アスペルガーの館の掲示板(旧)
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新しいアスペルガーの館の掲示板
武田好史 wrote:
>Baca wrote:
>>オレンジブルー wrote:
>>>(あ、またまた地雷?)
>>
>>ドッカーン!
>>
>>うつ病や分裂病や失業者はワガママか?
>>頑張って息切れして力尽きたやつはワガママか?
>>おまえ人の事言える資格あるんか?
>>寝ぼけたこと抜かすな>>
>>今度は謝らんからな
僕だって、Bacaさんと同じ穴の狢ですよ。
働く気力なんて全くなくって、職安にすら顔を出せずにいる。
ただどんなに落ちぶれようと、笑顔だけは忘れたくない。
武田好史さん wrote:
>こんな日本だけど、すこしでも良いから明るく生きていよう。
>そのうち幸せがやってくるから・・・
こんな日本でも、わたしは日本に生まれてよかったと思っているよ。
つらいことも多いけど、明るく生きたいね。
武田さんに賛成。
オレンジブルー wrote:
>(あ、またまた地雷?)
ドッカーン!
うつ病や分裂病や失業者はワガママか?
頑張って息切れして力尽きたやつはワガママか?
おまえ人の事言える資格あるんか?
寝ぼけたこと抜かすな
人が自分の時間をどう過ごそうと勝手とちがうんか?
どこでどう働こうと勝手と違うんか?
貯金で食い繋ごうと何しようと勝手やろ?
一度どん底まで落ちてみい
お前みたいに下見て優越感に浸ってる奴見ると
日本は腐ってるなあ、と思うな
今度は謝らんからな
「せっけん」について調べているうちに、あたしたちが普通「石鹸」だと思っている白くて丸っこい石鹸は、じつは「洗濯せっけん」として発売されたものだということを知ってしまいました。
現在、化粧せっけんとして使われているマルセイユ石鹸は、九世紀ごろからすでに有名だったそうですが、本来は生糸の精練ための洗濯せっけんだったそうです。とはいえこのマルセイユ石鹸に代表されるカスチール石鹸(硬せっけんに分類される、オリーブ油と水酸化ナトリウムを原料とした、茶色っぽく半透明の石鹸)が、十九世紀末までは化粧せっけんの代表でした。やはり、後発の、カスチール石鹸以外のせっけんは、肌につけるものとしては、得体の知れないものだったのでしょう。
プロクター&ギャンブル社の「アイヴォリー石鹸」は、当初洗濯せっけんとして発売されたのですが、一九八一年末から「99と44/100%純正」のキャッチフレーズで化粧せっけんとしての宣伝を始め、化粧せっけんとしての地位を確立しました。洗濯せっけんのいいところは、冷たい水でも溶けることです。で、日本では「せっけんによる手洗い」という習慣が、どうやら洗濯せっけんを化粧せっけんとして用いるきっかけになったようなのですね。
そんなわけで、あたしたちは乳白色で丸っこい石鹸を、化粧石鹸の代表のように思っていたようです。
で、マルセイユ石鹸みたいな四角い石鹸は「枠練法」、アイヴォリー石鹸のような丸くて白い石鹸は「機械練法」という方法で作られているらしいです。廃油石鹸は水だき法が行なわれますが、工業的には食塩を加えてグリセリンを除く塩析法が用いられているそうです。なんか、真面目に作ろうとすると石鹸もけっこう大変。
なお、あたしが愛用しているのはジョンソン&ジョンソンのベビー用石鹸。アトピー性皮膚炎などの人にお薦め。なお、お風呂上がりのカサカサ肌には、花王の『サニーナ』(お尻拭き用スプレー)を皮膚に直接スプレーして拭きとる、というのが効果的。看護婦さんも使ってるテクニックだから、安心。
(Maria)
武田好史 wrote:
>株価バブル後最安値続々更新1万円割れ近し・・・
>失業率5%以上・・・
>引きこもり120万人・・・
>鬱病大国・・・・
な、なんか国全体でみんなで病んでますね。。。(苦笑・汗)
国の人口が、
約1,3000,0000人として・・・・
その内ここに関連するアスペルガー症候群の人が
約2、300人に1人の割合で割ると、
大体、少なく見積もって約65,0000人。。。
(す、すごい数だ。。)
(注:私はコンマをゼロ4つの万単位で付けてます)
引きこもりの過半数が発達障害者である可能性って、滅茶苦茶高くないかい?
引きこもっていない人が居るのももちろん入れて考えての数字と見ても・・・・・・。行き場・居場所が無いって苦しいわ。。。
頑張ってもなんだかいつも息切れして報われないような私から見ると、
引きこもりの人って、それこそなんだか我が侭に見えてしまう。。。。
(あ、またまた地雷?)
あ、小泉総理が写真集を出したそうだが、あのおじさんは一体何をやっているんだろうね。なんで写真集なんだよ?もともと俳優やっていたとかで、以前に写真集出したことがあるって言うのなら分かるけど。ナに考えてんだろ?
武田好史 さんへ
そうだね。
実は私はこんな日本が結構好きです。
今のところ他の国で私は自閉症やってく自身無いなあ。
きっと外国には我々Aタイプの人間に(日本より)厳しい国があるかも。
Mr.Motoさん wrote:
> ついでにその時に覚えた一発芸をひとつ。用意するものは懐中電灯。壁に光の円をゆっくりと這わせて、「我々はミステロンだ」。読み筋は『キャプテン・スカーレット』。
両手でわっかを二つ作り、その影を学校の壁にゆ〜っくり這わせて(光線は太陽でも蛍光灯でも可。ただし、ぼんやりした影が二つ並ぶよう工夫する)……「われわれはミステロンだ」(←低い声でゆっくり言う)。
けっこうウケてました。こういうの好きだったのよ、わたし。(←くだらん)
武田好史 さんwrote:
> 自閉症の子はよく「同じ道順をたどらないと抵抗する」と言います。
> しかし私は好奇心が強いせいか反対で、「帰るときは別の道」というのがこだわりです。それもだんだん大きくなるに従って強くなって来たように思います。
(以下略)
私は、「道を間違えても戻らない」でひたすら前に進み続けます。まあ、いつかは正しい道に出ると信じているからか、ずぼらなのか、探求心旺盛なのか。どのくらいの割合で新しい発見に出会えたか、単に遅刻しただけかは内緒です。地図で確認してても間違えます。でも、戻るのはいや、人に聞くのもいや。結局地図で確認しいしい何とか。そのため、以前車を持っていた時は思い切ってナビゲーターシステムを付けました。そしたら、今度は前と違った道を通る、のが楽しみというか習慣になってしまいました。
道を間違っても戻らない心の奥底には、「戻っても間違えは消えない、時間は戻せない、何も無かったことには出来ない」みたいな脅迫観念があるのかなぁ。
人生も然り。今何となく今たどっている道を間違っている気がすることがあっても、後ろを見ても戻ってもやったことは無くならないし、下手すると「無駄」になってしまう。だから、前を見て歩くだけ。道の曲り角の先に何があるかは、曲ってみないと分からない。でも、曲ったら戻れない。三叉路のどっちを選ぶかも感と運が頼り。でも、どっちも頼りない。
人生って、疲れるもんですね。
(今日の予定の仕事が思ったように行かないでへこんでいる かおり)
みどりさん wrote:
>最近気になるもう一つの商品は、スチームクリーナー。3000円くらいで売ってたらとびつくんだけど。(でもいろんな汚れに水と圧力を加えて加熱して、それでできあがった新物質がどこへ飛び散るのか、誰か調べてないかしら)
お友達がみせてくれたけど、例えば床の上なんかで使うと、汚れと水がまざったものが床の上にたまるの。あとは、結局自分で雑巾でふくみたい。「なら最初っから、雑巾掛けしろよ!」と言いたくなったけど、グっとこらえて「わ〜、すご〜い!」と驚いてみせたウソつきな私。
武田好史さん wrote:
> イギリスなどでは、「ソープワート」というピンク色の美しい花の咲くナデ
>シコ科の草の根を用いていて、日本では「さいかち」という高い木になる毛の
>生えている豆の鞘が用いられていたようです。いずれも「サポニン」という物
>質を含んでいて、それが衣類の繊維から汚れを取り去る役割をするようです。
サポニンは喉の薬(去痰剤)としても効果があります。で、『クララ』という喉の薬があって、その原料はクララです。クララは水洗トイレが普及する以前に、蛆虫を除去するために便壷に入れられました。
熱帯魚屋さんでクララを見ました。ちょうど映画『エイリアン』に出てきた宇宙生物の幼虫のような鯰でした。たしかにヌルヌルしていそうですが、洗剤になるほど泡が出るのでしょうか。こんなものを飲んだら、本当にお腹を突き破って出てきそうです。便壷にうようよ泳いでいたら、とても恐ろしくて安心して用が足せません。排便が困難になってしまいそうです。
怖いよう。しくしく。めそめそ。
クララ:本州以南の陽当たりのいい山野にみられるマメ科の多年草。根に苦味があり、目がくらくらするほど苦い、ということで「くらら」と命名されたとする説がある。
クララ:ナマズの一種。人工繁殖されたアルビノの個体が観賞用として出回っていたが、肉食かつ暴れやすいので、アストロノータス・オセレイタスなどと共に、マニアが「若気の至り」で買ってしまう代表種とされ、最近はやや人気薄。
(Maria)
百日紅(さるすべり)さん wrote:
>武田さん、どうもありがとうございます。
>2日のオフには参加するんですか?私はまだ決めてませんが、武田さんにお会
>いしてみたいとも思う。だって、これまで色々とレスいただいたもの。
参加される場合はなるべく早く申しこみをしてください。明日中には会場に
なるレストランに人数を報告しなければならないので。
pocksさんwrote:
>>ツッコミを入れられる前に念のため。
>とか書かれるとつい突っ込みたくなる。(ASの悪癖だな。ごめんなさい。)
なに、ツッコミを入れられるのは一向に構わんのだが、たまさか脇が甘かったりすると非常に痛い、というだけの話である。脇を固めてから突っ込まれるのはむしろ歓迎する。
>>『不条理日記』は「別冊・奇想天外」から「劇画アリス」であったらしい。
>これ↑がこれ↓のことならば
>>SF大会は「濃い」イベントである。吾妻ひでおの『不条理日記』参照のこと
>「不条理日記 SF大会編」の初出は「奇想天外 昭和54年11月号」(別冊
>ではない)です。
たしか、『不条理日記』は別天→奇天→「劇画アリス」だったと思った。私が言っているのは浅草で開催された「TOKON VII」を描いたほうである。
吾妻ひでおさんが作中でSF大会でのオークション場面を描き、そこでスタージョンの『にほへんほふう』とクルムヘトロジャンの『へろ』という架空の著作を登場させたのだが、TOKON VIIの会場ではその『にほへんほふう』と『へろ』がしっかり売られていた。「だからSFマニアは恐ろしいというのだ!」と、作中の吾妻氏が言っていたように思う。うろ憶えだが。
ついでにその時に覚えた一発芸をひとつ。用意するものは懐中電灯。壁に光の円をゆっくりと這わせて、「我々はミステロンだ」。読み筋は『キャプテン・スカーレット』。
ぜんぜん関係ないが、大黒屋の天丼はうまかった。なお、大黒屋ではただ「天丼」というと「並」である。「上ですか、並ですか」とかいった野暮な質問はされない。今半の牛飯弁当・玉つき(「たまつき」ではなく「ぎょくつき」)はあまりに混んでいて喰いそびれた。無念。
なお、スタニスラフ・レムが架空の本の書評集をたしか出していたはずである。レオ・レオーニは『平行植物』という実在しない生物についての本を書いた(吾妻ひでお氏も作中に「垂直動物」というのを登場させていた記憶がある)。以後こうしたメタフィクションは『鼻行類』『アフター・マン』といった類書に発展してゆく。
考えてみれば、数学世界などは「無矛盾かつ現実に対応可能なファンタジー」である。テープワーム・プログラムも、もともとは『衝撃派を乗り切れ!』というSFの中から生まれた着想であったように記憶している。「SF」は「サイエンス・フィクション(空想科学)」ではなく「スペキュレイティブ・ファンタジー(思弁的幻想)」だと言ったひともいた(誰だか忘れたが)。
「自閉的ファンタジー」が空想を超えて思想・文化に至る可能性を、我々は見逃してはならないように思う。
……ああ、似合わない。
(Mr.Moto)
Tien さん wrote:
>横道ですが、香水の「OPIUM」は、外国人の方に言わせると「エキゾチック」
>だそうですが、まさにカブト虫の香りでございます。
コリアンダーの語源はギリシャ語のKoris(床虱・悪臭の虫)だそうで、葉や未熟な実は不快なバギー臭(虫のような臭い)がするといいます。
いわゆる香菜の香りがいいとか言っている人がいたのだけれど、あたしは「石鹸喰ってるような味がする」とか言っていたものだからいぢめられていました。今にして思えば、あれはカメムシの臭いです。
ただ、カメムシというのはギリシャ語で「ペンタトマ」だったような気がするんですよね。ギリシャ語に詳しいかた、「Koris=カメムシ説」は正しいのでしょうか。
最近は調査に意欲が湧かなくていけないわ − Maria −
>ツッコミを入れられる前に念のため。
とか書かれるとつい突っ込みたくなる。(ASの悪癖だな。ごめんなさい。)
>『不条理日記』は「別冊・奇想天外」から「劇画アリス」であったらしい。
これ↑がこれ↓のことならば
>SF大会は「濃い」イベントである。吾妻ひでおの『不条理日記』参照のこと
「不条理日記 SF大会編」の初出は「奇想天外 昭和54年11月号」(別冊ではない)です。
(奇想天外コミックス「不条理日記 SFギャグ傑作集」初出一覧より)
> 怖がられてるのかしら。それとも雰囲気悪くなっちゃってるのかしら。気になる
>にゃあ。そんなに怖いひとではないのですけどね。
あまりにディープなためついてこれないだけでしょう。
合成洗剤も石鹸もない時代、人々はどのように洗濯していたのでしょう。
古代ローマ人は発酵したおしっこを用い、何時間もトーガの布を奴隷に踏み洗いさせたようです。
イギリスなどでは、「ソープワート」というピンク色の美しい花の咲くナデシコ科の草の根を用いていて、日本では「さいかち」という高い木になる毛の生えている豆の鞘が用いられていたようです。いずれも「サポニン」という物質を含んでいて、それが衣類の繊維から汚れを取り去る役割をするようです。
株価バブル後最安値続々更新1万円割れ近し・・・
失業率5%以上・・・
引きこもり120万人・・・
鬱病大国・・・・
・・・
これが最近の日本のワースト記録だってさ!
こんな日本だけど、すこしでも良いから明るく生きていよう。
そのうち幸せがやってくるから・・・
おお、おお。皆さんコンバンワです。
オレンジブルー、とうとう発熱に頭痛、ついにはほんまにカラダを「壊し」てしまいまして、2日間動けない状態でした。。。
足もぶつけ放題で、青あざがだらけ(超汗・涙・悲)
Xanadiiさんはじめまして。
Xanadii wrote:
> 瞋恚(しんい。仏教語では“しんに”)。「いかり」のことだが、たんなる「感情的な怒り」のことではない 。根深い性質があって、自分の心にさからうような事に対して、ターゲットである相手どころか自分自身まで傷つけてしまうことも辞さないほどに、はげしく憎しみ怒ること、であるらしい
> まちがいなく自分も傷つく。しかし全くの孤立無援のままで放置されれば、いず>れは「何だってかまわない、もう何もかもめちゃめちゃにしたる」という、>“妖怪”のような存在に、育っていってしまう
実は私、性質が悪くなると、アスペルガーでもなんでも無く、ほんと自閉症の人に対してすら申し訳ないけど、最悪な「自閉症」になります。
なので、「妖怪のような存在に成長」って処かなり分かっちゃったりしてるわ。
親にだって、
「あんたなんか生まなきゃ良かった!!!」
「死んでまえええー!!」
「こっちかってなあ、こんなおもいしてなあ、生んでもらいたくなかったわあ!」
と殴り合い取っ組み合いのバトルだって何回かやっちゃって、
(近所の人びびってんじゃないかな・・)
ああっ!やばいこのままでは歯止め効かずに「殺し合い」になってしまう!
という心を持ちつつ、悪魔と化してしまいます。
でもね、これできるというのは、ある意味乳が欲しい!助けて!っていうのと
なんか似ている気がする。
大概の「怒り」爆発震源地は、
「なんで私だけが皆と違ってこんな目に?!」「不平等過ぎる!!」「なんで理解されないの?!分かってよ。早くどうにかしてよ!」って処です。
で、泣き泣き、最後には地獄の底から「笑い声」です。
なんか落ちるとこまで行くと、笑うっきゃなくなるよね。
自分のこと考えれば考えるほど
「あー馬鹿くさっ!!」とよじれてずっと笑うしか無くなる。
で、
「あたし、なあ〜んで、わざわざこの世に居るんだろ!?
何しに居るんだろ?」みたいな。
人間が母体で創られる過程は過酷で生き残り戦で勝ち残った細胞でできているはずなのに、なんでわざわざ「自閉」がこの地に存在するんだ?ってすっげえ思う。
> 実を言えば、私がChipさんの一連の書き込みに対して、まず感じたのが、これなのだ。私は、もともと「同じ」資質を持っている人間なのだ。
ある意味「嫉妬」っていうやつの感情かもしれないですね。
> 私は、自閉症児・者の親たちの、いわゆる「この子を産んでよかったと思います」「私たちの子として生まれてきてくれてありがとう」といった考え方が、大嫌いだ。私自身は、「この世に生まれてきてよかった」と思ったことなど、いままでただの一度もない。あなた、そないな考え、私の見ておる所で出してきなさるのはやめていただきたい、イラつきますわほんまに、というのが本音だ。親たちだって、私のそんな言葉は聞きたくなかろう。
うちの場合はね、
「犯罪でも犯して無期懲役で居る方がええんちゃうか」
とかいわれながらも、(精神鑑定で医者がアスペルガー知らへんのちゃうか?とか交えつつ)
それでも「親」は「親」ですよ。
熱をだしてうなっていれば、うどん作ってくれます。
(Xnadiiさんにとっては「あーうざってえー!」かもしれないですが、)
私から親を見ると、
母は強し。強し。自分の理解を超えて強し。仏陀がマヤの股間に宇宙を感じたくらいに?強し。
一気にバトルしようが、一緒になって「あーばかくさ」と笑います。
(親は泣きませんよ。そんなよわっちくないです。)
怪我して血あざができちゃいます。
> いや、逆に「本当のことを言ってくれてありがとう」という言葉を掛けてくる人も、いるかもしれない。
居るだろうね。
>しかし、とにかくなにもかもが憎うて憎うてたまらんという、人の中の“瞋恚”という怪物に対して、「ありがとう」などという言葉を、かるがるしく掛けることが、どのような結果をもたらすかといえば、これはもう「悲劇」というより「惨劇」だ。
怪物化をどう沈静するかは、本人の闘いでもあるんでしょうなー。
でも結局は外界との関係で作られる活動で学んでいくんだろうから、
愛情のある「強い」バランスのとれた大人の存在は必要だと思う。
これはある意味、外で関係を持って生きるための共同訓練試練・掃き溜め・・みたいな?ウンコしたくなったら、ウンコそれなりに処理せんといかんやろ。
ああよくわかんない。。。
> 「ふざけるなXanadii。私達だって、これまでじゅうぶん葛藤してきたんだ。お前に何が分かるか」という言葉には、「なら、いくらでも葛藤なすったらよろしやないですか。“ありがとう”いう言葉を出してしまったら、その時点でもう何も進まなくなります。“自殺を考えたことだってある”というのは、辛いからもう考えるのをやめようやという、心の働きに他なりませんがな。“いっそわが子を殺してしまって...”と考えている自分がおる、どうかそういうことを再び認識して、ご自身と戦ってください。だいたいあんたがた、責める対象を間違っておられますがな。役所に怒鳴り込んでも相手にされへんもんやから、いろんな不満を、この私に向けてしまってるのと違いますか」とでも応じかねない私がいる。多分自分の親にさえも。
すんません。
私は、あくまで、自分とこの話ししかできないです。
「まあ、いざとなって死ぬときゃあ、そんときはそん時でえ一緒やろな」って感じが何処か根底にあるのかもしれない。。
それにしても、アスペの親御さんから私自身が発達障害者であることを何処か置き去りにしたような感情で話しをされるのは、辛いところだね。。。
「私どもも困っております」とかね。。それあたしに言われてもなあー!なんだかなー!
いや、ちょっとあったからね。ぶつぶつ・・・ぶつっ・・・・
(注:Sさんじゃないです。)
前回のメッセージはMariaから途中から引き継いだので何やらよくわからんようになっていた。すまぬ。でもって、若干のフォロー。
>その後、マスコミがコミックの性描写の過激さを盛んに批判するようになった
>結果、コミック業界に自主規制によるレイティング・システムができて、「成
>人コミック」というジャンルが成立しました。で、少年誌と青年誌でもそのあ
>たりの規制に差があって、少年誌と青年誌と成人誌(および同人誌)のどのジャ
>ンルで活動するかでけっこう選択を迫られたりするのですよ。で、そこで引っ
>掛かってメジャーに移行できなかった人、あるいはメジャーよりもマイナーで
>勝負することを選んだ方もいたりしたようです。
文庫版『ラブ・シンクロイド』の五巻あとがきで柴田昌弘さんが「規制」の鬱陶しさについて述べていた。これはJoshya氏が言っていたことだが「片手落ち」が使えない、なんていうのはかなり表現者としての気分を萎えさせるものである。
「足が六本、目が三つ、腕が一本、なーんだ」というなぞなぞがある。答えは「馬に乗った丹下左膳(「一方の目の視力を外傷によって失った、肢体不自由な」剣士)」というのだが、こういうのが身体障害者の差別につながるかどうかは相当に疑問だ。『アイアンサイド』(「肢体不自由な」刑事が主役の刑事ドラマ)なんかはテーマソングがクインシー・ジョーンズ(視覚障害のミュージシャン)だったりするし、長谷川きよし(「視覚障害」のシンガーソングライター)が書いていたTV番組批評が『きよしTVにおじず』だというのに至っては何をか言わんや、という感じである。
天ぷら屋の「ハゲ天」が店名を変える日も近いかもしれんと思う。
>『不条理日記』なんかは自販機雑誌での発表。
『不条理日記』は「別冊・奇想天外」から「劇画アリス」であったらしい。ツッコミを入れられる前に念のため。なお、同じ「劇画アリス」で高千穂遥が「麻丘はるか」というペンネームで女子高校生を自称してエッセイを書いていたとか(吾妻ひでお『やけっくそ天使』、文庫版あとがきによる)。私の記憶では高千穂さんは身長百九十ほどもある巨漢であったように思うのだが。
おれが思うにポルノグラフィ小説に限っていえば自主規制など一切必要ないように思う。猥褻の定義とは、
1)徒に性欲を興奮または刺激せしめ、
2)かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、
3)善良な性的道義観念に反するものをいう
のだそうだから、出生率の低下やら婚姻年齢の高齢化やら離婚率の上昇やらが社会問題化している現代においては、性愛を通じて真の愛情に目覚め、結婚や出産、家庭環境の充実や社会活動の活性化に結びつくようなポルノグラフィは大いに奨励されそうに思うし、この制約の中であればいかなる性描写も猥褻の範疇には入らないわけで、その限界に挑もうという勇気ある作家はおらんのか?と思ってしまうのだが、どうか。
(Mr.Moto)
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