アスペルガーの館の掲示板(旧)
あなたは 番目のお客様です。
《アスペルガーの館》に戻る /
新しいアスペルガーの館の掲示板
pocksさん wrote:
>あ、読んだことがおありなのですね。>きかんしゃやえもん
>
>読んだのは大きくても小学校低学年のころの話ですが、いじめられたり、
>親からも理解されない自分と見事に重なって、涙なしには読めない物語でした。
こんばんは。
いや〜、あまりイメージが残ってないんですよ(^ ^;)
父が国鉄職員でして、線路のそばの官舎に住んでいた子供の頃、機関車が好きになったくらいで……。読んでも意味を把握していなかったのかもしれません。
この掲示板で学んでいるうちにいくつか気づいたのですが、わたしは幼少時にはASプラスADHD傾向があったらしく、境界線に近いところを彷徨っているうちにそれを越え、いつの間にか非AS側へ行ってしまったらしいです。
娘には「ふつう」に近づく努力を強要するよりも、ASのまま生きてほしいというか、持って生まれた能力を最大限に生かす方向へサポートできればと思っています。親の願いというよりは、わたしと同じ道を辿らないでほしいと強く願うから……でしょうか。
変な話になって、すみません。四十半ばになって、今さらながら失ってしまったものの大きさを思うのです。
色々有益なアドバイスしていただいて有難うございます。
私も
"社会経験(人生経験)が〜"
と言われてしまうと、答えをはぐらかされた様ですっきりしません。
と言っても、あまり指摘しすぎると喧嘩になってしまうようなので
適当にお茶を濁すのが良いようですね・・・・。
会社内では理論うんぬんは置いといて(個人的には非常に気になるけど)
真似事をしていけば良いのでしょうか?
なんだか、〜ごっこみたいで気味が悪いですが・・・。
"人は感性で生きる生き物だ"
とも言われましたが、どうも私はそうではないらしい。
一般的な"人"と言うのは難しいです。
Mariaさん wrote:
> ぜったい誰か言うと思ってるから、先に言っちゃいます。
> 『梁塵秘抄』
ちゃー、これは好きなひと多いだろうな〜。
ところで「賽の河原の地蔵和賛」(この字でよかったかしら?)て、全文を知っていらっしゃいますか〜? なんとなく好きだったのに、まともに調べたことがなくて……。
「般若心経」も好きでした。幼児の頃から毎朝祖母の読経を聞いていたので、意味もわからずそのまま覚えてしまいました。(今は忘れましたけど)
「門前の小僧習わぬ経を読む」を地でいった あさかぜ(詩の話だったっけ……失礼)
ぜったい誰か言うと思ってるから、先に言っちゃいます。
『梁塵秘抄』より。
ほとけは常にいませども、
現(うつつ)ならぬぞあはれなる
人の音せぬあかつきに、
ほのかに夢にみえたまふ。
(二十六番)
遊びをせんとや生まれけむ、
戯れせんとや生まれけん。
遊ぶ子供の声聞けば、
我が身さえこそ揺るがるれ。
(三百三十九番)
烏は見る世に色黒し。
鷺は年は経れどもなお白し。
鴨の頚をば短しとて接ぐものか、
鶴の脚をば長しとて切るものか。
(三百八十六番)
舞へ舞へ 蝸牛(かたつむり)、
舞はぬものならば、
馬の子や牛の子に蹴させてん、
踏み破(わ)らせてん。
まことに美しく舞うたならば、
華の園まで遊ばせん。
(四百八番)
(Maria)
くると wrote:
> ちなみに「君は社会経験が乏しいからそう思うんだ」という論法は、わた
>しのブラックリストに載せておいてもいいキーワードですね。普通、経験を
>ちらつかせる論法は、相手を論破できずに苦し紛れに使用することが多いと
>思います。正確にどの点が間違っているのかを指摘できない説教は論理的に
>無意味です。
そうですね。同種の言葉で「あなたにはわからない」というのもあります。
これらの言葉は「あなたがなにを言っても聴く気はないよ」という意思表示ですよね。 (言った本人はそのことに気づいてないかもしれないけど)
だから、そこになにを反論してもムダです。
私の場合は、適当に納得したフリをしてお引き取りいただくか (「はあそうですか」とか「考えてみます」とか)、どうでもいい相手なら嫌みを言って本気で怒らせるとかします。
どちらにしても後味はよくありませんが、まあそういう相手なんだからそれで精一杯です。
> そういえば、PoP! セミナーの受講生のかたに、やっぱり『純銀もざいく』の視覚的なところがお好きだというかたがいらっしゃいました。あたしは『白金の独楽』(誰だったか忘れてる。困ったもんだ)や『竹』(やっぱり忘れてる)なんかが印象に残ってます。
おひさしぶりです。
『竹』は萩原朔太郎のやつかな、、?
「竹 竹 竹がはえ 固き地面に竹がはえ」というフレーズの詩なら。
私も大好きです。
視覚的という表現は面白いですね。私がこれらの詩からうける感覚にも
近いです。(私は具象的に風景が見えるわけではないですが。)
短くて単語の反復がある詩や小説に美しさをかんじます。
那嵬さん wrote:
> 最近職場で以下のことを良く言われます。
> "人から誉められたら(派手に)喜ばなければならない"
> "人から託されたら絶対に進んで受けなければならない"
> 僕はどう考えても精神論にしか聞こえず、そう主張すると
> "君は社会経験が乏しいからそう思うんだ"
> としか言われません。論理的な整合面がおかしいと指摘しても聞いては
> くれません。
ある本によれば、日本人は明るさを維持するために最大限の努力をするこ
とを強いられるそうです。それが、ジャパニーズスマイルだったり、上記の
コメントのような努力だったり…
ちなみに「君は社会経験が乏しいからそう思うんだ」という論法は、わた
しのブラックリストに載せておいてもいいキーワードですね。普通、経験を
ちらつかせる論法は、相手を論破できずに苦し紛れに使用することが多いと
思います。正確にどの点が間違っているのかを指摘できない説教は論理的に
無意味です。
> これはどう対処すれば良いかと思いますでしょうか?>みなさま
うーん。以前、るおうさんからも指摘されましたが、難しい問題ですね。
ちょっと考えてみますね。(くると)
Tien wrote:
>もう十年以上前の小学校国語のテキストに掲載されていた、
>山村暮鳥 風景(純銀もざいく)ご存知の方いらっしゃいますか?
>
> いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
> いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
> いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
> いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
> いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
> かすかなるむぎぶえ ひばりのおしやべり やめるはひるのつき
> いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
確かに聞いた覚えはあるけど教科書でないことも確かだったので、気になってしまいましたが、今思い出しました。
「ひい、ふう、みい」という映画で、キーになる言葉(呪文?)として使われていました。
くるとです。急用ができて十分なレスができなくなってしまい申し訳あり
ません。
不肖くると wrote:
> 久々に投稿のくると(教育LD)です。以前のコメントとも重複する
>のですが、わたしがいら立つ論法を1つ挙げておきます。
>
>(例1)「現代社会は〜である」
>(例2)「世間はそう甘くないぞ」
>(例3)「みんなそうしているじゃないか」
>(例4)「そんなの常識だろ」
(中略)
> これらの理由により、例1〜例4の常套文句が出てくると、その意見
>が正しいかどうかに関係なく警戒してしまいます。これらの常套文句に
>説得力を感じてしまう人というのはどういう人なんでしょうか?
ミッドランドさん、pocksさん、るおうさん、Tienさん、多加野さ
んへ。どうも丁寧なコメントありがとうございました。訳のわからない言
語体系に従いながら生きていかなければならないのが、精神的にたまらな
く苦痛でした。これで、少しは距離を置いて対応することができるように
なりそうです。
>るおうさんへ
説明の仕方ですが、相手が上記の論法を使っている時に正面から反論す
ると、さらに気を悪くするみたいです。なるべく相手が機嫌のいい時に、
世間話風に説明しておくといいみたいです。ある程度繰り返していくと、
相手は上記の論法を使用しなくなります。(くると)
みちる wrote:
>Tien wrote:
>>もう十年以上前の小学校国語のテキストに掲載されていた、
>>山村暮鳥 風景(純銀もざいく)ご存知の方いらっしゃいますか?
>>
>> いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
>> いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
>> いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
>> いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
>> いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
>> かすかなるむぎぶえ ひばりのおしやべり やめるはひるのつき
>> いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
>
>はい。大好きで、覚えていますよ。
>子供の教科書に今も載っています。菜の花畑を通りかかると、子供と
>どちらともなく、いちめんのなのはな・・・。といってしまいます。
>古い話ですが、山平和彦さんというフォーク歌手が曲つけて唄っていました。
>知らないよね・・・。
>
>>
>>私も視覚に働きかける、こんな詩を書けるようになりたいです。
>>心の琴線にふれる詩あるいは俳句をご存知の方、POPに紹介して欲しい
>>んですけど、Mariaさん?
>>
菜の花というと、僕の場合真っ先浮かんでくる歌は「おぼろ月夜」だな。
けど、だいぶ前だけど、カラオケで沖縄の歌の「花」を歌ったときに、菜の花の画像が出てきたときには、すごくミスマッチに思えた。僕の場合、この歌には、台風一過のまだ高い波の海を背景にして咲いている、一輪の赤いハイビスカスの花がマッチしていると思えたから・・・
武田好史 さんへ
>
>
>そこでみなさんに質問です。
>
> 精神障害者のケアについて、あなたが日頃感じている、「ここはこうすべきだ!」という、不満なところはどんなことですか?
武田さんの求める答えとちょっと視点が違うかもしれませんが、
私が過去に保健所の生活指導教室に参加して感じた事があります。
そこは主に分裂病の人が来ているのですが
その方達の中には性格などに問題がある家族と一緒に住んでいる為に
病気になった人がいます。
(アダルトチルドレン?)
幼児虐待もそうですが
「この家族と一緒にいたらこの子の精神状態に悪影響がある」とお役人なり誰かが判断してくれて
一人暮しの支援をしたり専門の施設に入れてくれるといいのに・・と思います。
つまり
もっと具体的に助けてくれるシステムが出来て欲しいと思います。
Tienさんwrote:
>もう十年以上前の小学校国語のテキストに掲載されていた、
>山村暮鳥 風景(純銀もざいく)ご存知の方いらっしゃいますか?
山村暮鳥さんは大正初期の詩人。『純銀もざいく』は、詩集『聖三稜玻璃』(大正四年)に納められた作品。
そういえば、PoP! セミナーの受講生のかたに、やっぱり『純銀もざいく』の視覚的なところがお好きだというかたがいらっしゃいました。あたしは『白金の独楽』(誰だったか忘れてる。困ったもんだ)や『竹』(やっぱり忘れてる)なんかが印象に残ってます。
>私も視覚に働きかける、こんな詩を書けるようになりたいです。
>心の琴線にふれる詩あるいは俳句をご存知の方、POPに紹介して欲しい
>んですけど、Mariaさん?
たとえば、ジェローム・ローゼンバーグなんていうアメリカの詩人が、一九六〇年代からタイポグラフィと詩を組み合わせた形で、アメリカ・インディアンの詩を翻訳して発表しています。
マンガではございますが、なりしまゆりさんの書いた『隣の街で死んだひと』(角川書店 アスカコミックス)には、作中作として『隣の街で死んだひと』というミステリー小説が登場し、その小説は詩で始まっている−ということになっています。
世紀末ってなんだろう
隣の町でひとが死ぬ
この世の終わりってなんだろう
隣の町でひとが死ぬ
かなしい事も恐ろしい事も
みんな隣の町のこと
こんな明るい町の中
ぼくは本当は誰だろう
隣の町で 死んだ ひと
……こういう小ネタもふくめていろいろ拾ってみたいと思います。
(Maria)
Tien wrote:
>もう十年以上前の小学校国語のテキストに掲載されていた、
>山村暮鳥 風景(純銀もざいく)ご存知の方いらっしゃいますか?
>
> いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
> いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
> いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
> いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
> いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
> かすかなるむぎぶえ ひばりのおしやべり やめるはひるのつき
> いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
はい。大好きで、覚えていますよ。
子供の教科書に今も載っています。菜の花畑を通りかかると、子供と
どちらともなく、いちめんのなのはな・・・。といってしまいます。
古い話ですが、山平和彦さんというフォーク歌手が曲つけて唄っていました。
知らないよね・・・。
>
>私も視覚に働きかける、こんな詩を書けるようになりたいです。
>心の琴線にふれる詩あるいは俳句をご存知の方、POPに紹介して欲しい
>んですけど、Mariaさん?
>
>あと、女性の方の俳句で「寂しくて 心の中の 鬼に会う」というのも、
>何年も前に新聞紙上で発見したのに、未だに心に残る詩でした。
好きな詩もあるけれど、今度ご紹介させてね。
久しぶりにいい詩を思いださせてもらいました。
ありがとう。
pocks wrote:
>あ、読んだことがおありなのですね。>きかんしゃやえもん
>
>読んだのは大きくても小学校低学年のころの話ですが、いじめられたり、
>親からも理解されない自分と見事に重なって、涙なしには読めない物語でした。
僕は、宮沢賢治の「よたかの星」「シグナルとシグナレス」がけっこう泣けた。
あと、ミヒャエル・エンデの「果てしのない物語」は、25才ぐらいの時に読んでとっても感動した。
最近読んでみて、よかった子ども向けの絵本は、評論社の「心の悩みに答えます」シリーズ。外国の絵本作家が書いた物を和訳した物だけれど、大人でも「こんな時どうすればよいか、子どもの時から悩んでいた・・・」ていうことが、よく判りやすくまとめられているので、親子で読んで楽しいと思う。ことにASの人にとっては、格好の「心の理論」の入門書だと思う・・・
もう十年以上前の小学校国語のテキストに掲載されていた、
山村暮鳥 風景(純銀もざいく)ご存知の方いらっしゃいますか?
いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ ひばりのおしやべり やめるはひるのつき
いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな
私も視覚に働きかける、こんな詩を書けるようになりたいです。
心の琴線にふれる詩あるいは俳句をご存知の方、POPに紹介して欲しい
んですけど、Mariaさん?
あと、女性の方の俳句で「寂しくて 心の中の 鬼に会う」というのも、
何年も前に新聞紙上で発見したのに、未だに心に残る詩でした。
ノバラさん wrote:
> 音楽の教科書でいつからかは忘れましたが、『さくらさくら』『蛍の光』
>その他 わたしが小学生の頃親しんだ(その頃は特に感慨はもっていなかっ
>たけど)美しい唄が、かなりの数削られて現在はやっている歌謡曲が音楽の
>教科書に載るようになるそうです。『さくらさくら』なんて外国の日本料理
>屋さんに入ればかかっいるようなメジャーな曲で、これから新しい教科書で
>音楽を習っていく子供達が 外国ではじめて『さくらさくら』を知っていく
>ようなことになったらなんか悲しい。
音楽の授業でなぜ軍歌を教えてはいけないのだろうか、と、ふと考えた。
『雪の進軍』
雪の進軍 氷を踏んで どれが川やら道さえ知れず
馬は弊れる 捨ててもおけず ここは何処(いずく)ぞ 皆敵の国
ままよ大胆 一服喫れば 頼み少なや 煙草が二本
焼かぬ干物に 半煮え飯に なまじ命のあるその内は
堪(こら)えきれない寒さの焚火 煙いはずだよ 生木がいぶる
(以下略)
……戦争って厭だなぁ。しみじみそう思います。
ジョーン・バエズの『花はどこへ行った』や、ブルース・スプリングスティーンの“War !”よりよっぽど反戦的だと思うんだけど。
戦後、GHQが「あの勇猛果敢な日本兵が歌ってた軍歌というのは、さぞかし勇壮な歌詞なのだろう」と思って翻訳させてみたら、「これって反戦歌じゃないの?」みたいな歌詞ばっかりだったので混乱した、とかいう話もあるし。
『戦友』とか『麦と兵隊』とか、暗いぞぉ? 暗いと言われるイギリスの『ティッペラリー』より、まだ暗い。
「日本人は決して好戦的な民族ではない」というのをアピールするためにも、こういう曲って知っておいたほうがいいんじゃないかと思う。
だいいち、世界中の軍楽隊が「マーチの名曲」として好んでレパートリーに入れている『軍艦』だって、決して好戦的な曲じゃないぞ。
『軍艦』
守るも攻めるも鋼鉄(くろがね)の 浮かべる城ぞ頼みなる
浮かべるその城 日本(ひのもと)の 御国の四方(よも)を守るなり
真鉄(まがね)のその城 日本に 仇なす敵を 攻めよかし
……まあ、「専守防衛」「集団的自衛権は、これを認めない」「抑止力としての戦力は『脅威』とみなし、これを認めない」みたいな立場からいうと、確かに議論の余地はあるし、「近隣諸国の政治的感情に配慮する」みたいな話になると問題もあるかなー、とは思うんだけど、世界中の人が知ってる曲を日本人が知らないっていうのもどうかと思う。
もっとも、これを学校で教えるかどうかはまた別の話だ、とかいった意見もあるでしょうけどね。
(Maria)
ミッドランドさん wrote:
>「開いた扉」→人生のラクな道
>「閉じた扉」→同じくツライ道、と解釈できます。
シャルル・ペローの『小さな赤ずきん』の元になったといわれるフランスの民話では、十字の辻にさしかかった少女に、人狼が
「お前は茨の道を行くのか? それとも小石の道を行くのか?」(どっちも痛い)
と、質問(警告)する場面があります。
けっこう人生ってこんなもんかもしれない。
そういえば、
「人の往く裏に道あり花の山」
「踏み登る麓の道は違えども 同じ高嶺の月を見るかな」
なんていう句もあります。
自分に向いてる道が、いちばん楽な道なんじゃないでしょうか。自分が好きでやってることを、苦労とか努力とか言わないし。
蛇の道は蛇 Maria
あ、読んだことがおありなのですね。>きかんしゃやえもん
読んだのは大きくても小学校低学年のころの話ですが、いじめられたり、
親からも理解されない自分と見事に重なって、涙なしには読めない物語でした。
kana wrote:
>子供を殺してしまうかもしれません
>病院に措置入院および長期入院するには
>どうすればいいですか?
>教えてください
>
>お金が無くて病院に通うことが出来ないのです
どうしたの。だいじょうぶ?
区や市の相談窓口に行って、現状を訴えて。いろいろ言うより、殺してしまいたくなる事を訴えて。相談にすぐ応じてくれるから。
苦しみを抱えないで、吐き出すのよ。大丈夫。あなたを守ってくれる人が
必ずいるから。心配しないで。
お金の事も、相談にいってから何とかしてもらえるし、大丈夫。
あなたのこと、心から心配しています。
Xanadiiさん wrote:
> 今の私に決定的に欠けている「感情」があったとしたら、それは「感謝の気持ち」なのかもしれない。最近、自分の家族から言われたことで、もっともショッキングだったのは、「お前は今まで、親がお前にやってあげたことに対して、ただの一度でも感謝したことって、ある?!」と、母親にきびしくなじられたことだ。返す言葉がなかった。確かに、考えてみれば、親に対して「生んでくれてありがとう」という感情を持ったことは、今までの人生、いちどもなかった(そういう感情を、私という人間が、持ってさえいれば、おのずと態度に出て、相手に伝わっているはず!)。
私もよく親に言われます。何だか私の思っていることがまんま言われちゃってるので、付け足すことは何もないんですけど。
「ありがとう」と「ごめんなさい」は難しいですね。そう言うべき場面で言葉が思いつかなかったりは、よくあると思います。
それと、私は何かしてもらったとき、「ありがとう」ではちゃんと感謝しきれてない感じがしてしまう。謝罪の「ごめんなさい」も同じ。気持ちが伴ってなくて、形式的にやってるからかもしれない。
私も欲しがらない子でした。何かをねだったことは一度もない。親に迷惑をかけない子供よりも、迷惑をかけた上でちゃんと感謝できる子のほうが親は可愛いんだろうな〜と今では思う。でも昔はそんなこと知らないしさー、まあどっちみち気に入られるために計算するよりは、無愛想なほうがまだ正直でいいんだろうけど。
Xanadiiさんの投稿を読んで(ドラマの例)、そうか〜ここで感謝すればいいのか〜とまじで勉強させてもらった。
感謝ってなんだろう。そもそもそれは「嬉しい」「悲しい」みたいに「感情」として成り立っているものなのか?それとも例えば「愛」みたいに純粋に感情とは呼べない、観念的なものなのか?
人に何かしてもらうと、ちゃんと反応しなきゃ、って緊張してしまってました。
でも自分が何かする場合に、人のために「してあげている」なんて思わないし、そんなに感謝されたいとも思わない。たまたまやったことが人に役に立ったというだけだから。と思えば、感謝の気持ちなんてのは人に要求するものではないのかも。
例のごとく、とりとめのないレスになってしまった。すみません…。
《アスペルガーの館》に戻る /
新しいアスペルガーの館の掲示板
EWBBS.CGI 改 (WZ BBS対応 Web掲示板 T.Ikeda改 +
s.murakami改)
© 1998 y.mikome, T.Ikeda, 1999 s.murakami