アスペルガーの館の掲示板(旧)
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新しいアスペルガーの館の掲示板
やんちゃんwrote:
>仕事中に考えていたのですが、日本人て「ありがとう」を言うのが苦手だって
>言いますよね。
>その代わりによく「すみません」と言う。もちろんこれは「申し訳ない」とい
>うことで、感謝の意を表すのには不適切だと思うのですが。といいつつ私もよ
>く使っていたりする…。あー、だから何かしてもらうと迷惑掛けているような
>気持ちになるのかな?
「ありがとう」ではちょっと重いし、「サンキュー」では軽すぎ、「サンクス」では感謝の気持がうまく伝わらない。
そんなわけで「ダンケ」(独)。よく使います。昔の学生ことばだから、わりと一般的。「スパシーバ」(露)は相手によって、たまに。「多謝(トァシェ)」(福健?)も、ときどき。
(Maria)
あさかぜさんwrote:
> ところで『賽の河原の地蔵和賛』(この字でよかったかしら?)て、全文を
>知っていらっしゃいますか〜?
……めいっぱい暗いところを突いてきましたね。
これはこの世の事ならず 死出の山路の裾野なる
賽の河原の物語 聞くにつけても哀れなり
一つ二つや三つ四つ 十にも満たぬ幼子が
賽の河原に集まりて 河原の石を取りあつめ……
というあれですね。『賽の河原地蔵和賛』。
残念ながら全文は記憶になし。どなたかご存じのかたがいらっしゃったらよろしく。
本日は他力本願 Maria
Xanadii wrote:
> 今の私に決定的に欠けている「感情」があったとしたら、それは「感謝の気持ち」なのかもしれない。最近、自分の家族から言われたことで、もっともショッキングだったのは、「お前は今まで、親がお前にやってあげたことに対して、ただの一度でも感謝したことって、ある?!」と、母親にきびしくなじられたことだ。返す言葉がなかった。確かに、考えてみれば、親に対して「生んでくれてありがとう」という感情を持ったことは、今までの人生、いちどもなかった(そういう感情を、私という人間が、持ってさえいれば、おのずと態度に出て、相手に伝わっているはず!)。
なかなか、親の愛って当たり前で、感謝するって事に気が付かないものよね。
> いっさいの情を抜きにした返事を返すとすれば、「それはお父さん、お母さんが、私が本当に欲していることを、察してくれず、してくれたことがないんだから、感謝の情など持ちようがない」なんだけど、そんなことそのまま親に言ったりしたら、年老いたふたりとも精神が崩壊しちまうよね。そもそも本当に何をしてほしいのかきちんと伝えなければ、相手にだって分かりようがないんだから、お互い様ではあるのだけれど...。
私も、ある時期まで、親に不満ばかり感じていました。
>
> 悲しいことだけれど、今の私のどこにも、親に対して「ありがとう」と伝える感情も、意欲も湧いてはこない(あくまでも「今の」ではあるけれど。そりゃ私だって、親が死ぬまでには、感謝の情が持てるようにはなりたいんだけれどね...)。いっそのこと、はっきりそう、両親に言っておいたほうがいいんだろうかな?
それは酷ってもんでしょう。まだ、時間はある。
>
> 感謝っていうのはなんだろう?親が私に何か期待しているっていうのはわかる。ていうか最近やっと気がついて、気にするようになった。私が喜んだり、「あ、これいいな!これ欲しい!」と、ふだん要望や欲望を表に出そうとしない、両親から見て「欲しがらない」子が、めずらしく興奮した様子を見せたりすると、一生懸命それを叶えてくれて...というドラマがあったとする(わかるよね?若しわからない方がおられたら、この先の文章も分からないかも知れない)。ふつうだったら、非自閉の子供だったら、その時点で、「わあっ、嬉しい!お母さん、ありがとう!」続いて「私、一生懸命、勉強するね!」(げえ〜っと思った方、許して。他にいいセリフが浮かばなかったもので...)なり何なり、何らかのリアクションが展開するはずが、私のような人間の場合、願望が叶った時点で、一人きりで満足してしまい、その願望を満たしてくれた相手に対して、「あなたのおかげです」とか、「あなたがしてくれたこと(呉れた物)のここに私は満足しています」という意思表示をしなくてはならないという発想も何もなかったりする。そうだったのか。上記の母親の発言は、ずっと長いことそれを不審に思い、不満を募らせた挙げ句のことだったのか...。
うーん。でも、そんなにありがとうを連発しなかったよ。
「ありがと・・・」くらい。
意思表示ではなく、買ってあげようと思ってくれた気持ちをくんであげることが
たりなかったのでは。
>
> そこまでは私にも分かった。人間同士の相互作用というのは、そういうふうにできているってことが。でもそこで立ち往生してしまっている。30代にもなって情けないんだけど、分からないのよ。「相手の気持ちに応える」ってことがさ。私の中では、「ありがとう」=「自分だけ嬉しい」、「ごめんなさい」=「何かまずいなーという後ろめたさ」というふうに、常に読み替えられてしまい、発展がない。
そこがつらいね。わからないことは、どうしようもないことだから。
(まったく、ダレなんだ?「人間というのは、「ありがとう」の一言でも、じゅうぶん気持ちは通じる」なんて言ったのは!)
>
> 極端な話、私は「あいさつをしなさい」「ありがとうと言いなさい」「あやまりなさい」と、いちいち言われないと分からない人間なのだ。しかもかりに言えたとしても、気持ちが伴っていない、タイミングも唐突ででたらめ、やり方もてんで成っていない...なんでこんな大人になっちゃったんだろうな?戦後教育のせい?親の躾け方のせい?それとも自閉症の脳のせいなの?
どちらかかは、解らない。そのせいかもしれない。
だって、やっぱりうちのAS二人は、ありがとうが言えないし、文句ばかりいっているので、こんなにしてるのになんなのよ!って思うから。
たまに、母の日とかに手紙でありがとうって書いてもらっても、空々しいって
感じてしまう。心からそう思っていないのが解るから。わかってるなら、私が助けてといった時、気持ちよく助けてよ。自分のことばかり夢中にならないで・・。って。自分の都合ばかりじゃなく、こっちの都合も考えてって。
「ありがとう」じゃなく、「だいじょうぶ?」が必要だったのかもね。
母の愛は無償です。神様と一緒です。
そう、思ってあげるだけでも、違ってくるように思います。
でも、自閉症のつらさが伝わりました。その事に気付いて悩んでいるあなたは、すごいです。だって、気付こうとしない人は、沢山いて、人のせいにばかりしているもの。
こどもがどんなかたちでも、しあわせならいいと思う
それが、母の幸せ。
だから、あなたが幸せになるなら、お母様も、よかった
と思っていらっしゃる。いろいろ言ったとしても・・・
みんなに幸せになってもらいたい なおみの夢
僕の仕事場は、歯科医院の技工室とよばれるところで、ここは僕一人の持ち場です。
仕事中はいつもラジオをそばに置き、放送を聞きながら作業をしています。聞いているのはもっぱらFM放送です。
僕はFMの方が、AMよりもはるかに好きです。
というのは、FMは音楽番組が多く、音楽の場合ラジオから出る音声を集中して聞かなくても、自然に耳に入ってくるのです。ですから音声に気をとられず、仕事の方に集中できるのです。
これがAMだと、トークの方が中心となり、耳を傾けていないと内容がつかめず、楽しめません。またラジオの方を気にするようになり、仕事がはかどらなくなってしまいます。(スポーツ中継のときなど特に!)
また、FMの音楽をBGMにしていると、不思議と心が落ち着いて、能率も上がってきます。
そして意識はしていないのに、同じ曲を何度も聴いていると、これまた不思議なことにその曲を覚えてしまうのです。もちろんまじめに仕事をしながらです。
ラジオのスイッチを切っていたら、どうも調子が狂ってしまいます。いまや僕は技工室のBGMにFMラジオ放送をかけていないとダメな状態です。
これはひょっとして、「音楽療法」の一種なのでしょうか?
それとも「ひそかに傍に誰かがいることを望んでいる」のでしょうか?
音楽の持つチカラは謎に満ちていると感じる ミッドランド
リゲル(Mind Blue) wrote:
>最近、夜8〜9時間寝ているにもかかわらず、起きてから4時間ぐらい
>眠気がして、勤務時間中に居眠りしてしまい、困っています。
>起きてから4時間ぐらい眠気がするようになったのは6月に入って
>からでした。もともと入眠障害があって、デパスとハルシオンを寝る
>前に飲んでいたのですが、6月になって急に出てきた症状です。
>昨晩も、午前1時から5時まで、午前6時から11時までと9時間
>寝たのに、会社(6月から体調不良を理由に午後だけの勤務となりました)
>で居眠りが出て困っています。
>医者からはリタリンを処方してもらえないので、会社で眠くならない
>ようにするにはどうしたらいいでしょう。ご存じの方はいらっしゃい
>ますか?(私はナルコレプシーではないです)
私も鬱状態の時は12時間以上寝てしまう方です。ことに梅雨開けが近く蒸し暑い今頃や、12月頃・3月頃の季節の変わり目は何もやる気起こらず、そのことが今でも就職できずにいる(むしろ踏み切れない)原因になっています。
最近時々、「リタリンを飲めば、ひょっとしたらこのようなジダラク状態から抜けられるかな・・・いや、それよりも何かやる気にならなければ・・・・でも、自分が何をやるべきなのか皆目判らない・・・・・」ということを考えます。あと一ヶ月もしないうちに29才になるというのに、本当に自分が情けなく感じます。
仕事中に考えていたのですが、日本人て「ありがとう」を言うのが苦手だって言いますよね。
その代わりによく「すみません」と言う。もちろんこれは「申し訳ない」ということで、感謝の意を表すのには不適切だと思うのですが。といいつつ私もよく使っていたりする…。あー、だから何かしてもらうと迷惑掛けているような気持ちになるのかな?まぁそれはおいときます。
特に親子なんかだと、「言わなくても分かるはず」ということになっている。
だから、両親に「ありがとう」なんて言うのは、せいぜい死ぬ間際か「嫁に行く」(この表現は嫌いなんだけど)時くらいでいいのでしょう。
親が期待しているのは「ありがとう」という言葉ではなく、喜ぶ顔が見たいだけだと思います。「感謝しろ」と言われるのは、例えば親が何か与えてやっても勝手にわいてきたような顔をしていたとか、その辺りの愛嬌のなさが気に入らなかったのでしょう(というのは直接親から聞いたことがある)。
気が付かなかったのはしょうがない!
反応が可愛くないなどというのは、それこそ背が低いから悪いと言っているのと同じで、一種の差別みたいなもんですよね。言われる筋合いじゃない。
でも確かに親にはいろいろ世話になっています。怒られてばっかりだけど、とりあえず育ててもらってるわけだし。親に限らず、他の人にも(木にも土にも空気にも…)そうですよね。それに時々気づけばいいんじゃないのかな。
最近、夜8〜9時間寝ているにもかかわらず、起きてから4時間ぐらい
眠気がして、勤務時間中に居眠りしてしまい、困っています。
起きてから4時間ぐらい眠気がするようになったのは6月に入って
からでした。もともと入眠障害があって、デパスとハルシオンを寝る
前に飲んでいたのですが、6月になって急に出てきた症状です。
昨晩も、午前1時から5時まで、午前6時から11時までと9時間
寝たのに、会社(6月から体調不良を理由に午後だけの勤務となりました)
で居眠りが出て困っています。
医者からはリタリンを処方してもらえないので、会社で眠くならない
ようにするにはどうしたらいいでしょう。ご存じの方はいらっしゃい
ますか?(私はナルコレプシーではないです)
あじさいや 撮ろうとすれば 色変わり
冴えた青 葉陰よりのぞく 昼下がり
白き花 おぼろに照らす 水銀灯
BIS wrote:
>> そういえば、PoP! セミナーの受講生のかたに、やっぱり『純銀もざいく』の視覚的なところがお好きだというかたがいらっしゃいました。あたしは『白金の独楽』(誰だったか忘れてる。困ったもんだ)や『竹』(やっぱり忘れてる)なんかが印象に残ってます。
>
>おひさしぶりです。
>
>『竹』は萩原朔太郎のやつかな、、?
>「竹 竹 竹がはえ 固き地面に竹がはえ」というフレーズの詩なら。
>私も大好きです。
>視覚的という表現は面白いですね。私がこれらの詩からうける感覚にも
>近いです。(私は具象的に風景が見えるわけではないですが。)
>
>短くて単語の反復がある詩や小説に美しさをかんじます。
あっ!萩原朔太郎の「竹」なら僕も知ってる。NHKの朝ドラ「すずらん」に出ていた。肺炎で死にそうになっている女の子を主人公の萌が、この子から教えてもらった「竹」の詩を詠んで励ますシーンが泣けた。
何か勢い良く空にのびていくタケノコを見るたび、思い出す詩だな。
こんばんは。ノバラと申します。
Maria wrote:
> 音楽の授業でなぜ軍歌を教えてはいけないのだろうか、と、ふと考えた。
>
> 『雪の進軍』
>
> 雪の進軍 氷を踏んで どれが川やら道さえ知れず
> 馬は弊れる 捨ててもおけず ここは何処(いずく)ぞ 皆敵の国
> ままよ大胆 一服喫れば 頼み少なや 煙草が二本
>
> 焼かぬ干物に 半煮え飯に なまじ命のあるその内は
> 堪(こら)えきれない寒さの焚火 煙いはずだよ 生木がいぶる
> (以下略)
ノバラ日本人でありますが、軍歌は知りません。音は聞けばなんとなくわか
るものもあるかもしれませんが・・・
関係ないのですが、『ヨイトマケの歌』は好きです。
あまり、意味のないレスですみません。
ミッドランドです。僕の投稿(5655)に一部、間違いがありました。
ミッドランド wrote:
>
> ♪開いた扉 通り抜けても
> それじゃ強く なれやしないよ
> 閉じた扉 たたきこわして
> 行こう君の 未来のほうへ
>
「たたきこわして」の部分、正しくは「たたきつぶして」でした。
まあ、どっちも似たような意味ですが、歌というものは歌詞が大事だと思うので、ここで訂正します。
5655の投稿、「こわす」は「つぶす」と置き換えて読んでください……。
pocksさん wrote:
>あ、読んだことがおありなのですね。>きかんしゃやえもん
>
>読んだのは大きくても小学校低学年のころの話ですが、いじめられたり、
>親からも理解されない自分と見事に重なって、涙なしには読めない物語でした。
こんばんは。
いや〜、あまりイメージが残ってないんですよ(^ ^;)
父が国鉄職員でして、線路のそばの官舎に住んでいた子供の頃、機関車が好きになったくらいで……。読んでも意味を把握していなかったのかもしれません。
この掲示板で学んでいるうちにいくつか気づいたのですが、わたしは幼少時にはASプラスADHD傾向があったらしく、境界線に近いところを彷徨っているうちにそれを越え、いつの間にか非AS側へ行ってしまったらしいです。
娘には「ふつう」に近づく努力を強要するよりも、ASのまま生きてほしいというか、持って生まれた能力を最大限に生かす方向へサポートできればと思っています。親の願いというよりは、わたしと同じ道を辿らないでほしいと強く願うから……でしょうか。
変な話になって、すみません。四十半ばになって、今さらながら失ってしまったものの大きさを思うのです。
色々有益なアドバイスしていただいて有難うございます。
私も
"社会経験(人生経験)が〜"
と言われてしまうと、答えをはぐらかされた様ですっきりしません。
と言っても、あまり指摘しすぎると喧嘩になってしまうようなので
適当にお茶を濁すのが良いようですね・・・・。
会社内では理論うんぬんは置いといて(個人的には非常に気になるけど)
真似事をしていけば良いのでしょうか?
なんだか、〜ごっこみたいで気味が悪いですが・・・。
"人は感性で生きる生き物だ"
とも言われましたが、どうも私はそうではないらしい。
一般的な"人"と言うのは難しいです。
Mariaさん wrote:
> ぜったい誰か言うと思ってるから、先に言っちゃいます。
> 『梁塵秘抄』
ちゃー、これは好きなひと多いだろうな〜。
ところで「賽の河原の地蔵和賛」(この字でよかったかしら?)て、全文を知っていらっしゃいますか〜? なんとなく好きだったのに、まともに調べたことがなくて……。
「般若心経」も好きでした。幼児の頃から毎朝祖母の読経を聞いていたので、意味もわからずそのまま覚えてしまいました。(今は忘れましたけど)
「門前の小僧習わぬ経を読む」を地でいった あさかぜ(詩の話だったっけ……失礼)
ぜったい誰か言うと思ってるから、先に言っちゃいます。
『梁塵秘抄』より。
ほとけは常にいませども、
現(うつつ)ならぬぞあはれなる
人の音せぬあかつきに、
ほのかに夢にみえたまふ。
(二十六番)
遊びをせんとや生まれけむ、
戯れせんとや生まれけん。
遊ぶ子供の声聞けば、
我が身さえこそ揺るがるれ。
(三百三十九番)
烏は見る世に色黒し。
鷺は年は経れどもなお白し。
鴨の頚をば短しとて接ぐものか、
鶴の脚をば長しとて切るものか。
(三百八十六番)
舞へ舞へ 蝸牛(かたつむり)、
舞はぬものならば、
馬の子や牛の子に蹴させてん、
踏み破(わ)らせてん。
まことに美しく舞うたならば、
華の園まで遊ばせん。
(四百八番)
(Maria)
くると wrote:
> ちなみに「君は社会経験が乏しいからそう思うんだ」という論法は、わた
>しのブラックリストに載せておいてもいいキーワードですね。普通、経験を
>ちらつかせる論法は、相手を論破できずに苦し紛れに使用することが多いと
>思います。正確にどの点が間違っているのかを指摘できない説教は論理的に
>無意味です。
そうですね。同種の言葉で「あなたにはわからない」というのもあります。
これらの言葉は「あなたがなにを言っても聴く気はないよ」という意思表示ですよね。 (言った本人はそのことに気づいてないかもしれないけど)
だから、そこになにを反論してもムダです。
私の場合は、適当に納得したフリをしてお引き取りいただくか (「はあそうですか」とか「考えてみます」とか)、どうでもいい相手なら嫌みを言って本気で怒らせるとかします。
どちらにしても後味はよくありませんが、まあそういう相手なんだからそれで精一杯です。
> そういえば、PoP! セミナーの受講生のかたに、やっぱり『純銀もざいく』の視覚的なところがお好きだというかたがいらっしゃいました。あたしは『白金の独楽』(誰だったか忘れてる。困ったもんだ)や『竹』(やっぱり忘れてる)なんかが印象に残ってます。
おひさしぶりです。
『竹』は萩原朔太郎のやつかな、、?
「竹 竹 竹がはえ 固き地面に竹がはえ」というフレーズの詩なら。
私も大好きです。
視覚的という表現は面白いですね。私がこれらの詩からうける感覚にも
近いです。(私は具象的に風景が見えるわけではないですが。)
短くて単語の反復がある詩や小説に美しさをかんじます。
那嵬さん wrote:
> 最近職場で以下のことを良く言われます。
> "人から誉められたら(派手に)喜ばなければならない"
> "人から託されたら絶対に進んで受けなければならない"
> 僕はどう考えても精神論にしか聞こえず、そう主張すると
> "君は社会経験が乏しいからそう思うんだ"
> としか言われません。論理的な整合面がおかしいと指摘しても聞いては
> くれません。
ある本によれば、日本人は明るさを維持するために最大限の努力をするこ
とを強いられるそうです。それが、ジャパニーズスマイルだったり、上記の
コメントのような努力だったり…
ちなみに「君は社会経験が乏しいからそう思うんだ」という論法は、わた
しのブラックリストに載せておいてもいいキーワードですね。普通、経験を
ちらつかせる論法は、相手を論破できずに苦し紛れに使用することが多いと
思います。正確にどの点が間違っているのかを指摘できない説教は論理的に
無意味です。
> これはどう対処すれば良いかと思いますでしょうか?>みなさま
うーん。以前、るおうさんからも指摘されましたが、難しい問題ですね。
ちょっと考えてみますね。(くると)
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