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「触れる」ということ 4356へのコメント
No.4357  Mon, 23 Apr 2001 16:37:08 +0900  Maria [この発言にコメントする]


ななはさん wrote:
>みなさんに懲りずにQ:あなたが一番触られると嫌な身体の部位はどこですか?
 「誰に」「どういう状態のとき」「どこを」「どんなふうに」を抜きには、この問題については語れません。

 私は基本的に触られるのが嫌いです。例外は三つあって、一つめは動物と子供。二つめは太極拳の推手と推拿。三つめは恋人との接触。

 動物と子供に関しては、すり寄られたり撫でたり抱きしめたりというのはいいのだけれど、舐められたり暴れられたりというのはダメ。

 太極拳の推手と推拿は、身体と身体が対話する感じが心地よいのですが、まあ触れる場所というのは決まっていますからどうってことはありません。

 恋人同士だと基本的にはどこでもアリアリ(「衛生上おすすめできない行為」や「危険な行為」は別にして、ですが)なのだけれど、それでも身体がまだほぐれていない状態のときにゴリゴリ触られちゃったりとか、まだ身体がホットな状態になってないのに敏感な部分に触られたりとかいうのはやっぱり嫌。あるいは顔面を手で触られるのもあんまり好きじゃありません。

>マッサージはネイルサロンでのハンドマッサージが限度で、特に肩付近を人に
>触られるのはとても苦手です。
とのことですが、これは典型的な僧帽筋症状。本人は意識していないだろうけど、麻痺した筋肉からノイズがキンキン出まくりですから、自律神経が悲鳴をあげているはずです。冷え性というのも自律神経の機能不全が原因です。
 ヒンズー・スクワットは確かにお勧めですが、上体を使わないため全身的に血行はよくなるものの僧帽筋に直接効かないのが難といえば難。水泳はその点ベストですがいちいち通うのが面倒。お勧めは辞書や水を入れたPETボトルでのダンベル体操です。そこいらに出してあると辞書をよく引くようになり、水は非常時の飲料水になります。また、持ちにくいかわりにキーボードの打ちすぎによる腱鞘炎の予防にもなります。

 脇の下から肋骨の上にかけて、というのは確かに敏感ではあるんですが、布地の上から、あるいは素肌にローションを塗った状態で、掌全体を使って「ずうっ」と撫であげられる、というのは快感だったりします。ただし、初心者はご注意あれ。十分に準備をしておいて、まず手を当ててからOKが出るまでぜったい動かさないように念を押して、なるべく注意を他の部分に持ってって、深呼吸をして十分にリラックスして、なんらかの方法で意志を確認して、さあ、という感じになります。それでも反射的にぶん殴っちゃう女性もいたりするから恐いんだけど。
 ですから、映画に出てくるような大きくて厚いバスタオルでくるんでおいて、その上からごしごしごし、という感じであらかじめ皮膚の感覚を活性化しておく、といった手も覚えておくと有効です。つまりは乾布摩擦みたいなものですね。

 コリッとした刺激に弱いのは五か所(計左右十か所)。首筋の前と後ろの動脈のところ、鎖骨の下のくぼみ、そけい部といって太股の付け根のちょっと上、膝の内側の拳ひとつ分上のちょっと窪んだ部分。

 指でこすられると効くのは、耳と足の指の付け根。
 病院に入院すると、お風呂に入れないので看護婦さんが足を洗ってくれることがあります。これは前にも書いたけど、イエス・キリストが「最後の晩餐」のときに弟子の足を洗った、というところから来ていて、バプテスマのヨハネさんの教団から伝わっていた習慣のようです。「しゃがんで靴の紐を解く価値もない」というのは足を洗うためであり、それは相手に対する尊敬あるいは崇拝を表す行為だったようです。仏教でも「オン・サラバ・タタギャタ・ハンナマンナ・ノウ・キャロミ(慎んで御佛のおみ足を戴きます)」といって礼拝する方法がありますし、女性の前に跪いて足の甲にキスする、というのが好きな男性もいます。
 パートナーが風邪で寝込んでしまったら、足を洗ってあげるというのはいいかもしれません。浴用発泡剤やハーバルエッセンスなども活用して、十分に足を温めてから石鹸と小さなタオル(ホテルで見かけるハンドタオルのサイズ)で洗います。指の付け根は手で洗います。これ、意識すると力が入っちゃって死ぬほどくすぐったい。だから洗われる側はなるべく他のことを考えながらリラックスして呼吸をととのえて、とかするんだけど、まあ……けっこう強烈です。

 もぞもぞとした刺激に弱いのは、尾骨の付け根のあたりと太股の後ろ内側の部分。正面から腰を抱えあげると自然にそこに手がゆきます。何か関係があるんでしょうか。
 背筋も指先でつぅーっと撫であげられるとそそり立っちゃう女性が多いですね。だから後ろに立たれるのを嫌う女性は多いです。
 ところがふつうの職場というのは中央に背を向けて仕事をするので後ろを人が通るもんで集中はできないわコンピュータ使ってると明かりが反射はするわで非常にツラかったりします。これは壁に黒っぽいポスターなんかをベタベタ張って、そこを背にして中央を向いてマシンを使えるようにするのがベストでしょう。

 あとは多少ビミョーな話になるのですが、真皮と粘膜というのはそもそもモノが違います。で、肝心の結合においては女性側の粘膜と男性側の真皮というのが直接接触した状態が生まれます。で、この危機的状況をいくぶんか緩和するために、男性のあの部分というのはああいう構造になっておるのですが、近年誤った社会通念が蔓延しつつあるためにしなくていい手術をする男性が数多く存在して、男女間の摩擦が対人関係において問題を起こす、というのが一部で社会問題化しております。
 したがって、例のゴム製品というのは避妊や性病予防のみならず、快感の増大にも寄与しうるのだということは、覚えておくにしくはない、と思います。

 もっとも男がヘタだったらどうしようもないんだけど - Maria -


危険側線?! 4348へのコメント
No.4356  Mon, 23 Apr 2001 10:09:54 +0900  武田好史 [この発言にコメントする]

ななは wrote:
>
>みなさんに懲りずにQ:あなたが一番触られると嫌な身体の部位はどこですか?

 私は、脇の下から脇腹にかけての部分の感覚が過敏です。くすぐられるような弱い刺激でも、ぞっとするような不快感を感じます。
 かなり最近ですが、癇癪を起こしたとき、母が私を抱き留めたので、それを激しく振り払おうとしたときに、母が肩をくじいてしまいました。
  
 人間と同じ脊椎動物の魚には、身体の側面の真ん中に、「危険側線」という感覚が敏感な部分があります。魚は、危険側線によって自分の周りにある微妙な水の流れの変化を感じ取ることによって、自分の身を捕食者から守っているようです。

 おそらく、私の感覚過敏もそんな類のことで、普通の人もある程度は感じているが、私の場合それを調節する機構がうまく働かないために、弱い刺激でも過敏に感じてしまうということみたいです。


Re: 言葉の可能性と限界 4350へのコメント
No.4355  Mon, 23 Apr 2001 09:57:48 +0900  Maria [この発言にコメントする]

makichan wrote:
>人はコミニケーションの多くを言葉でしますよね。けど言葉は、よく考えれば
>活字にすればインクの染みだし、口にすれば空気の振動だし、ネットでならモ
>ニターに写る光の粒でしかないわけで、そんないい加減なもので、人と人が理
>解しあえる、共感が得られると思うほうがオカシイと思うんですね。

 新聞紙にランダムに文字が並んでいたら焼き芋を包むくらいの役にしか立たないし、ハナモゲラ語は言葉から言語学的な意味が抜け落ちているからこそ面白いのだし、いわゆる「砂の嵐」状態は「現在の状態から直後の状態を予想することがまったくできない」という意味で表示情報量としては最大だけど、なにかを「表示」しているようにはまったく見えません。
 メディアと情報をごっちゃにする人って多いんですよね。「情報」って、「相互作用」や「実在」よりずっと分かりにくいから。

 仏教では「(物質的な)実在」のことを「色」といいます。makichan はその「色」に囚われているわけですね。で、「般若教」というのは「色」と「空(相互作用)」の相対性(ソウタイセイではなくてソウツイセイ)を説いているわけです。つまり、「相互作用を持たないのに実在する」とか、「実在しないのに相互作用だけがある」とかいったものは「存在」するのか?みたいな論争を否定したんですね。色即是空、空即是色。「(物質的な)実在」と「相互作用」というのは一つのことを別の側面から見ているにすぎない、ということなんですね。
 あるいは「宇宙の外には何がある?」みたいな話も、「ある(存在する)」も「ない(存在しない)」も空間(アキマではなくクウカン)の性質であり、「空間」そのものを「宇宙」と呼んでおるのですから、その外には「ある」とか「ない」とかの区別そのものが定義されてない、ということが言えるわけです。で、「物質」というのはある一定の空間にエネルギーが詰め込まれた状態である、というのがアインシュタインの特種相対性理論で、そのアインシュタイン自身が「ブラックホール」のように「物質ならざる実在」などというものが恒星質量単位の規模で存在している可能性がある、とか言われたとたんに自分の理論を疑った、ということもあったりするんですよ。

 で、「理解」とか「共感」とかいった「認識」になるとさらにわかりくいんです。

>余談になりますが、今日お昼にNHKで「唯識論」の講義やってました。わたし
>は宗教ではこれが一番好きなんですね。「在るから感じる」じゃなしに「感じる
>から在るんだ」これを推論していくわけですね。
 この「唯識論」というのはこうした「宇宙の性質」(般若経に説かれています)と「人間の『こころ』の性質」(阿弥陀経に説かれています)を統合するために、「認識」について説いたものであり、それ以前の仏教を「存在論的仏教」とするならば、「唯識論」は「認識論的仏教」です。デカルトさんが「こうして考えとるワシというものは、確かにおるんじゃぁ!」と叫び、パスカルさんが「宇宙を『理解』できる『人間』という存在は、葦のように弱いけれど、実在よりも上の存在(形而上的な存在)なのだ」とつぶやいたというのは「西洋哲学における唯識論の芽生え」だったと言うことができます。

 世界初のディジタル計算機と言われているのは「パスカルの計算機」です(そろばんは計算�器�)。つまり、パスカルは「計算」を人間の認識のモデルにしたんですね。「計算している」というのは、「何かをしている」のか、それとも「何もしていない」のか。で、「している」のだけど「していない」、つまり「認識」という「非物質的な実在」というものを想定したわけです。だけどこの段階では「情報」と「認識」の区別はあいまいでした。で、コンピュータの登場によって形而上学は幼年期に別れを告げた、ということだったりします。

 そんなわけですから、
>現代科学の生き詰まりを突破できるのは「唯識論」しかないんじゃないかしら。
みたいな発言は、「現代科学」というものをテクノロジーの面からしか見ていないという、まさしく資本主義者のパワーゲーム的歴史観に毒された考えかたに端を発していると断ぜざるを得ないのだな。現代科学は東洋哲学や西洋哲学といった礎石の上に構築されておるわけです。
 安直に解決の道を求めると、かえって自分の居場所を見失ってさらに深い森の中に迷いこんでしまいます。

 「観脚下」。お忘れなきように。

 本領発揮 ベタニアのMaria


Re: MOさんへ(4312補足) 4315へのコメント
No.4354  Mon, 23 Apr 2001 07:20:50 +0900  MO [この発言にコメントする]

おはようございます。
集団の中の1人という捉え方ではなく、個としての1人を尊重しなければ
という事ですよね。とてもよく分かります。
うちの子についても、将来的に個人としてやっていけるものを
身につけてくれればと思っています。
しかし、普通学級という枠組みの中でやっている為、どうしても
集団生活というものを意識せざるを得ません。(いっそ、先生、医者に
とても普通学級ではやっていけません。と言われるとか、親の目から見て、
どうしても普通学級ではダメだと認識して、障害児学級に入れざるを得なく
なってくれた方がいいと思う時もあります。)
これからもいろいろな葛藤があるかと思いますが、がんばっていこう
と思います。


Re: 他人への興味 4344へのコメント
No.4353  Mon, 23 Apr 2001 05:28:08 +0900  ぴよ [この発言にコメントする]

Mariaさん wrote:

>>そういえば、「ふたりエッチ」って、いいマンガですよね。
>>私の一押しです。
> ごめんねー、あたしあのマンガ嫌いなのよ。

Mariaさんのおっしゃりたいことも、わかるような気がします。

私がなぜ「ふたりエッチ」が好きかというと、
読後感のよさを感じたからです。

でも、エッチの教科書としては、誤解を与える点が多い。
そう思います。たしかに、学術的な価値はイマイチです。
#まぁ、「他の人は、どういうふうにヤッているのだろうか」
#を知る資料にはなります。そういう点を評価しています。

Mariaさんは、エッチのエキスパートなので、
どうしても、エッチ本にクオリティを求めてしまうのかも。

エッチって、追求してみると、おもしろいですから。
"The Joy of Sex"、読んでみたいです。


言葉の可能性と限界
No.4350  Mon, 23 Apr 2001 01:48:12 +0900  makichan [この発言にコメントする]


makichanこと私 wrote:

>「ASは、自分が少しオカシイ、周りと違っていると思う分だけ、普通の人より>狂気の度合いが薄い。」

 これがヘンテコな日本語なのは解かっているんですけどね。自分の思いを、正確に言葉に変換しようとすればするだけ、言葉がバラバラになって文章にならないんですね。それでいつも苛つく。普段喋らないから、掲示板では意気込んじゃうんでしょうかね。私の言葉で傷ついた人がいれば謝ります。ゴメンなさいね。
 上の言葉を更に説明させていただきます。
 人はコミニケーションの多くを言葉でしますよね。けど言葉は、よく考えれば活字にすればインクの染みだし、口にすれば空気の振動だし、ネットでならモニターに写る光の粒でしかないわけで、そんないい加減なもので、人と人が理解しあえる、共感が得られると思うほうがオカシイと思うんですね。いえ決して不可能というんじゃないけども(今現にそうしようとしてるんですけど。)なかなかにむずかしいと思うんですね。わかってると錯覚してるだけじゃないか。自分がASタイプだからか、ASなんて言葉も疑ってしまうし・・。
 なんらかの確固とした信念持てる人が羨ましい。羨ましいと同時に腹立たしくなる。あんたの信念なんて錯覚なんじゃないかっていいたくなる。私はパニック起こした時とか、なにか疎ましかったりした時、頭の中で地球がゆっくり自転してる姿を思い浮かべるね。そしたらなんだかスウッと落ち着いてくるんだ。自分の脳みそのことなんか宇宙からみたらとるに足りないってね。
 人間社会は理性なんかででうごいてるんじゃ決してないね。本能的な物欲、権勢欲。メンツとかで動いてることの方が多い。そんな時にも本能に一歩躊躇うこと、オカシイんじゃないかと疑問を呈することが、ASの、いや人間として真に偉大なところじゃないかと思うんです。
 すこしは説明になりましたかねえ?。余談になりますが、今日お昼にNHKで「唯識論」の講義やってました。わたしは宗教ではこれが一番好きなんですね。「在るから感じる」じゃなしに「感じるから在るんだ」これを推論していくわけですね。
 現代科学の生き詰まりを突破できるのは「唯識論」しかないんじゃないかしら。阿頼耶識なんてものがあって、理解とか共感とかができる、将来にも期待できる。自分も過去からの連続体にしか過ぎんとわかる。というより自分とはフィクションにぎん。最初からおおいなるもののー部にしかなかったのだとわかるのだ。つまり最初から神にー部分にすぎなっかたのだ。きょうはこれ位にしとくね。最後の方は酒が廻ってなに言ってんだか解かんなくなって来た。このあたりで失礼します。じゃあね。


Re: 他人への興味 4336へのコメント
No.4349  Sun, 22 Apr 2001 23:34:21 +0900  さくらかのえ [この発言にコメントする]

ぴよさん、あさかぜさん、Mariaさん、
レスありがとうございます。

わたしだけではないんだ~ と思うとほっとします。
掲示板のいいところですね。


KILROYさんへ
No.4348  Sun, 22 Apr 2001 23:02:07 +0900  ななは [この発言にコメントする]

いつも生来の不注意でレスを頂いた人全員を書かなくてごめんなさい。
KILROYさんへ:
揉んでもらいたいのはやまやまなんですが、マッサージはネイルサロンでの
ハンドマッサージが限度で、特に肩付近を人に触られるのはとても苦手です。
折角のご厚意ですが、ごめんなさい。

みなさんに懲りずにQ:あなたが一番触られると嫌な身体の部位はどこですか?


Re: 質問(吃音・どもりについて) 4320へのコメント
No.4347  Sun, 22 Apr 2001 21:50:29 +0900  KILROY [この発言にコメントする]

武田好史さん wrote:
>みなさんの中に吃音・どもりで悩んでいる人はいませんか?
>私はよく、自分ではちゃんと話しているつもりなのに、相手から「何て言ってる
>のか判らない」「もごもごと話すな!」ととがめられることがあります。

 武田さんの症状は、いわゆる「吃音(どもり)」ではないように思います。

 いわゆる「どもり」は、耳から入ってきた情報によるフィードバックのループが発散して、「同じ音が細切れかつ続けて出てしまう」状態です。どもりの人のことをイタリア語で「タルタリア」と言いますが、確かに「タラタララ」みたいな感じになってしまいます。

>特に何か仕事をしたりして疲れているとき・心配事があるとき・なんか伝えたいと
>焦っているときに、そういわれるので、時たま家族喧嘩の種になってしまいます。
というのは、緊張のあまり喉の筋肉が麻痺しているので、いわゆる「緘黙」に近い症状なんじゃないでしょうか。

 また、ドナ・ウィリアムズさんの
>何かものを説明するとき、私の話しぶりや声のピッチ・アクセントは、全く
>不安定だった。ある時は極めて上品なアクセントで洗練された話し方ができ
>るのに、別の時には、スラム街で生まれ育ったかと思うような喋り方になって
>しまう
 というのは、訳語に問題がありそうに思います。「アクセント」には日本語でいう「訛り」という意味があります。したがって「話し方」「口調」が上品で落ち着いた感じになったり下品で高ぶった感じになったりする、ということなのではないでしょうか。

 KILROY


レスありがとうございました
No.4346  Sun, 22 Apr 2001 21:46:59 +0900  ななは [この発言にコメントする]

こんばんは。るおうさん、武田さん、あささん、レスありがとうございました。
>るおうさんwrote:
>最初は、、ものすごく身体がきついですが、、無理して、、
>運動。。例えば,,エアロビとか、、ヨガとか、、そういうのをやっているうちに、>身体が、、代謝の良いものに変わることはあります。エアロビははーどですが、
>ヨガなどは、、それより穏やか。。
>ただし。。これは無理して頑張るという、、個人差が出ますから、、どうぞお大事>に。ダンス系って、、楽しくなれますよ。ただしこれも個人差あり。。。

うーん、仕事帰りになるべく散歩するようにしているんですが、
やっぱり運動ですかね。運動嫌いなので一応ジムに入会はしたものの、
マシンしかしてないし。

>武田さんwrote:
>女性の方には、冷え性の方は多いです。
>私の母も、そうだったようで、冬になると父の倍の枚数の布団を掛けて寝ていまし>た。また学生の頃のガールフレンドと握手したとき、彼女の手が氷水みたいに冷た>かったことを、未だにはっきりと覚えています。
>低血圧・内分泌系のアンバランス・貧血・自律神経の不調など様々な要因が、女の>人の場合、冷え性に結びついているようです。
>男性の私でも、緊張が続いたり・今頃のように暖かかったのに急にガクンと気温が>下がってしまうとき、足が冷えて嫌な感じがすることがあります。
>脚をマッサージしたり、軽い運動をしたりすると直ぐによくなります

脚のマッサージは効きますよね。以前太極拳教室の先生が、
「風邪引いたかな?と言う時人間大抵足首がかちかちに固くなってます。
足首を回すマッサージは習慣づけましょう。」と教えて下さったのを
今頃思い出しました。

>あささんwrote:
>プロポリスを飲んでいます。ブラジル産アルコール抽出タイプを毎日4~5滴、水>といっしょに飲みます。外用にも使えるので、化粧水(今は市販品。以前は自分で>作っていました)に混ぜて、顔・手・足先にすりこみます。末端の血行が悪かった>らしく、手指・足指に湿疹がひどく皮膚がボロボロむけていたのですが、一年ほど>でかなり改善しました。

アレルギーがひどくて、ローヤルゼリーも、耳掻き一杯で喉ががりがりに
なるので、折角勧めて頂いたのですが、プロポリスは飲めないんです。

>あとは運動ですね。外を歩けない時は、足を肩幅くらいに開いてまっすぐ立ち、こ>ぶしを軽くにぎって腕を前後に大きく振ります。肩が中心点でこぶしが重りの振り>子みたいな感じで、ひじはまっすぐ、できるかぎり大きく振ります。30かぞえて>小休止、これを3~5回くり返すと血のめぐりが良くなります。椅子にすわったま>ま行なっても有効だそうです。

職場で時々やってます。あの、ヒンズースクワット(トイレで隠れてする)
も結構良いですよ。

>それと、毎日20分くらいうつ伏せになる習慣をつけられると、いいそうです。私>は調子が悪いなと感じた時にしかやらないので(習慣づけが苦手なのです)効果の>ほどは実証できないかも・・なんですけど、うつ伏せは内臓を休めることができる>ので先生から推奨されています。なるべく堅くて平らなところで(ふとんのうえは>不可です)やります。枕は低いものを使います。

それは知りませんでした!うつぶせって考えてみたらほとんど日常で
していませんよね?ヨガで、リラックス用に「四肢を伸ばして横たわる」
死体のポーズがあるのは知っていますが。

みなさん本当にありがとうございました。大変参考になりました。


Re: 他人への興味 4344へのコメント
No.4345  Sun, 22 Apr 2001 18:06:15 +0900  ぴよ [この発言にコメントする]

Mariaさん wrote:

>>そういえば、「ふたりエッチ」って、いいマンガですよね。
>>私の一押しです。
> ごめんねー、あたしあのマンガ嫌いなのよ。

「嫌い」っていうことは、「知ってる」ってことですね。。にやり。


Re: 他人への興味 4343へのコメント
No.4344  Sun, 22 Apr 2001 17:47:26 +0900  Maria [この発言にコメントする]

ぴよさん wrote:
>そういえば、「ふたりエッチ」って、いいマンガですよね。
>私の一押しです。
 ごめんねー、あたしあのマンガ嫌いなのよ。

 エッチ系のマンガ家さんで好きな人っていったら……「がぁさん」ですか。それも初期の短編です。『宴の夜は巻き戻し』と『宴の夜は早送り』だったかな? そのくらいです。

 マンガじゃないけど愛読書はアレックス・コンフォート編『The Joy of Sex』(双葉社)。新版が川出書房新社から出てるんだけど、ジョン・レインズという人のイラストレーションが生理的にダメ。旧版の深井国さんのがよかった。訳はどちらも安田一郎さんと青木日出夫さんです。

 で、小説ならアーヴィング・ウォーレス著/村山汎訳『ドクターから愛をこめて』、扶桑社ミステリー580円が「押し」です。ロサンゼルス郊外の性行為障害治療クリニックを舞台にした……ミステリー風&ラブコメ風社会派エンタテイメント小説、といったところでしょうか。性治療訓練士のゲイルさん(ヒロイン)がけなげで可愛いです。

 - Maria -


Re:Re: 他人への興味 4342へのコメント
No.4343  Sun, 22 Apr 2001 15:54:02 +0900  ぴよ [この発言にコメントする]

Mariaさん wrote:

> 「他の人は、どういうふうにヤッているのだろうか」というのは、誰しも興味のあるところです。
> ですが、これって興味本位以外の何物でもありません。

そういえば、「ふたりエッチ」って、いいマンガですよね。
私の一押しです。

> 評判を落としているのか上げているのか

私も、そうだったり。


Re:Re: 他人への興味 4341へのコメント
No.4342  Sun, 22 Apr 2001 15:29:06 +0900  Maria [この発言にコメントする]

さくらかのえさん wrote:
>恋愛・友情・愛着などの対象ではない他人に興味を持ったり
>話題にしたりするのは、本来はすべきではないことなのでしょうか。

 「他の人は、どういうふうにヤッているのだろうか」というのは、誰しも興味のあるところです。
 ですが、これって興味本位以外の何物でもありません。

 べつに、いいんじゃないでしょうか。
 「プライバシーの侵害になるから、訊いてはいけない」というより、
 「聞かせてもらうかわりに、プライバシーは守る」というのが実態のような気がします。

 「じつは好き」ってひと、多いんですよ、この掲示板……って、べつにこの掲示板に限ったことじゃないか。失礼しました。

 評判を落としているのか上げているのか - Maria -


Re: 他人への興味 4336へのコメント
No.4341  Sun, 22 Apr 2001 15:09:03 +0900  あさかぜ [この発言にコメントする]

さくらかのえさん wrote:
>わたしは「人の生態」にわりと興味があって、
>ひとの話してることとか行動とか外見とかを見て、
>「この人の頭の中はどうなってるのだろう」とか、
>「あのひとはどういうひとなのだろう」とか、
>「あの髪型って××に似てるなー。面白いなー」とか、いろいろ考えて、
>それを話題にすることも多いのですが、(後略)

 こんにちは。横レスもありがとうございました(^^
あの・・私もさくらかのえさんと同じようなところがあります。私の場合はどちらかというと「生き物としての人間」に興味が向くようなんですけど、もちろん生態も含まれます。
 いいんじゃないでしょうかねぇ。べつに悪気があるわけじゃなし。人間関係をこわさない程度と、社会の常識をはみ出さない範囲で表現するのも自由なのではないでしょうか。
 と言ってみたものの、私はよくこわしたりはみだしたりしたので・・自粛しているつもり・・・なのです。できているかどうかは、またわからないのですが。
          判断能力の低いあさかぜ より


大森総研・研究所日記
No.4340  Sun, 22 Apr 2001 14:56:32 +0900  Maria [この発言にコメントする]

 今日はお散歩のついでに近所の図書館に行ってきました。

 大根の千切りのことを、「千六本」といいます。これは「大根の細切り」を意味する「繊蘿蔔」の唐音「せんろうぽ」が訛ったものだそうです。

 でも、この「蘿蔔」、なぁんか気になりません?
 「蘿」というのは、漢和辞典で引いてみると、「つた/つたかずら」の意味だそうです。で、「蔔」は「だいこん」で、「草かんむりに服」と同じ字だそうです。で、「莱」あるいは「蘆」に「草かんむりに服」と書いて、やっぱり「ろうぽ」で、同じく「だいこん」の意味。

 ですが……なんでダイコンが「つたかずら」なんでしょか?

 と、いうわけで、図書館へ行って調べてきました。いそいそ。

 すると、ダイコンと同じアブラナ科に、ダイコンと花の形がそっくりな「スズシロソウ」という草があるのですね。で、これは匍匐性といって地面を這う性質があるのだそうです。さらに、ダイコンは地中海沿岸地方が原産で、「ろうぽ」というのもヨーロッパ起源の言葉(raphus 他)なのだそうです。

 つまり……「莱」あるいは「蘆」に「草かんむりに服」のほうが本来のダイコンで、スズシロソウも花の形が似ているものだから「ろうぽ」と呼ばれるようになり、その結果スズシロソウに「蘿蔔」という字があてられ、それが日本に渡ってきてダイコンの漢語表記として定着した、と考えられるわけです。

 すっきりしました。

 「研究」なんて誰でもできる。 - Maria -


書き始めれば、書ける。 4321へのコメント
No.4339  Sun, 22 Apr 2001 14:43:46 +0900  ぴよ [この発言にコメントする]

Mariaさん wrote:

> どうです? 発言してみませんか?

これについても、結城さんが良いドキュメントを作っていたりします。

>> 書き始めれば、書ける:「文章を書く心がけ」2
http://www.hyuki.com/writing/writing2.html

>>「文章を書く心がけ」
http://www.hyuki.com/writing/writing.html

参考になれば、これ幸いです。 > この掲示板を読んでいるあなたに。


Re: 他人への興味 4337へのコメント
No.4338  Sun, 22 Apr 2001 14:35:39 +0900  ぴよ [この発言にコメントする]

ぴよ wrote:
>#「話題にされている人がどのように思っているか」
>#というのが分かれば、「その人が許してくれれば、やってよい」
>#ということですから、苦労はしないんですけど。

つまり、

私は、個人的には、「なんでも許してしまう」んだけど、
全員が、そういうわけではないよね。
だから、難しい。

ということです。

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