アスペルガーの館の掲示板(旧)
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チイママ wrote:
>ここにカキコする文を考えて打つ時どれくらいの時間がかかりますか。
1時間くらいです。よくよく考えて、見直してから書き込むのですが、後から自分の文章を読むと、言いたいこととズレていて、すぐに削除したくなります。思ったことをすぐ書ければいいのですが、次から次と思考が沸いてきて、まとまりがなくなってしまい、書き込みをあきらめることもよくあります。
あいさつは苦手なので、いつも省略です。みなさん、非礼をお許しください。
武田好史 wrote:
>私も中学生のころまで、「宇宙を旅行したいという」夢を持っていました。
私も中学3年のときまででした。夢を持っていたのは。
>けどどうも私は費用も工面できないし、乗り物酔いもひどいし、閉鎖系のストレスに耐えるだけの精神力もないし・・・無理みたいです。
現実をぶつけられると苦しい・・・
でも、宇宙ステーションができて大型になったら、清掃員を募集するんじゃないかと、ひそかに期待してたりします。猿並みの扱いでもいいから行きたいです。20年後でも50歳近くだから、無理かな?
私にとっての事実を書いたまでで、父の悪口を書いた訳ではありませんので、あしからず。気を悪くされた方は、どうかお許しください。彼は単純ですが、人間味にあふれたいい人ですよ。
たあ wrote:
>私は、人に自分の言いたい事を伝えるのが難しいみたいなんですけど、みなさんは、人に自分の要求を伝えるのに、何か工夫をしていますか?
>
>よく、話すことが難しければ手紙でも書けばいい、と言われるけれど、私は、話せないことは言葉にも出来ないので、いまのこの半分ひきこもり状況を人に(特に親に)説明出来なくて困っています。
そういうこと、よくあります。
今までも、言葉で伝えられなかったおかげで、ずいぶん友達に
嫌われたりしていました。
そういうとき、かならず私は手紙にしていました。
ノートの切れ端とか、折り紙のウラとか、何でもいいけれど、
とにかく「どう伝えればいいのか分からない」「自分でも困ってる」
と、全部をさらけだしちゃうのです。
一般人の間では「謝る」という行為が、なぜか神聖視されているようなので
その習慣にのっとって
「自分でも気づかずに傷つけるようなことしていたらごめんね」
とあやまります。
そうすると、たいていの人はにっこり笑って仲直りをしてくれました。
たいていが、心のすれ違いが原因でした。
高いところから降りるときは怖いけれど、
降りた後、下から上をみあげればあまり高くなかったことに気づきます。
ちょっとジャンプ、してみよ、たあさん。
チイママさん wrote:
>ここにカキコする文を考えて打つ時どれくらいの時間がかかりますか。私は何回も書いてはやり直したり、付け足したりということをして、こんな少しの文を書くにも30分以上かかったりします。
私が2月の中旬、挨拶代わりに書き込みした時は1時間以上かかってますね。
大して長い文章でも無かったですけど(^.^)
>いろんなことが頭に浮かんで書きたいことはたくさんあるのだけれど、実際に書こうとすると時間ばかりかかって思ってることがうまく表現できません。
>考えながら書くとか考えながら話すとかいう一度に2つのことが自分には難しいような気がします。
おなじですね。たぶん思っていることは抽象的なことではないでしょうか?
私の場合は、抽象的なことを思い浮かべてしまうので、言葉にならないことが
頭の中を占領してしまって、他人との会話のときは一瞬考えているフリをして
それらを排除してから話しますから、ワンテンポ遅れてしまいますね。
まして書くということになるとたいへんです。この程度の簡単なレスポンスで
も30分かかってしまいました(^^)
でも、書くということは、自分の感じていることや考えていることをわかりや
すく表現するよい訓練になりますね。
後になってしまいましたけど、チイママさんの文章、簡潔でとても分かりやす
いですね。
tudu wrote:
>はじめまして
>
>自分は、いやなことがあった時、人の悪口が言えないのですが
>これってASの一種なのですか。
>
>教えていただけたら幸いです。
これは悩むべきことではありません。むしろ誇るべきです。
それだけあなたは人に気配りできる、良い人だといえます。
聞き上手というのは、いざというときにしっかりした対応ができ、逆にああだこうだいうやつはろくなことができないものです。
ミヒャエル・エンデの「モモ」の主人公のモモという女の子は、数もあやふやに
しか数えられないLDぽい子でしたが、優れた聞き上手であり、住んでいた町を「退屈病」におとしいれた「灰色の男たち」の秘密をにぎって、人間に時間を配給している時の翁の力を借りて、彼らをやっつけ、元の明るい町を復活させました。
雄弁なやつがすべて偉いということはないのです。
はじめまして
自分は、いやなことがあった時、人の悪口が言えないのですが
これってASの一種なのですか。
教えていただけたら幸いです。
武田好史 wrote:
>tori wrote:
>武田好史 wrote:
あなたが海外でぜひとも行ってみたいところは、どこですか?
>海外ではないですが、宇宙には行ってみたいと思います。
>地球全体を一度眺めてみたい。
>宇宙旅行もいずれ安くなるだろうし・・・
>(質問の趣旨と答えがあっていなくてごめんなさい)
私も中学生のころまで、「宇宙を旅行したいという」夢を持っていました。
けどどうも私は費用も工面できないし、乗り物酔いもひどいし、閉鎖系のストレスに耐えるだけの精神力もないし・・・無理みたいです。
今日青森からおばさんと一緒に来て、今は疲れてぐーすかぴーすか寝ている、いとこの愛息君が大人になるころには、技術が進んで誰でもちょっと体力がしっかりしていれば宇宙へでかけられ、「おじちゃん地球は・・・な星だよ!」と老け込んだ私に話してくれるような、そんな世の中になっていればと思います。
NASAよNASUDAよ、しっかりせーい!
空さん、初めまして
あねです。
私はASではありませんが、妹がASではないかと思っています(まだ言っていません。)
ちなみに私は鬱病を患っています。
今日初めて空さんの書き込みに気が付きました。
(しばしば覗いてはいるのですが、全てのコメントは見ていないので。ゴメンね。)
空さんの書き込みを読んで、もしかすると空さんは鬱病なのではないかと思いました。
もしそうだとすると、ある意味ラッキーですよ。
鬱病は薬で治ります。
詳細は「Dr.林の心と脳の相談室」http://www.so-net.ne.jp/vivre/kokoro/を見て下さい。
体質的な鬱病もあります。
私はそうです。
これは、一般的に、薬で二から三ヶ月で良くなるようです。
環境(家庭や職場)などのストレスからなる鬱病だと、前者に比べてやや、やっかいになるようです。
臨床心理士さんによるカウンセリングを併用すると良いのではないかと、思います。
それでも、薬により症状(つらい、しんどい、落ち込む)などは緩和できます。
いずれにしろ、精神科やカウンセリング施設を利用しない手は無いですよ。
一度相談してみたらいかがかしら?
(もしも、行ってみたら感じが悪かったとか、理解してもらえなかった、などということも有るかもしれませんが、
あきらめないで。たまたま、自分に合わない所に行ってしまっただけかもしれませんよ。)
とにかく今は、ゆっくり自分を休ませてあげよ〜。
あね
みなさん、こんにちは。
以前に妹の事で相談させて頂いた「あね」です。
その節は、武田さん、ねこめ4さん、回答をありがとうございました。
その後も、アスペルガーの館をちょくちょく拝見させて頂いていました。
妹がASであるかもしれないということは、今だ、妹には話していません。
私の鬱病はお陰様で、ほぼ回復しつつあります。
私は子供の頃から、「悲哀」や「憂鬱」、ときには「死にたいなぁ」という奇妙な感情に困っていました。
そして常に心が疲れていました。
それらは、家庭環境、特に父親との関係から来ていると思っていました。
何が原因になっているのかを知りたくて、最近、臨床心理士さんによるカウンセリングを受け始めました。
カウンセリングを通して、父もASなのではないか、と、思い始めていました。
そして今日、ASの妻もどきさん、toriさんの投稿を読んで衝撃を受けました。
私の父も恐らくASです。
今まで私を苦しめてきた父の態度、発言は彼がAS故だと考えると納得ができます。
父は、私たち姉妹に、父が決めた決まり事や興味や関心を押しつけました。
「テレビはNHK意外はくずだ。」「漫画を読んだら馬鹿になる。」くらいなら、愛嬌で済むのですが(ははは)、
しつけと称した父の指示や意見に従わない、もしくは反論をすると、異常なほどに激昂し、暴力も振るいました。
小学生の頃、我が家に拾われた子犬がやってきました。
精神的に疲れ果てていた私は、癒しを必要としていて、犬を飼いたいと以前から父に訴えていました。
私はその子犬をどうしても飼いたくて、泣きながら父に頼みました。
父はがんとして聞き入れませんでした。
そして最後には「犬と一緒にお前も出て行け!」と言われました。
父に対する愛情が決定的に消滅したのは、夜道で見知らぬ男にレイプされそうになった晩のことでした。
私は大学院修士の学生でした。
運良くレイプ犯から逃れ、それでも口の中が切れたりして血が飛び散ったブラウスを着て動揺している私に父は言いました。
「何でお前は奨学金を取れなかったんだ。取ると言っていたじゃないか。約束が違う。」
それ以来、私は父を、人格欠落者だと思ってきました。
恐ろしく心が冷たく、共感性の欠落した、自己中心的な人間だと思ってきました。
しかし、父がASなのだとしたら、今までの私の心をえぐってきた、数々(上記以外にも)のエピソードにおいて、
何故父があのような態度や発言をしたかということが説明できるように思ったのです。
私は今、混乱しています。
父を憎む気持ち、嫌う気持ちの他に、理解出来るのではないかという気持ちが生じて動揺しています。
でも、再び自分が傷つかないためには父に近づきたく無い、という気持ちもあります。
AS=冷たいでは、決して無いと思っています。
妹もASであると思っていますが、私は妹を心の底から愛しています。
妹からは暖かさや、姉妹としての情愛を感じます。
妹は多くの友人や、職場の上司や同僚から愛されていると思います。
父は6歳で実の母親を病気で亡くしています。
母の無いASの子供が生きていくためには、きっと、多くの困難があったのだろうとは想像できます。
困難を乗り越えるために、自己防衛的に、彼の人格はねじ曲がってしまったのではないかというのが、
今の私の解釈です。
父との関係は、私の今までの人生にのしかかっていた重石です。
また何か新たな解釈が生まれたら、再び投稿させて頂きたいと思っています。
みなさん、体には気を付けてくださいね。
あね
ここにカキコする文を考えて打つ時どれくらいの時間がかかりますか。私は何回も書いてはやり直したり、付け足したりということをして、こんな少しの文を書くにも30分以上かかったりします。
いろんなことが頭に浮かんで書きたいことはたくさんあるのだけれど、実際に書こうとすると時間ばかりかかって思ってることがうまく表現できません。
考えながら書くとか考えながら話すとかいう一度に2つのことが自分には難しいような気がします。
私の父は、母から「ヒトラー」「天才のなりそこない」と呼ばれていました。後で聞いたところによると、やはり母は、何度も何度も別れようかと思ったそうです。私も父に向かって、「お前なんぞ、母と離婚してしまえ!」と怒鳴って、椅子で殴り殺されそうになったことがありました。その後母は反撃に出まして、今では父も大人しくなりました。一時からすると、母は随分若返ったように見えます。憶測でものごとを言って申し訳ないのですが、その人はおそらく、いくら筋道を立てて理を説いても、理解はしないのではないでしょうか。ただし、人が怒っていることはわかると思います。怒って、泣いて訴えれば、「何でこいつは泣いてんだ?」とようやく振り返る感じかもしれません。一方、私のことを言わせてもらえば、私は今でも父のことを信用していません。と同時に、どうやら私もかなり父に似ているようで、あまり人のことは言えないようです。仕事に熱中すると、身体の変化に無自覚になって、それで体調が悪くて機嫌が悪い、ということもあるかもしれません。私はASなんだかADDなんだかLDなんだかよくわかりませんが、人と隔たっていることは確かです。別にあたたかい目を向けてくれとは言いません。ただ、もっとハッキリと話してくれればいいのに、と思うことがよくあります。「だから何度も言ってるでしょ!」と言われても、理解するまでは、全然、何のことなのかさっぱりわからなかったりします。ハッキリと言われたら言われたで、ひどく落ち込んだりもするんですが・・・。最後にもう一つ父のことを。彼はまったくの教育不適格者でした。自分では、しつけと称して、気まぐれに子供を飽きるまで叩くことが教育であると固く信じていたようで、今でも私のことをちゃんと教育したのにだらしがない、と考えているようです。ASの方にもいろいろいるようですし、一概には言えませんが、こういう人もいるんですよ、ということを知っておいて欲しいと思い書きました。あなたと彼のお子さんがすくすくと育ちますように。
追記:仕事に関しては有能でも、人間関係でつまずくことがあるかもしれません。人から恨みを買うとか。本人には自覚がないので、火に油を注ぐようなことを言って、危険な目にあったことがあります、私は。人をモノ扱いする悪い癖です。(反省)
武田好史 wrote:
天清浄(てんしょうじょう)
地清浄 (ちしょうじょう)
内外清浄(ないがいしょうじょう)
六根清浄(ろっこんしょうじょう)
これは私が24のとき、東北のある農村に住んでいる修験者の人から、「なんか仕事や勉強にいきずまって困った時に、唱えてごらん」と教えられた、おまじないです。
4行目の「六根」とは、人間の五感と心のことを指す言葉のようです。
はじめまして。ここにたどり着いて良かった。と言うのが、今の正直な感想です。
付き合いだして2年。去年彼が事業を起こして、私を事務員に仕立ててからというもの、幾度こんなやつとは別れてやる。と、思ったことか。
ここ一年ばかり、彼とその子どもたちの面倒を見ていたのですが、「こうでなくてはならない」ということが山ほどあって、とってもたいへんでした。それを覚えてやり遂げようとするのだけど、そりゃ沢山あって失敗や、忘れることもありますよね。すると、もう大変・・役立たずよばわりです。
おまけに、よく携帯にかかってくるのだけど、なにかなーと、思うとたいてい「おこごと」そう思ったら後で言うか、やっといてくれたらいいのに・・・と、思うのですが、アスペルガーの人はだめなんですね。すっごいこだわりと自分のつくったきまりのなかで生きてて、そこからはみだそうものなら、すごい拒否反応
やってあたりまえ。やらなきゃおこる。感謝の言葉もなく。文句をいうと、すっごく機嫌がわるくなり、口をきかなくなる。
ただのわがまま男か。 と、思うとそうでもないし、たまにはとんでもなく優しい言葉で接してくれることもある。でも、私のほうがいかれてしまっています。だって「絶対やらなくてはいけない」のだから夜中毎日二時、三時。明日でいい。なんていってくれない人ですから・・・。私は睡眠不足と疲れから早期の更年期になり、すごい鬱症状まででて、今治療中です。
それでも彼のいいところや、仕事へのパワーや、集中力、すばらしい仕事ぶり「それはアスペルガーらしい」準備と、計画によって、また言葉の巧みさによって成り立っているものだけど、すごいとしかいいようのない仕事ぶり・・・。
に、感服しているのです。それに自然を愛する心。そこが私としても共感できるところです。そこが彼にとってもわたしとのつながりのなかで大切に思っている部分なのではないか。と、思っています。そのおかげで、まだこうしてなんとか、いっしょにいます。
でも、もうだめ。疲れた。私の人生を生きてこう。と思ったら、
ここに出会いました。と、いうのは、私のこどもがADHDなので〔注意欠陥の方〕で
いろいろ調べていたからです。
しかしまたもっと問題が発生しつつあります。
彼の子。女の子なのですが、まさにうちのADHD君の女版ではありませんか。
今、私の子と一緒に病院に連れて行く予定です。
彼には言ってません。ADHDなんてわかったらどんな風になってしまうか。
ちょっとこわいし。ただ、学業が不良になりつつあって、登校拒否のきらいがでて
きたので、それもかねて、彼には登校拒否の件で病院に行く。といってあります。
ここから少しずつ、彼にこういう病気もあるのだ。ということをしらしめたいし、
本人はまったく自分が少し変とは思ってないので、家族や、会社関係者みんなが迷惑していること。なにより、彼の子たちが、彼の教育方針にのっとっているうちに、極端な神経質さや、人と仲良くやれないなどの弊害がでてきて、何か人間らしい優しさや、情緒みたいなものに、欠けていることなどがでてきているので、何とかしてあげなくては・・・と、思ったからです。彼はそういうことには、無関心なので、アスペルガーらしく・・・
ここは、私にとっては希望の光です。いろんな本を読んでまた勉強したいとおもっています。皆さんもアスペルガーはこんな考えだよ。ということを、生の声で教えてください。宜敷くお願いします。長くなってすみませんでした。
たあ wrote:
>私は、人に自分の言いたい事を伝えるのが難しいみたいなんですけど、みなさんは、人に自分の要求を伝えるのに、何か工夫をしていますか?
>
>よく、話すことが難しければ手紙でも書けばいい、と言われるけれど、私は、話せないことは言葉にも出来ないので、いまのこの半分ひきこもり状況を人に(特に親に)説明出来なくて困っています。
>
>何が嫌で引きこもっているのか?と聞かれても、何が嫌なのか自体、自分でもわからない状態です。ただ、人と会っていると、落ち着かなくなり、太ももに指で爪を立ててつねって、後でミミズばれになったりすることがあるため、人と会うのが嫌なのかもしれないと思うけれど。
>
>どうして他の人と同じように出来ないのか、自分で理由がわからないことが辛いです。
私は、言葉の世界はフィクションだと割り切っています。言葉は、自分の内面を実体化(現実化)する一つの手段です。それはいつも完璧ではありません。欠けているところがあったり、過剰に修飾されていたりします。それでも、完璧でないことを嫌って、自分の内に自分の世界を抱え込んだままだと、自分の考えていることを人に伝えることが出来ません。
言葉以上に、行動は雄弁だと思いますが、動的な動作は何かを物語るのに対し、静的な動作は、見る人に読解の自由を与えます。人は、何かもっとヒントを引き出そうと、いろいろなチョッカイをかけてきます。私も、たあさんと同じように、内面と外界との軋轢に悩んだ時期があります。人に合わせるということは、多かれ少なかれ自分の内面を犠牲にすることです。いくら内面を犠牲にしても人と合わない人は、いつも苦しみを味わうだけです。それでも、もっと、もっと、と人に合わせることを要求する人たちは、私には、人の内面までコントロールしたがる支配欲の鬼としか思えません。
最後になってしまいましたが、なぜ引きこもるのか?を人に説明するのは難しいと思います。言葉を繋げて、それらしいもっともな理由を作り上げることは可能です。でもそれは、人に安心材料を与えるだけで、本当の自分が何を考えているのかを表している訳ではないと思います。自分でもよくわからないことを、人に伝えることはできないと思いますよ。そのことを理解してもらうしかないのではないでしょうか。何でもかんでも即席の理由を付けることがいいこととは思いません。わかってくるまでに、たくさんの時間が掛かることだって、たくさんあるはずですよ。
たあ wrote:
>私は、人に自分の言いたい事を伝えるのが難しいみたいなんですけど、みなさんは、人に自分の要求を伝えるのに、何か工夫をしていますか?
>
>よく、話すことが難しければ手紙でも書けばいい、と言われるけれど、私は、話せないことは言葉にも出来ないので、いまのこの半分ひきこもり状況を人に(特に親に)説明出来なくて困っています。
>
>何が嫌で引きこもっているのか?と聞かれても、何が嫌なのか自体、自分でもわからない状態です。ただ、人と会っていると、落ち着かなくなり、太ももに指で爪を立ててつねって、後でミミズばれになったりすることがあるため、人と会うのが嫌なのかもしれないと思うけれど。
>
>どうして他の人と同じように出来ないのか、自分で理由がわからないことが辛いです。
私も同じです。いつもいつも自分の率直な気持ちを相手に伝えられないもどかしさを感じています。
まあこういうことは、「とにかく話してみれば、いつかは誰かは判ってもらえる・・・」と気長に考えるしかないのだと思います。
私も含めてこのページの投稿者はプロのカウンセラーではない凡人なので、できることには限りがありますが、それでもレスであなたが悩みを訴えてくれれば、それなりに知恵を出してくれるでしょう。
とにかく独りであれやこれやと考えこまないで、どんどん話合いましょう。
たあさん、こんにちわ。成人LDのくるとです。
たあ wrote:
>私は、人に自分の言いたい事を伝えるのが難しいみたいなんですけど、みなさん>は、人に自分の要求を伝えるのに、何か工夫をしていますか?
たあさんが今回書きこんだコメントは、とても自分の言いたいことをよく伝えているように思います。こんなことの積み重ねが大切なんじゃないでしょうか。
>どうして他の人と同じように出来ないのか、自分で理由がわからないことが辛い>です。
わたしたちのような人間はあまり「他の人と同じになろう」としない方がいいかもしれません。ASは「他の人のマネができるようになる」ために生まれてきたわけではないのです。あまりあせらないでください。
シュッツ wrote:
>
>基本的には別物であり、内面的にも全く違うのですが、外から見た時の行動などに、原因は違っても共通する部分があるので、見間違える可能性があるということでしょう。
>大人になってからのアスペは診断されにくく、子供のときに診断されていないのだからという考えが働いて、分裂症に見間違えられがちになるのではないでしょうか。
>多くの要因の一つになりうるかも知れませんが、他の要因と比べて特別強いわけでもなく、アスペをことさら取り上げることはないと思います。
私はその後、クリストファー S・エイメイソン著「家族のための精神分裂病入門」という本を読んでみました。
それによると、分裂病の患者さんは、その人の出生以前に脳に生じた破壊のために、15〜30歳にかけての青年期に、人間らしい感情や思考が行えるように、脳の前頭葉で行われるはずの不必要な神経の淘汰(皮質刈り込み)が、スムーズに行われず、またその皮質刈り込みが進行しているときに、脳の神経細胞で合成され・放出される神経伝達物質が異常な作用を起こすことにより、神経細胞が壊されてしまい、その結果として何らかのストレスがかかったときに妄想や幻聴などが生じる
病的な状態になったり、落ち着いても以前のような仕事ができなくなってしまったりするようです。
こうしてみると同じ脳の機能障害者でも、アスぺの人は努力すればかんができて仕事ができるようになりますが、分裂病の人はどんなにがんばっても発病前の状態以上の仕事をすることは難しい、これが双方の明確な相違点であり、周りにいる人もそれに見合った対応が求められるようになってくるということみたいです。
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