います。
職業,人種,は,性別よりはもっと多様ですが、やはり個性というよりは
所属意識の問題につながってくると思います。
しかし、「障害」(あくまで医学的な意味の)の場合は微妙ですね。本人
が個性として考えているなら個性とも言えるし、同じ「障害」を持つ人同士
が共通の所属意識を持つことはありそうだし…
こんがらがってきたので再度コメントします。では
> ・アスペルガー症候群はウザイ
> ・アスペルガー症候群にはなりたくない
> ・アスペルガー症候群は人を殺してもいい
> ・アスペルガー症候群の人を見たら警察に通報したほうがいいのかな?
というのが、普通の人の意見だというのは、「やはりそうか・・・」という感じがしています。
これは何もASだけの問題ではなく、全ての精神あるいは情緒にハンディをもっている人は、そのような敵対感や異質感の対照になりやすいと言えます。
多くの人が、「これらの人は危険人物などではなく、ただストレスに耐性がなく
ナイーブだから、奇妙な行動をしてしまいがちなのだ」ということを知らずにいます。
さて話をアスペルガー症候群に戻します。
以下に示すのは、私がアスペルガー症候群に対して、「こんなことでは・・」と思っていることを、まとめたものです。
1.感覚器から入った情報→身体の動きという変換が苦手
2.こだわり・社会性がない・気が利かない=視認知の障害が引き金?
3.AS=非言語性LD+ADHD(orADD)?
4.鬱病になりやすい要因の一つ。(日本だけかもしれないけど・・・)
5.特定の栄養素が欠乏しやすい体質(v・c、v・e、v・B1、Mg、Caなど)
みなさんはこの障害の本質は、どんなものであると思いますか?
おむにさん wrote:
>しかし、一般的には「福祉の対象にはならないような軽い障害」として扱わ
>れているようです。
すみません。わたしは「色覚異常」が本人にとってどのような意味を持つか
どうかという点しか関心を持っていなかったのです。医学的にどう評価されて
いるのかという点についてはまだ問題にしたことがないのです。(ちなみに社
会と一般評価についてはまだ実態がつかめないのでコメントできません。ごめ
んなさい)
例えば、わたしは教育学的LDの判断を受けた時、「社会性」と「興味の限
局」には問題があるとされました。この2点において、教育学的な評価ではわ
たしは「障害」を持っているということになるでしょう。
しかし、わたし自身の自己評価は教育学的評価とは異なっています。わたし
にとっては、「社会性」は「障害」なのですが、「興味の限局」は「個性」で
す。「社会性」(社会認知に限定される)は確かに対人関係や集団行動に支障
をきたすことが多く、自分や他人に対する困難度が高いので「障害」です。し
かし、興味の限局については他人から奇異に見られることがあるだけで、自他
ともに困難を感じたことがありません。だから、自己評価では「個性」という
ことになります。
けっきょく、医学的評価と障害者の個人的評価というのは別の次元の問題だ
と思います。そして、今のわたしにはまだ医学的評価を語るだけの能力は持ち
合わせていないのです。
以上のことを踏まえて、おむにさんのコメントに対するレスをします。
>・色覚異常は、細胞が物理的に障害されているので感覚の問題ではない。
>・よって感覚の違いの例として色覚異常を挙げるのは不適当である。
医学的評価として、おむにさんの指摘することは正しいと思いました。この
点についておむにさんの意見に異存はありません。
ただし、診断された本人の自己評価ということについては、この枠から離れ
て考えてもいいと思います。学問的な立場もありますが、診断された本人の障
害観というのは、本人の立場や経験を背負って語るものであり、客観的なもの
ではありえません。現在のわたしはこちらの立場からコメントをしているので
す。(わたし自身も色覚に機能不全を持っているということだけは指摘してお
きましょう。)
わたしが現在学んでいる学問(哲学や倫理学)はあくまで自分の立場から語
ることを要求する学問なのです。
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© 1998 y.mikome, T.Ikeda, 1999 s.murakami