アスペルガーの館の掲示板(旧)
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新しいアスペルガーの館の掲示板
たま子 wrote:
>★リリーのママさんへ。
>あなたの「明るさ」はこの掲示板において奇跡のように
>輝いてらっしゃいます。私はその明るさに救われる思いがして、
>リリーのママさんに感謝しています。
>
>ただ、るおうさんにとってはいささかまぶしすぎて
>混乱を来してしまったようです。
混乱なんてしていませんけど。。
何も,変な事も考えていません。
>安静しておいたほうがよいような気がします。
>私が思うに、ASの方はときどき「冬眠」状態に入られるのでは
>ないかと察します。
>クマさんのようにときどき起きたりして冬を過すのですが、
>無理に起こされるのはクマにとっても不快なことで、
>相手に牙をむき出して威嚇したりします。
>ASの方だって「ぼくは冬眠中!起こすな!」と
>威嚇(もしくは寝言)したい場合もあるかもしれないので、
>そういうときはそっとしておきましょう
たまこさん、どうして私のことをそう決め付けるのですか?
勝手な推測で,人を決め付けないで下さい。
それと、あなたに気にしないで下さいといったのは、親切心で書いてくださったからだろうと思ってそうかいただけで、わたしが、そう思ったことをいちいち書いているエネルギーがないからです。時間もです。
本当に不愉快に成りました。
わたしにたいしてどうしてそこまで。。。。。。。
もう、やめて欲しい。
もうこめんとしません。いいかげんにして!!!!!
たま子 wrote:
>実は私も角膜に糸くず模様が「見える」んです。
>でも、「見える」だけはただのゴミで、
>実際の「飛蚊症」とは必ずしも一致しません。
>他にも眼科的な症状が急激に進行する場合、その前兆として
>現れるものらしいですよ。
>だから、わたしは「見える」けど、気にしてません
生活していくゆえで何も困ることはないので私も気にしてません。
むしろなぜ見えるかとか考えて楽しんでます。
>「目は心の窓」とよく言いますが、脳が外部に出ているようなものですから、
>脳がやられるとまず目がおかしくなったりします。
>頭を強く打つと「火花が飛び散る」様子が一瞬見えたり……。
>アスペではない私もいろいろ「見える」んですけど、
>たとえば光の残像とか、赤い光は緑色に水玉模様になって視点に合わせて
>移動したり……。
眼球の内部の物が見える内視現象であるかどうかを見極める方法に
光が目に入っている状態でしか見えないと言うのがあります。
ですから目に光が入らない状態でもし見ることができたら
少なくとも内視現象ではありません。
脳や目に障害がなくても見える残像現象のような症状は他に
暗い所にずっといると光っているものが見える発光現象などがあります。
>「『暗示』とか『催眠』とかによって、人間には計り知れない可能性が生まれる。
>だから、『きっと出来る!』と思って頑張ってね!」
>…と言われたら、あなたの心のデフォルト解釈では、どんな風に聞こえるのでしょう?
初めまして。別の自閉症関連の掲示板には4月頃から良く書き込みをしていますが、こちらは始めてです。館の管理人さんには、まだこの掲示板が無かった頃にメールを出したこともありましたが、その後仕事が多忙になり掲示板が出来たことも知りませんでした。会ったことはないけれど、名前は知っている方が何人かいらっしゃるので、ふらふらと出てきました。
で、この文章に対する私の解釈をして見ましょう。
私はもともと文章の解読能力がとても低いので、仮にこれを耳から一度だけ聞いたとすると、前の「『暗示』・・・」は頭に入らないので無視して、「『きっと出来る』と思って頑張ってね」だけを言われたことだと理解します。けれども、この中には自分の嫌いな言葉が含まれているので反応としては、嫌いな言葉、と思うだけでしょう。
文章で書いてあれば、一度読んだだけでは勿論意味を理解できませんが、時間を度外視して前半と後半のつながりをあれこれ考えられるので、もう少し深く自分なりの解釈が出来ます。
まず前半の部分を解析してみると、体育会系の根性主義の匂いがして好きではありません。別の言い方に置き換えると、「嘘でもいいから好きだと言って」という感じになります。その場しのぎの言葉でその場を取り繕ったとしても、現実には何の変化ももたらさないし、建設的な結果にはつながりません。
このような一時しのぎの感覚はアスペルガー的体質とは異質のものです。だから暗示や催眠でうまくいくような気持ちになったとしても、現実世界でやはりうまくいかないと、ああまた騙されたな、と思うだけでしょう。暗示や催眠で何か気持ちの上でのプラス要因を貰ったとしても、現実の世界でそれにどれだけの効果があるのかは疑問です。嘘などつかず、嫌いなら嫌いとはっきり言ってもらわないと、その後の方針が決められないので不都合なのです。
後半に関しては、読んでみても「頑張って」という言葉に引っかかるのが全てです。
「頑張って」はよく使われる言葉ですが、私の感覚でこの言葉は、内情を良く知っている自分に対して使う分には良いけれど、他人に対しては使うべきではないものです。頑張りすぎて、伸びきったパンツのゴムのようになっている人にこれを言うと、プツンと切れてしまったりします。実情がわからない他人に対しては、言わないほうが良いと理解しています。
神戸の震災の時に、「頑張って」を言われるととても辛いと話す人が多くいたので、ああそうだろうな、同感だと思いました。私はパンツのゴム状態にありませんが、そんな背景があるので後半に関しては、ああいつものあれね、と深く追求はしません。
大体この辺りがデフォルトの解釈で、言った人が意図した本来の意味に対しては、価値観や体験の違いから来る世界観が違いそうなので、わからないでしょう。それから、最近仕入れた新たな解釈を使うと、意味を追求せず丸呑みをしなければならない言葉が世の中にはあるので、これも丸呑み言葉の一つにしてしまう、という方法もあります。
どちらにしても、アスペルガー的な人には、この言葉に込めた真意は伝わらないと思います。
なんだか良くわからないのですが
アスペルガーでも自閉症でもなかったら
ただ単に内向的な対人関係の苦手な友達のいない現実逃避している
健常者って事なのでしょうか?
もしそうだとしてもどうこうなる問題ではないのに・・・。
★マルハナバチさん、今日は(^^)
とても疲れていらっしゃるのに、質問に答えてくださったことに感謝いたします。(*^^*)
自閉症について関心のある全ての人達が、あなたのお話を興味深く読まれたことと思いますよ。
直ぐに応えてくださったことにも、とても感謝しています。本当にありがとう!!
でも、「断ることができなくて」だったのですね…本当に大変ですね(;_;)
そんな大変な精神状態の時に質問してしまってごめんなさいね。
あなたなら大丈夫と思い込んでいたのです。私の勝手な思い込みです。(^^ゞ m(_ _)m
マルハナバチさんに申し上げたいのは、ここまで。「お詫び」と「お礼」です。
後は、この掲示板をお読みの皆さんに向けて書いているので、お気になさらないで下さいね。
今度からは、皆さんに教えて頂きたいことがある時、個人的にではなくて、
応えてくださる方なら(気が向いた方)誰でもOKの様な、書き方にしましょうね。>自分
> ママさんは「軽度」の人、ボーダー上の人の置かれているバックグラウンドを、
> 知らないんじゃないかなと思ったのです。
> 軽度の人は、しょっちゅうそういう視線にさらされているんだ、いつもいつも
> 「この程度で障害と言っていいのか」って自問することを迫られているんだ、っていうバックグラウンドを。
確かにそうです、その通りですね…
マルハナバチさんも、それで苦しんでらしたのを良く分かってなかったようで反省しています。
そういう方がいらっしゃると知ったのは、こちらの掲示板に伺うようになってからです。
ですから、村上さんのこのホームページには、いつもとても感謝しています。(*^^*)
> 私も、リリーのママさんに仮病扱いされたとは思ってないんですよ。
…ということでしたので、この件は良いですよね?
そもそも私は「耐える」という言葉を使っていないのだし。(^-^)
本当に、そんな風に(仮病と言われて苦しんでいる方がいらっしゃることすら)考えた事もないんですから。
自分の意見を否定されることも一向に平気な人なのでσ(^^)、どんどん反論して下さいね!>皆様
「概念を変えてね」と言ったのは、(私の書き込みを読む時は…)と、付け加えさせて頂きます。
そこは、誤解のなきように…お分かりですよね d(^-^)
> だって、頭ではわかっても、自分にそっちを信じさせるのにはいちいち体力がいるんですよ。
> せっかく「本当はこうなんだろう」と頭で解釈することができても、
> 最初の解釈で受けたショックはいつまでも残るんです。
> 私の読み方そのものが誤解だったんだから、とわかっているからといって、
> 自分の誤解した読み方の痛さは自動的には消えていかない。
なんか本当に大変ですね…マルハナバチさんの痛みが少し分かった気がして涙が出そうになった。
「自閉症児は、コミュニケーションの失敗に傷つきやすく、
そのことが欲求不満を募らせ、ひいてはアパシー状態(冷淡・無感動・無関心)に陥りかねない」
…と例の医学書に書かれていますけれど、
マルハナバチさんは、とても真面目で優しいので、アパシー状態になることもなく、
一生懸命応えて下さったのでしょうね…本当に申し訳なかったです。
「(自閉症の)本質的な基礎的な異常と、それから派生する二次的所産との区別」が大切で、
その研究もなされているみたいですから、
マルハナバチさんの様な症状は全て自閉症に共通する、と言う訳ではなくて、
過去に傷ついたことが原因でできた「トラウマ」っぽい感じもしましたが…?
でも前にも書きましたが(No.1216)
「小脳虫部低形成は自閉症特有のもので、他の神経疾患には認められない所見だが、
ほかの広汎性発達障害やレット症候群、分裂病など、
近縁の神経行動的障害との比較は重要になるであろう」ということで、
自閉症なんだか、他の神経障害なんだか、まだ専門家にも分かっていないんですよね…?
マルハナバチwrote:
> ところで、私の経験から、自閉スペクトル上の人々と、
> 「暗示」は相性があまり良くないのではないかと思っています。
> 最初から過剰な部分を強化し、弱い部分をますます弱くしそうで。
>
> 普通の心理学でいう「被暗示性」とは別のレベルでの「操作されやすさ」「信じやすさ」は、
> 私たちにとってのウィークポイントですから。
> 意識の切り替えがヘタな私たちは、それでなくても「こだわり」とか「強迫」とかのために、
> 一つの小目的に過度に集中することがあります。
> 「あ、このやりかたはイマイチだな。作戦変えな きゃ!」と気づき、
> それを実行する力が非常に弱いのです。
相変わらず、素晴らしい自己分析力でいらっしゃいます。(^-^)
とても良く分かりやすかったです。知りたかったことですから。
マルハナバチさんに心から感謝申し上げます。<(_ _)>
> それよりも、思い込みを振り切って発想を切り替えること、別の視点から物ごとを見ること、
> 疲れたときには休憩をとること(それ以前に、疲れていることに気づく感覚さえ鈍い人もいます)、
> 頼まれても、いやなことは断ること。そういった力の方がより必要だと思っています。
ご自分には何が欠けているのかも、ちゃんと分かってらっしゃって、凄いです!
> こういう感覚の発達に遅れがある人が、それを知らずに、自分に「まだまだがんばれる」
> 「いくらでもがんばれる」という内容の暗示を与えてしまうのは、とても危険なことではないでしょうか。
…本当に、そうですね!良く分かりました。(*^^*)
きっとイライラしながら、応えて下さったんでしょうね…実験をするつもりは全くなかったのですが。
本当に単純に教えていただきたい、純粋に知りたいと思っただけなので、お許し下さいね。m(_ _)m
私は、抽象的な表現が多い人なので、本当に注意しなくては(^^ゞ
しかも「暗示好き」だったりするので、とても、凄く!参考になりました。ありがとうございました。
★るおうさんへ
私は自閉症を理解したいと思っている一人なので、私に何をおっしゃっても怒ったりしませんから。(^^)
また、お話、聞かせて下さいね!>皆さんも o(^-^)o
武田好史 wrote:
> 上に向いてから水平に頭を動かしたときに、水玉や糸くず状のものが視野を上から下へと動く
専門家でないので詳しくはわかりませんが、
やはり眼内のものが見える内視現象の一つだと思います。
ほかの内視現象に飛蚊症やプルキニェの血管像(暗い所で目の正面とは少しずれた角度から懐中電灯などで目を照らしたときに見える網膜上の血管像)や昼間の薄暗い部屋で比較的明るい窓を見ているときに見えることがある移動する血球などがあります。
私もついぼーっと見ていたり、夜中に部屋の電灯を消して懐中電灯で眼を照らして血管像を眺めてたりします。
>物ははっきりみえているが、同時にモザイク状の光の点滅が見える
同じ物かどうかわかりませんが私は赤色と緑色の同心円でできた小さな丸い粒がたくさん並んだものが見えてます。
それに私の場合、視野の中に動いている物がない時、かつ視野そのものが動いてない時に、動いていない物あるいは模様が動いて見えることがしばしばあります。
> むしろ私は、この糸くずや水玉は、私たちアスぺびとが共通にもっている視覚を調整する脳の部位の異常に起因するものだという気がするのですが?
幾何学模様の幻視は偏頭痛や癲癇と関係する場合が多いと聞いたことがあります。
偏頭痛の前兆として見えるものは、大抵が歯車状のきらきら光るものや視野の周辺部に見えるキラキラするものらしいです。
糸くずや水玉よりむしろアスペが脳の機能障害と関係するのであれば偏頭痛や癲癇に関する幾何学模様の幻視に似た物が見える可能性が高いのでは?
QP wrote:
>私には、りりーのママさんとマルハナバチさんのやり取りは、少し読んだだけでは
>理解できません。ややこしくて。
>ですから、じっくりとは読んでいません。ごめんなさい。
>
>ただ私に言えるのは、マルハナバチさんは、ぜったいにウソは言っていないということです。
>
うん、ごめんね心配かけて。
私も、リリーのママさんに仮病扱いされたとは思ってないんですよ。
だけどほら、ママさんは「軽度」の人、ボーダー上の人の置かれているバックグラウンドを、知らないんじゃないかなと思ったのです。軽度の人は、しょっちゅうそういう視線にさらされているんだ、いつもいつも「この程度で障害と言っていいのか」って自問することを迫られているんだ、っていうバックグラウンドを。
日ごろ、他の人に言われ続けて苦しんでいる言葉と、たまたま似ている言葉は、痛いんですよね。
ところが、「日ごろ、他の人に言われ続けて苦しんでいる言葉」が何なのかを知らない人は、「似た言葉を避けなきゃ」ってことに、(悪気はなくても)気づくことができない。だから、説明しなきゃ、って思ったのね。
私には、りりーのママさんとマルハナバチさんのやり取りは、少し読んだだけでは
理解できません。ややこしくて。
ですから、じっくりとは読んでいません。ごめんなさい。
ただ私に言えるのは、マルハナバチさんは、ぜったいにウソは言っていないということです。
おそらく、社会に適用するのが難しくて、生きているのが苦しくて、精神科を
受診されたのだと思います。
だって、普通の人は精神科なんてできれば行きたくないと思っているのでは
ないでしょうか!?
それに、診断されたからと言って、まだ日本の社会では何の恩恵も受けれないの
ですから。
私も、精神科を受診してみたいと思っています。
でも今、まだできないでいるのは、受診して「あなたの思いすごしですよ。」と、
言われるのが怖いからです。
別に診断してもらって、何か助けてもらいたいと思っているわけではありません。
障害を認めてもらえることで、気持ちが癒されると思うからです。
障害の特性によって、できることとできないことがあります。
それを認めてもらって、配慮してもらうる世の中には、まだなっていないと思い
ます。
でも、この掲示板上だけでも、分かり合おうとする気持ちのもてる関係でお互いにいてほしいと思います。
リリーのママ wrote:
>マルハナバチさん、今日は(^^)
>
>>凄いですね! ちゃんと本人は何を言いたいのかも理解した上で、
>だけど、自分のデフォルト解釈は違うということを、うまく説明してらっしゃいます。
凄いかどうか・・・
だって、頭ではわかっても、自分にそっちを信じさせるのにはいちいち体力がいるんですよ。せっかく「本当はこうなんだろう」と頭で解釈することができても、最初の解釈で受けたショックはいつまでも残るんです。私の読み方そのものが誤解だったんだから、とわかっているからといって、自分の誤解した読み方の痛さは自動的には消えていかない。
今もまだ、ずっと、「仮病」「仮病」「仮病」「おまえは健常者のくせに専門家をだましたんだろう」というリフレインは続いています。わかってるからといって、振り払えるとは限らないんです。文字にして書き込んだことで、一応「現在のテーマ」ではなく、「過去からの訪問者」として鳴ることになっていますが。
>
>マルハナバチさんのお話、とても興味深くて、
>「そうなんだ…もっと他のことについても(心の中の世界の話を)教えて頂きたいな」と思いました。
>あなたのお出しになったご本を読めば良いのでしょうけれど、時間がないのでσ(^^;
>できれば、手っ取り早く、ここで教えて頂けると大変ありがたいです。
>
>例えば、また抽象的な話ですけれど、
私は翻訳はしたけど自分の著書は出してません。
すみません、今、読む体力ないです。本当に。前の書き込みの冒頭にも「今、調子悪いので」と書いたし、「体力のないときは、デフォルトの解釈に負けてしまう」と書いておいた通り(信じてもらえなかったようですね。よほどいつも明るくて元気なキャラクターとでも思われているんでしょうか)
>「『暗示』とか『催眠』とかによって、人間には計り知れない可能性が生まれる。
>だから、『きっと出来る!』と思って頑張ってね!」
>…と言われたら、あなたの心のデフォルト解釈では、どんな風に聞こえるのでしょう?
>
>純粋に、知りたくて質問しています。興味があるから。(^-^)
なんか、好奇心でこういう質問されるのは不愉快です。動物実験のようで。前回の書き込みに反応したのは、痛かったからです。あれは悲鳴みたいなものです。どうしても耳について離れないから、頭の中で鳴り続けて止まらないから、せめて文字にして書いてしまえば「処理済トレイ」に移せると思って、そのために書きました。
それなのにまた一から、ですか? それも単に反応を見てみたいという理由で。
それでも、質問を読んでしまった以上、「無視する」っていうタスクは、私には難しいんです。いやなことを頭から追い出して意識を切り替えるのは、重労働なんです。だから、頼まれたことには、つらくても従うしかない(私がなかなか「断るスキル」を習得できないのは、そのせいもあると思います。このスキルは、今後、ぜひとも習得したいものの一つです。「断る」ことができなければ、人と対等に渡り合うことはできませんからね)。
上の文は、本来の頭には、意味不明です。だから、デフォルト解釈は「解釈不能」です。意図的解釈だけがありますね。
意図的解釈としては、「私に一つ否定されたから、代わりに何か一つ肯定させたいんだな」というものです。
ところで、私の経験から、自閉スペクトル上の人々と、「暗示」は相性があまり良くないのではないかと思っています。最初から過剰な部分を強化し、弱い部分をますます弱くしそうで。
普通の心理学でいう「被暗示性」とは別のレベルでの「操作されやすさ」「信じやすさ」は、私たちにとってのウィークポイントですから。意識の切り替えがヘタな私たちは、それでなくても「こだわり」とか「強迫」とかのために、一つの小目的に過度に集中することがあります。「あ、このやりかたはイマイチだな。作戦変えなきゃ!」と気づき、それを実行する力が非常に弱いのです。
それでなくても最初から「こだわり」という性質(場面によって得にも損にもなる)を持っているを持っている人々は、暗示がなくても「くり返す」し「しがみつく」し、ときには「とらわれる」のだから。
それよりも、思い込みを振り切って発想を切り替えること、別の視点から物ごとを見ること、疲れたときには休憩をとること(それ以前に、疲れていることに気づく感覚さえ鈍い人もいます)、頼まれても、いやなことは断ること。そういった力の方がより必要だと思っています。
「こだわり」はほぼ全員に共通の性質ではないかと思っていますが、その他に、自己モニター機能の弱い人たちもたくさんいます。「暗示」とか「催眠」とかは、自己モニター機能の弱い人たちの弱点をなおさら悪化させる心配はありませんか?
たとえば、私は一年前まで、「必要に応じて水を飲む」ということができませんでした。「喉が渇いていることに気づく」という能力の発達が遅れていたのです。30何年か、軽い脱水になっていても気づかずに生活していたわけですね。今は、「荷物が重すぎるかどうかを判断する」力をつけようと努力しています。これも私にはよくわからないので、結果的に無理をしてしまうことがよくあります。
こういう感覚の発達に遅れがある人が、それを知らずに、自分に「まだまだがんばれる」「いくらでもがんばれる」という内容の暗示を与えてしまうのは、とても危険なことではないでしょうか。
ところで、ここでお願いしたいことがあります。
1回でいいですから、「あれは、『耐えられないのは仮病だからだろう』『本当は健常者のくせに、言い訳したくて専門家をだましたんだろう』という意味ではなかった」という趣旨の文を言って(書いて)みてくださいませんか。それを見るまで安心できません。
>「障害(概念を変えてね)
「変えてね」なんて頼まれても・・・(苦笑)
どうして他の人々全員が「障害」という言葉の概念を変えなくてはならないと思うのですか? どうしてご自分の概念だけが正しいと思われるのですか? リリーのママさんと最初から同意見だった人がたまたまいたらどうします? その人も変えなくてはならないんですか?
こんにちは。
しばらく前にちょっとだけカキコしていたものです。
わたしは自称アスペ(近くに診断してくださるようなDrがいないので・・・)で対人恐怖症。その上、2年ほど引き篭り状態でした。仕事にも一度もついたことがありませんでした。ですが、社会復帰がしたいと真剣に考えるようになり、ある大手派遣会社のパート登録の面接に行きました。
そこで職歴を聞かれた時、ついとっさに「一年ほど関東で働いていた」と嘘をついてしまいました。その会社にはほかに30l位の人が来ていましたが、採用が決まったのはわたしだけみたいなのです。来週、契約と新人研修がありますがやっぱり嘘の経歴で採用されるのも心苦しくなってしまいました。残念だけど、内定を辞退しようと思います。一人でできる仕事なのでとてもやりたかったのだけど。
今の時世、職歴が無いのはつらいですね。かといって本当のことを話してもマイナスになりこそすれ、決してプラスにはならないでしょうし・・。だけど、こんなわたしでも(嘘ついちゃったけど)採用してくれようとしたところもあるんだ。ということを励みに就職活動頑張ります。
ととろさんへ
ありがとうございました。
理論的には判っているつもりなのですが、お友達との違い、将来への不安等々
別にノーマルにさせたいとは思ってはいないのですが、世間標準的な見方で、
「一人より皆が楽しい」と言うような類のことを、つい考えてしまうのです。
将来、息子のことについて、きちんと認識しなければならないとは思っています。
でも、本人にとって「幸福な生活とは?」(安全な生活と安心な生活とは違う!
と言った人がいました)「普通って何?」といつも考えてしまいます。
ストレスで、母親の私は太ってしまいます。
ととろさん、またアドバイス下さい。
るおうさん、はじめまして。
>世の中が全く信じられなくて、人も信用できなくて動こうとすればするほどトラブルになるので
>動けません。
私は心(個性?)が介在しない範囲での事なら
ある程度信じられる、というか許容できます。
>馬鹿なんですね。まだ、色々わかっていない。
>また,交通事故でだまされています。
>最低です。
私は自動車免許持ってません、何故かというと
人を殺す可能性があるから、嫌だったのです。
あと車内で教官とふたりきりは耐えられるかどうか。
でも免許ないと仕事が限られてしまう。
私は合気道という活動の場を持っているので
なんとか他者に対しての自己表現ができているのですが
その原動力は合気道に対する興味であって、
人との交流を楽しむ余裕がなかなかありません。
昨日はアスペルガーという概念を知って、
そこそこ機嫌よく過ごせました。
これが維持できれば良いのだけれど。
松岡 wrote:
>私の親は私が何らかの精神障害があると言っても
>認めようとせず怒り出す始末、結局私がただ怠けている
>という結果でいつも落ち着きます。
うちの親も同じです。私から見ると、親もどうしていいのかわからないんです。
自分たちのほうが先にいなくなる。という現実があるから
「自分たちが認めてしまったら、働く気がなくなるのでは?そうなるとこの子は将来どうなるのだろう」と血のにじむ思いでいってらっしゃるんだと思います。
松岡さんのご両親もきっと心配してらっしゃるんですよ。
でも、うまく表現できないのかもしれませんね。
もっとアスペがメジャーになれば少しは解決するのでしょうね。
本当に願いますよ!!
でも松岡さんが普通を装ってそれを見抜けない精神科って
職業意識が薄い医者です!!
もし一生懸命やっているお医者様がいたらかわいそう!!
>言いたい事だけ言ってしまうのでレスになってないかもしれません。
いえいえありがとうございます。またなにかあったらレスお願いしますね!!
どざいさん wrote:
>
>俗世間的な考えですが、お友達と仲良く遊んで欲しいとか、
>何で外で遊ばないのかな? と悩んでしまいます。
>
>「友人関係」とかについて、皆さんの意見を聞かせてくださると
>勇気づけられるかもしれません。
どざいさんはじめまして!!ととろと申します。
私ではなくて、兄がアスペルガーなのでは?なのですが、
「もっと早くに家族がわかっていれば!!」
「もっと早くにちゃんと対応ができれば!!」
血の涙が出るぐらい後悔しているので、レス書きます。
兄の幼少期で私が覚えていることを書きます。
おそらく、「変わっていて、運動神経が鈍くて、忘れ物が多い、人とはなすことが苦手、でもおもしろい」
という感覚で周りの人は見ていたようでした。
幼稚園のころは、そりゃーもう元気で、幼稚園の先生もいい人でしたので、
個性として認めていていたようです。
小学校のころから、ちょっと違うなという感覚で見られるようになりました。
けれども、周りのお友達は、家に遊びにきてくれたり、
いっしょに宿題をやってくれたり、時にはいじめられもしましたが、
のびのびとすごしていました.
兄の様子が、普通とはぜんぜん違うとはっきり認識したのは中学校のころです。
急に、人と話さなくなりました。
それは、周りの人間が大人になりかけて、「自分と違うものにはかかわらない」
ということを覚える年頃だからだろうなと思います。
事実私も、兄が普通の人間だと思っていたのに、普通とは違うし
お年頃ということもあって、何だか家族を恥ずかしいものと思ってしまいました。
兄のことで、私自身も有名人で(ぜんぜん違うとか)兄にかなり冷たい態度をとってしまいました。(今は,本当に本当に後悔している)
高校時代は、兄にとって地獄だった違いありません。
全く普通と違う高校生でした。ファッションは気にしない。
お友達はいなくなってしまった。
ほかの人とを信じられなくなってしまったんだと思います。
結局兄は大学に進みましたが、そのときでさえ普通だと思っていました。
後で、IQテストの結果を見て兄が大学に進むということは
普通の人が東大に行くぐらい難しいことだと悟り、涙しました。
結局大学のときに、精神的にかなり参ってしまい。本当に自殺すると思うくらいになり、精神科に行き始めてから、「アスペルガーなのでは」とある医者に言われ発覚しました。(けれど大が病院では認められませんでしたがね)
彼にとって本当に必要だったのは、人付き合いがいくら下手でも、
人に、不快感を与えない対応を取れること(一生懸命生きているという姿をアピールできること)を家族が本気になっておしえること、
世の中は仕事をしないと生きていかない、そのためにはどんな失敗をしても前向きに捉えていけるずうずうしさを身に付けてもらうこと、だったと痛感します。
しかし、健常者という枠ではそう考えることは不可能です。
「普通になるように努力しなさい」ではなく、
できない部分を、親も家族も本人も認識すること、
その上で、どう生きていくのか長い年月をかけて考えなくてはいけなかった。
もし、兄の見えない障害が世の中に認められるのなら
兄は、ものすごい努力した人、ものすごく我慢した人です。
でも、今の障害の枠では「就職もしない、ひつづきあいも下手、精神的に弱く、いつおかしくなっても疑問は感じない」ととられてしまう。
どざいさんも今はものすごくつらいと思うけど、
息子さんが将来大人になって、親が経済的にも体力的にも弱くなったときに
息子さんがどう生きるかが問題なのです。
うちは今まさに、そういう状態なんです。
私は、どういう形になるかわかりませんが、一生彼と向き合っていかなくてはいけません。親はさきにいなくなりますから。
本当に、子供一人を持つよりはるかに大変です。自分でも、自信がなくなるときもあるし、このご時世ですしね。どこまで自分ができるかも全くわからない。
結論として、できるだけ早い時期になんらかの障害をもっていると認められるのはラッキーです。家族も、本人も「LD、自閉症、ならどう生きていくか」を本気で考えることができます。
いま、本当に兄にとってきた態度に気が狂いそうなくらい後悔している。
もっと早くにわかっていれば、せめて家族だけでも理解してあげられれば、
今とは違う人生が送れていただろうと思う。
大人になってしまったから、LDだとか認められることもないだろうし、
医者に腹を立てても、「この小娘がなにをおおおおお」と取られるだけ、
でも、兄には素直にそういえないんです。
それが、認められた障害と認められていないグレーゾーンの違いです。
今は、自分の兄はアスペなのでは?というのは生きる活力になりつつあります。
だったら仕事がんばろうとか、絶対ほかの人より幸せになってやる!!とか
いつか、アスペを知らないような不勉強な医者を反省させてやる!!とかなどなど、
家族もつらいけど、本人には家族が明るいのが一番だと思う!!
がんばりましょう!!
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