アスペルガーの館の掲示板(旧)
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新しいアスペルガーの館の掲示板
るおうさんの前回(オバさんのこと)と今回の書き込み(果物のこと)について思ったことを書きます。
るおうさん wrote:
>悪いと、その時だけ謝れば良いのだろうか?あとは本人はそのことをけろっと忘れていて、もう関係ないよ。でも良いのかな。あとは本人に傷が残って前に進めなくてもしょうがないのだろうか?それではあんまりだとおもうのだが。
と読むと、なにかとんでもないことを言われたりしたのかと感じるけれど、果物うんぬんに関する内容を読んでみる限り、それは普通の受け答えで、普通の人なら確かにキレるのでは、と思いました。
その人はメール交換という行為に対して、いわゆる「その場のノリ」みたいのでお話をしたいという期待を持っているんだと思います。
その人の本音の部分。
「最初っから果物なんて欲しくないのよ。でも、そんなんいらへんわ!って書いたら、なんか、感じ悪くない?だから、とりあえず否定はしないでおこう。」
こういうのはよくあることです。本当に。はっきり否定をしないのは、婉曲表現のひとつ。いわゆる「社交辞令」も含まれるかな。英語圏内の人みたいにいちいち言葉に出して感情を説明してくれるのとは違って、日本人はそういう説明をしないことが多い。
じゃあ、なんで普通の人達は、そういう難しい行為ができるのか?…それは私にもわかりません。私もノリが悪い人なので。
だけど、ある程度社会に適応しているASの方々は、そういう場面に何度も遭遇していて、その体験から学んでいると思います。ここでさっきの相手の発言にツッコミを入れると場がしらけるだろうな、ということを。
>良くある話しです。
全くそのとおりです。でも、何度経験してもそれに対処できない。るおうさんの書き込みを見て「認識の差」を感じました。わかってはいるんだが、感情の方で「傷ついた、許せん!」といつまでも思い返してしまうこと。そしてひとりで何度も頭の中で復唱することで、された行為に対する客観的判断は失われ(あればの話)、感情を伴う「怒り」のみが増幅してシナプス増強されてしまう。
ASの方々はオタクな人が多いけど、そういうのは知識の吸収に対して「心地よい」という感情の増幅が起きてシナプス増強されるのかと。だから、例えば学校の勉強が快刺激にならなかった場合とLDになりやすいのかな?だけど快刺激につながることは普通の人に比べ、めちゃめちゃ記憶できる。(やっぱ、ASの人ってすごい。)
>それではあんまりだとおもうのだが。
怒りの感情が増幅した場合は不幸だと思います。こういう感情ろきちんと折り合いをつける方法はないものでしょうか?私の場合(ADD)はシナプス増強されにくいのか、思ったり感じたりしたすぐ横からコロっと忘れてしまうのでそういう意味ではラクちんです。
息子は一年半 SSRIを50㎎4T/日 服用してきました。
副作用もなく良かったのですが、最近なんだかイライラする事が多くなって
外で、けんかごしになり困っています。
こちらで、薬を服用している人は どんな薬をのんでいますか?
これは良いよ というものがあったら教えてください。
(もちろん薬は補助的なものでしょうが・・)
Maria さんの文への返答で書いてますが、最近気になってたことに関する話題に反応しただけで、ちょっとやつあたりに近いかもしれず、別に Maria さんに返答を求めているわけではありません。
Maria wrote:
> わかりません。そもそも自閉症方面の女性、というのが統計上とてもサンプルが少ないので、どうこう言えるほどの情報がないのです。
よくわからないのが、そこでなぜわざわざ女性と男性を分けて考えるのか、なんですね。
「自閉症でAB型の人は少ないので」という分類で考えることはあまりないと思われますが、男性と女性になるとなぜか分けて考えるのが当然、みたいになるのが不思議です。
> 女性でこういう形のこだわりを見せているひとというのは、とても少ないように思います。もっとも、培養と分析が好き、みたいな生物化学系の女性研究者なんかだと、こういうタイプはいそうに思います。化粧っ気のない美人で、さっぱりした男性的な性格で、やたら物持ちがよくて、着てるものはどっかしら繕ってあって、アンティークというより古道具が好きで、紅茶とかコーヒーとかをなんだか儀式のように淹れて背中を丸めてぬくぬくとおいしそうに飲んで、ジャムを煮たりするのが好き、というタイプ。
美人とジャムの部分を除けばこれはまさに私です。身なりや小物にもすごくこだわり (まさに「余計な執着」という感じの) があるのだけど、基準が独自なものすぎるのか、誰にもわかってもらえません。(「~が欲しくて」「買えばいいじゃん」「いいのが見つからないのよ」「「これは?」「これはこういう機能がない」「じゃあこれは?」「これは美しくない」「これは?」「悪くないけど心ひかれるものがない」「勝手にしたら?」「うー」)。
私の選ぶものは、普通値段はやたら安く、ブランドとしては成り立ってないようなところで作られたものです。が、1500円の物を選ぶのに一年以上かかっていることはザラです。赤いバケツはすごく欲しいのですが、すばらしいものを使いもしないのに買うのは失礼な気がして買えません。(どうでもいいものなら使いそうになくても買える。)
前にもちょっと書きましたが、私は一時期「もしかして性を間違えて生まれてきたのか?」と思っていました。
私の趣味は大抵「普通は男性が好む」もの。服も物も色も専攻も仕事もそうです。
性別診断なんかではまず男性とされます。
プレゼントなんかで、「男の子にはこれ、女の子にはこれ」とやられると、私の欲しいものは大抵男の子用なので、「女の子用」の趣味に合わないものをもらってはひどくがっかりしてました。
「女性で理系はめずらしいよね。どうして理系にしたの」と言われても、自分が文系に進むなんて非現実的なことは考えたこともなかったので、答に窮します。
「女性なら誰でも子供が欲しいもの」と言われても、私は一度も自分の子供を欲しいと思ったことがありません。(結婚にあこがれたのも、彼と別れたときに「もしちゃんと結婚してたら周囲は離婚という形式によって私の気持ちを理解してくれたのかも」と思って、あこがれたのが最初)
こうもりさんが同性愛者の気持ちは想像しかできないと描いてましたが、私の場合はまったく違和感がありません。
今まで同性相手に恋愛したことはありませんが、次の相手も異性だとは限らない、という感じです。身近なヘンな異性の同僚に間違ってほれちゃうよりは、新たに出会ったすてきな同性の方が、自分ではびっくりしないと思います。
(ただまたマイノリティの看板が増えるのはちょっと嫌かも)
潜在的バイなのかも。
さて、高校生くらいの頃から、アンケートや書類にいちいち性別を書くのに疑問を感じていました。
名前と住所と電話は連絡を取るのに必要かもしれませんが、本当に性別が必要な書類って滅多にないと思うのです。でもほとんどの場合は必須の記入欄があります。
最近では、なぜ出生届に性別があるのかも疑問に思っています。(どっちだっていーじゃん。まあ法律にまだ性差別が残っているので、いきなり消したら影響があるんでしょうけど)
考えてみると、うちの両親も「女性は」「男性は」という物の言い方をほとんどしません。たぶんそういう概念がないんだと思います。
おかげで私も、普段はいちいち相手や自分の性別を意識せずに暮らしています。
しかし、ときどき突飛なタイミングで性別のことを持ち出されてはとまどってしまいます。
こういうのって、私がバイもどきだからなんでしょうか?
私には性別を考える能力が欠けているのでしょうか?
最近 off topic な話題で長い投稿をしすぎかも の みどり
横レス失礼します。
以前の私も、ペンギンさんと全く同じ思いでこの掲示板を訪れました。
きっといろいろ考えて、疲れてしまっているんでしょうね。
妙に共感してしまったので、失礼なレスをするかとも思いますが、その時はごめんなさい。
ペンキ゜ンさん wrote:
>別に私はツンとすましていたわけでもないのですが。
>今になって考えると、その彼のイメージ通りの私とは、大いに違っていた為、
>彼が幻滅してしまったのかも、と思ったりもしています。
>手の届かない女性(本当はそんなことはちっともないのですが)と思っていた頃は
>彼も必死で、自分らしさを隠してアプローチしていたのかな?と。
>
>そうだとしたら、手の内全部見せてしまった私は(あなたがいないと生きていけない、云々)彼にとってもう魅力のない人間ということになるのかなあ?と。
以前の私の状態と全く同じです。
今のペンギンさんは、彼の態度や過去の言葉で彼の気持ちを推し量ろうとして、いろいろと考えこんでしまっています。
ペンギンさんの問いかけに、彼が応じない(はぐらかす)ために、考えざるをえないのです。
>大切な人と正直に向き合いたいと思っている私ですから、それは変えられないけど
>彼が望む関係に戻れるなら、自分自身を変える必要があるのかしら・・・?
私も正直に向き合いたいと思っていました。
私は向き合おうとしているのに、彼は向き合うのを避けようとする。このまま関係が続くのなら、やはり彼がわたしに歩み寄るべきだと思っていました。
そして自分の気持ちを彼にぶつけ、関係は終わりました。
彼は私が進入しすぎるのが怖かったようです。(後で聞きました)
これは相手が好きとか嫌いとかの問題よりも、自分の中にどの程度他人が入ってきても平気かの問題です。
もしあの時、私が納得するような向き合い方を彼に求めなければ、今でもそれなりの関係は保っていたように思います。
付かず離れずで、だけれども愛着のある関係・・・
よく考えれば、私もそれを望んでいたはずなのに、考え込んで疲れてしまったがために、衝動的に行動して2人の関係を終わらせてしまいました。
私が、わがままだったと思うのは、相手を変えさせようとした所です。
いろいろ考え込んでしまっている時はあまり行動せず、少し頭を休ませてから自分はどうしたいのか考えれば良かった。
”向き合えない人とはつきあえない”とか、”自分の気持ちを棚上げする努力をしてでも、この人が良い”とか・・・
まあ・・・後悔先に立たずです。
>アスペについて最近聞いたばかりで、彼をそれにあてはめてしまったのは安直だったかも知れません。
私も安直に当てはめました。
彼の場合、それ以外にもいろいろありましたので、”2次障害で鬱なのかな?境界例?人格障害?分裂病の初期?”いろいろ考えて本を読みあさりました。
でも結局、ここの掲示板を訪れてアスペだから云々と言うよりは、彼自身の世界観なんだと思うようになりました。
>こちらの愛情確認をいつもいつもはぐらかされるうちに、彼の心変わりを疑うようになった頃、アスペのことを聞いたもので、そのような病気?であれば、こちらが理解して接し方を考えなくては・・・と思ったものですから。
私は関係が終わってから、そう思いました。
自分が望むものが帰ってこないのって、結構つらいよね。
私もつらかった。
それじゃ何にも跳ね返ってきてなかったのかって言うと、そうじゃない。
私たちが仲良かった時は、じんわりじんわりと伺いをたてながら、お互いが気持ちよくなるように望みを叶えることが出来ていたんだよね。
そこに気づいたのは、ずーと後でした。
(ぺりこ)
Maria wrote:
> かつての中東は世界の中心だったんだけどな。イスラム文化、イスラム文明に対する敬意というのが、アメリカ人には、そしてアメリカ文明にどっぷり漬かっちゃった現代の日本人には、ちょっと欠けてんじゃないかと思う。
以前、BBC制作の十字軍に関する番組を見たことがあります。
いかに十字軍が野蛮 (というか無知?) で、当時先進文明を持っていたほかの国に多大な迷惑をかけながら、無意味な行進をしたか、というものでした。
で、当時破壊した技術を、何百年もたってから再発明して、えらそうに名前をつけている、とちゃかします。
当時のどこか(忘れましたがギリシャかな? トルコだったかな?) では精神療法に音楽を使い、星までの距離も正確に測っていたとか。当時の十字軍側はそんなことは考えもせず、ただそういう国を暴力で蹴散らし、自軍にも多大なムダな犠牲をだしながら進み、やっとのこと目的地についたときにはてというオチまでついていました。
中国やインドあたりの文明が欧米よりよっぽど進んでいたというのはよく聞きますが、ヨーロッパ内のことは歴史地理ともにオンチのためにどうもよくわかりません。
学生の頃はさっぱり興味もなかったのですが、今は多少は感覚ができてきたので、これを機会に世界史の本でも読んでみようかな。
たあさん wrote:
> (1)~(4)まで、全部苦手です。特に(3)が、一番困っています。な
>ぜなら、他人に、感覚,気持ちの共有、を求められた時に何も答えられなくな
>るからです。必死で、共感を持とうとすると、頭の中が重たい感じがして、苦
>痛です。
(3)対人親和性という意味での共感は意識的にできることではありません。
自閉人,非自閉人を問わず、自分の立場を捨てて相手と同じ感情を共有すること
は絶望的なぐらい難しいことなんです。
例えば、わたしは同性愛者をわたしとは異なる性愛対象を持つ人として尊重す
ることができますが、同性に恋愛感情を抱くという感覚を追体験するのはほぼ不
可能です。せいぜい、異性愛者が異性に憧れる時のように、同性に憧れを持つ人
もいるのだろう、と想像するのが精一杯です。
>(1)他人の気持ちを理解する能力
リアルタイムの会話では言葉の表面的な意味を追いがちになるので多大な困難を感じます。文章化されるなどしてマイペースで分析できるときは困難はリアルタイムの会話の時ほどではありません。いずれにしても共「感」というより分析ないしトレースというノリの作業になります。リアルタイムの会話でこれをやるにはかなりの集中力を必要とします。相手が複数だと、テーマの決まった会議の場合を除きほとんど不可能と言えます。
>(2)愛着形成
非自閉である自分の母親との愛着形成には失敗しているような気がします。ASである自分の子供の愛着は私に形成された気配が濃厚です。
>(3)対人親和性(他人と同じ感覚,気持ちを共有する)
小説などを読んでの感情移入は普通にできますから、コミニュケーションの問題が突破できたとすれば、この点に問題はないだろうと思います。感情表現の決まったパターンがある漫画などでは困難を感じることはまずありません。
ただし、住んでいるないし見えている世界の違いから、同じ経験をしても同じ気持ちを持てる保証はありません。
(4)他人に共感を示す技術
これは下手です。そもそもそのような必要があることすら診断前は知りませんでした。
うーん。
たぶん相手の方は果物のことはどーでもよかったんじゃないのかな?と私は思ったのですが。無視したというより。わからないけど。
でも、要るのか要らないのかはっきり言ってくれないと困りますよね。
たとえその人にとってはどーでもよくても。ちょっと失礼ですね。
要らないんだったら、他に処分のしようもあるのに、取っておかないといけないわけだし。
あー、でもその人に訊いてみないとわからないな。
「キゲンを治して下さい」と言われた時点でこじれていると思うのよ。
そのあとるおうさんが何を尋ねても、詰問にしか聞こえていない可能性がある。
>>(1)他人の気持ちを理解する能力
>>(2)愛着形成
>>(3)対人親和性(他人と同じ感覚,気持ちを共有する)
>>(4)他人に共感を示す技術
(1)(4) は、自覚はあんまりないんだけど、友人の反応などを見ていると、かなり問題ありらしい。少なくとも私に「相談」をもちかける人はいない。
(3) はわからん。だって(1)なしの人間に(3)の判断はできないぞ。
流行に乗ろうという気がさっぱりないとか、周囲が盛り上がってるときに白けて見ているとか、そういうところはそうなのかしら。
(2)はねー。愛着自体は持つと思うんだけど、どうも持ち方が普通と違うらしいのよねー。
失ったあと長年鬱になったほど好きな相手でも、二日も一緒にいると「ひとりにしてくれ~」と思いました。
家族には別に憎しみもないけど愛着もない。
他人にはときどきすごく愛着をもつけど、なんのきっかけもなくすっかり忘れてしまい、忘れたことにも気づかないか、思い出しても、当時の気持ちは思い出すことができません。(このできない「思い出す」は、『リアルに再現』の思い出す、です。)
タレイヌさん wrote:
>一方で、世の中で、多くの人がやり取りしているかに見える共感は、とても、
>浅いところに在って、技術を学習すると、結構やりこなせるのです、これ・・
>・・だから、こうもりさんは、自分自身が持っている『共感』とのずれが、大
>きく生じているだけかも・・・?。別段障害云々では、無いと思うんですけど
>・・タレイヌは、楽観的過ぎますか?
実は今回のコメントにはわたしには珍しく、含みを持たせてあります。非自
閉人の側から「自閉(AS)人は共感ができないというのは本当か?」という
問いが発せられたので、逆に「非自閉人であれば、無条件に共感できるという
のは本当か?」「そもそも共感するとはどういうことなのか?」という形で問
題提起をしてみたのです。
なお、このテーマについては「診断された人,未診断の人」を問わず共感性
の困難を感じている人を対象にしているので、タレイヌさんが指摘されるよう
に、障害云々の問題ではありません。
ただ、わたし自身が知る限り、共感性に「困難を感じる」ことができる人の
方が、自己反省力において「困難を感じていない」人よりも、はるかに優れて
いるという印象を持っています。
>> 1、からかっていた。
>> 2、るおうさんに、あまり好感がもてなかったから着て欲しくなかった。
>> 3、その果物が嫌いだった。
4. 果物が欲しくなかったか(もらってしまうと食べなきゃいけないというプレッシャーがかかる)、お礼の言葉やお返しを考えるのが面倒か、単に人と会うのが億劫か、ともかくなんらかの事情であまりもらいたくなかった。
しかし正面切って言うにははばかられる理由なので (もしくは自分自身、その理由をちゃんとは理解していなくて)、返事をのばしのばしにしていた。
でも完全に無視をするのもなんなので、腐った頃を見はからって返事をかいた。
そうしたらまだ腐ってないと聞いて「しまった」と思った。
色々聞かれても正直に答えられる内容ではないので、最初にちゃんと断っておけばよかったと後悔しながらも、極力答をはぐらかした。
そこをなおも続けてつつかれると、心にやましいところがあるもんだから、逆切れしてしまった。
みどりの場合はこの4をよくやってしまいます。逆切れまではしませんけど、かなりイライラはします。
自分のなかの罪悪感が他人に向かってしまうんです。
武田好史さんwrote:
>こんなことを知らなかった私は時代遅れ?(ファイルサイズの量の単位)
逆でーす。知ってる方が時代遅れでーす。いまどき記憶媒体の物理構造なんか意識してる人なんかいないぞ。
記憶媒体にはその読出し・書込み方法に応じていろーんな種類があります。テープみたいに頭から順に読み書きする以外に方法のない「順編制記憶媒体(SAM。シーケンシャル・アクセス・メモリ)」、アドレスを指定して一発でどこでも読み書きできる「乱編制記憶媒体(RAM。ランダム・アクセス・メモリ)」、辞書みたいに頭から読むこともできるし、アドレスではなくキーを与えてデータを読みだすこともできる「索引付順編制メモリ(ISAM)」、それに回転式の磁気媒体のように、ぐるっと回ってくるまでは読み書きができないので、その間のタイムラグが問題になってしまう「周回型編制記憶媒体(CAM。サイクリック・アクセス・メモリ)」なんかがあります。
フロッピーディスクでは、同心円上に陸上競技のコースみたいに「トラック」というものが設定されています。で、それが一定の角度に分割されていて、その部分を「セクタ(扇型)」といいます。で、回転軸の中心から等距離にあるトラックをぜんぶ合わせて、「シリンダ(円筒)」といいます。両面タイプのフロッピーディスクでは、裏と表があるので1シリンダー2トラック。で、ディスク全体の容量を、「ボリューム」といいます。
つまり、「セクタあたりのバイト数」×「トラックあたりのセックタ数」×「トラック数」×「シリンダあたりのトラック数」=「ボリューム」ということになっています。機械で決まっているのは、「トラック数」と「シリンダあたりのトラック数」。オペレーティングシステムが決めてフォーマッティングするのが「セクタあたりのバイト数」と「トラックあたりのセックタ数」。
ずーっと昔、コンピュータの「一文字」は1バイトが三ビットとか四ビットでした。八進数とか十進数とか扱ってなかったものですから。だけど、そのうち文字とか使いたくなって、1バイトは七ビットとか八ビットとかになりました。で、1バイト八ビットというのが定着して、その上の単位として「ワード」というのが使われるようになりました。16ビット1ワードとか、32ビット1ワードとか、64ビット1ワードとかいうのが、まあ主流といえば主流。「××ビットコンピュータ」というのは、このビット数/ワード数のことみたいです。まあ、うんと詳しくいうとバス幅がどうのアキュムレータ長がこうのとかいったややこしい話になるので割愛します。
> 1バイトというのは文字だと半角一個分に相当するファイルサイズで、日本語
>の文字は2バイトだそうです。
というのは、ASCIIコード一文字を1バイトで表わすことにして、日本語のかなと漢字はJIS2バイトコード(Shift-JISなんていうのがわりと有名)で表わすことにした場合の話。なお、日本で使われていた「ASCII」コードには「半角カナ」というのが慣例的に含まれていたのですが、インターネットでこれを使うと文字化けかなんかの原因になります。だもんだから、最近は「使っちゃダメ」ということになってます。昔は「むか(-_-X)。」の「X」が半角カタカナの「メ」でした。
さて、漢字をちゃんと表わそうと思うと、16ビットではどうしても足りません。それに、世界にはアラビア文字だとかギリシャ文字だとかキリル文字だとかサンスクリット文字だとかハングルだとかシンハリ文字だとかデナーバーガリー文字だとかいったいろんな文字があって、これを同じ画面で使ったりもしたいわけです。そんでもって国際規格の文字コード体系というのがいろいろ提唱されているのですが、どれも一長一短があってあんまりよくありません。それでも一文字を表わすのに32ビットあれば足りるだろう、みたいなことにはなっています。
ただ、「表音文字の直行性」というのを考えると、本当は64ビット欲しいんですけどね。たとえばハングルなんかは子音・母音・子音という三つの要素からできています。日本語にはひらがなとカタカナがあって、それぞれが「子音+母音」という構造を持っています。こうした構造を考えると、文字も「多次元空間上の一点」という形で表わしたいところです。
(Maria)
ペンキ゜ンさん wrote:
>この関係について、もう少し詳しく教えてもらえますか?
自閉症方面の男性とのつきあい方に関しては、自身もたっぷりと自閉症的要素を抱え込んでいるうちのKILROYさんが、
1)『ASって病気なの?』(No.3306、9 Mar 2001)
2)『ASとのつきあいかたのようなもの』(No.3317、10 Mar 2001)
3)『Re:Re: ASって病気なの?』(No.3323、10 Mar 2001)
の三つのカキコにおいていろいろと分析しています。たとえば(1)では
---
ちなみにAS傾向の人は、美人の友達が多かったりします(ASは男性に多い。念のため)。なぜかというと、「放っといてくれるから」だそうです。ところがAS傾向の人は、家事万端そつなくこなしてしまったりします。「しつけ」のコツを飲みこんでしまえば、AS傾向の男性くらい扱いやすくて便利な夫はいません。AS傾向の男性と結婚された女性に申し上げます。無用のプライドは捨てて食器洗いと洗濯と便所+フロ掃除は夫にやらせなさい。おそらく完璧です。本当のことを言えば、AS傾向の人間がいちばん好きな作業は、たぶん刃物研ぎです。したがって、いい包丁といい砥石をあてがっておけば(私は父方の祖父の代から続いたAS傾向ですので、砥石に関してはプロ用が家にありました。なお、包丁は自分で買いました)、料理の下ごしらえとか言ったら、嬉々としてやるはずです。お試しあれ。
ただし掃除は任せないほうがいいでしょう。やらせるならカーテンの洗濯やレンジフードの汚れ落としくらいにしておいたほうがいいと思います。でないと休日の朝寝ができなくなります。
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とか、(2)では
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「夫がAS傾向である」という人は、夫に「決定」を求めないほうがいいと思います。「私はこれこれこう思うのだけれども、あなたはどう考えるのか」という「分析」を相手に求めるようにするのです。AS傾向の人は、「家事おたく」「育児おたく」「夫おたく(変な言葉ですが、「良き夫たるもの、いかに行動すべきか」みたいな話です)」に化ける可能性を内在しています。要求したいことはどんどん要求しちゃって構わないと思います。だけど「ノー」と言われても傷つかないこと。それはたぶん愛情の問題ではなく、実務レベルの理由です。
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とか書いていて、(3)では
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すべてのAS傾向の男性に当てはまるとは限りませんが、AS傾向の男性にとって理想の夫婦像は、ひょっとしたら榛野なな恵さんの『Papa told me』の的場信吉氏と知世ちゃんではないかと思っています(でなかったら『サンダーバード』のレディ・ペネロープと執事のパーカーか、『エイリアン2』のリプリーとビショップさんとニュートちゃんではないかと思います)。
もちろん二人は夫婦じゃなくて父娘なのですが、それは二人の関係が「選びとったもの」ではなくて「与えられたもの」であるぶんだけ理想に近いように思います。基本的に親と子というのは、「親には子供を支配する権利がない」という意味で�他人�であると同時に、「親は子供に対して無制限の愛情を与える権利を有する」と居直れる立場でもあるわけです。で、二人は「親子」という関係に縛られたウェットな関係ではなくて、「このひとの父親」「このひとの娘」という役割を演じることを楽しんでいるように見えます。
自分の能力を発揮できる場を与えられる、というのは、実力あるAS男性にとって無上の喜びなのであります。だからどうしてもASの男性は仕事にかまけて家庭を顧みない傾向があるわけですが、逆に家庭での「見せ場」というのを作ってあげれば一転マイホーム・パパに化けます。「餃子だけはオレが作る」「カレーなら任せとけ」。こういうタイプの男性って多いでしょ? あとはおだてと批評です。これを「飴と鞭」だと思ってはいけません。見当外れの賛辞はかえって侮辱となり、適格な批評は御褒美たりえます。「玉葱炒めるとき、火が強かったんじゃない?」「じつは、私もあそこで失敗したと思ったのだよ」といった感じで、むしろ喜んじゃいます。「武士は己を知るもののために死す」。彼はあなたの忠実なナイトたることを望んでいるのです!
だけど、「あたしも、奉仕されるに足る女になる努力をしよう」とかいう�意欲�を持つのはOKですが、無理して潰れちゃったりしないように。意欲はあくまで意欲です。疲れちゃったときは、甘えてあげましょう。「甘えさせてもらう」ではありません。相手はあなたを甘やかしたくてうずうずしているのに、「彼女の自立を妨げてはいかん!」とか思いながら、それを我慢しているのです。ですから、きっと目尻を下げて嬉しそうにたち働いてくれます(ただし、死ぬほど疲れていなければ、ですが)。
考えたら、AS傾向の男性は女性的なのかもしれません。「ASは自閉症と同じく男性に多い」といわれています(Aspergerが研究対象としたのも、すべて男児でした)が、女性の場合は症状として目立たない可能性があります。
ですが、塩野七生さんも書いています。「愛する男が病気になることを願わない女は女ではない」。AS傾向の男性には、妙な甲斐甲斐しさがあります。月に一度くらいはベッドに朝食を持ってこさせるくらいのことは、やらせちゃっていいんじゃないでしょうか。
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みたいなことを書いているわけです。
『Papa told me』は『ヤングユー』という女性向けコミック誌に連載されていて、本屋に行けばすぐ見つかると思います(もう二十五巻も出てるぞ)。
『サンダーバード』はうーんと昔のイギリス製特撮TVドラマのシリーズ。「国際救助隊」という組織の活躍を描いたものです。なんでか知らないけど、『謎の円盤UFO』にしろ『0011ナポレオン・ソロ』にしろ『サンダーバード』にしろ、イギリスのドラマに出てくるこの手の組織って民営なんだよね。レディ・ペネロープはこの国際救助隊のオーナー一族のお嬢様で、パーカーはその忠実な執事なのですが、これがなんでもできちゃうんだ、ホント。凄腕の金庫破りだったりもするんだぞ。で、イギリスの名銃ステンMK2(だと思った。トンプソンじゃないと思う)を持ったら無敵のマシンガン使いでもあります。「パーカー、やっておしまい!」「はい、お嬢様」という、「究極の『合点(がってん)だ』おぢさん」です。
こういう男性がいたらいいだろうなぁ……とか思うのは、けっこう甘いです。尽される女性としては、けっこう窮屈だぞ。役割に忠実で、しかも有能であるだけに、「それに応えなきゃいけない」というプレッシャーは相当なものがあります。このプレッシャーをプレッシャーと感じない、「天然の女王様」でないと精神的に保たなくなってキレちゃいます。で、相手の男性を役割に追い立てて過労死させちゃったりするのですね。
その点、『Papa told me』の信吉さんや『エイリアン2』のビショップさんは、「ほどよくダメ」なところがステキだと思います。まあ、どっちも能力的にダメというよりも、人間性みたいなところでダメなのがかわいいのかかわいくないのかよくわかんないですが、信吉さんは青臭い部分を引きずってる自分がちょっとキライだし、ビショップさんは合成人間(シンセティック)なものだから、人間としての温かみというものに欠けている自分というものを残念に思っています。
とはいえ信吉さんにしてもビショップさんにしてもフィクションの中の登場人物ですから、生身の男よりずっと完成度が高い。で、生身の女性というのも、知世ちゃんやリプリーさんよりずっと生臭いというか、引きずっているものが多い。でまあ、そこんとこをうまく緩和してくれるのが、セックスなのではないか、という気はします。
ついでながら、このタイプの「夫婦」って、レズビアンのカップルに多いらしいぞ。厳格な家庭に育った高飛車高学歴キャリア女性だけど家事いっさいダメのネコに、一見おとなしそうなスーパーお手伝いさんタイプのタチ。ありがちです。
なんでか「恋人」とか「夫婦」とかいった「形」を意識しちゃうとうまくいかない気がします。これは仕事の上でもそんな気がします。「仕事をするために会社があるのであって、会社のために仕事があるわけじゃない」といった、プロ集団の中では自閉症方面の人間はけっこう実力を発揮します。だけど、「組織の力学」だとか「会社としての方針」だとかいったものに振り回されて潰されちゃうことがすごく多い。
そんなわけで、「わー、すごいすごい」と尊敬と賞賛を惜しまなければ、相手はなんでもしてくれます。馬かなんかだと思うと、つきあいやすいかもしれないぞ。
(Maria)
こうもり さんwrote:
>わたしから見れば、彼女がいるとか結婚しているというだけで、「信じられな
>い世界」なのです。1人でいても全然孤独を感じることができないし、親密で
>暖かい対人関係そのものが楽しいという経験につながりにくいからです。
ええと、紛らわしいことを1つ。結婚しても、「孤独」は、変わりませんよ、はい。一人でいるときって、孤独を感じないとタレイヌは思ってますよ。むしろ、人の輪(=社会?)の中にいるほうが、「ぁ、孤独だ」とおもいます。みんなが、分かり合ってるらしいことがわからないとか、自分は正しいと思ってるのに批判されたとか・・・そういう事を、繰り返し経験すると「孤独感」になる。でも、積みあがらない人で、別なところに安定が得られていれば、普通一人でいるときに孤独は感じないんじゃないかな。
それから、暖かい対人関係、って、どういうイメージなのかな?
親密っていうならば、仮に今、ここに、2人の人がいて、とても親密だとすると、1対1で成り立つこの世界は、とても濃密だけれど、誰も入る事が出来ないばかりか、まったくよそ見ができなくて、社会からは、隔絶されちゃう・・これってこわいでしょ?だから、暖かい関係には、隙間は必ず必要です。特に、隙間が無い親子関係では、ACになってしまうよね(アルコールや、両親の不和も、当然あるんでしょうが・・・推測)
つまり、大体において、人間の関係には、『隙間』が要るし、個々人は必ずや『孤独』を、もってることになると思うな。
> こうして考えていくと、発達障害の世界において「共感の欠如」というのが
>何を意味しているのかが分からなくなってきます。
共感って、なんでしょうね。
共感て、まずは、教えてもらうことじゃないかな。こういうときが、うれしい!とか、おいしい!とか。親が、自分の感覚を、いわば、押し付けるようにして、流し込む。それを、子の側は、自力で、取捨選択する。だけど、許されるのは、本当に、小さいうちだけで、子の側は、押し付けと気づいたら、回避するために『技術』をあみだす。大人の世界では、技術のほうが、主に役立つと思います。
こうもりさんは、共感の押し付けには、早くから、NOといってたのね。という事は、こうもりさんにとっての、本当の意味での『共感を持てる状態』というのも、きっと内在しているのよね。(この前かいてた、文章みたいな・・・)一般的でないから、『共感』に入れようとしてないだけで、そういうのだって、現実にあると思う。
一方で、世の中で、多くの人がやり取りしているかに見える共感は、とても、浅いところに在って、技術を学習すると、結構やりこなせるのです、これが・・・・だから、こうもりさんは、自分自身が持っている『共感』とのずれが、大きく生じているだけかも・・・?。別段障害云々では、無いと思うんですけど・・タレイヌ
は、楽観的過ぎますか?
ちょっと休憩。続きは、あしたにでもかきます。
今日、病院でした?
(タレイヌ)
pekoさん、優しいレス、ありがとうございます。
実は最近も感情の行き違いから、1週間ほど連絡が途絶えています。
こちらから連絡すればいいのでしょうが、
最後に送った「疲れているので癒して欲しい。欲求不満だー」のメールに返事がないまま・・・・
これに追い討ちかけても、きっと彼は答えてはくれないと思うと、もうこちらからは連絡する気力が起きないんです。
これはアスペだから、じゃなくて、単に短い恋愛が終わりつつある、というだけのことかも知れません。
でも私はまだ未だに彼が好きなので、何か打つ手はないものか・・と頭をひねっています。
愛情表現に対する頑ななまでのはぐらかし。
彼の望む恋愛関係っていうのが、私の考えているそれとは違うというだけの話かもしれませんが、もしもそうなら、これ以上、時間をかけても無意味なのかも知れません。
いずれにしても、きちんと向き合って気持ちを伝え合えないというのは、同性でも異性でも、大切な関係とは言えないと最近考えはじめました。
この掲示板とは的外れになってしまって、みなさんごめんなさい。
peko wrote:
> 一度ご覧になって見たは、如何でしょうか?
peko です。 いやーお恥ずかしいまた誤字ですね! 笑ってやって下さい。
一度ご覧になって 見て ・・・・が本当です。 ゴメンナサイ!
ペンキ゜ン wrote:
はじめまして、pekpです。
>彼は愛情表現が苦手で、言葉も態度も極端に少なく、こちらから「愛してる?」
>とメールしてもその答えはなく、チンプンカンな返信が返ってきます。
私の彼もそうですよ。
>「俺のことをその程度にしか考えてないんか?」と言います。
私もその様な事を言われて一度喧嘩をした事があります。その時は、気持ちって言 うのは言葉に出さないと通じない時もあるんだよって説明して一件落着!
>つきあいはじめて1ヶ月の間は、別人のように愛情表現も豊かで、こちらが望むことを催促せずに口に出して言ってくれたりもしていたのですが、
確かにそう言う風でしたね!うちも。でも、『こういう関係は一人だけでいいか ら・・・・・』って言われて、この言葉を信じてるから今は、口に出さなくっ てもお互い解り合えてるよね・・・・みたいな感じです。でも時々は言って欲し いのが女心って物よねぇ!
>アスペルガーについては、最近友人から聞いて知りましたが、
私の場合は、彼の口から『自閉症だった』って聞いたものだから、求職中で
あった為毎日図書館に通って自閉症の本を読みあさって、HPで調べたりして
辿り着いたのが、《アスペルガ》だったのです。
>もし、そうだとしたら、これから先、私達はどんな付き合い方をしていけばいいんでしょうか?
私と同じ質問ですね!7847に私のコメント入れてます。その事について
たくさんの方がアドバイスして下さっているので、一度ご覧になって見たは、
如何でしょうか? めげないで下さいね!
わんこんこー♪
なんだか面白そうな話題だったので来ちゃいました。
いますいます!そういう人。
やたらと社交的なのに、「え~海外旅行~?ひとりでぇぇぇ?」とたまげた顔をする人。
その人の特徴は、
とても元気なくせに臆病で、注射針も風船もキライ、
エンヤの声も聖歌も「吸い込まれそう」だからキライ。
私なんかは、ホイホイ好きなところへ一人で出かけてしまうものだから
男からも女からも「変わってる」「度胸ある」といわれますが
よっぽどキミタチのほうがおかしいよ、と言いたいです。
人のことを「変わってる」という一般人のほうがよっぽど変わった人は多い。
というのが最近の持論です。
なんか、ついていけねぇーよなあ。
スナフキンも風来坊でしたが、言ってることは誰よりもまともで哲学的です。
私達もそんな存在?ならいいなぁー。
名加野 wrote:
こんにちわ!pekoです。
> 「無言の会話(テレパシー?念話?)」をやってみてはいかがでしょうか?
> 実際に自分の意思を相手に繋ぐように意識し、目と目を合わせるんです。
やはりこの手しかないですかね~?以前 『加藤 諦三』さんの本にも
名加野さんがおっしゃるような事が書いてありました。
彼は、始めの頃は私の事をよく見つめてましたね、私はそれがとても恥ずかし かったので苦手だったのですが、本当は私の方が彼を見つめて挙げるべきなの では?って最近思っていたんです。今度逢ったらやってみますね!
> どうせ、言葉で出たとこで、自分の言いたい事が、その意味の言葉としては出て こないんですから。(*注:僕の場合です。)
ウ~ン、それが、彼の特徴なんだってこのHPにお邪魔するようになってから
解ってきました。
私は、皆さんには本当に感謝しています。
> ただこれをやると、大変疲れるかもしれません。目をずっと見てそらさないよう にしないといけないからです。やり方は色々あるでしょうが、難しいですね。
出来る限りの事はやります!
> 自分にも出来てない事を人に勧めるのもどうかと思いましたが……まあ、一つの 意見です。
そんな事ないですよ。アドバイスして頂けるだけで本当に嬉しく思います。
> ただ、言葉だけでは通じない時が多いので。
確かにそれはありますね。 でも、そう言う事も全て含めて理解出来ればいいな ~と思っています。 貴重なアドバイス、有難うございました。
Maria wrote:
>
> 以前にも書いたと思うのですが、自閉症方面の男性+そうでない女性の理想のカップルは、『サンダーバード』のレディ・ペネロープと執事のパーカーか、榛野なな恵さんの『Papa told me』のお父さんとちせちゃんです。どっちの路線でゆくかは彼氏のタイプによります。
>
この関係について、もう少し詳しく教えてもらえますか?
以前、彼が私と親しくなりはじめた頃に次のように話したことがあります。
「ツンとして近寄りがたく、まさか俺とこんなふうに親しく話しが出来る
人とは思ってもみなかった・・・」と。
別に私はツンとすましていたわけでもないのですが。
今になって考えると、その彼のイメージ通りの私とは、大いに違っていた為、
彼が幻滅してしまったのかも、と思ったりもしています。
手の届かない女性(本当はそんなことはちっともないのですが)と思っていた頃は
彼も必死で、自分らしさを隠してアプローチしていたのかな?と。
そうだとしたら、手の内全部見せてしまった私は(あなたがいないと生きていけない、云々)彼にとってもう魅力のない人間ということになるのかなあ?と。
大切な人と正直に向き合いたいと思っている私ですから、それは変えられないけど
彼が望む関係に戻れるなら、自分自身を変える必要があるのかしら・・・?
アスペについて最近聞いたばかりで、彼をそれにあてはめてしまったのは安直だったかも知れません。
こちらの愛情確認をいつもいつもはぐらかされるうちに、彼の心変わりを疑うようになった頃、アスペのことを聞いたもので、そのような病気?であれば、こちらが理解して接し方を考えなくては・・・と思ったものですから。
失礼なことを書いていたら、申し訳ありませんでした。
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